上 下
2 / 40

漏洩

しおりを挟む
 小夜さよが通う学校は徒歩二十分で着くところにある。道ゆく人たちが小夜に挨拶してくれる。実は小夜が極道の娘ということはこの町の人間誰一人にも知られていない。それもこれも小夜の念入りな印象作りと努力のおかげである。学校でも家族の話題が出てきても良いように架空の家族を作り出し、設定をしっかりとメモしているくらいの念入りさである。
 しかし、そんな完璧な小夜にも悩みがあった。それは親友と呼べる人間がいなことだった。話せる仲の人間は沢山いるものの、恋バナをしたり、学校終わりに遊びに行ったりする者が一人もいないのだ。それには原因があった。本人は気づいていないが、小夜の容姿は見る者を虜にするほどの端麗さなのである。大きな黒の瞳とさらに目力を強くする睫毛に筋の通った鼻。真っ赤な唇に耳から鎖骨にかける美しいライン。それら全てが小夜に人を引きつけない原因なのだ。いわゆる高嶺の花なのである。
 
ーーー学校ーーー

「ねえ、あの話本当??」
「本当!本当!だって掲示板に大きく張り出されてたんだもん。」
「え~!怖い!私あの子と昨日話しちゃった…」

「おい!あの掲示板見たか!?」
「なんだよ、それ。」

『5組の百目鬼ももめき小夜さよって“ヤクザ”らしいぜ。』


 小夜が学校に着いた時、小夜に向けられる皆の視線はこれまでとは違うものだった。それは高嶺の花を見る目ではない。害あるものを見るような目だった。小夜は訳も分からず、自分の席につく。

「ねえ、百目鬼さん。広場に貼ってある掲示板って本当のこと?」
「え…」

小夜が広場に行くと大きな掲示板に多くの張り紙が無造作に貼られていた。その張り紙には小夜の顔写真を拡大したものに、悪意ある書き方で『百目鬼組の長女は極悪人』という文字があった。

「小夜ちゃん…」

怯えた目が小夜に向けられている。小夜に浴びせられる数々の言葉はもはや小夜の耳に入っていなかった。小夜の今までの努力は水の泡になったのだ。普通の女の子として生きたいと願い、毎日友達と遊びに行ったり、恋をしたりというのに憧れながら頑張ってきたものが全て無駄になった瞬間だった。小夜はその場に立ち尽くしていた。いつの間にか意識は遠のき、その場で倒れてしまっていた。

ーーー保健室ーーー

「うっ……」

 小夜はカーテンが閉じられた保健室のベットで横になっていた。意識はまだ朦朧としている。耳の中に皆の声が響いていた。どこの記憶を遡っても、バレた原因が見つからない。いつ、どこで、誰が知り、あんなことをやったのか皆目検討がつかない。身体をゆっくりと起こし、額に手を置いた。意識がさっきよりかははっきりとしてきている。

(この後教室に戻るの嫌だな~…)

「あら?もう起きたの?」
「あ、すみません。私記憶がはっきりしてなくて…」

カーテンを開けて小夜の様子を見にきたのは保健室の先生だった。

「いいのよ。倒れた後に元気なはずないもの。」
「私、どうやってここにきたんですか?」
「男の子が貴方を担いできたのよ……あ!私ったら名前聞くの忘れちゃったわ…。」

 念を押して言うが、小夜に親友と呼べる人間も恋人もいない。小夜の頭の中で運んでくれそうな男子を検索しても該当する者は一人もいない。小夜は一段と難しい顔をしている。

「あなた、今日は帰りなさい。聞いたわよ、あの事。先生たちはもう知ってるけど、あんな広められ方されたらパニックになってもしょうがないわよ。今、親御さんに連絡したから、もう少し横になってなさい。」
「…はい。」

先生の言う親御さんと言うのは佐藤仁のことである。小夜が学校でヤクザとバレたくないと言うことで佐藤や学校に頼んでそうしてもらったが、今になってはもう意味がない。
 佐藤が学校に着く頃には小夜も体調が落ち着いていた。

「お嬢、大丈夫ですか!?」
「学校でその呼び方はやめて。」
「し、失礼しました。」

端麗な顔の人間が怒るとそれは鬼にも引けを取らぬ怖さである。佐藤はその鋭い眼光に恐れ慄いた。

「先生、お嬢…じゃなかった。小夜をありがとうございました。」
「とんでもないです。」

佐藤は小夜の荷物を持とうとしたが、小夜はその前に全ての荷物を自ら持ち、保健室の先生と後で駆けつけた担任に一礼して颯爽と歩いていった。

「本当はいい子なのにね…。」

保健室の先生が呟いた言葉を佐藤は微かに聴きながら、一礼して小夜の後を追った。
 車の中では小夜は呆然としていた。頭が回らなかったのだ。明日からどうすればいい。そのことだけが頭の中に居座っていた。

「お嬢。学校を変えてみてはいかがでしょう?」
「無理よ。この近場で学校を変えたとしても、もう知れ渡ってるはずだもの。遠くに行くって言ったって、あの二人が許すはずがないわ。」
「そうですか…」
「……佐藤」
「なんでしょう?」
「貴方は荷物ごと先に帰ってもらえないかしら?」
「そんなっ!今のお嬢を一人にするわけにはいきません!」
「お願い。一人になりたいの。」
「ですがっ…!」
「お願い。」

小夜はバックミラー越しに佐藤を見つめていた。その表情は微笑んでいたが、とても悲しそうな顔だった。佐藤は渋った表情をしながら大通り近くで車を止めた。

「あまり遠くに行かないでくださいよ。それと遅くならないように…。何かあったら連絡すること…。気をつけてくださいね。」
「ありがとう、佐藤。」

小夜が車を降りた後、佐藤は気に食わぬ顔をしてその場を離れた。離れていく車を見送った後、小夜は張っていた糸が切れたように大粒の涙を流した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

君の声を聴かせて~声フェチの人には聞かせたくないんですけどっ!~

如月 そら
恋愛
通称SV、スーパーバイザーとしてコールセンターに勤める高槻結衣は、お客様にも好評な社員だ。 それがある日事故対応した、高級外車に乗るいけ好かない人物と後日、食事に行った先で出会ってしまう。それはとてつもなく整った顔立ちの甘い声の持ち主だけれど。 「約款を読むだけでいいから」声を聞かせてと結衣に迫ってくるのは!? ──この人、声フェチ!? 通話のプロであるSVと、声フェチなエリート税理士の恋はどうなる? ※11/16にタイトルを変更させて頂きました。 ※表紙イラストは紺野遥さんに描いて頂いています。無断転載複写は禁止ですー。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...