38 / 44
37章 新たな王
しおりを挟む
そしてまたしばらく経ち、キルシェは療養生活から解放された。
自分が休んでいたことで、後回しになっていることがいくつかある。
今回の戦いで命を落としてしまった者、戦士を退かざるを得なくなった者も少なからずいた。キルシェはまず、彼らとその家族のもとを一軒一軒訪れ、その死を悼み、勇気を称えた。
それが終わった後に、ロークの葬儀が行われた。焼かれ、灰になった遺体は、家族の手によって島にまかれる習わしだ。
島中の民に見送られ、キルシェはセシェルと共に飛び立った。向かった場所は、海が見える小高い丘の上だ。
「セシェル、これで最後だ。お別れを言いな」
キルシェは、父の遺灰が入った箱をセシェルへ差し出した。セシェルが箱のふたに手を置き、そっと撫でた。
「父さま、わたしの父さまでいてくださってありがとう。ずっと愛しているわ」
キルシェも、箱をじっと見つめた。
後になって聞かされたのは、ロークが病を抱えていたという事実だった。知っていたのは、医者のクロモドと側近のディオネス、オーデリクだけだったという。
民にも、家族にもその事実を明かさず、彼は最期まで、島を導く王であり続けた。
本当は、ロークが生きている間に王の役目を継ぎ、立派に成長した姿を見せるべきだった。それができない今、せめてもう迷わず、前を向くことが少しでも父を安心させると信じるしかない。
すべてを父と同じようにするのではなく、キルシェのやり方で島を、民を守る。ロークはそれに期待していたはずだ。
キルシェの首から下がる王の証は、もう重くは感じられなかった。
「……見ていてくれ、親父」
キルシェは呟くと、箱のふたを開けた。
どこからともなく吹いてきた風が、灰を巻き上げ、遠くへと運んでいく。それを目で追い、空を見上げたキルシェは、あるものに気づいた。
「あれは……」
空を飛ぶ、白く輝く大きな鳥、神鳥だ。目覚めた後、雲の切れ間に消えて以来その姿を見ていなかった。ロークの魂を導くため、現れてくれたのだろうか。
「神鳥さま?」
「ああ、そうだ」
「初めてお会いするわ。とても綺麗なのね」
セシェルがため息混じりに言った。
神鳥は優雅に羽ばたき、遥か天空へと昇っていった。
ロークが島の一部となり、妻とともに永遠の安らぎを得るように――キルシェは祈った。
「セシェル」
神鳥の姿を見届け、キルシェは妹に向き直った。
「こんな兄貴だが……これからも愛想を尽かさないでいてくれるか?」
両親を亡くし、セシェルに残されているのは兄のキルシェだけだ。
王として生きなければならないキルシェは、きっとこれから彼女に寂しい思いをさせることもあるだろう。
「まあ、兄さまったら、らしくないわ」
セシェルは微笑み、キルシェにそっと抱き着いた。
「いつだって、兄さまはわたしの素敵な家族よ」
「……そうか。ありがとうな」
キルシェは妹の頭を優しく撫でた。
セシェルは父の強さと、母の優しさを受け継いだ、立派な女性に成長している。キルシェには、それが嬉しかった。あまり心配する必要はないだろう。
「さて、ぼさっとしている時間はないな。セシェル、戻るぞ」
この後にはもう一つ、大事な仕事が控えている。キルシェはセシェルを連れて、丘をあとにした。
***
祭殿の中は、人で埋め尽くされている。ティーナはラッシュと共に、置かれている長椅子に座っていた。
普段は入ることを禁じられているため、ティーナが祭殿に来たのは初めてだ。
中央に長く大きい、青色の絨毯が敷かれており、その両側に長椅子が並べられている。絨毯は祭殿の奥まで伸びていて、その先は一段高くなっている。その上には、木製の祭壇が置いてあった。
正面の壁の高い位置には、大きな石板が打ち付けられている。大人三人が両手を広げて横に並んだぐらいの幅があり、神鳥の姿が彫られている。ティーナが神鳥を目覚めさせた場所にあった広場の床と似ていた。
左右の壁には、様々な色の糸で織られたタペストリーがかけられていた。左右それぞれ三枚ずつあり、どれにも神鳥の姿がある。
祭壇の手前に、祭司長と呼ばれる男性が立っている。祭殿で行われる儀式を執り行う役目を持っている者だ。その脇に、彼の補助を務める男性が、両手で小さな箱を持っていた。
