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二章 騎士団と自警団
7話 終わりが来るその日まで
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「……くっ!」
ゼレーナが地面に膝をついた。肩で息をしている彼女をルメリオがかばうように立ち、声を張り上げた。
「ニール、ゼレーナさんはもう魔力が残っていません!」
ニールは歯噛みしつつ剣を構え、対峙している魔物を見た。馬よりも更に二回りは大きい体躯の魔物は猪のような姿で堅い皮膚を持ち、ギーランの重い一撃ですら受け付けなかった。それだけではない。近づくと、全身から炎を吹き出すのだ。間合いを詰めづらくイオの毒もうまく打ち込めない。攻撃を思うように当てられず、ニールたちは防戦一方となっていた。
唯一頼りになっていたのはゼレーナの魔法だが、彼女一人で仕留めきれないまま魔力が底をついてしまった。
「ニールごめん! 矢がもうない!」
どうにか急所が見つからないかとアロンも奮闘していたが、これ以上の成果は望めない。
「エンディ……」
ニールは思わずその名を呟いていた。もう一人の魔法が得意な仲間、エンディがいてくれたならまだ勝算があったはずだ。しかし今の状況で勝つための糸口は見つけられない。
苛立つギーランがうなった。
「こうなりゃ、燃えてでもぶった斬るしかねえ」
「駄目だギーラン、死ぬぞ!」
ニールが腕をつかんで止めようとしたがギーランはそれを振り払い、ニールをきつく睨んだ。
「ならどうするってんだ! 俺は他所の奴らがどうなろうが構わんが、大将はそうじゃねえんだろ?」
ギーランの言葉に、ニールは何も言い返せなかった。全身から炎を吹く魔物は近隣の村で火事を起こした。何とか離れた場所までおびき出したものの、ここでニールたちが退けば他の場所にも被害が出る恐れがある。
それはニールにも分かっていた。しかし仲間を失いたくはない。
「大将、そんな甘っちょろいことじゃ、いつか足元すくわれんぞ。切り捨てることを覚えろ!」
ギーランが戦斧を構える。すべてをかけて魔物を止める気だ。しかし彼が飛び出す前に、別の何かが高速で魔物の目前に躍り出た。
「何だ……!?」
白い半透明のものが魔物と真正面からぶつかり合った。己と同じくらいの大きさのものに体当たりされた猪の魔物が衝撃に怯み頭を左右に振る。
それは額に角が、背に翼が生えた馬に乗った、鎧を着こんだ騎士の形をしていた。魔物の出す炎をものともせず手にした剣を振り上げて向かっていく。魔法によって作り出されたものだ。
「間に合った……!」
息をきらしながら現れたのは、いつものように藍色のローブをまとったエンディだった。
「エンディ……!」
どうしてここに、とニールが問う前に、エンディは更に前に進み出た。
「僕に任せて!」
エンディが叫んだ。騎士を乗せる馬が後ろ脚で立ち、勇ましくいななくような仕草を見せる。翼が大きく上下した。騎士が盾を構え、魔物に向かっていった。
怒って咆哮する魔物と、エンディの魔法がぶつかり合う。魔物の体当たりを受けとめた騎士の姿が、わずかに薄くなった。
「うぅ……!」
エンディが小さく呻く。大量の魔力を一気に動かし、体力がどんどん失われつつある。
「エンディ! 無理するな!」
「僕は……僕は負けない……」
ニールの呼びかけに応えず、彼はうわごとのようにつぶやいている。
その時ニールたちの後方から、いくつもの氷の矢が飛んできて魔物の体に突き刺さった。
「手を止めるな!」
何者かが叫び、数十人の男がニールたちをかばって魔物を囲むように立つ。彼らの胸には王国の紋章が光っていた。
騎士たちが加勢に現れたのだ。魔術師が数人がかりで魔法の縄をつくり、魔物の足に絡めて体を倒した。一斉に強力な魔法の雨が降り注ぐ。
こうなっては魔物もひとたまりもない。四肢を拘束されたまま、まもなく絶命した。
どさりとエンディがその場にへたり込んだ。それと同じくして魔法で作られた騎士は姿を消した。
離れたところにいた仲間たちが彼のもとに集まってきた。
「エンディ、なんて無茶をするんです! あれだけのものを作って、そんなに急に魔力を消費したら体に影響が……!」
