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第二章
第8話:お姫様と昔話
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護衛中というのはとにかく暇だ。
神との会話が出来る聖人とバレていることもあり、半端に要人扱いを受けていることもあって、護衛中は雑用もなければそれで小言を受けることもない。
聖人といっても、リロ限定で声が聞こえると思われているだけだが。
「……あー、聖女様の方は大丈夫なんスかねぇ」
リロの頭を撫でながらシャルに声をかけ……休みだったことを思い出す。
「あっ、休みだったッスね。 シャルは」
「仲良しさんですね。 ふふ」
本を開いてカラ水で出した水を口にしているティルは小さく笑う。 暗殺の恐怖もあるだろうに、気丈な子だ。
照れ隠しにリロを撫でようとするが、跳ねて逃げられティルの膝元に移動する。
寝言で「ヒトタチ」と何度も口にしていたことが気に障ったらしい。 まぁ、一緒に寝ていて他の異性の寝言をずっと言っていたら気分が悪いという気持ちは分かる。
「恥ずかしいところを見られちゃったッスよ。 というか、シャルって非番の日にちゃんと休むタイプなんスね」
「そうですね。 シャルが近くにいないのは久しぶりです。 いつもは私が心配だからと、休みの日でも離れないのですが……。 レイヴ様の近くなら、と信頼しているのでしょうね」
「あー、なかなか照れるッスね。 ……シャルとは仲良しなんスか?」
「……どうでしょうか。 私は信頼していて、彼女のことは大好きですけど……」
ティルは本をパタリと閉じて、困ったように首をかしげる。
「彼女は、仕事ですから」
「ん、ティルが好きなら両想いッスよ。仕事って割り切ってるなら、非番の日に出張ってくるなんてことはないッスよ。 近くにいるときに何かあったら責任取ることになるんだから、わざわざくるのは基本損ッス」
「……でも」
「損なのに一緒にいたい。 守りたいって思うってことは、好きってことッスよ。 あっ、昨日普通に休んでたのは用事があったからで、王女様のことが好きじゃないってことじゃないッスからね?」
ティルは小さく笑って、膝の上にいるリロを撫でる。
「……ありがとうございます」
やっぱり元気がない。 狙われていて、食事や水にも気を使わなければならないという状況は幼いティルには酷なのだろう。
いや、普通はこういう状況なら元気もなくなるか。
言葉で大丈夫だ。 と言おうかとも思ったが、言葉だけでは安心出来ないだろう。
……何か子供を喜ばせるようなものってあっただろうか。 特に思いつかない。
「……あっ、そういえば王女様はは力持ちッスか?」
「……? 普通だと思いますけど」
「あー、これ出来ます?」
ポケットから硬貨を取り出し、両手で摘んでちぎる。
王女様は首を傾げながら俺が千切った硬貨を手に取って、同じようにちぎった。
あっ、妹だ。 と、妙に納得してしまう。
「これがどうかしたんですか?」
「……王子様とかも出来るッスよね?」
「えっ? ええ、多分……ですけど、二人とも、お兄様は力持ちですから」
「……そっすか」
完全に血である。 これ、髪色とか顔も似てるから、せめて筋力だけは隠していた方がいいだろうか。
ティルは不思議そうに俺を見て、何度か瞬きをする。
「……本当に、グレイお兄様と似ています」
「……気のせいッスよ」
「というか、グレイお兄様?」
「違うッス。 そんなに長いこと会ってないんスか?」
「ええ……まぁ……お父様の容態が悪くなってからは……あまり機会がなく」
「……容態?」
「あっ! す、すみません! 忘れてください!」
「あー、忘れたッス。 ちょっと王女様の可愛さに見惚れて忘れたッス」
顔を少し朱に染めているティルを見ながら、少し前に会った父を思い出す。
……老けてこそいたが、そう体調が悪いようには見えなかったし、顔色ややつれを隠すような化粧もしていなかった。