これから行われるのは、新たな王の即位式だ。
ティーナの背後で、扉が開く音がした。長椅子に座っている者、壁際に控えている者が、一斉にそちらを見た。
現れたのは新たな王、キルシェだ。濃い緑色のローブをまとっている。首からは、王の証である、青い宝石がはめられた飾りを下げている。引きずるほどに長いマントが目をひく。中心に神鳥の姿が、その周りにかつてティーナの体にあった模様が織られた、華麗な意匠だ。
キルシェは真剣な顔つきで、ゆっくりと青い絨毯の上を進んでいく。段をあがり、祭司長の隣に並んだ。
祭司長の補助役が、箱のふたを開いた。祭司長が箱の中に手をいれ、中身を取り出した。それは金色の王冠だった。磨かれてはいるが、年季が入っている。歴代の王たちが即位の際に被ったものだ。
「汝、王として尽くすことを誓うか」
よく通る声で、祭司長が問うた。
「我が翼にかけて誓う。この命は民のために、大いなる神鳥のために」
キルシェが高らかに言い、跪いた。その頭に、祭司長の手で王冠が被せられた。
「今ここに、王キルシェの即位を宣言する」
冠を戴いたキルシェが立ち上がり、民たちの方を向いた。
「……今日、皆で集えたのを嬉しく思う」
キルシェが人々を見回しながら言った。
「先日の危機を乗り越えられたのは、皆がそれぞれにできることを尽くし、一つになってくれたからこそだ。命をかけてくれた者、そして先王のことを決して忘れてはいけない。ここに生きている者も死んでしまった者も、全員が誇り高い勇者だ」
キルシェは頭に乗った王冠を脱ぎ、言葉を続けた。
「……俺はまだまだ未熟だ。先王には遠く及ばない。それでも、誰よりもこの島のことが好きだ。それだけは断言できる。この島が幸せな場所であるように、俺は力を尽くす。どうか、俺と共に歩んで欲しい。皆の力を貸してくれ」
キルシェがそう言って、頭を深々と下げた。
一瞬の間の後、それまで黙って彼の言葉に耳を傾けていた人々が、大きな拍手と歓声をキルシェに送った。
「キルシェ王、ばんざーい!」
ラッシュが笑顔で叫んだ。ティーナも一緒になって、惜しみない拍手を新たな王に向けた。
キルシェが頭を上げ、王冠を被りなおした。緊張した面持ちは消え、晴れやかな顔をしている。
やがて拍手がやみ、場はまた静かになった。
「ありがとう。……もう一つ、この場で言いたいことがある。ずっと魂の欠片を失っていた神鳥が、眠りから覚めた。島はあるべき姿に戻り、誰かの人生が犠牲になる時代は終わった。それは、一人の女の子のおかげだ」
キルシェの目が、席に座っているティーナを見た。
「ティーナ、ここに来てくれ」
突然のことに、ティーナは固まってしまった。まさか呼ばれるなんて思ってもみない。
ラッシュが戸惑うティーナを立たせ、そっと背中を押した。
ティーナはおそるおそる歩いて祭殿の中を進み、王の装束をまとうキルシェの隣に立った。祭殿に集った全員が、ティーナを見ている。
「ティーナによって、島は本当の姿を取り戻した。皆、彼女の勇気を称えてくれ」
割れんばかりの手を叩く音が、祭殿中に響き渡る。ティーナの友達、顔なじみの人々、小さな子供たちが、笑顔で手を振っている。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、ティーナは隣にいるキルシェを見上げた。新たな王は、面白い遊びを考える少年のような顔でティーナに笑いかけた。
***
本来、新たな島の王が即位すると、歌や踊りを交えた盛大な宴が開かれる。
だが、今回はキルシェの意向で、食事と酒の席だけとした。先王や命を落とした民、まだ傷の治っていない者たちとその家族を思ってのことだった。
しかし、島中の人々が参加する席なので十分に賑やかだ。城の広間いっぱいにテーブルが置かれ、女たちが総出で作る料理が次々乗せられる。
キルシェのもとには変わるがわる人が訪れて、祝いの言葉を送ってくれたり、思い出話に花を咲かせたりした。
「よう、王様」
妻のカーシャを伴い、戦士長のオーデリクがやって来た。
「おやっさん、具合はどうだ?」
「ああ、おかげでもうすぐ復帰できそうだ」
襲撃者との戦いで深手を負ったオーデリクだったが、幸いにも大した後遺症はなく、戦士を続けられるようだ。
