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第一章
第20話:聖女様の膝枕
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状況を纏めたら、死刑になるところをお姫様に救われた。 しかしながらそのような前例を作るわけにはいかないから、そこにいてもおかしくない立場、近衛魔術師という役目を新設し、元々それであったことにでっち上げるということらしい。
明らかに騎士とかの方が向いていると思うが、元々ある立場ではでっち上げることが出来ないのだろう。
……この件を良いことにして姫の近衛に魔術師を付けさせて魔術師の立場を上げるとか、魔術を再興させるとかのために利用されている気がするが……政治的なことはほとんど分からない、俺って町の青年だし。
「まぁ、脱出するしかないッスよねー」
鉄格子に手を当てて、力づくで捻じ曲げて一人入れるだけの穴を作る。
「うし、成功ッス」
壊れた格子を抜ければ、徐々に格子が直っているのが見える。 どうやら最後の一つは「修復」とかの魔術だったらしい。
素手では「硬化」の魔術のせいで壊せない格子だったが、やったことは単純だ。 鉄格子の下部の魔術紋からベッドの下いっぱいに「硬化」の魔術紋をひたすら書き足してやったのだ。 そうすることで、供給の限界になり、機能の停止……とはいかなかったが、魔術の弱体化に成功した。
成功するかは分からなかったが……まぁ、試してみるしかないのは間違いない。
これからも時間を掛ければこの方法でいけそうだが、問題は、血液が足りるだろうか。
筆は貰ったが、インクはもらっていないので意味がないしな。 そとそもなんで渡したんだろうか。 軽く弄ってみると、手から何かが吸われる感覚がして、筆の先に黒いインクが現れる。
「……これも迷宮出土物ッスか」
吸われたのは何か不明で不気味だが、これ以上血を使って脱出しようとすれば死ぬのは間違いなさそうだ。 とりあえず、便利な物をもらったと思うしかないか。
牢屋の外は一本道で、薄暗い階段を登る必要があるらしい。 とりあえず、三つの魔術紋を頭に叩き込んでから階段を登る。
しばらく歩く。 行きに来た時とはどうにも様子が違う……というか、見たことのない場所だ。牢屋と同じように硬そうな石壁が周りにあるだけだ。
見回しても何もないので行き止まりかと思ったが、正面の壁の上の辺りにギリギリ人が倒れそうな穴があることに気がつく。 3mほど上だろうか? 梯子や階段、ロープといったものが見つからないので軽く跳んで中に入る。
これ、太ってたらどうやって突破するのだろうか。 穴の中に入らないだろう。
唇を唾液で軽く湿らせる。 若干風があるらしいので、出口はちゃんとありそうだ。
しばらく進むと横にも続く道を見つける。 皮膚感覚を頼りに進むと、また別れ道があり、それも同じように進む。結構這って移動するのは疲れるな。伸びをすることも出来ない不快さに顔を顰めながら進むと出口が見えたのでそこに出る。
大きく伸びをしながらあたりを見回すと、また狭い部屋で、正面に魔術紋が夥しいほど書かれた扉があるばかりだ。
「……今の迷路、何が魔術師の試練だったんだろ?」
首を傾げながら扉の前に立つ。 取っ手も鍵穴もなく、文字だらけの板が壁に張り付いているようにしか見えない。 横に通気孔のようなところが見えるが、人が入れる大きさの穴ではなさそうだ。
「うーん、これはなんなんスかねえ?」
軽くコンコンと鳴らして見ると、取っ手や鍵穴がないだけで普通の扉とそう変わらないようだ。 おそらく魔術紋に何かを書き足してどうにかしろということなのだろう。
しばらく魔術紋と睨めっこをするが「異能封じ」と「修復」と「硬化」の紋様があることには気がついたが、それ以上は分からない。 魔術で鍵を開けろということだろう。
とりあえず筆を取り出して、魔術紋に繋がるようにして「異能封じ」の紋様をひたすら書き足し続ける。 しばらくしてから、実験の意味も含めて自分の左拳に「硬化」の紋様を描く。 自分で触って見て効果がないことを確かめて、鉄格子の上部とこの扉の下部にあった紋様を書き足す。