ゼレーナが叱咤するが、エンディは力なく笑い声を漏らした。
「あはは……でも、すごかったよね? あんまり役には立てなかったけど……」
「そんなことないさ、エンディが来てくれなかったら、ギーランが捨て身で突っ込んでいくところだった」
ニールが言うとギーランがふん、と鼻を鳴らした。
「死神に命を延ばされるなんてな。まだ死ぬには早えってか」
「なら、良かった……」
エンディの呼吸はまだ乱れている。フランシエルが心配そうに彼の横に膝をついた。
「体は大丈夫? どうしてここに来たの?」
「ありがとう、僕は大丈夫だよ」
エンディは立ち上がり、ニールの方を向いた。
「本当のことをずっと黙っていてごめん。どうしても、皆と一緒にいたかったんだ……僕は、あとどれだけ生きられるか分からない。平穏に過ごしていたほうがいいのは分かってる。でもそれじゃ嫌なんだ。もし戦いの中で死ぬことがあっても、僕は納得できる。だからお願い、これからも皆の仲間でいさせて!」
「エンディ……」
「……ニール、これはわたしたちが降参するしかないでしょう」
ゼレーナが静かに言った。
「そうだな……俺としても、エンディが戻ってきてくれるのは嬉しい。けど……」
アルフォンゾが、エンディの家族がそれを許してくれるだろうか。
「エンディ」
ニールが返事に迷っていると、背後から声が聞こえた。
アルフォンゾだ。加勢に来た騎士の中に混ざっていたらしい。騎士たちは魔物を調べるために数人残っている程度で、あとはその場にいなかった。
「兄さん……」
「まさか、ここで会うとはな」
「兄さん、ごめん。僕を大事に思ってくれてるのは知ってる。でも僕は、最期まで僕らしく生きていたいんだ。だから」
「もういい。分かった」
アルフォンゾはエンディの言葉を遮り、ひと呼吸おいてふっと笑みを浮かべた。
「俺の知らない間に、ずいぶんと大きくなったものだな……しっかりやれよ」
「兄さん……ありがとう!」
「やったな、エンディ!」
アロンがその場で嬉しそうに跳ねた。
そして、とアルフォンゾがニールに向き直った。
「俺たちが来るまで、よく時間を稼いでくれた。近隣の村へは他の団員がすでに向かっているから心配しないでくれ」
「なら、俺たちも一緒に行くよ。何かできることがあるかもしれない。皆、行こう」
近くの村へ向かおうとしたニールを、アルフォンゾが呼び止めた。
「ニールだったか。すまない、少し残ってくれないか」
「え?」
一体どうしたのだろう。ニールは仲間たちに先に行くよう促した後、アルフォンゾの方へ引き返した。
「まさか騎士団より早くお前たちの方に救援の要請が来るなんて、信頼されているんだな」
「はは、俺ひとりの力じゃない。皆で積み上げてきたものだよ。もちろん、エンディも一緒に」
そうか、とアルフォンゾは笑った後、真剣な顔つきになった。
「エンディの病気だが……残っている記録では、かかってから三年より長く生きた者はいないらしい」
「そうなのか? でも……」
アルフォンゾから最初に聞かされた話では、エンディに病が見つかったのは彼が七歳の時だったはずだ。
「今、ああやって自由に動き回れていることが奇跡だ。ただの偶然か、あいつの生きようとする力か、死神の気まぐれか……」
アルフォンゾは言葉をきり、ニールの顔を真っすぐ見つめた。
「俺はまたすぐに戦地へ行かなければならない。そもそも、俺だってエンディと似たようなものだ。常に死と隣り合わせで生きている……もしもの時には、弟を頼む」
騎士である以上、命の危険は常につきまとう。アルフォンゾもエンディを置いて逝ってしまうかもしれない。
ニールは頷いた。
「ああ。任せてくれ」
安心したようで、アルフォンゾの表情が和らいだ。
「俺はあまり偉そうにものを言える立場ではないが……お前たちのことを応援する。民の味方でいてくれ」
「ありがとう! それじゃあ、俺は行くよ」
ニールはそう言うと、先に行った仲間たちが向かった方へ走り出した。
彼の姿を見送り、アルフォンゾは魔物の死体の方へ目をやった。
強力な魔物が人の住む場所近くに現れることは、以前は滅多になかった。しかも体から炎を出す魔物などアルフォンゾは今まで見たことがない。
