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第二章
第6話:剣神と刃
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「……ヒトタチ、あー、えーっと、こうして対面するのは久しぶりッスね」
スッと閉じるように目が閉じられる。 俺の言葉への返事はなく、妙に染まった薄桃色の頰が印象的に見える。
異国人らしい、自分達とは少し違って見える顔立ちも整っているからか安心感を覚えてしまう。
ヒトタチは目を閉じたまま、ほんの少しだけ震える唇を開く。
『……レ、レイヴよ。 は、話とは……なんだ?』
「……話?」
嫌な緊張感がある。 話って何のことだ。
少なくとも俺から何かを言うようなことはない。 「リロと契約しちゃってゴメンね☆」という気持ちもなくはないけれど、そもそも別に約束していたわけでもない。
それに謝るのを促すような言葉には思えない。
ヒトタチは細い指先で自身の髪を気にしたように弄ったり、身を少しよじったりと妙な感じだ。
『く、クラヤから聞いたんだが……。 お前から話があるから、顔を出してやれと……。 た、鍛錬の途中で抜けてきたのだから、早く済ませてくれよ』
ああ、完全にぶん投げやがったなクラヤ。 ヒトタチを見れば、付け慣れていないのがよく分かる髪飾りが下手に留められていて、着物も艶やかな柄でブカブカなことから着慣れてないのがよく分かった。
髪飾りも着物も綺麗だが、ふたつはなんとなく噛み合っておらず、オシャレが分からないなりに頑張ったのが見てとれる。
少なくともどう考えても鍛錬中の格好ではないだろう。
……あれ、これ、愛の告白的なのを期待されてる?
いや、確かに見た目は良いけど……。 色々と可愛げがないというか……。 でも頑張ってオシャレしようとしているのはかわいいし、恥ずかしがってそれを誤魔化そうとするのも……。
いや、騙されるな俺、ヒトタチは気難しい性悪女だ。 今は可愛げがあるけど、すぐに化けの皮が剥がれて恐ろしいことになるぞ。 絶対浮気とか許してくれない。
……それは普通か。
「え、えーっと……この前は悪かったッスね。 道場で神像壊しちゃって、ヨクがッスけど」
『……あ、ああ。 ……そ、それで?
それで……。 そう言われても非常に困る。
「それで……えっと、教わった技とか、役に立ってるッスよ」
『ああ、それは当然だろう。 そ、それで?』
「それで……ありがとうッス」
『そ、それで?』
「あっ、ヒトタチの子孫って人がいたんスけど」
『騙りか、あるいは姉妹の子孫の間違いだろうな。 そ、それで?』
ループしている。 妙な沈黙が流れ、その沈黙に耐えきれなくなった様子のヒトタチが口をもごもごと動かす。
『ま、まぁ……私はお前にとって尊敬する師匠だものな。 ……い、言い出しにくいのも分かってやれるつもりだ。 だ、男女のそれはただでさえ口に出すのは憚られるものだしな』
「……そ、そっすね」
非常に困る。 これ、誤魔化すのは無理だろう。
クラヤに乗せられて好きだと言ってしまうわけにはいかないが……クラヤに乗せられたのだと言うと……ヒトタチに斬り殺されてしまいそうだ。
いや、夢の中だから斬り殺されても大丈夫か。 多分、死ぬほど痛いけど……嘘をついたらついたで最終的には殺されそうだ。
『その、わ、私としても、お前のことは嫌っていないからな』
「あー、多分なんスけど……クラヤに騙されたりしてるんじゃないかなぁ……なんて」
ヒトタチは意味が分からないといった様子で首をかしげる。
『何がだ?』
「いや、俺……クラヤに頼んだりしてないッスよ」
『頼むって……な、何をだ?』
「話す機会を作ってくれって、ッス」