左拳から何かの力を吸われるような感覚、直感的に成功を確信し、硬化した左拳を振りかぶり鉄扉を思い切り殴る。 密室のせいで響く轟音に耐えながら、もう一発ぶん殴って扉を完全に破壊する。
やべえ、これ魔術師っぽい。 なんか魔術使ってるし。 扉を壊したのはいいが、まだ吸われている感覚が抜けず、拳のインクを擦って消せば止まり、安心する。
軽い貧血のような目眩がするが、耐えて扉を潜る。 どうやら俺からエネルギーを使えば、何か疲れてしんどくなるらしい。
また階段があり、それを登る。 次は魔術紋の立て札があり、道が三つに分かれている。 書き足す隙間がなく、エネルギーを供給するときの紋様もないので、おそらくは普通の道案内だろう。 言語としても扱えるらしいと納得し、分かるはずもないので一つ一つの道の前に立ち、風を感じられる方に歩く。
ギロチンみたいなのがガションガションと動いていたので、摘んで止めてから潜り、階段を登っていたら階段の道幅いっぱいの鉄球が転がってきたので受け止めてゆっくり降ろしてから再び登る。
魔術紋塗れの鎧があったかと思えば、空洞音を響かせながら動き始めたので投げたり地面に叩きつけたりして破壊し、エネルギーの供給源っぽい青い宝石を見つけたのでポケットに突っ込む。
「……長いッスね」
飽きと疲れが見えてきたころ、大きな広場のような場所に出たと思えば、俺の倍の背丈がある巨大な人形に組まれたレンガの塊が上から降ってきたと思えば暴れ出したので、とりあえず投げ飛ばして壊す。
鉄格子を「硬化」させた拳で殴り飛ばし、また現れた階段を登ると……迷宮出土物ではない床と壁、重苦しい閉塞感のない空気、頰をピクピクとさせている爺さん。
やっと試練が終わったことに安堵しながら、爺さんに笑みを向けた瞬間、鼻に鋭い痛みが走る。
「な、何で殴るんスか!?」
「魔術師の試練じゃって言っておったのに、お主力技しかしてないじゃろうが!」
「えっ、魔術使ったじゃないッスか!?」
「あんなん魔術じゃないわ! 魔術っていうのはもっと華麗で、スマートな……というか、異能もなしに500kgはあるゴーレムを投げるってなんじゃ! 迷路や別れ道も魔術関係なく正解を当てるし……。 扉は壊すし、鉄格子は曲がるし、高所は跳んで……」
怒りを露わにする爺さんだが、ぷるぷると震わせながら振り上げた拳をゆっくりと降ろし、溜息を吐き出す。
「……単純に身体能力に優れた受験者を想定しておらんかった。 普通、それだけ腕があれば魔術師なんてなろうとせんから」
「そもそも魔術師って知ってる奴いなさそうッスよね」
軽く体感したが、魔術は正直なところ使い道がない。 似たようなことは神の異能で出来るし、それは疲れないし出力も持続時間も遥かに長く手取り早い。 廃れるのが納得出来ると思っただけだ。
魔術を使うくらいなら神の力を……と思ったところで、爺さんが頰を掻いているのを見る。
「……まぁ、何にせよ。 レイヴ=アーテル、これでお主は一昨日よりティルヴィング様の護衛の魔術師じゃ。 ……しばらくここで待っていれば遣いもくるじゃろうて」
とりあえずリロとケミルは回収出来そうだ。 他にも聖女様を守らないとダメなので、早々に辞めさせてもらわないとな。 多分、俺を救うという目的も魔術師の地位向上も果たせているので頼めば辞められるはず。
窓から外を覗けば、もう真っ暗になっていた。 昨日の夜もなんだかんだと三時間ぐらいしか寝てないし……ずっと動いていて、そろそろ限界だ。 あと、腹も減った。
爺さんは出ていってしまったので、宿とかはまだ後になりそう……あ、もうダメだ。 起きていられな……。
ずるりと、足元から崩れる感覚がして、地面に倒れる。 立ち上がる気力はなく、疲れた脚を使わない感覚が非常に心地良い。 倒れたせいで痛む腰も、あまり感じられない。 安心する匂いを感じたと思えば、意識を失ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「こら、おきんかレイヴ! まったく、羨ましい」
