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ーーーー小夜の部屋ーーーー
小夜は終始、赤い目を虚にさせ、朔也のことを考えていた。朔也の心音。朔也の体温。朔也の手。朔也の舌の感触…。全てが何度も脳内で再生された。現実ではないのではとも思ったが、体がしっかりと朔也を覚えていた。
(あの後、私どうなっちゃってたんだろ……)
顔が熱くなり、体の底が疼く感覚。全部が全部、小夜にとっての初めての感覚だった。
(怖かったけど……嬉し、かった…?何気に小夜って呼んでくれたし…)
「失礼します。」
「はい!」
小夜が呆然としている時に入ってきたのは、司波だった。
「司波さん…。」
「今日は一段と元気がないように思われたから。夕飯の時もあまり、箸が進んでいなかったように感じましたよ。」
「やっぱり、司波さんには敵わないね…。」
小夜は観念したように笑うと、司波はそれを見てゆっくりと襖を閉めた。
「お嬢様は、恋をされていらっしゃるのですね。」
「…そこまで分かるの?そんなに分かりやすい?」
「ふふっ、男どもには分かりませんよ。私もね、伊達に何十年も女をやってきたわけじゃないですから、ここ最近のお嬢様の顔つき、食欲、行動を見ていれば分かります。」
「本当に司波さんはすごい人よ…。」
「ふふふっ、とんでもございません。」
司波はゆっくりと話しながら小夜をリラックスさせた。小夜は正座する司波の近くにいき、腰をかけた。
「司波さん。聞きたいことがあるの。その…キス、とかは、好きな人にやるものでしょ?まだ何も言われてないから分かんなくて。」
「まあ!お嬢様もそこまで成長されたのですね。司波、嬉しいです。」
「あ~!そういうことは言わないで!恥ずかしいから…。」
司波は照れている小夜を見て、静かに笑い、小夜は熱くなった頬を両手で抑えた。司波は「話を戻すと」と言いながら、小夜に少し近づいた。
「きっとお嬢様のお相手は純心の恋心で、行ったことと思いますよ。照れ隠しで言葉にできないのでしょう。」
「本当!?」
「はい。」
小夜は嬉しさを隠しきれず、口角を思いっきり上げ喜んだ。
「ただ…」
小夜が司波の方を向くと、司波は真剣な顔つきをしていた。小夜はその表情に自然と肩に力を入れてしまった。
「ただ、大人になってくると訳が違います。いるんですよ、気持ちも無いのに手を出す男が。もちろん学生の中にも一定数いるでしょうけどね。」
「え?」
司波は不安げな顔をしている小夜にそっと微笑みかけ、話を続けた。
「大人になってくると、寂しさや虚しさが一気に増えていきます。皆、そういうのを抱えて生きなければなりません。ですが、それを埋めようと気持ちの無い異性に手を出し、一時的な快楽、優越感を味わおうとする愚か者がいるんです。」
「……。」
「お嬢様のお相手はまだ学生ですし、ましてやキスだけなら心配ないでしょう。」
(朔也くん大人だよ……。不安になってきた…。ううん!まさかまさか!そんなことない!)
小夜は脳内で生じた不安をかき消すように、頭を二、三度横に振った。
「そして、その愚か者に落ちてしまった人間はみるに耐えないものがあります。恋焦がれ、待ち望み、捨てられ…。それでも帰ってくることを祈ってしまう。明日、その次、いつか目の前に現れるのではと想うだけで時は経ち、気づけば何も進まず、時間に置いてかれた自分だけがそこにいる。悲しいものですね…。」
「……その人はその後、どうなるの?」
「人それぞれですが、私の知っている人は立ち直っていきましたよ。」
「その人は今何をしているの?」
「…亡くなりました。」
「…そっか。…ごめんなさい。」
「いえいえ、もう昔の話ですので。」
司波は遠い目をしながら実の姉のことを思い出していた。年の離れた男に捨てられ、嘆き悲しみ、それでも立ち直ったが、嫁ぎ先で娘を産んですぐに亡くなってしまった姉のことを。
「お嬢様も大人になったら気をつけてくださいね。特にお酒の場では、要注意です。」
司波が部屋を出ていった後、小夜は不安しかない状態で布団に入った。
(大人だし、お酒飲んでたし…。佐藤も司波さんと同じこと言ってたし…。不安だよ…。朔也くんは私をどう思ってるの…?)
