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第一章
第18話:聖女様の思い
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功労者であるというのに、酷い扱いである。
「……レイヴ=アーテル、16歳。 出身はクロウシロの街で、ここには聖女様を見るための観光目的で訪れ、闇の神殿に忍び込んだのは道を聞こうと思ってのこと。
その後、貴方を賊であると判断したシャルロット=ウィングナイと戦闘、その際に別の……賊、が現れたために、シャルロットと共闘を行なった。 ……間違いありませんか?」
俺の言ったことを繰り返して尋ねる騎士に顔を向けて頷く。 治療はしてもらえたが、黒く染まった手は治っていない。 あと、連日の出血のせいで頭が上手く働かないのを感じる。
雨の音に心を落ち着かされながら、ゆっくりと口を開く。
「……お姫様は、まぁ大丈夫だと思うんスけど、あの女騎士さん、シャルは大丈夫なんッスか?
同じ呪いに掛けられているはずッスけど。 あと、美人さんなのに傷跡が残ったら勿体ないなって」
「貴方に掛けられている呪いと同じく、異能殺しの呪毒なので命に関わることはありませんね、二、三日もすれば呪いも抜けるでしょう」
「傷は残っちゃうッスか。 ……悪いことしたッスね」
異能殺しの呪いか。 道理で判別がつかなかったわけである。 試しにカラステータスを発動しようとするが、それが使えないことを確認する。
喉が渇いたのと、リロを返してもらっていないことが気になるけれど、最悪の場合でも、リロは一人で脱出も出来るだろう。 一応、それほど悪く思われていない様なので心配する必要もなさそうだが。
「貴方が気にすることでもないでしょう。 彼女はそれを悪しとする人物でもありませんから」
「んー、まぁそうっすね」
リロも傷跡がいくつかあるが、それがリロの魅力を損なっているとも思えなかった。 可愛い女の子は何にせよ可愛いのだ。
「喉乾いたのと、腹が減ったので飯くれッス。 リロ……お姫様に渡していた白いカラスにもお菓子と水をあげてほしいッスよ」
「……すぐに手配しておきます」
「悪いッスね」
「その代わり、教えていただきますよ」
「もともと隠す気なんてないッスよ」
俺の答えに満足したのか、騎士の男は近くにいた何かの職員に頭を下げて目配せをする。
「あ、俺、肉が好きだから。 ついでにリロは寒がりなんで毛布みたいなのあげてほしいッス」
「……図々しいな」
「助けられておいて拘束してる人達に言われると照れるッスね」
「……」
「あ、ただのタチの悪い冗談ッスよ? 俺が助けたのも当たり前ッスけど、こうして話をするのも当たり前ッスから」
そう言っている間に机にレモン水を二つ置かれたので、その片方を手に取って飲む。 故郷で飲んでいた物よりも味に雑味があり、微妙な匂いがレモンによって誤魔化されているのを感じる。 不味くはないが、好き好んで飲みたくはない。 王都では水自体がまずいのだろうか。
「それで、何故貴方は彼女と争ったのですか?」
「勘違いされたんスよ」
「彼女の話では、貴方は彼女よりも優れた戦士であると聞きましたが、その時点で離れることも可能だったのでは」
「んー、シャルみたいな美人さんから褒められるのは嬉しいけど、買い被りッスね。 どっちかと言えばシャルの方が幾分か強いッス。
刃の加護を受けた歩法を得意としている剣士から逃げるのは難しい」
騎士はボリボリと頰をかく。 眉を寄せて、質問を続ける。
「彼女の話に出た白い髪の少女は?」
「あー、リロッス。 お姫様に預けてた白いカラスの」
「……はあ?」
「あれで一応神なんス。 カラスである本体は鞄の中で過ごしていたから、頼んで出てもらって、人化してお姫様に肩を貸してあげてと頼んだッス」
「そうですか」
疑わないのかと思っていれば、騎士はその疑問に答えるように言う。
「私の仕事は真偽を確かめることではなく、貴方のお話を伺うことですから」
「話しやすくていいッスね」
「その代わり、偽りが多くともそのまま話が上にいってしまいますけどね」
「そりゃ怖い。 まぁ、嘘は吐かないッスよ」
「貴方の武術はどこで学びましたか?」
「故郷の刃の神殿ッスよ」
「帯剣はしていないようですが」
「剣は嵩張るし高いんで買ってないんスよ」
「何を生業にしているのですか?」