爺さんの声に顔を顰めながら目を開ける。 目を開けても真っ黒である。 柔らかいいい匂いに釣られてまた眠りそうになるが、腰を杖で叩かれたような衝撃が走り、眠ることができない。
なぜ真っ暗なのだと思い手探りすると、顔の前に何かの布地がある。 温もりがあり、いい匂いの正体はこれであると思ったら、布地の奥に人の体があることに気がつく。
軽く触れると柔らかく、細い。 腰の骨を触った硬い感触を確かめて、前に手を動かして横腹を撫でる。
「んっ……あっ、お目覚めになられたのですか?」
透き通った、透明感のある美しい護衛。 穏やかそうな語調に、優しい人だと見ることもなく理解した。
彼女のお腹から顔を退ける。 いい匂いに名残惜しさを感じながらも身体を起こすと、ぼーっとした頭に聖女様の顔が浮かぶ。そういえば最近、聖女様の写真とか見てなかったから、妄想しちゃったのか……ああ、起きないと爺さんに叩かれる。
そう思いながらも聖女様の妄想に浸っていると、妄想の中の聖女様が微笑み、思わず頰が緩む。
「こら、寝ぼけておるのか」
「……今起きるッスよー」
軽く欠伸をしてから目を擦る。 もう少し夢の中の聖女様を見ていたかった……と思うけれど、仕方がない。 よし、バッチリ起きた、と思っていたら、目の前に聖女様の顔が見える。
「……あれ? 爺さん、聖女様がいるように見えるんスけど」
「いるぞ」
「……マジッスか」
「すみません。 夜分遅くに訪れてしまい……」
座っていた状態から跳ね飛び、後ろの壁と天井に張り付く。
「魔術ッスか?」
「違うぞ。 ……というかそれどうやってるんじゃ」
「ああ、すみません……驚かせてしまい。 せめてお礼を言いたくて……」
「ええっ、ちょっ、急展開で頭が追いつかないッスよ!」
いや、今までの方がよほど急だったが、それでもまだ理解出来た。 聖女様が自ら俺に会いに来てくれるなど、思ってもいなかった。
「というか、お礼って……ああ、昨日の……。 いや、いいッスよ。 会えただけで充分ありがたいというか……その」
昔のお礼というか……。 そんなこと言っても、三年も前の少しの出来事を覚えているはずがない。
昨日礼を言ったのだって、ただの自己満足だ。 そう思っていると、彼女は金糸のようなさらさらとした長髪を揺らしながら首を横に振る。
「昨夜のことだけではなく……三年前に、一度……覚えて、いらっしゃらないとは思いますが」
縋るような青い目を俺に向けて「ありがとうございました」。 聖女様は俺にそう言い、いち町人の俺が耐えられるはずもなく目を逸らせば、彼女の黒い修道服が目に入った。
「……ずっと、お礼を言いたかったんです。 あの時、貴方がいてくれたから……」
「……えっ、火事のこと……ッスよね? 俺が大火傷したのを、助けてくれた……覚えて……というか、お礼?」
三年前のこと、俺の住んでいた町で火事が起きた。 火元は不明……おそらく邪神を崇拝する邪教徒が邪神の異能で付けたと思われる「消えない炎」。 俺はそれに巻き込まれて火傷を負い、死にかけていたところを巡回にきていた聖女様が治療してもらったおかげで命を取り止めた。
お礼を言われることなどないはずだと思っていたら、聖女様が首を横に振った。
「貴方が、危険を顧みずに火に飛び込んでくれたおかげで、幼い命が救われました。 誰一人、助けに行けなかった。 私も、焼かれるのが怖く、動けずにいて……」
「俺が燃えていたの、必死で治してくれたッスよね。 異能で消してるだけじゃ間に合わないかもって、自分も焼けるのに」
この世に天使がいるのならば、彼女のことだろう。 俺は半ば本気で、そう思った。
全身が「消えない炎」に包まれて、炎を異能で消すのには間に合わないかもしれないと、燃えている俺に手を当てて治癒をしてくれた。 全身が焼ける感覚の中、優しい手の感触。
「私は臆病者です。 我が身可愛さのあまりにより幼い子供を見捨てようとし……。 貴方は迷いのひとつすらなく駆けて、子供を守り抱きながら助けた。 ……ずっと、憧れていました」
聖女様は俺の手を握り締める。 心臓の音が酷く、手越しに伝わってしまうのではないだろうかと不安になる。
「もっと、勇気ある、高潔な人になりたいと、貴方を見て思っていました」
買い被りだと思ったけれど、否定は許してくれそうになかった。