ーーーー『florist 』ーーーー
朔也が後悔の念に飲み込まれていると、着信音が鳴った。
「もしもし。」
<朔也!ごめん、私が渡したのワインだった!本当ごめん!>
「おせーよ。ばか。」
<…もしかして飲んじゃった?>
朔也はワインを飲み、意識を失ったこと。気づいたら小夜が泣いていたことを話した。
<うわ~。まじか~…>
「本当に記憶にねぇんだよ。あいつに何やったのか思い出せなくて…。今も頭回ってねぇんだ。」
正確に言うと、意識は無かったものの、体は小夜の感触を覚えていた。吐息。舌触り。肌の柔らかさ。匂い…。確かに自分の腕の中に小夜がいたことだけが分かっていた。ただ何をしたのかが分からない。
<…本当申し訳ない。あんたがそこまで酒癖が悪いとは…>
「いや。俺が酒を飲まねぇのはすぐに寝ちまうからで、こんなこと初めてなんだよ…。」
<まさか最後までやってないわよね?>
「やってねぇと思う。」
<でも、小夜ちゃんは泣いちゃったの?>
「……俺、犯罪者だよ。」
<…まあ、普通ならね。てか、泣くほどのことって何やったのよ。>
絢香は小夜の想いを知っていたため、下手な言葉をかけることができなかった。
<この前、想いを伝えるつもりは無いって言ってたけど、もし逆に小夜ちゃんから告白されたらどうするの?>
「酒飲んで酔って襲ったんだぞ?…そんなこと、あるわけ」
<どうするの?>
絢香の強い声に朔也はしばらく黙った。絢香は正直二人が一緒になるのは賛成だった。朔也の理性が抑えられないという狂気性には少し、いや大分、想定外だったが、それでも互いに思いがあるなら問題はない。事実、高校生と社会人との恋愛は法律上問題はない。二人が一緒になることにおいて、何ら問題はないのだ。
「もしそんなことが起きたら、俺は断る。」
<うん。…え!?>
絢香は意外な答えに驚いた。
「前も言ったろ。あいつは高校生で将来のこともある。」
<あのさ。少し真面目過ぎじゃない?>
「…水野って覚えてるか?」
<え?うん…でも、あの子は相手が悪かっただけで>
「違うんだ。」
水野とは朔也と絢香が高校一年だった時のクラスメイトである。
「水野も社会人の彼女と付き合ってた。水野ってさ、すげーいい奴で、よく彼女のこと話してた。本当に好きだったんだよ、あいつ。でも、時間が経つにつれて成績も下がっていった。部活もやめた。水野の親は厳しい人たちだったから、そんな水野をひどく叱った。その後水野は彼女と駆け落ちした。その後、警察に捕まって裁判沙汰。彼女さんも会社をクビになった。負い目を感じた水野は…。」
<…好き同士だったのは初耳だけど、それでも結局は相手の大人が考えなきゃいけないことで…>
「怖いんだよ。俺も自制効かずに、善悪の判断が分からなくなるのが。」
<……。>
「それにあいつがもし俺に好意を持ったとして、水野みたいに将来を無駄にしてほしくない。」
<…そういうこと。水野くんの件があったから、臆病になってるんだ。>
絢香は一度時間を確認した後に、携帯を耳に当てた。
<私は別に付き合うのか付き合わないのかの判断は自由だと思う。ただ、何もしないから側に置いておきたいっていうのは良くないと思うよ。せこいと思う。>
(誰よりも小夜ちゃんが辛いじゃん…。)
絢香はイタリア行きの便のアナウンスを聞いて、慌てて親に別れを告げた。
<いつでも話聞くからって言えるほど暇じゃないからこれ以上は深く介入できないけど…>
「いや、いいよ。ありがとな。」
<うっ…うん。じゃあね。>
朔也の弱った声に絢香がまた反応してしまった。電話を切ると絢香は搭乗口に向かった。
(…鈍感でズルい野郎め。小夜ちゃん、大丈夫かな…。)
朔也は切れた電話を耳から離し、絢香の言葉を思い出していた。
『何もしないから側に置いておきたいっていうのは良くないと思うよ。』
朔也は立ち上がって、携帯を机の上に置いた。口の中が甘い。小夜の味がまだ残っている感覚。初めてコーヒーを仕事終わりに飲みたくないと思った。この感覚を残しておきたい。そう思いながら、触れた唇には小夜がつけた噛み跡がついていた。その噛み跡が小夜の感じた恐怖を具現化しているようで、また後悔の念に囚われた。