「……体調悪くてなってから会ったりしたッスか?」
「忘れたことにしてください……。 私、怒られちゃうので。 最近は移ってはいけないからと、会えていませんね」
「……大丈夫ならいいんすけど」
「……はい」
俺に直接会ったぐらいだから感染するような病ではないだろう。 そうなると、誰かがティルに嘘を伝えた? ティルと親父が会わないようにするために。
……いや、そんなことをしても意味がないだろう。 互いの行動は当然ほとんど筒抜けだし、直接会わないにしろやりとりは発生する。
すぐに嘘がバレて、無意味にキツイ罰則を受けるだけだ。
だとしたら、本当に体調が悪かった? いや、伝染病と伝えられているなら、それもないはずだ。
そうなると……嘘をついていたのは、嘘がバレてもお咎めがなく、嘘を隠し通せる立場。 そんなの、父親……現国王に他ならない。
そんな馬鹿な。 と、思うが、それ以外にそれをやれる人間もいない。
……ロム爺辺りに意見を聞きたいが、そうもいかないだろう。 そもそも休みでもなければ会えないのもそうだが、ロム爺に情報を渡すと、樹の信徒に情報がいきかねない。 バレてはいけないような話の相談には向かないだろう。
「どうかなさいましたか?」
「……いや、立派な方っしたから、体調を崩したとなれば気が気じゃなくなって……」
「そうですよね。 みんな、その報告があってから暗くなってしまって……」
「……みんな?」
「ええ、皆様、ご心配をなさってくださっています」
ティルだけに吐かれた嘘じゃない。 ……むしろ、ティルに嘘を吐く意味はないから、ティルには都合上必要だったから嘘を吐いただけ?
……ティルに差し向けられた暗殺。 ……これは、王位継承争いだったのか?
もうすぐ王が死ぬから、邪魔な王子を謀殺するというのは、兄弟がしているとは思いたくないが、ありがちなものだ。
……親父はそれを狙っていたのか?
……ある程度自分が存命の間に、膿を出して起きたいというのも理解出来るが……幼いティルに危険が及ぶことも分かっているはずだ。 いや、邪神のことを知っていて、邪神が育つ前に対処するつもりか。
どちらにせよ、親父の判断でティルが危険に晒されていることは間違いない。
「そういえば、レイヴ様はシャルと良い仲なのですか?」
ティルは持っていた本を放り出すような勢いで机に置いて、ずいっと、椅子が音を立てるほど前のめりになって目を輝かせる。
「ま、ませてるッスね」
「照れていらっしゃいますの? うふふ、シャルは浮いた話がなかったから、心配していましたの」
「誠に残念なことながら……シャルとはここでしか会うことがないッスよ。 休みが合わないッスからね」
「えー、本当はどうなんですか?」
「綺麗ッスし仲良くなりたいッスね。 陰で褒めたりして俺の好感度を上げておいてくれないッスか?」
「うふふ、ちゃんと自分で話してください」
「手厳しいッスね。 ……機密とかそういうのに触れない範囲で、昔の思い出とか教えてもらえないッスか? 家族との他愛ない話みたいなのがほしいッス。 楽しかったこととか」
「変わったことを尋ねるんですね。 楽しかったこと……ですか」
本当はこんなことも尋ねるべきではないのだろう。 ティルは自分のことを自由に話すことが出来ない。 それは王家の情報や国の機密が漏れ出てしまうかもしれないからだ。
話せることは限られているだろう。 それに何より……下手に仲良くして、彼女が産まれる前に死んだはずの長兄であるとバレてはいけない。
困ったような表情のティルは、ゆっくりと口を開ける。
「……グレイお兄様と街に出て、お買い物したことが楽しかったですね」
「へー、いいっすね。 よく許可降りたッスね」
「ん、ふふ、実は隠れて出ていったんです。 グレイお兄様に連れられて、シャルには秘密ですよ? 彼女が来る前のことだったので」
「なるほど、あんまり褒められたものじゃないッスね。 こう見えても、俺は厳しいんでキッチリ叱るッスよ。 めっ!」