『えっ、わ、私に婚姻を結んでくれと頼むためと聞いたのだが……えっ』
「そういう話をする気はなかったッス」
ヒトタチは薄く赤く染めていた顔から血の気が引いたように青くなり、すぐに真っ赤になって、俺を見る。
『……ころす』
「い、いや、俺は悪くないッス!! 全部クラヤのアホが!!」
『……剣を手に取れ、殺すから抵抗しろ』
「な、なかったことにするッスから! ヒトタチがデレデレしてたことも」
『……取らないのならば、それでも構わない』
「構えよ! 武人なのに丸腰の人間斬るなッス!」
本気で殺すつもりだ。 と、伝わる。
まだ抜刀すらしていないのに肌を斬られるような緊張感……抵抗しようがしまいが殺されるのは確定しているが、抵抗した方がヒトタチの気分もマシだろう。
俺は何故、自分をぶっ殺す奴の気分を考えているのだろうか。
いつのまにか手元にあった剣を鞘から抜いて、左手で柄を握り、利き手の右手は無手のまま背に隠すようにする。
現在の俺が出来る最高の構えだ。
「……直接指導してもらえるのは、久しぶりッスね」
指導ということにしてもらえないだろうかと声をかけると、ヒトタチも構えていた。 俺とは大きく構えが違い、両手で握って既に振り上げた状態だ。
『神としての力は、使わないでいてやる』
つまりは生前と同じ身体能力だけで戦ってくれるということだ。 能力のない彼女は見た目通りの筋力しかない。 50キロにも遥かに満たない体重、女の細腕、いくら技量があろうと、それなら──。
と、自分の背中を見ながら思う。
あれ? 自分の背中……? 首を斬られた。 と気がつき、夢特有の力によって首を拾って頭にくっつける。
「い、インチキッスよ! 絶対に神パワー使ってるッス!」
『……よく動く口だな』
身体が倒れたかと思うと、口の中に刀が突き刺されて下の石畳に貼り付けられる。
右手を伸ばしてヒトタチを捕まえようとするが、先に刀が引き抜かれて目と耳を斬られて逃げられてしまう。
夢なのですぐに治るものの、異様な痛みに呻いてしまう。
『……お前の筋力が10とすれば、私の筋力は1にも満たないだろう。 普通に動けば負けるはずはない戦いだ、真面目にやれ』
「筋力やら体格を補うための技ッスよ!」
『技を補うための力だろう』
ヒトタチの言葉は事実である。 俺と彼女では能力なしでは圧倒的な差がある。 能力を使えば完全にひっくり返るが、ヒトタチの言葉通りなら使っていないのだろう。
能力がなし、であれば、筋力だけなら俺が負けることはまずありえない。
おそらく剣同士で弾き合うようなことになれば、ヒトタチに刃が触れずともその時点で圧倒的な腕力差で勝利出来るだろう。
かといって乱雑に振り回しても意味がない。 身長の差は腕の長さや踏み込みの深さによるリーチの長さという利点にはなるが、同時に小回りが利かないことや相手の攻撃を受ける範囲が広いというデメリットも存在する。
ゆっくりと距離を取りながら、ヒトタチの出を伺う。 朝がくれば流石にクラヤも解放してくれるはずだから、それまで耐えればいいだけだ。
『もう一度、同じ技でいく。 覚えろよ』
あっ、訓練モードに移った。良かった。
数メートル先から、一瞬にしてヒトタチの姿が消える。 否、消えるはずがない。 あくまでも彼女の素の身体能力なら、いくら上手くともそれほど速いはずはない。
ヒトタチは技に対して力を使えと言っていた。 全力で後ろに跳ね飛ぶと、地面スレスレまで身体を前傾させた彼女がこちらに向かっているのが見える。
地面に落ちる力を利用した前方への加速と、それと同時に相手の視界から消えることを同時に行う特殊歩法。
──撃矢牙炎の型【死影走り】
剣を振り下ろすか、脚を振り上げて蹴るか。
振り下ろす場合、肩の可動域の問題で地面スレスレの場所だと速度が出ない。 振り上げて蹴ると先に斬られる。