小夜は終始、赤い目を虚にさせ、朔也のことを考えていた。朔也の心音。朔也の体温。朔也の手。朔也の舌の感触…。全てが何度も脳内で再生された。現実ではないのではとも思ったが、体がしっかりと朔也を覚えていた。
(あの後、私どうなっちゃってたんだろ……)
顔が熱くなり、体の底が疼く感覚。全部が全部、小夜にとっての初めての感覚だった。
(怖かったけど……嬉し、かった…?何気に小夜って呼んでくれたし…)
「失礼します。」
「はい!」
小夜が呆然としている時に入ってきたのは、司波だった。
「司波さん…。」
「今日は一段と元気がないように思われたから。夕飯の時もあまり、箸が進んでいなかったように感じましたよ。」
「やっぱり、司波さんには敵わないね…。」
小夜は観念したように笑うと、司波はそれを見てゆっくりと襖を閉めた。
「お嬢様は、恋をされていらっしゃるのですね。」
「…そこまで分かるの?そんなに分かりやすい?」
「ふふっ、男どもには分かりませんよ。私もね、伊達に何十年も女をやってきたわけじゃないですから、ここ最近のお嬢様の顔つき、食欲、行動を見ていれば分かります。」
「本当に司波さんはすごい人よ…。」
「ふふふっ、とんでもございません。」
司波はゆっくりと話しながら小夜をリラックスさせた。小夜は正座する司波の近くにいき、腰をかけた。
「司波さん。聞きたいことがあるの。その…キス、とかは、好きな人にやるものでしょ?まだ何も言われてないから分かんなくて。」
「まあ!お嬢様もそこまで成長されたのですね。司波、嬉しいです。」
「あ~!そういうことは言わないで!恥ずかしいから…。」
司波は照れている小夜を見て、静かに笑い、小夜は熱くなった頬を両手で抑えた。司波は「話を戻すと」と言いながら、小夜に少し近づいた。
「きっとお嬢様のお相手は純心の恋心で、行ったことと思いますよ。照れ隠しで言葉にできないのでしょう。」
「本当!?」
「はい。」
小夜は嬉しさを隠しきれず、口角を思いっきり上げ喜んだ。
「ただ…」
小夜が司波の方を向くと、司波は真剣な顔つきをしていた。小夜はその表情に自然と肩に力を入れてしまった。
「ただ、大人になってくると訳が違います。いるんですよ、気持ちも無いのに手を出す男が。もちろん学生の中にも一定数いるでしょうけどね。」
「え?」
司波は不安げな顔をしている小夜にそっと微笑みかけ、話を続けた。
「大人になってくると、寂しさや虚しさが一気に増えていきます。皆、そういうのを抱えて生きなければなりません。ですが、それを埋めようと気持ちの無い異性に手を出し、一時的な快楽、優越感を味わおうとする愚か者がいるんです。」
「……。」
「お嬢様のお相手はまだ学生ですし、ましてやキスだけなら心配ないでしょう。」
(朔也くん大人だよ……。不安になってきた…。ううん!まさかまさか!そんなことない!)
小夜は脳内で生じた不安をかき消すように、頭を二、三度横に振った。
「そして、その愚か者に落ちてしまった人間はみるに耐えないものがあります。恋焦がれ、待ち望み、捨てられ…。それでも帰ってくることを祈ってしまう。明日、その次、いつか目の前に現れるのではと想うだけで時は経ち、気づけば何も進まず、時間に置いてかれた自分だけがそこにいる。悲しいものですね…。」
「……その人はその後、どうなるの?」
「人それぞれですが、私の知っている人は立ち直っていきましたよ。」
「その人は今何をしているの?」
「…亡くなりました。」
「…そっか。…ごめんなさい。」
「いえいえ、もう昔の話ですので。」
司波は遠い目をしながら実の姉のことを思い出していた。年の離れた男に捨てられ、嘆き悲しみ、それでも立ち直ったが、嫁ぎ先で娘を産んですぐに亡くなってしまった姉のことを。
「お嬢様も大人になったら気をつけてくださいね。特にお酒の場では、要注意です。」
司波が部屋を出ていった後、小夜は不安しかない状態で布団に入った。
(大人だし、お酒飲んでたし…。佐藤も司波さんと同じこと言ってたし…。不安だよ…。朔也くんは私をどう思ってるの…?)
