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二章 騎士団と自警団

14話 大切なものはそこに

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 寝台の上に仰向けに寝そべってただ天井を見つめ、それからどれ程経っただろうか。静かな部屋に扉を叩く音が響き、ニールはのろのろと体を起こした。

「ニール、私です」

 ルメリオの声だ。

「入ってもよろしいですか?」
「……ああ、いいよ」

 さすがにいつまでも閉じこもっているわけにはいかない。先ほどとってしまった態度について苦言を呈されるだろうが、それは覚悟の上だ。
 部屋に入ってきたルメリオは備え付けの椅子に腰を下ろし、ニールの方を見つめた。

「いかがです、落ち着かれましたか?」

 開口一番、叱られるかと思ったが、ルメリオは静かにそう尋ねるだけだった。

「……ああ」
「壁や天井を見つめて気持ちの整理ができるならそれでもいいですが、そうではないなら今すべて吐き出してしまいなさい」
「……分からないんだ、考えがぐちゃぐちゃでうまく話せないかもしれない」
「別に実のある議論をしに来たわけではありませんから、思いつくままで構いません」

 ルメリオは言い、その後黙ってニールの言葉を待っている。ニールはゆっくりと話し始めた。

「……俺はさ、騎士になりたくて、王都まで来て……でも無理だっていうことが分かって、一度は故郷に帰ろうと思った。でも、ずっと安全で何でもあると思ってた王都でも、魔物に怯える人がたくさんいるって知って……ここに残ることを決めた、はずだったんだ」

 だけど、とニールは続けた。

「こうやって頑張ってたら、いつか誰かが認めてくれて、騎士になる道が開けるんじゃないかって、いつの間にかそういう風にも思ってしまってた。テオドールに言われて気づいたんだ」

 誰にびているんだ、と彼は言っていた。当初はニール自身にそんなつもりはなかった。しかし、認められたい、努力を分かって欲しいという思いがなかったといえば嘘になる。

「俺の親は、物心つく前に二人とも死んだ。でも、周りの人が皆で俺を育ててくれたんだ。テオドールの言う通り、土まみれで牛や羊を追いかけたりしてさ……それもすごく楽しかったし幸せだった。村の人みんなが俺にとっては家族なんだ。でも、もしもすごい才能を引きついでたりとか、貴族の家に生まれることができていたら……とか、そういうことも考えてしまうんだよ」

 この村のことは心配いらないから、立派な騎士になって国中の人を守って欲しい――村長や面倒を見てくれた大人たち、一緒に育った若者、遊び相手をしてやった子供たち皆がそう言って、ニールを送り出してくれた。
 自分を大事にしてくれた人たちをないがしろにするような考えを持ってしまうことが情けなかった。

「それに今は皆がついてきてくれるけど、これ以上巻き込んでもいいのかって思うんだ。でも、もしも独りになってしまったら、俺はもう戦えないような気がして……」

 ニールは大きくため息をついた。

「ごめんルメリオ、ぜんぜん話がまとまってなくて」
「……いえ。いま考えていることはそれで全てですか?」
「……ああ。そうだな」
「では、私も少しお話しても?」

 ニールは頷いた。

「初めて私と会ったときのことを覚えていますか」

 ニールがルメリオと初めて出会ったのは、森を歩いていて見つけた彼が暮らす屋敷の前だ。

「ああ。勝手に色々調べようとして、怒らせちゃったよな」
「貴方がたのことは全く信用していませんでしたからね……その後、街でもう一度会ったでしょう。子供から悪口を言われる私を貴方は守ろうとしてくださった。あの時は立ち去ってしまいましたが、貴方の行いに私は救われました」
「ただ見過ごせなかっただけだよ……でも、ルメリオがそう思ってくれていたなら良かった」

 ルメリオは笑みを浮かべた。

「貴方には『壁』がないのです。誰に対しても素直に全力でぶつかっていこうとする。そして自身に向けられる感情も、すべて真っ向から受け止めている」

 良くも悪くも純粋過ぎるのですよ、とルメリオは言った。

「それは、たくさんの方々の愛情を浴びて育ってきたからこそだと思いますよ。貴方の誠実さは、これからもっと多くの人を救います。誇りなさい……私は少しだけ、貴方が羨ましいです」
「俺が……」
「貴方が騎士になれると保証するものは何もありませんし、ここでの暮らしに見切りをつけて故郷へ帰るというのならそれを止めはしません。そうなさりたいですか?」

 ニールは静かに首を振った。

「……いや、魔物に苦しめられている人がいるんだ。戦争が終わって騎士たちが戻ってくるまでは、小さなことしかできなくてもその人たちのために頑張りたい」

 ルメリオがかけてくれた言葉のおかげで、ニールの気持ちは随分と軽くなっていた。

「話を聞いてくれてありがとう、ルメリオ」
「誤解無きよう。私が来たのは貴方のためではなく、フランさんのためです」

 ルメリオはそう言って、帽子を脱いで前髪を手直ししまた被った。先ほどまではとても穏やかな調子で話していたが、徐々に普段の彼に戻りつつある。

「そうだ、フランに……というより皆に、ひどいこと言っちゃったな」
「フランさんも他の方も、ずっと貴方のことを案じていますよ。もう少ししたら戻ってくるはずですから、その時きちんと謝りなさいな」
「ああ。そうするよ」

 いつまでもぼんやりとはしていられない。ニールは寝台からぴょんと降りた。

***

 しばらくして仲間たちが戻ってきた。待っていたニールの姿を見つけ、アロンが駆け寄ってくる。

「ニール!」
「アロン、心配かけてごめんな。俺、ちょっと疲れてたみたいだ。でももう大丈夫だよ」
「ニールがいなくても、おれたちちゃんと頑張ったぞ!」
「はは、そっか。ありがとうな」

 ニールが頭を撫でてやると、アロンは嬉しそうに笑った。

「でも、街の人に聞かれたよ。今日はニールはいないのか、って」

 エンディがニールの顔を見上げる。

「皆、ニールが頑張ってるのを分かってるんだよ」
「落ち込むなとは言いませんけど、こんな奇抜な集まりの先頭に立てるのはやっぱりあなたしかいませんよ」

 あなたたちも何か言いなさい、とゼレーナがイオとギーランの方を見る。
 ギーランはため息をつきつつ、首の後ろをかいた。

「よく分からんけどよ、あのヒョロヒョロしたガキよか、大将の方がよっぽど骨があるぜ」
「……お前のやりたいようにすればいい」

 彼らなりにニールのことを思っているのが伝わって来る。ニールは笑ってうなずいた。
 ニールの視界に、縮こまっているフランシエルの姿が映る。彼女はゆっくりとニールの方へ近づいてきた。

「ニール……」
「フラン、本当にごめん。俺のことを元気づけようとしてくれてたのに、素直に受け止めることができなかった」

 フランシエルは頭を振った。

「ううん。そんなの気にしなくていいよ。ニール、あたしは……あたしたちはニールの友達で、何があっても味方だからね。それだけは絶対に忘れないで」

 思わず胸が熱くなる。初めて王都に来たあの日とは違い、もう自分は独りではない。

「皆ありがとう、本当にありがとう……よし、明日からまた頑張るか」

 おー! と答えてくれる声が、ニールにはとても頼もしかった。
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