「キルシェ、格好良かったよ」
「姐さん、ありがとう。……おやっさん、色々世話をかけると思うが、よろしく頼む」
「お前は立派な男さ。いつかロークを超える。心配すんな。お前の背中は俺が守る」
オーデリクは、父ロークに仕える身であり、同時に親友でもあった。
王を守れなかったこと、親友の死は彼にきっと深い影を落としているはずだ。それでも前を向き、キルシェを支えようとしてくれている。
「ありがとうな。引き続き楽しんでくれ」
「おう、そうさせてもらうぜ。しばらく酒がお預けだったからな。今日は飲むぞ!」
「ちょっと、飲みすぎはやめてよ。酔って転んだとしても面倒みないから! じゃあねキルシェ」
あれこれ言い合いながらも仲睦まじい夫婦の背中を見送り、キルシェは広間を見渡した。宴は終盤に差し掛かり、大人たちにはほどよく酒が回っている。
エレアスの姿が見当たらない。先ほど、広間の隅で誰かと話をしていたのを横目で見たのだが、どこに行ってしまったのだろうか。
窓から見える空は暗くなっている。挨拶はひと段落ついた。少し席を外しても問題ないだろうと、キルシェは城を出た。
***
海の見える丘に、エレアスは一人で座っていた。
「飽きちまったか?」
キルシェが声をかけると、若草色の髪を揺らして、エレアスは振り返った。
「いいえ。少し風に当たりたかっただけよ」
「ならいい」
キルシェはエレアスの横に腰を下ろした。夜風が頬を撫でる。
「貴方こそ、今日の主役が抜けだしてきて良いのかしら?」
「もう皆酔っぱらってて俺のことなんか気にしちゃいないさ」
エレアスがふふ、と笑う声が聞こえた。
彼女の手の甲には、守護者の証はもうない。エレアスはもう何にも縛られない自由の身だ。
「エレアス、これからどうするんだ」
「そうね、何をしようかしら……。迷っているの。まさか守護者でなくなる日が来るなんて思っていなかったから」
キルシェが療養から明けて以降、彼女とゆっくり話す時間をなかなか設けられなかった。今後のことについて、切り出せていない。
ずっと言いたくて言えなかったことがある。今この時を逃してはいけない。他の誰かに取られてしまう前に伝えなければいけない。
「エレアス」
キルシェはエレアスの肩をつかみ、自分の方を向かせた。
「俺と結婚してくれ」
「えっ……?」
「俺は王だ。いつだってお前のことを一番に考えてやれるとは限らない。たくさん我慢をさせると思う。でも、誰よりもお前を愛してる。これからの人生を一緒に生きるなら、エレアスしか考えられないんだ」
長い睫毛に縁どられたエレアスの目が、二度、三度と瞬きをし、ゆっくりと細められた。
「……いいわ。わたし、キルシェのお嫁さんになる」
「本当か!?」
思わず彼女の華奢な肩を力強く揺さぶりそうになったが、キルシェはなんとか踏みとどまった。
「貴方は覚えていないでしょうけれど、昔に約束したのよ。もしわたしが守護者でなくなったら、キルシェと結婚するって」
「……お前、それ覚えてたのか?」
キルシェが問うと、エレアスは驚いた様子を見せた。
「……貴方の方こそ、忘れていないの?」
「忘れるわけないだろ。あの時から俺は本気だったんだぞ」
約束をしたのは18年も前の話だ。まさかエレアスも覚えてくれているとは思ってもみなかった。ずっと、互いの気持ちは通じ合っていたのだ。
エレアスが笑って腕を広げ、キルシェの胸に飛び込んだ。
「キルシェ、愛しているわ。今までもこれからも、わたしには貴方だけ」
エレアスの手がキルシェの頬に触れる。彼女は何の躊躇いもなく、キルシェに口づけた。
「……お前には、一生敵わないんだろうな」
これから先、何があろうとも、エレアスと一緒なら乗り越えられる。
キルシェはエレアスの背と膝裏に手を添えて、ひょいと彼女を横抱きにして立ち上がった。エレアスが小さく声をあげた。
「よし、帰るか」
「ちょっと、わたし一人で飛べるわよ」
「俺がこうしたいんだ。いいだろ?」
「貴方、滅茶苦茶な飛び方をするでしょう」
「しない、普通に飛ぶ。だからこのまま帰らせてくれ」
食い下がるキルシェに、エレアスは呆れたような、でもどこか嬉しそうな笑みを漏らした。そして両手をキルシェの首に回す。
「本当に、仕方のない人ね」