聖女様は深く深く、俺に頭を下げる。
「ありがとうございました。 三年前も、昨日も」
「……うっす」
あまりの照れ臭さにそれしか返すことが出来なかった。
明らかに騎士とかの方が向いていると思うが、元々ある立場ではでっち上げることが出来ないのだろう。
……この件を良いことにして姫の近衛に魔術師を付けさせて魔術師の立場を上げるとか、魔術を再興させるとかのために利用されている気がするが……政治的なことはほとんど分からない、俺って町の青年だし。
「まぁ、脱出するしかないッスよねー」
鉄格子に手を当てて、力づくで捻じ曲げて一人入れるだけの穴を作る。
「うし、成功ッス」
壊れた格子を抜ければ、徐々に格子が直っているのが見える。 どうやら最後の一つは「修復」とかの魔術だったらしい。
素手では「硬化」の魔術のせいで壊せない格子だったが、やったことは単純だ。 鉄格子の下部の魔術紋からベッドの下いっぱいに「硬化」の魔術紋をひたすら書き足してやったのだ。 そうすることで、供給の限界になり、機能の停止……とはいかなかったが、魔術の弱体化に成功した。
成功するかは分からなかったが……まぁ、試してみるしかないのは間違いない。
これからも時間を掛ければこの方法でいけそうだが、問題は、血液が足りるだろうか。
筆は貰ったが、インクはもらっていないので意味がないしな。 そとそもなんで渡したんだろうか。 軽く弄ってみると、手から何かが吸われる感覚がして、筆の先に黒いインクが現れる。
「……これも迷宮出土物ッスか」
吸われたのは何か不明で不気味だが、これ以上血を使って脱出しようとすれば死ぬのは間違いなさそうだ。 とりあえず、便利な物をもらったと思うしかないか。
牢屋の外は一本道で、薄暗い階段を登る必要があるらしい。 とりあえず、三つの魔術紋を頭に叩き込んでから階段を登る。
しばらく歩く。 行きに来た時とはどうにも様子が違う……というか、見たことのない場所だ。牢屋と同じように硬そうな石壁が周りにあるだけだ。
見回しても何もないので行き止まりかと思ったが、正面の壁の上の辺りにギリギリ人が倒れそうな穴があることに気がつく。 3mほど上だろうか? 梯子や階段、ロープといったものが見つからないので軽く跳んで中に入る。
これ、太ってたらどうやって突破するのだろうか。 穴の中に入らないだろう。
唇を唾液で軽く湿らせる。 若干風があるらしいので、出口はちゃんとありそうだ。
しばらく進むと横にも続く道を見つける。 皮膚感覚を頼りに進むと、また別れ道があり、それも同じように進む。結構這って移動するのは疲れるな。伸びをすることも出来ない不快さに顔を顰めながら進むと出口が見えたのでそこに出る。
大きく伸びをしながらあたりを見回すと、また狭い部屋で、正面に魔術紋が夥しいほど書かれた扉があるばかりだ。
「……今の迷路、何が魔術師の試練だったんだろ?」
首を傾げながら扉の前に立つ。 取っ手も鍵穴もなく、文字だらけの板が壁に張り付いているようにしか見えない。 横に通気孔のようなところが見えるが、人が入れる大きさの穴ではなさそうだ。
「うーん、これはなんなんスかねえ?」
軽くコンコンと鳴らして見ると、取っ手や鍵穴がないだけで普通の扉とそう変わらないようだ。 おそらく魔術紋に何かを書き足してどうにかしろということなのだろう。
しばらく魔術紋と睨めっこをするが「異能封じ」と「修復」と「硬化」の紋様があることには気がついたが、それ以上は分からない。 魔術で鍵を開けろということだろう。
とりあえず筆を取り出して、魔術紋に繋がるようにして「異能封じ」の紋様をひたすら書き足し続ける。 しばらくしてから、実験の意味も含めて自分の左拳に「硬化」の紋様を描く。 自分で触って見て効果がないことを確かめて、鉄格子の上部とこの扉の下部にあった紋様を書き足す。
左拳から何かの力を吸われるような感覚、直感的に成功を確信し、硬化した左拳を振りかぶり鉄扉を思い切り殴る。 密室のせいで響く轟音に耐えながら、もう一発ぶん殴って扉を完全に破壊する。
やべえ、これ魔術師っぽい。 なんか魔術使ってるし。 扉を壊したのはいいが、まだ吸われている感覚が抜けず、拳のインクを擦って消せば止まり、安心する。
