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三章 自警団と虹の石

5話 不思議な石

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 王都まで戻ったニールはアロンと共に、目抜き通りから外れた場所にある鍛冶屋ゴルドンの工房へ向かった。
 入口の扉を開けた途端、ニールの耳に響いたのは鉄を打つ音だった。ニールに背を向け、ゴルドンは金槌を手に作業をしていた。来客に振り向くことはしない。

「親方ー!」

 アロンが先立って彼の元に駆け寄る。大切なクロスボウの恩人であるゴルドンに、アロンはすっかり懐いている。

「ゴルドンさん、こんにちは」

 ニールとアロンの姿を見て、鍛冶師は手を止めた。だが口を開くことはない。わしのような鋭い目が何の用かと問いかけているように見え、ニールは急いで懐を探った。

「ゴルドンさんに聞きたいことがあって……この石なんだけれど、何ていう名前の石か知りたいんだ」

 小さな黒い石を手のひらに乗せゴルドンに示す。ゴルドンの目線が石の方へ向いた。数秒ほどそれを見つめたゴルドンの眉間に、かすかにしわが寄った。

「……どこで見つけた」

 低い声でゴルドンが問う。彼の様子から想像するに、この石は危ないものなのだろうか――ニールは肩を縮めながら答えた。

「ええっと……俺たち、人を困らせる魔物を退治してまわってるんだけど、さっき倒したやつの体にこれが埋まってて。なんか変だなと思ったから、ゴルドンさんなら何か知ってるんじゃないかなって聞きに来たんだ」

 ニールの答えにゴルドンは何か言葉を返すことも、頷くこともなく再び黙ってしまった。
 アロンが彼の前掛けの裾をきゅっと握った。

「どうしたんだよ親方。親方も知らないようなすっげー石なのか!?」
「……虹石こうせきだ」

 それはニールが聞いたことのない名前だった。

「それはどんな石なんだ?」
「虹石には生き死にがある。こいつは死んだ虹石だ。ただの石と何も変わらない」
「生きてる虹石っていうのは」
「命が惜しいならこれ以上は関わるな」

 ゴルドンがきっぱりと言い放つ。怒鳴られた訳ではないがよく響く言葉に、ニールとアロンは揃って口をつぐんだ。
 少し間をおいて、ゴルドンが呟くように言った。

「……危険だ」

 彼はそれきりでまた黙り、手元の作業に取り掛かり始めた。これ以上ニールたちと話すつもりはないようだ。

「親方……」
「アロン、もう行こう。ゴルドンさん、ありがとう」

 得たのはわずかな情報だけだったが、もうゴルドンを煩わせることはできない。虹石という名前を知ることができただけでも収穫だ。ニールはアロンを促し、工房を後にした。ゴルドンがニールたちを見ることはなかった。

***
 
 戻ってきたニールは宿屋の二階、自分が寝泊まりしている部屋に自警団の全員を集めた。思い思いに床や椅子、寝台に座る仲間たちに向かい、魔物の体からとれた黒い石を見せる。

「誰か、『虹石』って聞いたことないか?」
「え、虹石!?」

 驚きの声をあげたのはエンディだった。

「知ってるのか、エンディ?」

 エンディは頷き、ニールの手の中にある虹石をまじまじと見た。

「僕も本物を見たのは初めて。とっても珍しい石で、偉い貴族や武勲をたてた騎士にだけ王様から与えられるんだ。父さんや兄さんはまだ持ってないよ」

 それを聞いたゼレーナが怪訝けげんそうな顔をした。

「そんなお偉方へのご褒美にしては、随分と地味な代物しろものじゃないですか?」
「うーん、虹石ってその名前の通りたくさんの色があるらしいんだけど、確かに黒色っていうのは聞いたことないなぁ……」

 ニールはゴルドンの言葉を思い出した。

「虹石には生き死にがあるってゴルドンさんは言ってた。これは死んだ虹石だって。だから黒いのかもしれないな」
「……結局、その虹石とやらが魔物の体に埋められていた理由については分からなかったのか」