「きゃー、こわいー」
妹可愛い。 そして俺の威厳が足りない。
「お母様に渡す花束を二つ買ったのと、ちょっと買い食いというのをしただけだったんですけどね。 あ、私とグレイお兄様のお母様と、クラウお兄様のお母様の二人分ですよ。 花束は。 楽しかったです……そのあと、めちゃくちゃ怒られましたけど」
「そりゃ、心配して怒るッスよ。 愛されてていいッスね」
「はい! ……また行きたいんですけど、もう……無理ですよね」
「まぁ……難しいッスね。 護衛ぞろぞろ連れて行っても囲まれて人数負けする可能性もあるッスし、遠くから矢で射られる可能性もあるッスからね。 ……ひと段落したらッスね」
まぁ、そうすると俺もいる意味がなくなるので、王子バレする前にさっさと辞める必要があるけれど。 寂しいものである。
「……グレイ王子とは仲が良いんスね」
「はい。 本当は良くないのでしょうが、良く会いにきてくださるんですよ」
「自由な人ッスね」
俺が4歳の時に2歳だったはずだから、今は14……あ、そろそろ15歳か。
「だいたい週に一度ぐらいはきてくださるので、今日か明日には……」
廊下からバタバタと足音が聞こえてくる。 非常に嫌な予感がする。 ……いや、大丈夫だ。 あいつが2歳の頃だし……覚えてないはず。
俺も随分成長したしな。
ノックの音が聴こえて、ティルが入っても良いと伝える。
「あっ! グレイお兄様!」
扉が開き、ティルが声をあげたのと同時に、全力で包帯を顔に巻きつける。
「ティール! お兄ちゃんが会いにきたぞー! はい、これ、街で流行ってるお菓子だ。 シャルさんと一緒に食べてくれ。 あれ? シャルさんは? ……それに、なんだこのミイラ男は」
「……ミイラ男? ……れ、レイヴ様、何をなさっているのですか?」
「……な、なんでもないッスよ?」
グレイに顔を見られるのは非常にまずい。 多分覚えていないと思うけれど、まったくの初対面のティルとは違ってグレイは昔は仲良くしていた弟である。 バレる可能性がある。
大きくなった弟の姿に感動と驚き、若干のもの寂しさを覚えながら、不審な目で見てくるグレイから目を逸らす。
「お、俺は怪しくないミイラ男のレイヴ=アーテルッス。 優しさと愛の塊ッス」
「……怪しい男め」
「いや、ちゃんとした護衛ッスよ! ねっ、王女様!」
「えっ、あっ、はい。 ……なんで包帯ぐるぐる巻きにしてるんですか?」
「趣味ッス」
「……怪しいな。 ……やましいことがないなら、それを解いて顔を見せろ」
「……それは出来ないッス。 ……ちょっとイケメンすぎて、惚れられると困るッスから……ほら、男の趣味はないので」
「俺もねえよ! ほら、面見せろ」
「やだっ、強引……っ!」
包帯を剥ぎ取られて、素のままの顔をジッと見られる。
バレたらどうしようかと思いながら見られ、グレイが首を傾げたのを見る。
「普通の顔だな。 なんで隠してたんだよ」
「いや、普通じゃなくてイケメンッスよ」
「普通の顔だな。 ……というか、この妙な男が護衛なのか」
「そっすよ。 あっ、俺は護衛らしく黙ってるッスから、話はどうぞ」
クッキーを齧りながらそう言う。
「……護衛らしく………?」
「毒味ッスよ。 決して美味しいから食べてるわけじゃないッス」
「……そうか。 ……ティルと二人で話したいのだが」
「護衛ッスから離れることは出来ないッスよ。 申し訳ないッス。 聞いてないフリしてるッスから」
「……口外するなよ」
「もちろんッス」
本当に成長してるなぁ……。 ちゃんと言葉を話せてて偉いな……。 クッキー買ってあげようかな。
「……陛下からの連絡だ。 退位に向けて、俺たち三人で、神狐……アークナインテイル様のところに向かい、誰かが契約をしろ。 とのことだ」
「……そんなに、容態が悪いのですか?」
「さあな。 直接聞いたわけではない」
「……そうですか。 ……分かりました」