悪いことの予兆でなければいいのだが――アルフォンゾは不安を振り払い、一連の出来事を報告するため王都への道を歩いて行った。
ゼレーナが地面に膝をついた。肩で息をしている彼女をルメリオがかばうように立ち、声を張り上げた。
「ニール、ゼレーナさんはもう魔力が残っていません!」
ニールは歯噛みしつつ剣を構え、対峙している魔物を見た。馬よりも更に二回りは大きい体躯の魔物は猪のような姿で堅い皮膚を持ち、ギーランの重い一撃ですら受け付けなかった。それだけではない。近づくと、全身から炎を吹き出すのだ。間合いを詰めづらくイオの毒もうまく打ち込めない。攻撃を思うように当てられず、ニールたちは防戦一方となっていた。
唯一頼りになっていたのはゼレーナの魔法だが、彼女一人で仕留めきれないまま魔力が底をついてしまった。
「ニールごめん! 矢がもうない!」
どうにか急所が見つからないかとアロンも奮闘していたが、これ以上の成果は望めない。
「エンディ……」
ニールは思わずその名を呟いていた。もう一人の魔法が得意な仲間、エンディがいてくれたならまだ勝算があったはずだ。しかし今の状況で勝つための糸口は見つけられない。
苛立つギーランがうなった。
「こうなりゃ、燃えてでもぶった斬るしかねえ」
「駄目だギーラン、死ぬぞ!」
ニールが腕をつかんで止めようとしたがギーランはそれを振り払い、ニールをきつく睨んだ。
「ならどうするってんだ! 俺は他所の奴らがどうなろうが構わんが、大将はそうじゃねえんだろ?」
ギーランの言葉に、ニールは何も言い返せなかった。全身から炎を吹く魔物は近隣の村で火事を起こした。何とか離れた場所までおびき出したものの、ここでニールたちが退けば他の場所にも被害が出る恐れがある。
それはニールにも分かっていた。しかし仲間を失いたくはない。
「大将、そんな甘っちょろいことじゃ、いつか足元すくわれんぞ。切り捨てることを覚えろ!」
ギーランが戦斧を構える。すべてをかけて魔物を止める気だ。しかし彼が飛び出す前に、別の何かが高速で魔物の目前に躍り出た。
「何だ……!?」
白い半透明のものが魔物と真正面からぶつかり合った。己と同じくらいの大きさのものに体当たりされた猪の魔物が衝撃に怯み頭を左右に振る。
それは額に角が、背に翼が生えた馬に乗った、鎧を着こんだ騎士の形をしていた。魔物の出す炎をものともせず手にした剣を振り上げて向かっていく。魔法によって作り出されたものだ。
「間に合った……!」
息をきらしながら現れたのは、いつものように藍色のローブをまとったエンディだった。
「エンディ……!」
どうしてここに、とニールが問う前に、エンディは更に前に進み出た。
「僕に任せて!」
エンディが叫んだ。騎士を乗せる馬が後ろ脚で立ち、勇ましくいななくような仕草を見せる。翼が大きく上下した。騎士が盾を構え、魔物に向かっていった。
怒って咆哮する魔物と、エンディの魔法がぶつかり合う。魔物の体当たりを受けとめた騎士の姿が、わずかに薄くなった。
「うぅ……!」
エンディが小さく呻く。大量の魔力を一気に動かし、体力がどんどん失われつつある。
「エンディ! 無理するな!」
「僕は……僕は負けない……」
ニールの呼びかけに応えず、彼はうわごとのようにつぶやいている。
その時ニールたちの後方から、いくつもの氷の矢が飛んできて魔物の体に突き刺さった。
「手を止めるな!」
何者かが叫び、数十人の男がニールたちをかばって魔物を囲むように立つ。彼らの胸には王国の紋章が光っていた。
騎士たちが加勢に現れたのだ。魔術師が数人がかりで魔法の縄をつくり、魔物の足に絡めて体を倒した。一斉に強力な魔法の雨が降り注ぐ。
こうなっては魔物もひとたまりもない。四肢を拘束されたまま、まもなく絶命した。
どさりとエンディがその場にへたり込んだ。それと同じくして魔法で作られた騎士は姿を消した。
離れたところにいた仲間たちが彼のもとに集まってきた。
「エンディ、なんて無茶をするんです! あれだけのものを作って、そんなに急に魔力を消費したら体に影響が……!」
ゼレーナが叱咤するが、エンディは力なく笑い声を漏らした。