どちらでもなく、上へと跳ねる。 俺と同様にヒトタチにも関節の可動域があり、倒れるような前傾のままなら上に剣を振るうことは出来ないし、勢いがあるので止まることは出来ない。
着地とともに後ろに振り返りながら破れかぶれに剣を振るうが、飛んできた刀が首に刺さって死んだ。
ヒトタチが首から引き抜き、俺はそのまま気を失ったフリをしていると何度も刀で刺される。 が、死んだフリだ。 痛みなら我慢出来るし、本当に気を失ったと思ってくれれば……刺される。
『瞳の動きで分かる』
「………………。 く、喰らえッス!」
石畳に右手の指を突き刺し、腕の力で無理矢理に身体を引き上げてヒトタチに蹴りを浴びせようとして、普通に後ろに下がられて脚を斬られる。
『私はその程度にお前を育てた覚えはないが』
「母親みたいなことを言わないでほしいッス」
『……私と契約すべきだ。 何も為せずに死ぬぞ』
「弱いのは重々承知ッスよ。 ……というか、死んで神になってほしいんじゃないッスか」
ヒトタチは俺の言葉に眉をひそめる。
『私はそれでも構わないが、どうせ待っていればいつかは死ぬだろう。 なら、弟子の考えを優先させることに依存はない。 それに……私のように、何も為せずに死に、人と関わることすら出来なくなるのは……酷く痛むぞ』
「……リロは裏切れないッスよ」
『……なら、死ね。 私はそれでも構わない』
全身が斬り刻まれる。 素の身体能力ということは、生前からこのようなことは出来ていたのだろう。 こんな化け物が呆気なく死んだというのは本当に理解しがたい。
そう思うと、俺もいつか呆気なく死ぬのだろうか。
「……まぁ、愛する師匠を心配させたくないから、本気でやるッスよ」
元に戻った身体を確かめるように剣を握る。 夢だから、と鎖をどこからか取り出して右手に持つ。 夢って便利。
『また、お前は教えてもいない色物を使う』
「剣なんてリーチの短い武器を使うのなんてアホのやることッスよ」
何より、剣だけでは俺の腕力を活かせない。 鎖を一振りで薙ぎ払う。 本来ならぐるぐると何度か振り回して遠心力を使わなければ、その重みのせいで動かすことが出来ないのだろうが、筋力によって無理矢理に振るう。
10メートルにも及ぶ逃げ場のない振り払い。 肉体としては非常に脆いヒトタチがそれを受けることはまず不可能だ。
躱すために跳ねたヒトタチに剣を投擲する。 いくら化け物でも空中で避けられるはずはない。 そう確信していたが、彼女は刀の切っ先を、俺が振るっている鎖に当てて、鎖から力が加わったことにより体勢が変化して剣を躱した。
「めちゃくちゃするッスね!」
『……お前には言われたくない』
着地したヒトタチが俺に剣を払おうとして、俺は速度だけなら優っていることを生かして全力で後ろに跳ねる。 着地と共に石畳を力づくで引っぺがして投石し、躱されたのを見る前にヒトタチに突っ込んで拳を振るう。
ヒトタチの技で最も警戒すべきなのは、瞬閃の型【破剣一太刀】である。 それは先程の【死影走り】と同様に身体ごと地面に落ちる力を利用し、それと全身の筋力を使った振り下ろしであり、それ以外の技であれば一瞬で敗北はありえない。
なおかつ、投石を避けた後というような姿勢や重心の乱れた一瞬だけは【破剣一太刀】を使うことが出来ない。
尤も、だからといってただの拳が彼女に当たるはずもないが。
一瞬にして視界から消えるが、この状態で視界から消えられる技は多くない。
呼吸と視線の集中、そして思考の裏を読んで、視覚の中にある死角に入り込む技。 撃矢波読の型【正道歩き】。
まるで見えはしないが、いる場所は分かる。 この技は視覚の中にある死角に入るという特性上、知ってさえいれば見えない場所にいるということが分かるからだ。