ティルはグレイの言葉に頷く。 代々国王と契約を結んでいる神……アークナインテイル。 それと王子の契約はつまり……王の退位を示していた。
神との会話が出来る聖人とバレていることもあり、半端に要人扱いを受けていることもあって、護衛中は雑用もなければそれで小言を受けることもない。
聖人といっても、リロ限定で声が聞こえると思われているだけだが。
「……あー、聖女様の方は大丈夫なんスかねぇ」
リロの頭を撫でながらシャルに声をかけ……休みだったことを思い出す。
「あっ、休みだったッスね。 シャルは」
「仲良しさんですね。 ふふ」
本を開いてカラ水で出した水を口にしているティルは小さく笑う。 暗殺の恐怖もあるだろうに、気丈な子だ。
照れ隠しにリロを撫でようとするが、跳ねて逃げられティルの膝元に移動する。
寝言で「ヒトタチ」と何度も口にしていたことが気に障ったらしい。 まぁ、一緒に寝ていて他の異性の寝言をずっと言っていたら気分が悪いという気持ちは分かる。
「恥ずかしいところを見られちゃったッスよ。 というか、シャルって非番の日にちゃんと休むタイプなんスね」
「そうですね。 シャルが近くにいないのは久しぶりです。 いつもは私が心配だからと、休みの日でも離れないのですが……。 レイヴ様の近くなら、と信頼しているのでしょうね」
「あー、なかなか照れるッスね。 ……シャルとは仲良しなんスか?」
「……どうでしょうか。 私は信頼していて、彼女のことは大好きですけど……」
ティルは本をパタリと閉じて、困ったように首をかしげる。
「彼女は、仕事ですから」
「ん、ティルが好きなら両想いッスよ。仕事って割り切ってるなら、非番の日に出張ってくるなんてことはないッスよ。 近くにいるときに何かあったら責任取ることになるんだから、わざわざくるのは基本損ッス」
「……でも」
「損なのに一緒にいたい。 守りたいって思うってことは、好きってことッスよ。 あっ、昨日普通に休んでたのは用事があったからで、王女様のことが好きじゃないってことじゃないッスからね?」
ティルは小さく笑って、膝の上にいるリロを撫でる。
「……ありがとうございます」
やっぱり元気がない。 狙われていて、食事や水にも気を使わなければならないという状況は幼いティルには酷なのだろう。
いや、普通はこういう状況なら元気もなくなるか。
言葉で大丈夫だ。 と言おうかとも思ったが、言葉だけでは安心出来ないだろう。
……何か子供を喜ばせるようなものってあっただろうか。 特に思いつかない。
「……あっ、そういえば王女様はは力持ちッスか?」
「……? 普通だと思いますけど」
「あー、これ出来ます?」
ポケットから硬貨を取り出し、両手で摘んでちぎる。
王女様は首を傾げながら俺が千切った硬貨を手に取って、同じようにちぎった。
あっ、妹だ。 と、妙に納得してしまう。
「これがどうかしたんですか?」
「……王子様とかも出来るッスよね?」
「えっ? ええ、多分……ですけど、二人とも、お兄様は力持ちですから」
「……そっすか」
完全に血である。 これ、髪色とか顔も似てるから、せめて筋力だけは隠していた方がいいだろうか。
ティルは不思議そうに俺を見て、何度か瞬きをする。
「……本当に、グレイお兄様と似ています」
「……気のせいッスよ」
「というか、グレイお兄様?」
「違うッス。 そんなに長いこと会ってないんスか?」
「ええ……まぁ……お父様の容態が悪くなってからは……あまり機会がなく」
「……容態?」
「あっ! す、すみません! 忘れてください!」
「あー、忘れたッス。 ちょっと王女様の可愛さに見惚れて忘れたッス」
顔を少し朱に染めているティルを見ながら、少し前に会った父を思い出す。
……老けてこそいたが、そう体調が悪いようには見えなかったし、顔色ややつれを隠すような化粧もしていなかった。
「……体調悪くてなってから会ったりしたッスか?」
「忘れたことにしてください……。 私、怒られちゃうので。 最近は移ってはいけないからと、会えていませんね」