ーーーー『florist 』ーーーー
朔也が後悔の念に飲み込まれていると、着信音が鳴った。
「もしもし。」
<朔也!ごめん、私が渡したのワインだった!本当ごめん!>
「おせーよ。ばか。」
<…もしかして飲んじゃった?>
朔也はワインを飲み、意識を失ったこと。気づいたら小夜が泣いていたことを話した。
<うわ~。まじか~…>
「本当に記憶にねぇんだよ。あいつに何やったのか思い出せなくて…。今も頭回ってねぇんだ。」
正確に言うと、意識は無かったものの、体は小夜の感触を覚えていた。吐息。舌触り。肌の柔らかさ。匂い…。確かに自分の腕の中に小夜がいたことだけが分かっていた。ただ何をしたのかが分からない。
<…本当申し訳ない。あんたがそこまで酒癖が悪いとは…>
「いや。俺が酒を飲まねぇのはすぐに寝ちまうからで、こんなこと初めてなんだよ…。」
<まさか最後までやってないわよね?>
「やってねぇと思う。」
<でも、小夜ちゃんは泣いちゃったの?>
「……俺、犯罪者だよ。」
<…まあ、普通ならね。てか、泣くほどのことって何やったのよ。>
絢香は小夜の想いを知っていたため、下手な言葉をかけることができなかった。
<この前、想いを伝えるつもりは無いって言ってたけど、もし逆に小夜ちゃんから告白されたらどうするの?>
「酒飲んで酔って襲ったんだぞ?…そんなこと、あるわけ」
<どうするの?>
絢香の強い声に朔也はしばらく黙った。絢香は正直二人が一緒になるのは賛成だった。朔也の理性が抑えられないという狂気性には少し、いや大分、想定外だったが、それでも互いに思いがあるなら問題はない。事実、高校生と社会人との恋愛は法律上問題はない。二人が一緒になることにおいて、何ら問題はないのだ。
「もしそんなことが起きたら、俺は断る。」
<うん。…え!?>
絢香は意外な答えに驚いた。
「前も言ったろ。あいつは高校生で将来のこともある。」
<あのさ。少し真面目過ぎじゃない?>
「…水野って覚えてるか?」
<え?うん…でも、あの子は相手が悪かっただけで>
「違うんだ。」
水野とは朔也と絢香が高校一年だった時のクラスメイトである。
「水野も社会人の彼女と付き合ってた。水野ってさ、すげーいい奴で、よく彼女のこと話してた。本当に好きだったんだよ、あいつ。でも、時間が経つにつれて成績も下がっていった。部活もやめた。水野の親は厳しい人たちだったから、そんな水野をひどく叱った。その後水野は彼女と駆け落ちした。その後、警察に捕まって裁判沙汰。彼女さんも会社をクビになった。負い目を感じた水野は…。」
<…好き同士だったのは初耳だけど、それでも結局は相手の大人が考えなきゃいけないことで…>
「怖いんだよ。俺も自制効かずに、善悪の判断が分からなくなるのが。」
<……。>
「それにあいつがもし俺に好意を持ったとして、水野みたいに将来を無駄にしてほしくない。」
<…そういうこと。水野くんの件があったから、臆病になってるんだ。>
絢香は一度時間を確認した後に、携帯を耳に当てた。
<私は別に付き合うのか付き合わないのかの判断は自由だと思う。ただ、何もしないから側に置いておきたいっていうのは良くないと思うよ。せこいと思う。>
(誰よりも小夜ちゃんが辛いじゃん…。)
絢香はイタリア行きの便のアナウンスを聞いて、慌てて親に別れを告げた。
<いつでも話聞くからって言えるほど暇じゃないからこれ以上は深く介入できないけど…>
「いや、いいよ。ありがとな。」
<うっ…うん。じゃあね。>
朔也の弱った声に絢香がまた反応してしまった。電話を切ると絢香は搭乗口に向かった。
(…鈍感でズルい野郎め。小夜ちゃん、大丈夫かな…。)
朔也は切れた電話を耳から離し、絢香の言葉を思い出していた。
『何もしないから側に置いておきたいっていうのは良くないと思うよ。』
朔也は立ち上がって、携帯を机の上に置いた。口の中が甘い。小夜の味がまだ残っている感覚。初めてコーヒーを仕事終わりに飲みたくないと思った。この感覚を残しておきたい。そう思いながら、触れた唇には小夜がつけた噛み跡がついていた。その噛み跡が小夜の感じた恐怖を具現化しているようで、また後悔の念に囚われた。
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