「あはは……でも、すごかったよね? あんまり役には立てなかったけど……」
「そんなことないさ、エンディが来てくれなかったら、ギーランが捨て身で突っ込んでいくところだった」
ニールが言うとギーランがふん、と鼻を鳴らした。
「死神に命を延ばされるなんてな。まだ死ぬには早えってか」
「なら、良かった……」
エンディの呼吸はまだ乱れている。フランシエルが心配そうに彼の横に膝をついた。
「体は大丈夫? どうしてここに来たの?」
「ありがとう、僕は大丈夫だよ」
エンディは立ち上がり、ニールの方を向いた。
「本当のことをずっと黙っていてごめん。どうしても、皆と一緒にいたかったんだ……僕は、あとどれだけ生きられるか分からない。平穏に過ごしていたほうがいいのは分かってる。でもそれじゃ嫌なんだ。もし戦いの中で死ぬことがあっても、僕は納得できる。だからお願い、これからも皆の仲間でいさせて!」
「エンディ……」
「……ニール、これはわたしたちが降参するしかないでしょう」
ゼレーナが静かに言った。
「そうだな……俺としても、エンディが戻ってきてくれるのは嬉しい。けど……」
アルフォンゾが、エンディの家族がそれを許してくれるだろうか。
「エンディ」
ニールが返事に迷っていると、背後から声が聞こえた。
アルフォンゾだ。加勢に来た騎士の中に混ざっていたらしい。騎士たちは魔物を調べるために数人残っている程度で、あとはその場にいなかった。
「兄さん……」
「まさか、ここで会うとはな」
「兄さん、ごめん。僕を大事に思ってくれてるのは知ってる。でも僕は、最期まで僕らしく生きていたいんだ。だから」
「もういい。分かった」
アルフォンゾはエンディの言葉を遮り、ひと呼吸おいてふっと笑みを浮かべた。
「俺の知らない間に、ずいぶんと大きくなったものだな……しっかりやれよ」
「兄さん……ありがとう!」
「やったな、エンディ!」
アロンがその場で嬉しそうに跳ねた。
そして、とアルフォンゾがニールに向き直った。
「俺たちが来るまで、よく時間を稼いでくれた。近隣の村へは他の団員がすでに向かっているから心配しないでくれ」
「なら、俺たちも一緒に行くよ。何かできることがあるかもしれない。皆、行こう」
近くの村へ向かおうとしたニールを、アルフォンゾが呼び止めた。
「ニールだったか。すまない、少し残ってくれないか」
「え?」
一体どうしたのだろう。ニールは仲間たちに先に行くよう促した後、アルフォンゾの方へ引き返した。
「まさか騎士団より早くお前たちの方に救援の要請が来るなんて、信頼されているんだな」
「はは、俺ひとりの力じゃない。皆で積み上げてきたものだよ。もちろん、エンディも一緒に」
そうか、とアルフォンゾは笑った後、真剣な顔つきになった。
「エンディの病気だが……残っている記録では、かかってから三年より長く生きた者はいないらしい」
「そうなのか? でも……」
アルフォンゾから最初に聞かされた話では、エンディに病が見つかったのは彼が七歳の時だったはずだ。
「今、ああやって自由に動き回れていることが奇跡だ。ただの偶然か、あいつの生きようとする力か、死神の気まぐれか……」
アルフォンゾは言葉をきり、ニールの顔を真っすぐ見つめた。
「俺はまたすぐに戦地へ行かなければならない。そもそも、俺だってエンディと似たようなものだ。常に死と隣り合わせで生きている……もしもの時には、弟を頼む」
騎士である以上、命の危険は常につきまとう。アルフォンゾもエンディを置いて逝ってしまうかもしれない。
ニールは頷いた。
「ああ。任せてくれ」
安心したようで、アルフォンゾの表情が和らいだ。
「俺はあまり偉そうにものを言える立場ではないが……お前たちのことを応援する。民の味方でいてくれ」
「ありがとう! それじゃあ、俺は行くよ」
ニールはそう言うと、先に行った仲間たちが向かった方へ走り出した。
彼の姿を見送り、アルフォンゾは魔物の死体の方へ目をやった。
強力な魔物が人の住む場所近くに現れることは、以前は滅多になかった。しかも体から炎を出す魔物などアルフォンゾは今まで見たことがない。
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