全力で地面を蹴って横に跳び、躱したところで走って投げた剣を回収する。
『……さ、さっき愛する師匠って言ったか?』
「反応が遅いッスよ。 ……性格悪いと思ってるだけでそこまで嫌いでもないッスから」
『……き、斬る』
迫ってきたヒトタチに向かって鎖の先を投げつけ、彼女が躱したのと同時に鎖を動かして追撃するが、それも跳ねられて躱される。
剣を拾ったはいいが、技量差が大きすぎて近寄ったら抵抗もほとんど出来ずに斬られるのであまり意味がないような気もしないでもない。
鎖をそのままぐるりと振り回して、自分の周りの地面に這わせる。 もしヒトタチが踏めば、思い切り引くなり何なりして倒すことが出来る。 問題はそんな事態が確実に起こらないことだ。
そんなヘマをすることはないと思いながら、鎖を躱して近寄ってきたヒトタチに剣を振るい、急にヒトタチが止まったせいで空振り、それから逃げようとした足が彼女に踏まれる。
当然その足を無視して跳ね飛ぶが、彼女は踏んだ足に乗ったままだ。
……いや、どんなバランス感覚?
動きだけなら俺の方が遥かに速いはずなのに、対応出来る気がしない。 破れかぶれに空中で拳を振るうが、彼女は上体を逸らして回避する。
ならば彼女が乗った足先を振り上げて蹴り飛ばそうとするが、俺が脚を振り上げるのと同時に膝を曲げたことで、彼女は吹き飛ぶどころか、上半身には一切の変化がない。
膝を曲げたことではだけそうになっている着物を、手で押さえることすら出来る余裕っぷりである。
どうせ今から斬られるのだから、ふとももぐらい見せてくれてもいいではないか。 そんな俺の純真な気持ちは通じることはなく、右と左で真っ二つになった。
夢の中でよかった。 いや、夢の中でなければそもそも会うことはなかったのだが。
スッと閉じるように目が閉じられる。 俺の言葉への返事はなく、妙に染まった薄桃色の頰が印象的に見える。
異国人らしい、自分達とは少し違って見える顔立ちも整っているからか安心感を覚えてしまう。
ヒトタチは目を閉じたまま、ほんの少しだけ震える唇を開く。
『……レ、レイヴよ。 は、話とは……なんだ?』
「……話?」
嫌な緊張感がある。 話って何のことだ。
少なくとも俺から何かを言うようなことはない。 「リロと契約しちゃってゴメンね☆」という気持ちもなくはないけれど、そもそも別に約束していたわけでもない。
それに謝るのを促すような言葉には思えない。
ヒトタチは細い指先で自身の髪を気にしたように弄ったり、身を少しよじったりと妙な感じだ。
『く、クラヤから聞いたんだが……。 お前から話があるから、顔を出してやれと……。 た、鍛錬の途中で抜けてきたのだから、早く済ませてくれよ』
ああ、完全にぶん投げやがったなクラヤ。 ヒトタチを見れば、付け慣れていないのがよく分かる髪飾りが下手に留められていて、着物も艶やかな柄でブカブカなことから着慣れてないのがよく分かった。
髪飾りも着物も綺麗だが、ふたつはなんとなく噛み合っておらず、オシャレが分からないなりに頑張ったのが見てとれる。
少なくともどう考えても鍛錬中の格好ではないだろう。
……あれ、これ、愛の告白的なのを期待されてる?
いや、確かに見た目は良いけど……。 色々と可愛げがないというか……。 でも頑張ってオシャレしようとしているのはかわいいし、恥ずかしがってそれを誤魔化そうとするのも……。
いや、騙されるな俺、ヒトタチは気難しい性悪女だ。 今は可愛げがあるけど、すぐに化けの皮が剥がれて恐ろしいことになるぞ。 絶対浮気とか許してくれない。
……それは普通か。
「え、えーっと……この前は悪かったッスね。 道場で神像壊しちゃって、ヨクがッスけど」
『……あ、ああ。 ……そ、それで?