自分が休んでいたことで、後回しになっていることがいくつかある。
今回の戦いで命を落としてしまった者、戦士を退かざるを得なくなった者も少なからずいた。キルシェはまず、彼らとその家族のもとを一軒一軒訪れ、その死を悼み、勇気を称えた。
それが終わった後に、ロークの葬儀が行われた。焼かれ、灰になった遺体は、家族の手によって島にまかれる習わしだ。
島中の民に見送られ、キルシェはセシェルと共に飛び立った。向かった場所は、海が見える小高い丘の上だ。
「セシェル、これで最後だ。お別れを言いな」
キルシェは、父の遺灰が入った箱をセシェルへ差し出した。セシェルが箱のふたに手を置き、そっと撫でた。
「父さま、わたしの父さまでいてくださってありがとう。ずっと愛しているわ」
キルシェも、箱をじっと見つめた。
後になって聞かされたのは、ロークが病を抱えていたという事実だった。知っていたのは、医者のクロモドと側近のディオネス、オーデリクだけだったという。
民にも、家族にもその事実を明かさず、彼は最期まで、島を導く王であり続けた。
本当は、ロークが生きている間に王の役目を継ぎ、立派に成長した姿を見せるべきだった。それができない今、せめてもう迷わず、前を向くことが少しでも父を安心させると信じるしかない。
すべてを父と同じようにするのではなく、キルシェのやり方で島を、民を守る。ロークはそれに期待していたはずだ。
キルシェの首から下がる王の証は、もう重くは感じられなかった。
「……見ていてくれ、親父」
キルシェは呟くと、箱のふたを開けた。
どこからともなく吹いてきた風が、灰を巻き上げ、遠くへと運んでいく。それを目で追い、空を見上げたキルシェは、あるものに気づいた。
「あれは……」
空を飛ぶ、白く輝く大きな鳥、神鳥だ。目覚めた後、雲の切れ間に消えて以来その姿を見ていなかった。ロークの魂を導くため、現れてくれたのだろうか。
「神鳥さま?」
「ああ、そうだ」
「初めてお会いするわ。とても綺麗なのね」
セシェルがため息混じりに言った。
神鳥は優雅に羽ばたき、遥か天空へと昇っていった。
ロークが島の一部となり、妻とともに永遠の安らぎを得るように――キルシェは祈った。
「セシェル」
神鳥の姿を見届け、キルシェは妹に向き直った。
「こんな兄貴だが……これからも愛想を尽かさないでいてくれるか?」
両親を亡くし、セシェルに残されているのは兄のキルシェだけだ。
王として生きなければならないキルシェは、きっとこれから彼女に寂しい思いをさせることもあるだろう。
「まあ、兄さまったら、らしくないわ」
セシェルは微笑み、キルシェにそっと抱き着いた。
「いつだって、兄さまはわたしの素敵な家族よ」
「……そうか。ありがとうな」
キルシェは妹の頭を優しく撫でた。
セシェルは父の強さと、母の優しさを受け継いだ、立派な女性に成長している。キルシェには、それが嬉しかった。あまり心配する必要はないだろう。
「さて、ぼさっとしている時間はないな。セシェル、戻るぞ」
この後にはもう一つ、大事な仕事が控えている。キルシェはセシェルを連れて、丘をあとにした。
***
祭殿の中は、人で埋め尽くされている。ティーナはラッシュと共に、置かれている長椅子に座っていた。
普段は入ることを禁じられているため、ティーナが祭殿に来たのは初めてだ。
中央に長く大きい、青色の絨毯が敷かれており、その両側に長椅子が並べられている。絨毯は祭殿の奥まで伸びていて、その先は一段高くなっている。その上には、木製の祭壇が置いてあった。
正面の壁の高い位置には、大きな石板が打ち付けられている。大人三人が両手を広げて横に並んだぐらいの幅があり、神鳥の姿が彫られている。ティーナが神鳥を目覚めさせた場所にあった広場の床と似ていた。
左右の壁には、様々な色の糸で織られたタペストリーがかけられていた。左右それぞれ三枚ずつあり、どれにも神鳥の姿がある。
祭壇の手前に、祭司長と呼ばれる男性が立っている。祭殿で行われる儀式を執り行う役目を持っている者だ。その脇に、彼の補助を務める男性が、両手で小さな箱を持っていた。
これから行われるのは、新たな王の即位式だ。
ティーナの背後で、扉が開く音がした。長椅子に座っている者、壁際に控えている者が、一斉にそちらを見た。