軽い貧血のような目眩がするが、耐えて扉を潜る。 どうやら俺からエネルギーを使えば、何か疲れてしんどくなるらしい。
また階段があり、それを登る。 次は魔術紋の立て札があり、道が三つに分かれている。 書き足す隙間がなく、エネルギーを供給するときの紋様もないので、おそらくは普通の道案内だろう。 言語としても扱えるらしいと納得し、分かるはずもないので一つ一つの道の前に立ち、風を感じられる方に歩く。
ギロチンみたいなのがガションガションと動いていたので、摘んで止めてから潜り、階段を登っていたら階段の道幅いっぱいの鉄球が転がってきたので受け止めてゆっくり降ろしてから再び登る。
魔術紋塗れの鎧があったかと思えば、空洞音を響かせながら動き始めたので投げたり地面に叩きつけたりして破壊し、エネルギーの供給源っぽい青い宝石を見つけたのでポケットに突っ込む。
「……長いッスね」
飽きと疲れが見えてきたころ、大きな広場のような場所に出たと思えば、俺の倍の背丈がある巨大な人形に組まれたレンガの塊が上から降ってきたと思えば暴れ出したので、とりあえず投げ飛ばして壊す。
鉄格子を「硬化」させた拳で殴り飛ばし、また現れた階段を登ると……迷宮出土物ではない床と壁、重苦しい閉塞感のない空気、頰をピクピクとさせている爺さん。
やっと試練が終わったことに安堵しながら、爺さんに笑みを向けた瞬間、鼻に鋭い痛みが走る。
「な、何で殴るんスか!?」
「魔術師の試練じゃって言っておったのに、お主力技しかしてないじゃろうが!」
「えっ、魔術使ったじゃないッスか!?」
「あんなん魔術じゃないわ! 魔術っていうのはもっと華麗で、スマートな……というか、異能もなしに500kgはあるゴーレムを投げるってなんじゃ! 迷路や別れ道も魔術関係なく正解を当てるし……。 扉は壊すし、鉄格子は曲がるし、高所は跳んで……」
怒りを露わにする爺さんだが、ぷるぷると震わせながら振り上げた拳をゆっくりと降ろし、溜息を吐き出す。
「……単純に身体能力に優れた受験者を想定しておらんかった。 普通、それだけ腕があれば魔術師なんてなろうとせんから」
「そもそも魔術師って知ってる奴いなさそうッスよね」
軽く体感したが、魔術は正直なところ使い道がない。 似たようなことは神の異能で出来るし、それは疲れないし出力も持続時間も遥かに長く手取り早い。 廃れるのが納得出来ると思っただけだ。
魔術を使うくらいなら神の力を……と思ったところで、爺さんが頰を掻いているのを見る。
「……まぁ、何にせよ。 レイヴ=アーテル、これでお主は一昨日よりティルヴィング様の護衛の魔術師じゃ。 ……しばらくここで待っていれば遣いもくるじゃろうて」
とりあえずリロとケミルは回収出来そうだ。 他にも聖女様を守らないとダメなので、早々に辞めさせてもらわないとな。 多分、俺を救うという目的も魔術師の地位向上も果たせているので頼めば辞められるはず。
窓から外を覗けば、もう真っ暗になっていた。 昨日の夜もなんだかんだと三時間ぐらいしか寝てないし……ずっと動いていて、そろそろ限界だ。 あと、腹も減った。
爺さんは出ていってしまったので、宿とかはまだ後になりそう……あ、もうダメだ。 起きていられな……。
ずるりと、足元から崩れる感覚がして、地面に倒れる。 立ち上がる気力はなく、疲れた脚を使わない感覚が非常に心地良い。 倒れたせいで痛む腰も、あまり感じられない。 安心する匂いを感じたと思えば、意識を失ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「こら、おきんかレイヴ! まったく、羨ましい」
爺さんの声に顔を顰めながら目を開ける。 目を開けても真っ黒である。 柔らかいいい匂いに釣られてまた眠りそうになるが、腰を杖で叩かれたような衝撃が走り、眠ることができない。
なぜ真っ暗なのだと思い手探りすると、顔の前に何かの布地がある。 温もりがあり、いい匂いの正体はこれであると思ったら、布地の奥に人の体があることに気がつく。