それで……。 そう言われても非常に困る。
「それで……えっと、教わった技とか、役に立ってるッスよ」
『ああ、それは当然だろう。 そ、それで?』
「それで……ありがとうッス」
『そ、それで?』
「あっ、ヒトタチの子孫って人がいたんスけど」
『騙りか、あるいは姉妹の子孫の間違いだろうな。 そ、それで?』
ループしている。 妙な沈黙が流れ、その沈黙に耐えきれなくなった様子のヒトタチが口をもごもごと動かす。
『ま、まぁ……私はお前にとって尊敬する師匠だものな。 ……い、言い出しにくいのも分かってやれるつもりだ。 だ、男女のそれはただでさえ口に出すのは憚られるものだしな』
「……そ、そっすね」
非常に困る。 これ、誤魔化すのは無理だろう。
クラヤに乗せられて好きだと言ってしまうわけにはいかないが……クラヤに乗せられたのだと言うと……ヒトタチに斬り殺されてしまいそうだ。
いや、夢の中だから斬り殺されても大丈夫か。 多分、死ぬほど痛いけど……嘘をついたらついたで最終的には殺されそうだ。
『その、わ、私としても、お前のことは嫌っていないからな』
「あー、多分なんスけど……クラヤに騙されたりしてるんじゃないかなぁ……なんて」
ヒトタチは意味が分からないといった様子で首をかしげる。
『何がだ?』
「いや、俺……クラヤに頼んだりしてないッスよ」
『頼むって……な、何をだ?』
「話す機会を作ってくれって、ッス」
『えっ、わ、私に婚姻を結んでくれと頼むためと聞いたのだが……えっ』
「そういう話をする気はなかったッス」
ヒトタチは薄く赤く染めていた顔から血の気が引いたように青くなり、すぐに真っ赤になって、俺を見る。
『……ころす』
「い、いや、俺は悪くないッス!! 全部クラヤのアホが!!」
『……剣を手に取れ、殺すから抵抗しろ』
「な、なかったことにするッスから! ヒトタチがデレデレしてたことも」
『……取らないのならば、それでも構わない』
「構えよ! 武人なのに丸腰の人間斬るなッス!」
本気で殺すつもりだ。 と、伝わる。
まだ抜刀すらしていないのに肌を斬られるような緊張感……抵抗しようがしまいが殺されるのは確定しているが、抵抗した方がヒトタチの気分もマシだろう。
俺は何故、自分をぶっ殺す奴の気分を考えているのだろうか。
いつのまにか手元にあった剣を鞘から抜いて、左手で柄を握り、利き手の右手は無手のまま背に隠すようにする。
現在の俺が出来る最高の構えだ。
「……直接指導してもらえるのは、久しぶりッスね」
指導ということにしてもらえないだろうかと声をかけると、ヒトタチも構えていた。 俺とは大きく構えが違い、両手で握って既に振り上げた状態だ。
『神としての力は、使わないでいてやる』
つまりは生前と同じ身体能力だけで戦ってくれるということだ。 能力のない彼女は見た目通りの筋力しかない。 50キロにも遥かに満たない体重、女の細腕、いくら技量があろうと、それなら──。
と、自分の背中を見ながら思う。
あれ? 自分の背中……? 首を斬られた。 と気がつき、夢特有の力によって首を拾って頭にくっつける。
「い、インチキッスよ! 絶対に神パワー使ってるッス!」
『……よく動く口だな』
身体が倒れたかと思うと、口の中に刀が突き刺されて下の石畳に貼り付けられる。
右手を伸ばしてヒトタチを捕まえようとするが、先に刀が引き抜かれて目と耳を斬られて逃げられてしまう。
夢なのですぐに治るものの、異様な痛みに呻いてしまう。
『……お前の筋力が10とすれば、私の筋力は1にも満たないだろう。 普通に動けば負けるはずはない戦いだ、真面目にやれ』