現れたのは新たな王、キルシェだ。濃い緑色のローブをまとっている。首からは、王の証である、青い宝石がはめられた飾りを下げている。引きずるほどに長いマントが目をひく。中心に神鳥の姿が、その周りにかつてティーナの体にあった模様が織られた、華麗な意匠だ。
キルシェは真剣な顔つきで、ゆっくりと青い絨毯の上を進んでいく。段をあがり、祭司長の隣に並んだ。
祭司長の補助役が、箱のふたを開いた。祭司長が箱の中に手をいれ、中身を取り出した。それは金色の王冠だった。磨かれてはいるが、年季が入っている。歴代の王たちが即位の際に被ったものだ。
「汝、王として尽くすことを誓うか」
よく通る声で、祭司長が問うた。
「我が翼にかけて誓う。この命は民のために、大いなる神鳥のために」
キルシェが高らかに言い、跪いた。その頭に、祭司長の手で王冠が被せられた。
「今ここに、王キルシェの即位を宣言する」
冠を戴いたキルシェが立ち上がり、民たちの方を向いた。
「……今日、皆で集えたのを嬉しく思う」
キルシェが人々を見回しながら言った。
「先日の危機を乗り越えられたのは、皆がそれぞれにできることを尽くし、一つになってくれたからこそだ。命をかけてくれた者、そして先王のことを決して忘れてはいけない。ここに生きている者も死んでしまった者も、全員が誇り高い勇者だ」
キルシェは頭に乗った王冠を脱ぎ、言葉を続けた。
「……俺はまだまだ未熟だ。先王には遠く及ばない。それでも、誰よりもこの島のことが好きだ。それだけは断言できる。この島が幸せな場所であるように、俺は力を尽くす。どうか、俺と共に歩んで欲しい。皆の力を貸してくれ」
キルシェがそう言って、頭を深々と下げた。
一瞬の間の後、それまで黙って彼の言葉に耳を傾けていた人々が、大きな拍手と歓声をキルシェに送った。
「キルシェ王、ばんざーい!」
ラッシュが笑顔で叫んだ。ティーナも一緒になって、惜しみない拍手を新たな王に向けた。
キルシェが頭を上げ、王冠を被りなおした。緊張した面持ちは消え、晴れやかな顔をしている。
やがて拍手がやみ、場はまた静かになった。
「ありがとう。……もう一つ、この場で言いたいことがある。ずっと魂の欠片を失っていた神鳥が、眠りから覚めた。島はあるべき姿に戻り、誰かの人生が犠牲になる時代は終わった。それは、一人の女の子のおかげだ」
キルシェの目が、席に座っているティーナを見た。
「ティーナ、ここに来てくれ」
突然のことに、ティーナは固まってしまった。まさか呼ばれるなんて思ってもみない。
ラッシュが戸惑うティーナを立たせ、そっと背中を押した。
ティーナはおそるおそる歩いて祭殿の中を進み、王の装束をまとうキルシェの隣に立った。祭殿に集った全員が、ティーナを見ている。
「ティーナによって、島は本当の姿を取り戻した。皆、彼女の勇気を称えてくれ」
割れんばかりの手を叩く音が、祭殿中に響き渡る。ティーナの友達、顔なじみの人々、小さな子供たちが、笑顔で手を振っている。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、ティーナは隣にいるキルシェを見上げた。新たな王は、面白い遊びを考える少年のような顔でティーナに笑いかけた。
***
本来、新たな島の王が即位すると、歌や踊りを交えた盛大な宴が開かれる。
だが、今回はキルシェの意向で、食事と酒の席だけとした。先王や命を落とした民、まだ傷の治っていない者たちとその家族を思ってのことだった。
しかし、島中の人々が参加する席なので十分に賑やかだ。城の広間いっぱいにテーブルが置かれ、女たちが総出で作る料理が次々乗せられる。
キルシェのもとには変わるがわる人が訪れて、祝いの言葉を送ってくれたり、思い出話に花を咲かせたりした。
「よう、王様」
妻のカーシャを伴い、戦士長のオーデリクがやって来た。
「おやっさん、具合はどうだ?」
「ああ、おかげでもうすぐ復帰できそうだ」
襲撃者との戦いで深手を負ったオーデリクだったが、幸いにも大した後遺症はなく、戦士を続けられるようだ。
「キルシェ、格好良かったよ」
「姐さん、ありがとう。……おやっさん、色々世話をかけると思うが、よろしく頼む」