軽く触れると柔らかく、細い。 腰の骨を触った硬い感触を確かめて、前に手を動かして横腹を撫でる。
「んっ……あっ、お目覚めになられたのですか?」
透き通った、透明感のある美しい護衛。 穏やかそうな語調に、優しい人だと見ることもなく理解した。
彼女のお腹から顔を退ける。 いい匂いに名残惜しさを感じながらも身体を起こすと、ぼーっとした頭に聖女様の顔が浮かぶ。そういえば最近、聖女様の写真とか見てなかったから、妄想しちゃったのか……ああ、起きないと爺さんに叩かれる。
そう思いながらも聖女様の妄想に浸っていると、妄想の中の聖女様が微笑み、思わず頰が緩む。
「こら、寝ぼけておるのか」
「……今起きるッスよー」
軽く欠伸をしてから目を擦る。 もう少し夢の中の聖女様を見ていたかった……と思うけれど、仕方がない。 よし、バッチリ起きた、と思っていたら、目の前に聖女様の顔が見える。
「……あれ? 爺さん、聖女様がいるように見えるんスけど」
「いるぞ」
「……マジッスか」
「すみません。 夜分遅くに訪れてしまい……」
座っていた状態から跳ね飛び、後ろの壁と天井に張り付く。
「魔術ッスか?」
「違うぞ。 ……というかそれどうやってるんじゃ」
「ああ、すみません……驚かせてしまい。 せめてお礼を言いたくて……」
「ええっ、ちょっ、急展開で頭が追いつかないッスよ!」
いや、今までの方がよほど急だったが、それでもまだ理解出来た。 聖女様が自ら俺に会いに来てくれるなど、思ってもいなかった。
「というか、お礼って……ああ、昨日の……。 いや、いいッスよ。 会えただけで充分ありがたいというか……その」
昔のお礼というか……。 そんなこと言っても、三年も前の少しの出来事を覚えているはずがない。
昨日礼を言ったのだって、ただの自己満足だ。 そう思っていると、彼女は金糸のようなさらさらとした長髪を揺らしながら首を横に振る。
「昨夜のことだけではなく……三年前に、一度……覚えて、いらっしゃらないとは思いますが」
縋るような青い目を俺に向けて「ありがとうございました」。 聖女様は俺にそう言い、いち町人の俺が耐えられるはずもなく目を逸らせば、彼女の黒い修道服が目に入った。
「……ずっと、お礼を言いたかったんです。 あの時、貴方がいてくれたから……」
「……えっ、火事のこと……ッスよね? 俺が大火傷したのを、助けてくれた……覚えて……というか、お礼?」
三年前のこと、俺の住んでいた町で火事が起きた。 火元は不明……おそらく邪神を崇拝する邪教徒が邪神の異能で付けたと思われる「消えない炎」。 俺はそれに巻き込まれて火傷を負い、死にかけていたところを巡回にきていた聖女様が治療してもらったおかげで命を取り止めた。
お礼を言われることなどないはずだと思っていたら、聖女様が首を横に振った。
「貴方が、危険を顧みずに火に飛び込んでくれたおかげで、幼い命が救われました。 誰一人、助けに行けなかった。 私も、焼かれるのが怖く、動けずにいて……」
「俺が燃えていたの、必死で治してくれたッスよね。 異能で消してるだけじゃ間に合わないかもって、自分も焼けるのに」
この世に天使がいるのならば、彼女のことだろう。 俺は半ば本気で、そう思った。
全身が「消えない炎」に包まれて、炎を異能で消すのには間に合わないかもしれないと、燃えている俺に手を当てて治癒をしてくれた。 全身が焼ける感覚の中、優しい手の感触。
「私は臆病者です。 我が身可愛さのあまりにより幼い子供を見捨てようとし……。 貴方は迷いのひとつすらなく駆けて、子供を守り抱きながら助けた。 ……ずっと、憧れていました」
聖女様は俺の手を握り締める。 心臓の音が酷く、手越しに伝わってしまうのではないだろうかと不安になる。
「もっと、勇気ある、高潔な人になりたいと、貴方を見て思っていました」
買い被りだと思ったけれど、否定は許してくれそうになかった。
聖女様は深く深く、俺に頭を下げる。
「ありがとうございました。 三年前も、昨日も」
「……うっす」
あまりの照れ臭さにそれしか返すことが出来なかった。
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