「筋力やら体格を補うための技ッスよ!」
『技を補うための力だろう』
ヒトタチの言葉は事実である。 俺と彼女では能力なしでは圧倒的な差がある。 能力を使えば完全にひっくり返るが、ヒトタチの言葉通りなら使っていないのだろう。
能力がなし、であれば、筋力だけなら俺が負けることはまずありえない。
おそらく剣同士で弾き合うようなことになれば、ヒトタチに刃が触れずともその時点で圧倒的な腕力差で勝利出来るだろう。
かといって乱雑に振り回しても意味がない。 身長の差は腕の長さや踏み込みの深さによるリーチの長さという利点にはなるが、同時に小回りが利かないことや相手の攻撃を受ける範囲が広いというデメリットも存在する。
ゆっくりと距離を取りながら、ヒトタチの出を伺う。 朝がくれば流石にクラヤも解放してくれるはずだから、それまで耐えればいいだけだ。
『もう一度、同じ技でいく。 覚えろよ』
あっ、訓練モードに移った。良かった。
数メートル先から、一瞬にしてヒトタチの姿が消える。 否、消えるはずがない。 あくまでも彼女の素の身体能力なら、いくら上手くともそれほど速いはずはない。
ヒトタチは技に対して力を使えと言っていた。 全力で後ろに跳ね飛ぶと、地面スレスレまで身体を前傾させた彼女がこちらに向かっているのが見える。
地面に落ちる力を利用した前方への加速と、それと同時に相手の視界から消えることを同時に行う特殊歩法。
──撃矢牙炎の型【死影走り】
剣を振り下ろすか、脚を振り上げて蹴るか。
振り下ろす場合、肩の可動域の問題で地面スレスレの場所だと速度が出ない。 振り上げて蹴ると先に斬られる。
どちらでもなく、上へと跳ねる。 俺と同様にヒトタチにも関節の可動域があり、倒れるような前傾のままなら上に剣を振るうことは出来ないし、勢いがあるので止まることは出来ない。
着地とともに後ろに振り返りながら破れかぶれに剣を振るうが、飛んできた刀が首に刺さって死んだ。
ヒトタチが首から引き抜き、俺はそのまま気を失ったフリをしていると何度も刀で刺される。 が、死んだフリだ。 痛みなら我慢出来るし、本当に気を失ったと思ってくれれば……刺される。
『瞳の動きで分かる』
「………………。 く、喰らえッス!」
石畳に右手の指を突き刺し、腕の力で無理矢理に身体を引き上げてヒトタチに蹴りを浴びせようとして、普通に後ろに下がられて脚を斬られる。
『私はその程度にお前を育てた覚えはないが』
「母親みたいなことを言わないでほしいッス」
『……私と契約すべきだ。 何も為せずに死ぬぞ』
「弱いのは重々承知ッスよ。 ……というか、死んで神になってほしいんじゃないッスか」
ヒトタチは俺の言葉に眉をひそめる。
『私はそれでも構わないが、どうせ待っていればいつかは死ぬだろう。 なら、弟子の考えを優先させることに依存はない。 それに……私のように、何も為せずに死に、人と関わることすら出来なくなるのは……酷く痛むぞ』
「……リロは裏切れないッスよ」
『……なら、死ね。 私はそれでも構わない』
全身が斬り刻まれる。 素の身体能力ということは、生前からこのようなことは出来ていたのだろう。 こんな化け物が呆気なく死んだというのは本当に理解しがたい。
そう思うと、俺もいつか呆気なく死ぬのだろうか。
「……まぁ、愛する師匠を心配させたくないから、本気でやるッスよ」
元に戻った身体を確かめるように剣を握る。 夢だから、と鎖をどこからか取り出して右手に持つ。 夢って便利。
『また、お前は教えてもいない色物を使う』
「剣なんてリーチの短い武器を使うのなんてアホのやることッスよ」