「……大丈夫ならいいんすけど」
「……はい」
俺に直接会ったぐらいだから感染するような病ではないだろう。 そうなると、誰かがティルに嘘を伝えた? ティルと親父が会わないようにするために。
……いや、そんなことをしても意味がないだろう。 互いの行動は当然ほとんど筒抜けだし、直接会わないにしろやりとりは発生する。
すぐに嘘がバレて、無意味にキツイ罰則を受けるだけだ。
だとしたら、本当に体調が悪かった? いや、伝染病と伝えられているなら、それもないはずだ。
そうなると……嘘をついていたのは、嘘がバレてもお咎めがなく、嘘を隠し通せる立場。 そんなの、父親……現国王に他ならない。
そんな馬鹿な。 と、思うが、それ以外にそれをやれる人間もいない。
……ロム爺辺りに意見を聞きたいが、そうもいかないだろう。 そもそも休みでもなければ会えないのもそうだが、ロム爺に情報を渡すと、樹の信徒に情報がいきかねない。 バレてはいけないような話の相談には向かないだろう。
「どうかなさいましたか?」
「……いや、立派な方っしたから、体調を崩したとなれば気が気じゃなくなって……」
「そうですよね。 みんな、その報告があってから暗くなってしまって……」
「……みんな?」
「ええ、皆様、ご心配をなさってくださっています」
ティルだけに吐かれた嘘じゃない。 ……むしろ、ティルに嘘を吐く意味はないから、ティルには都合上必要だったから嘘を吐いただけ?
……ティルに差し向けられた暗殺。 ……これは、王位継承争いだったのか?
もうすぐ王が死ぬから、邪魔な王子を謀殺するというのは、兄弟がしているとは思いたくないが、ありがちなものだ。
……親父はそれを狙っていたのか?
……ある程度自分が存命の間に、膿を出して起きたいというのも理解出来るが……幼いティルに危険が及ぶことも分かっているはずだ。 いや、邪神のことを知っていて、邪神が育つ前に対処するつもりか。
どちらにせよ、親父の判断でティルが危険に晒されていることは間違いない。
「そういえば、レイヴ様はシャルと良い仲なのですか?」
ティルは持っていた本を放り出すような勢いで机に置いて、ずいっと、椅子が音を立てるほど前のめりになって目を輝かせる。
「ま、ませてるッスね」
「照れていらっしゃいますの? うふふ、シャルは浮いた話がなかったから、心配していましたの」
「誠に残念なことながら……シャルとはここでしか会うことがないッスよ。 休みが合わないッスからね」
「えー、本当はどうなんですか?」
「綺麗ッスし仲良くなりたいッスね。 陰で褒めたりして俺の好感度を上げておいてくれないッスか?」
「うふふ、ちゃんと自分で話してください」
「手厳しいッスね。 ……機密とかそういうのに触れない範囲で、昔の思い出とか教えてもらえないッスか? 家族との他愛ない話みたいなのがほしいッス。 楽しかったこととか」
「変わったことを尋ねるんですね。 楽しかったこと……ですか」
本当はこんなことも尋ねるべきではないのだろう。 ティルは自分のことを自由に話すことが出来ない。 それは王家の情報や国の機密が漏れ出てしまうかもしれないからだ。
話せることは限られているだろう。 それに何より……下手に仲良くして、彼女が産まれる前に死んだはずの長兄であるとバレてはいけない。
困ったような表情のティルは、ゆっくりと口を開ける。
「……グレイお兄様と街に出て、お買い物したことが楽しかったですね」
「へー、いいっすね。 よく許可降りたッスね」
「ん、ふふ、実は隠れて出ていったんです。 グレイお兄様に連れられて、シャルには秘密ですよ? 彼女が来る前のことだったので」
「なるほど、あんまり褒められたものじゃないッスね。 こう見えても、俺は厳しいんでキッチリ叱るッスよ。 めっ!」
「きゃー、こわいー」
妹可愛い。 そして俺の威厳が足りない。