「その日暮らしッスけど、基本的に魔物を狩って売ってるんで、狩人ッスね」
続いて渡された菓子に手を付けて口に含む。 非常に美味い。 あまり甘い物は好きでなかったけれど、美味いと感じる。
腹が減っているという理由もあるだろうが、それにしても良いものである。 もしかして、王都の騎士さんは毎日こんな高級なものを食べているのだろうか。
給金もいいのだろうし、美味いものが多ければリロも喜ぶだろうから腰を落ち着けることが出来たならそういう生活も悪くなさそうだ。
「狩人なら、この国で職と認めるには特定の場所に定期的に卸している必要がありますが」
「じゃあ狩人じゃないッス。 愛の狩人ってことにしといてください」
「住所不定無職……と」
酷い。 否定出来ないけれど酷い。 そろそろ夜も暗くなってきたので解放されたいが、どうにもまだ時間がかかりそうだ。
「……とりあえず身辺が怪しすぎるので、拘置所に入っていただくことになりそうですね」
「それは困るッスね。 割と急いでるんスよ」
「その理由は?」
「聖女様に早く合わないとダメなんスよ」
なんだかんだと言いながら、展開が変わってしまった。 直接的に聖女様に危害を及ぼす奴が現れ始めた。
あまり悠長なことはしていられないし、それを認めることは出来ない。
「はい、では拘置所に移送しますが、悪事を働いた訳でなく、それどころか救っていただいたので、貴人、要人用の場になります。
外に出せということでなければ、大抵のことは融通させていただくので……」
既に決まった、こちらの要件を聞き入れるつもりのない言葉。 そういった仕事であるのは分かるが、
「急いでるんスよ。
やらなければならないことがある。 時間がない。 人に監視されながらでも別にいいから、外に出してもらう」
「いえ……ですからしばらくは……」
男の言葉を遮るように、幼い童女のような言葉が聞こえる。 震えるレモン水を見て、そちらに意識を傾けた。
『レイヴ! 聞こえているか! レイヴ!』
「聞こえているッスよ」
俺を怪訝そうに見る男を他所に、水の神、アオイの言葉に耳を傾ける。
『暗殺者が! 侵入した! 急いで! お願いだからっ!』
ここで抜け出したら、間違いなく今のような取り調べレベルではなく、捕まるよな。 それで済めばいいが、ティルを狙ったと思われたら死罪も免れないか。
それは理解しているけれど……。
「まぁ、しゃーないッスね」
立ち上がって、窓を見る。 深夜であることに加え、強い雨のせいで真っ暗だ。
怪訝そうに眉を潜める騎士の横、窓を開けてそれに脚を掛ける。
「なッ! 何を……! 参考人が逃げ出したッ! 応援を求める!!」
後ろに騎士の声を聞きながら、雨の道を走る。 聖女様の場所が分からないなんてことはない。
夕方には雨が降っていなかった。 雲もなかった。 ならば、この雨は道である。
どこからかも分からないけれど降り注ぐ雨に打たれ、まだぬかるんでもいない地を蹴り跳ねる。
アオイの作った雨の道を駆けて、濡れた服を空気に引きずる。
何故かまだ点いている明かりに向かって駆け、塀に脚をかけて蹴り飛んで、屋根に登って走っては跳ぶ。
『急いでっ!』
「ッスよ!」
テラスのような場所に少女の姿が見える。 それに向かって襲おうとしている男の姿も。
驚く少女の姿を見ながら、テラスに飛び込み、男の腹を蹴り飛ばす。
「間に、合ったーーッ! ピンチの女の子助けて惚れられるパターンのやつドーンッス!」
男達の練度はそれほど高くない。 剣を持つ手を掴んで力を流すようにして後ろに投げ飛ばし、テラスから叩き落とし、濡れた上着を脱いで男の顔に貼り付けてから腹を蹴り、後ろから振られた剣を前に倒れ込むようにしてから地面に手を付き、脚を広げながら上げて男の腰を脚で挟み込んでから身体を捻って男を投げ飛ばす。
聖女様に迫っていた剣を靴で逸らすように受け流し、体勢の崩れた男をぶん殴る。聖女様の見開いた目に見惚れてから、彼女の身体を抱き締めてテラスから屋根に登って刺客から逃れる。
「あ、あの……だ、誰……ですか?」
「君のファンッスよ。 騎士を連れてきたッスから、安心して大丈夫ッスよ。 今まで、よく頑張ったッスね」
聖女様の身体を抱き締め、頭を撫でる。 漏らすような泣き声と、身体に身体を押し付けられて感じる柔らかな感覚。 少女らしい良い匂いに息を漏らしてから、彼女の身体を離す。
「あ、ありがとう……ございます」