「お前は立派な男さ。いつかロークを超える。心配すんな。お前の背中は俺が守る」
オーデリクは、父ロークに仕える身であり、同時に親友でもあった。
王を守れなかったこと、親友の死は彼にきっと深い影を落としているはずだ。それでも前を向き、キルシェを支えようとしてくれている。
「ありがとうな。引き続き楽しんでくれ」
「おう、そうさせてもらうぜ。しばらく酒がお預けだったからな。今日は飲むぞ!」
「ちょっと、飲みすぎはやめてよ。酔って転んだとしても面倒みないから! じゃあねキルシェ」
あれこれ言い合いながらも仲睦まじい夫婦の背中を見送り、キルシェは広間を見渡した。宴は終盤に差し掛かり、大人たちにはほどよく酒が回っている。
エレアスの姿が見当たらない。先ほど、広間の隅で誰かと話をしていたのを横目で見たのだが、どこに行ってしまったのだろうか。
窓から見える空は暗くなっている。挨拶はひと段落ついた。少し席を外しても問題ないだろうと、キルシェは城を出た。
***
海の見える丘に、エレアスは一人で座っていた。
「飽きちまったか?」
キルシェが声をかけると、若草色の髪を揺らして、エレアスは振り返った。
「いいえ。少し風に当たりたかっただけよ」
「ならいい」
キルシェはエレアスの横に腰を下ろした。夜風が頬を撫でる。
「貴方こそ、今日の主役が抜けだしてきて良いのかしら?」
「もう皆酔っぱらってて俺のことなんか気にしちゃいないさ」
エレアスがふふ、と笑う声が聞こえた。
彼女の手の甲には、守護者の証はもうない。エレアスはもう何にも縛られない自由の身だ。
「エレアス、これからどうするんだ」
「そうね、何をしようかしら……。迷っているの。まさか守護者でなくなる日が来るなんて思っていなかったから」
キルシェが療養から明けて以降、彼女とゆっくり話す時間をなかなか設けられなかった。今後のことについて、切り出せていない。
ずっと言いたくて言えなかったことがある。今この時を逃してはいけない。他の誰かに取られてしまう前に伝えなければいけない。
「エレアス」
キルシェはエレアスの肩をつかみ、自分の方を向かせた。
「俺と結婚してくれ」
「えっ……?」
「俺は王だ。いつだってお前のことを一番に考えてやれるとは限らない。たくさん我慢をさせると思う。でも、誰よりもお前を愛してる。これからの人生を一緒に生きるなら、エレアスしか考えられないんだ」
長い睫毛に縁どられたエレアスの目が、二度、三度と瞬きをし、ゆっくりと細められた。
「……いいわ。わたし、キルシェのお嫁さんになる」
「本当か!?」
思わず彼女の華奢な肩を力強く揺さぶりそうになったが、キルシェはなんとか踏みとどまった。
「貴方は覚えていないでしょうけれど、昔に約束したのよ。もしわたしが守護者でなくなったら、キルシェと結婚するって」
「……お前、それ覚えてたのか?」
キルシェが問うと、エレアスは驚いた様子を見せた。
「……貴方の方こそ、忘れていないの?」
「忘れるわけないだろ。あの時から俺は本気だったんだぞ」
約束をしたのは18年も前の話だ。まさかエレアスも覚えてくれているとは思ってもみなかった。ずっと、互いの気持ちは通じ合っていたのだ。
エレアスが笑って腕を広げ、キルシェの胸に飛び込んだ。
「キルシェ、愛しているわ。今までもこれからも、わたしには貴方だけ」
エレアスの手がキルシェの頬に触れる。彼女は何の躊躇いもなく、キルシェに口づけた。
「……お前には、一生敵わないんだろうな」
これから先、何があろうとも、エレアスと一緒なら乗り越えられる。
キルシェはエレアスの背と膝裏に手を添えて、ひょいと彼女を横抱きにして立ち上がった。エレアスが小さく声をあげた。
「よし、帰るか」
「ちょっと、わたし一人で飛べるわよ」
「俺がこうしたいんだ。いいだろ?」
「貴方、滅茶苦茶な飛び方をするでしょう」
「しない、普通に飛ぶ。だからこのまま帰らせてくれ」
食い下がるキルシェに、エレアスは呆れたような、でもどこか嬉しそうな笑みを漏らした。そして両手をキルシェの首に回す。
「本当に、仕方のない人ね」
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる