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一章 結成!自警団

15話 隻眼の旅人

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 朝の月の雫亭は、他の宿泊客がいなければ静かだ。ニールとアロンは同じ時間に起きる。ギーランは大抵、それよりも遅くにのそのそと一階に降りてくる。
 月の雫亭で寝泊まりをしているのはこの三人だ。ゼレーナとエンディはそれぞれ王都にある自分の家からここに通っている。エンディの家族は仕事のため長いあいだ家を留守にしており、とやかく言われることはないらしい。
 そして新たに仲間になった彼も、住んでいる街からやって来てくれる。
 宿屋の入り口の扉が静かに開けられた。

「おはよう、ルメリオ!」

 ニールは入って来た青年に声をかけた。ルメリオは毎日、頭に被っている帽子から履いている革靴まで、ぱりっと決めて現れる。上着の胸のポケットには、ピンク色の薔薇が挿してあった。支度してここに来るまででそれなりの時間を要するはずだが、彼は疲れた様子を見せない。
 アロンは反対に、眠そうに目を擦ってルメリオに挨拶した。

「おはよー」
「おはようございます」

 ルメリオは決して友好的でも、饒舌じょうぜつなわけでもない――少なくともニールに対しては。
 二階から姿を現したジュリエナが、ルメリオを見て微笑んだ。

「あらぁ、おはよぉルメリオさん」

 ルメリオは彼女の姿を見るやいなやその目前に移動し、一礼した。

「おはようございます、ジュリエナさん。今日もお綺麗でいらっしゃる。まるで朝露に濡れた薔薇のようですね」
「ふふふ、もう、お上手だわぁ」

 目の前で始まったかけ合いを、ニールはぼんやりと見ていた。
 ルメリオは、女性相手だと驚くほど態度が柔らかくなる。ジュリエナとの初対面の際、「色男さん」と呼ばれたことで彼女をいたく気に入ったようで、顔を合わせるといつもこんな調子だ。

「毎朝大変ねぇ。ベルセイムから歩いてくるなんて」
「大した距離ではありませんよ。貴女にお会いできるなら矢が降る道でも喜んで歩きます」
「たまにはうちに泊まってくれてもいいのよぉ? 儲かるから」
「ははは、商売も上手でいらっしゃる……おや」

 ルメリオが宿屋の厨房の出入り口に目をとめた。ジュリエナの末の妹、ミアが立っている。栗色の髪をおさげにした彼女はすでにルメリオとも顔見知りだが、恥ずかしがり屋のため家族以外で心を開くのは今のところニールとアロンくらいだ。
 もじもじしているミアの前に、ルメリオが片膝をついた。

「ご機嫌よう、小さな姫君」

 ルメリオは微笑み、胸のポケットにしまっていたピンク色の薔薇をとってミアに差し出した。

「お会いできて良かった。今朝、庭に貴女のように可愛らしい花が咲いたのでお渡ししたく持ってきました。さぁどうぞ」

 いきなりの贈り物にミアは驚いたようだが、薔薇を手に取ると、その顔に徐々に笑みが広がった。

「……ありがとう」
「良かったわねぇ、ミア」
「どういたしまして。姫君のお気に召したなら何よりです」
「……うわぁ、相手が子供でも見境なしですか」

 声の主、ゼレーナの登場にルメリオはすっくと立ちあがり彼女の方に向き直った。

「ゼレーナさん! 私としたことが気づかずとんだ失礼を。いやはや、今日も美しい。私の庭に咲く花をすべて集めても貴女の前では色あせて見えるでしょう」

 甘い言葉にもゼレーナは眉ひとつ動かさず、冷ややかな視線をルメリオに投げかけた。
 このやり取りももはや日常となりつつある。ルメリオはゼレーナの毒舌や冷たい目にもめげず、歯が浮くような台詞を並べる。どうして仲間になってくれたのか、とニールが問うた時、彼はゼレーナの傍にいたいからだという本気なのか冗談なのか分からない答えしか返さなかった。

「ですが訂正させて頂きたく。私は女性を喜ばせることが生きがいなだけです。それに、一番は貴女ですからどうか妬かないでください」
「……焼いてやりたいですよ。わたしの魔法で真っ黒焦げになるまで」

 何とかしてくださいと、ゼレーナがニールに目で訴えてくる。ルメリオは言動こそやや突飛だが、彼の守りや治癒の魔法はとても頼りになるのだ。ゼレーナも魔力をもつ者としてそれを理解しているからこそ、そこまで強気には出ていない。
 ニールは苦笑しつつ、肩をすくめた。

***

 王都から伸びる街道沿いに魔物が現れたと聞きつけ、ニールたちはその方へ向かっていた。アロンの家がある村へつながる道だ。
 通りがかりの行商人の集団が襲撃に会い、その中の一人が大急ぎで王都に駆け込んできた。王都の民づてにニールたちのことを聞き、助けを求めてやって来たのだ。

「あそこです!」

 助けを乞うてきた若い商人の男が前方を指さす。整備された道をはずれた草地に、馬車が止まっている。数台の荷台が横転していたが、馬車に繋がれた馬は落ち着いていた。
 魔物に襲われ惨事になっている――と思いきや、ニールの目の前に広がる光景は、予想していたものではなかった。
 魔物たちは確かにいた。しかしすべて、こと切れて地面に横たわっている。散らばる魔物の死体の中心に一人の青年が立っていた。ニールとあまり変わらないぐらいの年齢だろう。暗い茶色の髪をした青年は、両手にそれぞれ、刃が三日月のように湾曲した剣を持っていた。くすんだ赤色の細長い布を額に巻き、左目を黒い眼帯で覆っている。長い外套がいとうの下は、動きやすそうな軽装と革のブーツだ。

「あれ……?」

 ニールたちをここまで連れてきた商人は、呆気にとられてその光景を見つめた。
 青年はニールたちの方をちらりと見ると、剣を腰の鞘にしまいその場をさっさと走り去っていった。王都へ向かう道からはそれた方に向かっていく。

「もしかして、さっきの人が全部倒しちゃった……?」

 魔物の死体をぽかんと見ながらエンディが言った。無駄足ですか、とゼレーナがうめく。戦えると期待していたギーランも不満気だ。
 商人の男がはっと我に返り、馬車の方へ走り寄った。

「おーい!」

 呼びかけに応え、商人たちが馬車から降りて来た。そのうちの一人が辺りを見回した。恰幅かっぷくの良い中年の男だ。

「眼帯の兄ちゃんはどこだ?」
「つい今、どこかに行っちまった。何があったんだ?」
「お前が助けを呼びにいってすぐ、どこからともなくあの兄ちゃんが現れて魔物の相手を引き受けてくれたんだよ」
「そうだったのか……」

 青年がニールたちの方に向き直り、申し訳なさそうな顔をした。

「すまない。せっかく来てもらったのに……」

 ニールは構わない、と微笑んだ。魔物が片付いたのなら何よりだ。

「気にしないでくれ。それより荷台を戻すのを手伝うよ。怪我人はいないか?」

 大丈夫だ、と中年の男が頷いた。

「助かるよ。品物を少し分けよう。本当はあの兄ちゃんにも礼をしたかったんだが……」

 幸いにも大した怪我人はおらず、ルメリオが軽く治癒魔法を使うだけで事足りた。
 片付けを手伝った後、商人に別れを告げニールたちは王都へと戻った。
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