 部屋の壁にもたれて立つイオが言う。

「ああ。ゴルドンさんは『危険だから関わるな』って。何がどう危ないのかは教えてくれなかったんだけど」
「私たちはその鍛冶師に直接お会いしたことがないので確かなことは分かりかねますが、普段むだ口をたたかないような方がそのように仰るというならその忠告は無下にはできないのでは?」

 ルメリオの言うことは最もだ。虹石について詳しく聞こうとしたニールへのゴルドンの態度は、どこか鬼気迫るものがあった。無闇にニールを脅かそうとしていたのではなく、彼は虹石の本質を知っている。
 大きな力を持つものを体に宿す魔物が王都の周りに出没し始めている。それはニールたちだけでなく、戦う術を持たない民たちにとっても脅威だ。

「でも……あたしたちにとって危険だとしても、困ってる人たちのことは放っておけないよね。いつ危ない魔物に襲われるか分からないまま暮らすなんて……」

 ニールの心をフランシエルが代弁した。そうだな、とニールは頷いた。

「皆、これから魔物を倒したときに石が体に埋まってないかも調べてくれ。魔物が出て来るのを止める手がかりが見つかるかもしれない」
「……あなたがこの程度で食い下がるとは思ってませんが、厄介なことにならなきゃいいんですけどね」

 話に飽きて寝台の上で眠りこけるギーランを横目に、ゼレーナが呟いた。

***

 イルバニア王国騎士団本部、その裏にある野外修練場に、勢い良く剣を振る一人の騎士の姿があった。

「やぁっ!」

 テオドール・ロンバルトは修練用の剣を手に、木で出来た人型の的へ打ち込みを繰り返していた。
 額にうっすらと汗が滲んでいる。それを袖で拭い、テオドールは腕まくりをした。呼吸を整えていると、たたずむ的がテオドールの目にとある人物の姿となり映る。青い髪を持つ、能天気な田舎者。そのくせテオドールを負かした――

「くそっ!」

 目の前の的をニールに見立て、テオドールは剣を振りかざした。
 絶対にニールに勝ってみせる、その決意は揺らいでいない。テオドールに負けた時の彼の顔を想像すれば、剣の握り過ぎで手の平の皮が剥けることも気にならない。
 かつてテオドールに理不尽な仕打ちをしていた騎士団員たちは、とある貴族から「光栄な任務」を命じられたといいしばらく戻っていない。テオドールにとっては好都合だ。騎士として名を立てようなどと今更思わない。いま望むのは、ただニールを己の力で打ち負かすことだけ――

「無駄な力を使い過ぎです。長期戦に持ち込まれれば勝てませんよ」

 突如として聞こえてきた声にテオドールは驚いて振り返った。立っていたのは剣術士隊の長、ベルモンドの副官を務める男、ヒューバートだ。
 テオドールは慌てて姿勢を正し立礼した。

「ですが闘志は何よりも強い武器となります。よほど勝ちたい相手がいるようですね」
「あ、あの、副官殿はなぜこちらに?」

 テオドールはおずおずと尋ねた。隊長のベルモンドの忠実な右腕が、一兵卒に時間を割く暇などないはずだ。

「ああ、失礼。では早速本題に」

 ヒューバートの瞳がテオドールの顔をまっすぐ見た。彼は己の部下が相手でも丁寧な態度を崩さないが、まとう雰囲気には圧倒されるものがある。

「テオドール・ロンバルト、貴方に特別な仕事を頼みたいのです」
「特別な仕事……?」

 ぴんと来ないまま、テオドールは副隊長の言葉を復唱した。これといって秀でたもののない見習いにできることなどたかが知れている。

「少々難しいことなのですが、貴方にしか頼めないのです」
「私にしかできないこと、ですか?」
「ベルモンド隊長より直々の指名です」

 それを聞きテオドールは一層、身を引き締めた。何を頼まれるのかまるで予想がつかないが、ベルモンドの命であれば断ることなどできない。

「引き受けて頂けますか?」
「は、はい!」

 テオドールの返事を聞き、ヒューバートは口元に微かに笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。詳しいことをお話ししますので着いてきてください」

 ヒューバートがそう言って羽織っている緑色の外套がいとうを翻し歩き出す。テオドールは剣を鞘に収め、小走りでその後を追った。
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