「当然なことをしただけッスよ。 っと、きたみたいッスね」
下にぞろぞろと騎士が集まっていて、俺の方を睨んでいる。 刺客は一通り倒したし、もう騎士さま任せでも大丈夫だろう。
王女様が狙われたり、聖女様が襲われたりと随分物騒だ。
「あの、お名前を……っ」
「名乗るほどのものじゃないッスよ。 ありがとうッス」
屋根から飛び降りて、騎士の元に歩く。 走り寄ってきた騎士にヘッドロックをかけられたりして取り押えられながら連れて行かれる。 最後に聖女様に手を振って、自ら歩いて騎士に連れられていった。
当然牢屋に入れられた。
◇◇◇◇◇
夜がいた。 暗くて、速くて、ほとんど見えもしないけれど、それが以前に見たあの人と同じだと、何の確証もなく確信する。
真っ黒な髪と、真っ黒な眼。
彼は私を救ったと思えば他の騎士様の元に行き、戯れるように他の騎士様に小突かれたりしながら、私に手を振った。
きらり、きらり。 目を奪われる。 私よりも少しだけ高そうな身長、抱かれた感触は見た目よりも筋肉質だった、颯爽と現れて感謝も何も求めない姿、それであっても満足そうな表情。
あの人だ。 夜の人だ。
飢えた身体を忘れてしまうほどの溢れ出る喜び。 けれど胸が痛むほどに強く鳴る。 どくん、どくんと爆発するように心臓が拍動、ぱちぱちと動かした目は動かそうとしても彼から離れようとはしない。
去っていく彼を見て、出そうとした言葉が出ない。 動こうとした身体が動かない。 緊張、焦り、あるいは恐怖。 私は自分の体も動かせずに、彼が去るのを見送った。
後日のこと、私が何者かに狙われていることが分かったからか、教会を離れさせられて騎士の守る屋敷のような場所に通された。 前、夜の人が倒した刺客はかなりの手練れらしく、また同じようなことが起これば教会では守りきれないだろうということらしい。
騎士団の宿舎から近いため応援も容易であり、こういった場合の時に使う屋敷のために警護も慣れているとか。
尤もなところ、本当に信用しきれるとは限らない。 教会と国側の騎士は協力もしているが、水面下では無為な権力争いをしていると聞く、完全に信用をすることはないけれど……少なくとも、守ってくれている騎士様達はいい人そうだった。
久しぶりに食事をしたけれど、思ったよりも入らない。 胃が小さくなってしまったのだろう。 ゆっくりと時間をかけて食べ終えれば、すぐに食器が片付けられる。
手持ち無沙汰を感じる、いつもなら何をしていたかを想えば、孤児院に文字を教えにいっている時間だ。 騎士様に行っていいかを尋ねれば、当然のように首を横に振られた。
「……では、騎士団の見学をさせていただけませんか?」
夜の人は騎士様と仲よさそうに歩いていたし、私を守ってくれたので騎士様か、それに準じたような職業の人なのだろうと思う。
こちらは特に制限もなく頷かれた。
「聖女様には野暮ったいところかもしれませんけど、精一杯案内させていただきますよ」
「騎士様のお手を煩わさせて申し訳ありません。 でも、いつも国を護ってくださる騎士様達にお礼を言いたくて……」
「身に余る光栄です」
しばらくしてから騎士様に連れられて騎士様の宿舎や訓練場などを見学しながら黒髪の方を探すけれど、見当たらない。 暗かったから、完全な黒ではなく黒に近い色だったのかもと考えるけど、それでも見つからない。
思い切って、案内をしてくれている騎士様に聞いてみることにする。
「あの……昨日の、助けていただいた方は……」
「ああ、彼等に会いたいのですね。 いまの時間なら訓練場にいるはずなので呼んできましょうか」
「あっ、中断させてご迷惑をお掛けするわけにはいかないので、訓練を終えた後に……。 それまで見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。 まぁ、聖女様に見学されながらの訓練は緊張してしまうかもしれませんがね。 いい訓練です。 ハッハッハ」
訓練場に戻るけれど、やっぱり彼は見つからなかった。
訓練を終えた騎士様達に頭を下げて礼を口にする。 喜んでいる様子なので、そのまま夜の人について聞くことにした。
「あの、それで……黒い髪と、黒い眼の彼は……ここにはいないのでしょうか?」
騎士様達は首をかしげる。
「私と同じほどの年齢の、昨日、危険を顧みずに飛び込んでくれた彼は……」
騎士様達は首を傾げながら相談を始めた。
「黒髪黒目の奴なんかいたか?」