何より、剣だけでは俺の腕力を活かせない。 鎖を一振りで薙ぎ払う。 本来ならぐるぐると何度か振り回して遠心力を使わなければ、その重みのせいで動かすことが出来ないのだろうが、筋力によって無理矢理に振るう。
10メートルにも及ぶ逃げ場のない振り払い。 肉体としては非常に脆いヒトタチがそれを受けることはまず不可能だ。
躱すために跳ねたヒトタチに剣を投擲する。 いくら化け物でも空中で避けられるはずはない。 そう確信していたが、彼女は刀の切っ先を、俺が振るっている鎖に当てて、鎖から力が加わったことにより体勢が変化して剣を躱した。
「めちゃくちゃするッスね!」
『……お前には言われたくない』
着地したヒトタチが俺に剣を払おうとして、俺は速度だけなら優っていることを生かして全力で後ろに跳ねる。 着地と共に石畳を力づくで引っぺがして投石し、躱されたのを見る前にヒトタチに突っ込んで拳を振るう。
ヒトタチの技で最も警戒すべきなのは、瞬閃の型【破剣一太刀】である。 それは先程の【死影走り】と同様に身体ごと地面に落ちる力を利用し、それと全身の筋力を使った振り下ろしであり、それ以外の技であれば一瞬で敗北はありえない。
なおかつ、投石を避けた後というような姿勢や重心の乱れた一瞬だけは【破剣一太刀】を使うことが出来ない。
尤も、だからといってただの拳が彼女に当たるはずもないが。
一瞬にして視界から消えるが、この状態で視界から消えられる技は多くない。
呼吸と視線の集中、そして思考の裏を読んで、視覚の中にある死角に入り込む技。 撃矢波読の型【正道歩き】。
まるで見えはしないが、いる場所は分かる。 この技は視覚の中にある死角に入るという特性上、知ってさえいれば見えない場所にいるということが分かるからだ。
全力で地面を蹴って横に跳び、躱したところで走って投げた剣を回収する。
『……さ、さっき愛する師匠って言ったか?』
「反応が遅いッスよ。 ……性格悪いと思ってるだけでそこまで嫌いでもないッスから」
『……き、斬る』
迫ってきたヒトタチに向かって鎖の先を投げつけ、彼女が躱したのと同時に鎖を動かして追撃するが、それも跳ねられて躱される。
剣を拾ったはいいが、技量差が大きすぎて近寄ったら抵抗もほとんど出来ずに斬られるのであまり意味がないような気もしないでもない。
鎖をそのままぐるりと振り回して、自分の周りの地面に這わせる。 もしヒトタチが踏めば、思い切り引くなり何なりして倒すことが出来る。 問題はそんな事態が確実に起こらないことだ。
そんなヘマをすることはないと思いながら、鎖を躱して近寄ってきたヒトタチに剣を振るい、急にヒトタチが止まったせいで空振り、それから逃げようとした足が彼女に踏まれる。
当然その足を無視して跳ね飛ぶが、彼女は踏んだ足に乗ったままだ。
……いや、どんなバランス感覚?
動きだけなら俺の方が遥かに速いはずなのに、対応出来る気がしない。 破れかぶれに空中で拳を振るうが、彼女は上体を逸らして回避する。
ならば彼女が乗った足先を振り上げて蹴り飛ばそうとするが、俺が脚を振り上げるのと同時に膝を曲げたことで、彼女は吹き飛ぶどころか、上半身には一切の変化がない。
膝を曲げたことではだけそうになっている着物を、手で押さえることすら出来る余裕っぷりである。
どうせ今から斬られるのだから、ふとももぐらい見せてくれてもいいではないか。 そんな俺の純真な気持ちは通じることはなく、右と左で真っ二つになった。
夢の中でよかった。 いや、夢の中でなければそもそも会うことはなかったのだが。
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