「お母様に渡す花束を二つ買ったのと、ちょっと買い食いというのをしただけだったんですけどね。 あ、私とグレイお兄様のお母様と、クラウお兄様のお母様の二人分ですよ。 花束は。 楽しかったです……そのあと、めちゃくちゃ怒られましたけど」
「そりゃ、心配して怒るッスよ。 愛されてていいッスね」
「はい! ……また行きたいんですけど、もう……無理ですよね」
「まぁ……難しいッスね。 護衛ぞろぞろ連れて行っても囲まれて人数負けする可能性もあるッスし、遠くから矢で射られる可能性もあるッスからね。 ……ひと段落したらッスね」
まぁ、そうすると俺もいる意味がなくなるので、王子バレする前にさっさと辞める必要があるけれど。 寂しいものである。
「……グレイ王子とは仲が良いんスね」
「はい。 本当は良くないのでしょうが、良く会いにきてくださるんですよ」
「自由な人ッスね」
俺が4歳の時に2歳だったはずだから、今は14……あ、そろそろ15歳か。
「だいたい週に一度ぐらいはきてくださるので、今日か明日には……」
廊下からバタバタと足音が聞こえてくる。 非常に嫌な予感がする。 ……いや、大丈夫だ。 あいつが2歳の頃だし……覚えてないはず。
俺も随分成長したしな。
ノックの音が聴こえて、ティルが入っても良いと伝える。
「あっ! グレイお兄様!」
扉が開き、ティルが声をあげたのと同時に、全力で包帯を顔に巻きつける。
「ティール! お兄ちゃんが会いにきたぞー! はい、これ、街で流行ってるお菓子だ。 シャルさんと一緒に食べてくれ。 あれ? シャルさんは? ……それに、なんだこのミイラ男は」
「……ミイラ男? ……れ、レイヴ様、何をなさっているのですか?」
「……な、なんでもないッスよ?」
グレイに顔を見られるのは非常にまずい。 多分覚えていないと思うけれど、まったくの初対面のティルとは違ってグレイは昔は仲良くしていた弟である。 バレる可能性がある。
大きくなった弟の姿に感動と驚き、若干のもの寂しさを覚えながら、不審な目で見てくるグレイから目を逸らす。
「お、俺は怪しくないミイラ男のレイヴ=アーテルッス。 優しさと愛の塊ッス」
「……怪しい男め」
「いや、ちゃんとした護衛ッスよ! ねっ、王女様!」
「えっ、あっ、はい。 ……なんで包帯ぐるぐる巻きにしてるんですか?」
「趣味ッス」
「……怪しいな。 ……やましいことがないなら、それを解いて顔を見せろ」
「……それは出来ないッス。 ……ちょっとイケメンすぎて、惚れられると困るッスから……ほら、男の趣味はないので」
「俺もねえよ! ほら、面見せろ」
「やだっ、強引……っ!」
包帯を剥ぎ取られて、素のままの顔をジッと見られる。
バレたらどうしようかと思いながら見られ、グレイが首を傾げたのを見る。
「普通の顔だな。 なんで隠してたんだよ」
「いや、普通じゃなくてイケメンッスよ」
「普通の顔だな。 ……というか、この妙な男が護衛なのか」
「そっすよ。 あっ、俺は護衛らしく黙ってるッスから、話はどうぞ」
クッキーを齧りながらそう言う。
「……護衛らしく………?」
「毒味ッスよ。 決して美味しいから食べてるわけじゃないッス」
「……そうか。 ……ティルと二人で話したいのだが」
「護衛ッスから離れることは出来ないッスよ。 申し訳ないッス。 聞いてないフリしてるッスから」
「……口外するなよ」
「もちろんッス」
本当に成長してるなぁ……。 ちゃんと言葉を話せてて偉いな……。 クッキー買ってあげようかな。
「……陛下からの連絡だ。 退位に向けて、俺たち三人で、神狐……アークナインテイル様のところに向かい、誰かが契約をしろ。 とのことだ」
「……そんなに、容態が悪いのですか?」
「さあな。 直接聞いたわけではない」
「……そうですか。 ……分かりました」
ティルはグレイの言葉に頷く。 代々国王と契約を結んでいる神……アークナインテイル。 それと王子の契約はつまり……王の退位を示していた。
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