「いや、少なくともこの隊には……」
「この都にいる黒髪黒目なんて、それこそ王族ぐらいじゃないか?」
「グレイ様のことじゃないか? 年齢も同じぐらいだろう」
「いや、あの方はあの時間は別のところに……」
なんで話が伝わらないのかと疑問に思いながら思いつく特徴を口に出す。
「探索者や冒険家のような服装で、徒手空拳をしておりました。 話し方も独特で語尾に「ッス」を付けておられたのですが……」
そこまで聞くと、騎士様の一人が「あっ」と口を開えた。
「あの、こちらにおられるのでしょうか?」
「えっ、あ、まあ……所在地は分かっています……」
「是非、お礼を言いたく」
口籠る騎士様に頭を下げると、恐れ多いと逃げるようにしながら所在地を口に出す。 聖女という身分は頭を下げるのが脅しになり得るので便利である。
騎士様が口にした場所は、信じられない場所だった。
「……あの、地下牢です。 王都地下収容牢……。 牢屋に、いるはずです」
目がパチクリと動いた。
「看守様……」
「では、ないです」
「職員様……」
「では、ないです」
「それでは彼は……」
「暗殺未遂の容疑で、収容されております」
「……レイヴ=アーテル、16歳。 出身はクロウシロの街で、ここには聖女様を見るための観光目的で訪れ、闇の神殿に忍び込んだのは道を聞こうと思ってのこと。
その後、貴方を賊であると判断したシャルロット=ウィングナイと戦闘、その際に別の……賊、が現れたために、シャルロットと共闘を行なった。 ……間違いありませんか?」
俺の言ったことを繰り返して尋ねる騎士に顔を向けて頷く。 治療はしてもらえたが、黒く染まった手は治っていない。 あと、連日の出血のせいで頭が上手く働かないのを感じる。
雨の音に心を落ち着かされながら、ゆっくりと口を開く。
「……お姫様は、まぁ大丈夫だと思うんスけど、あの女騎士さん、シャルは大丈夫なんッスか?
同じ呪いに掛けられているはずッスけど。 あと、美人さんなのに傷跡が残ったら勿体ないなって」
「貴方に掛けられている呪いと同じく、異能殺しの呪毒なので命に関わることはありませんね、二、三日もすれば呪いも抜けるでしょう」
「傷は残っちゃうッスか。 ……悪いことしたッスね」
異能殺しの呪いか。 道理で判別がつかなかったわけである。 試しにカラステータスを発動しようとするが、それが使えないことを確認する。
喉が渇いたのと、リロを返してもらっていないことが気になるけれど、最悪の場合でも、リロは一人で脱出も出来るだろう。 一応、それほど悪く思われていない様なので心配する必要もなさそうだが。
「貴方が気にすることでもないでしょう。 彼女はそれを悪しとする人物でもありませんから」
「んー、まぁそうっすね」
リロも傷跡がいくつかあるが、それがリロの魅力を損なっているとも思えなかった。 可愛い女の子は何にせよ可愛いのだ。
「喉乾いたのと、腹が減ったので飯くれッス。 リロ……お姫様に渡していた白いカラスにもお菓子と水をあげてほしいッスよ」
「……すぐに手配しておきます」
「悪いッスね」
「その代わり、教えていただきますよ」
「もともと隠す気なんてないッスよ」
俺の答えに満足したのか、騎士の男は近くにいた何かの職員に頭を下げて目配せをする。
「あ、俺、肉が好きだから。 ついでにリロは寒がりなんで毛布みたいなのあげてほしいッス」
「……図々しいな」
「助けられておいて拘束してる人達に言われると照れるッスね」
「……」
「あ、ただのタチの悪い冗談ッスよ? 俺が助けたのも当たり前ッスけど、こうして話をするのも当たり前ッスから」
そう言っている間に机にレモン水を二つ置かれたので、その片方を手に取って飲む。 故郷で飲んでいた物よりも味に雑味があり、微妙な匂いがレモンによって誤魔化されているのを感じる。 不味くはないが、好き好んで飲みたくはない。 王都では水自体がまずいのだろうか。
「それで、何故貴方は彼女と争ったのですか?」
「勘違いされたんスよ」
「彼女の話では、貴方は彼女よりも優れた戦士であると聞きましたが、その時点で離れることも可能だったのでは」
「んー、シャルみたいな美人さんから褒められるのは嬉しいけど、買い被りッスね。 どっちかと言えばシャルの方が幾分か強いッス。
刃の加護を受けた歩法を得意としている剣士から逃げるのは難しい」
騎士はボリボリと頰をかく。 眉を寄せて、質問を続ける。
「彼女の話に出た白い髪の少女は?」
「あー、リロッス。 お姫様に預けてた白いカラスの」
「……はあ?」
「あれで一応神なんス。 カラスである本体は鞄の中で過ごしていたから、頼んで出てもらって、人化してお姫様に肩を貸してあげてと頼んだッス」
「そうですか」
疑わないのかと思っていれば、騎士はその疑問に答えるように言う。
「私の仕事は真偽を確かめることではなく、貴方のお話を伺うことですから」
「話しやすくていいッスね」
「その代わり、偽りが多くともそのまま話が上にいってしまいますけどね」
「そりゃ怖い。 まぁ、嘘は吐かないッスよ」
「貴方の武術はどこで学びましたか?」
「故郷の刃の神殿ッスよ」
「帯剣はしていないようですが」
「剣は嵩張るし高いんで買ってないんスよ」
「何を生業にしているのですか?」
「その日暮らしッスけど、基本的に魔物を狩って売ってるんで、狩人ッスね」
続いて渡された菓子に手を付けて口に含む。 非常に美味い。 あまり甘い物は好きでなかったけれど、美味いと感じる。
腹が減っているという理由もあるだろうが、それにしても良いものである。 もしかして、王都の騎士さんは毎日こんな高級なものを食べているのだろうか。
給金もいいのだろうし、美味いものが多ければリロも喜ぶだろうから腰を落ち着けることが出来たならそういう生活も悪くなさそうだ。
「狩人なら、この国で職と認めるには特定の場所に定期的に卸している必要がありますが」
「じゃあ狩人じゃないッス。 愛の狩人ってことにしといてください」
「住所不定無職……と」
酷い。 否定出来ないけれど酷い。 そろそろ夜も暗くなってきたので解放されたいが、どうにもまだ時間がかかりそうだ。
「……とりあえず身辺が怪しすぎるので、拘置所に入っていただくことになりそうですね」
「それは困るッスね。 割と急いでるんスよ」
「その理由は?」
「聖女様に早く合わないとダメなんスよ」
なんだかんだと言いながら、展開が変わってしまった。 直接的に聖女様に危害を及ぼす奴が現れ始めた。
あまり悠長なことはしていられないし、それを認めることは出来ない。
「はい、では拘置所に移送しますが、悪事を働いた訳でなく、それどころか救っていただいたので、貴人、要人用の場になります。
外に出せということでなければ、大抵のことは融通させていただくので……」
既に決まった、こちらの要件を聞き入れるつもりのない言葉。 そういった仕事であるのは分かるが、
「急いでるんスよ。
やらなければならないことがある。 時間がない。 人に監視されながらでも別にいいから、外に出してもらう」
「いえ……ですからしばらくは……」
男の言葉を遮るように、幼い童女のような言葉が聞こえる。 震えるレモン水を見て、そちらに意識を傾けた。
『レイヴ! 聞こえているか! レイヴ!』
「聞こえているッスよ」
俺を怪訝そうに見る男を他所に、水の神、アオイの言葉に耳を傾ける。
『暗殺者が! 侵入した! 急いで! お願いだからっ!』
ここで抜け出したら、間違いなく今のような取り調べレベルではなく、捕まるよな。 それで済めばいいが、ティルを狙ったと思われたら死罪も免れないか。
それは理解しているけれど……。
「まぁ、しゃーないッスね」
立ち上がって、窓を見る。 深夜であることに加え、強い雨のせいで真っ暗だ。
怪訝そうに眉を潜める騎士の横、窓を開けてそれに脚を掛ける。
「なッ! 何を……! 参考人が逃げ出したッ! 応援を求める!!」
後ろに騎士の声を聞きながら、雨の道を走る。 聖女様の場所が分からないなんてことはない。
夕方には雨が降っていなかった。 雲もなかった。 ならば、この雨は道である。
どこからかも分からないけれど降り注ぐ雨に打たれ、まだぬかるんでもいない地を蹴り跳ねる。
アオイの作った雨の道を駆けて、濡れた服を空気に引きずる。
何故かまだ点いている明かりに向かって駆け、塀に脚をかけて蹴り飛んで、屋根に登って走っては跳ぶ。
『急いでっ!』
「ッスよ!」
テラスのような場所に少女の姿が見える。 それに向かって襲おうとしている男の姿も。
驚く少女の姿を見ながら、テラスに飛び込み、男の腹を蹴り飛ばす。
「間に、合ったーーッ! ピンチの女の子助けて惚れられるパターンのやつドーンッス!」
男達の練度はそれほど高くない。 剣を持つ手を掴んで力を流すようにして後ろに投げ飛ばし、テラスから叩き落とし、濡れた上着を脱いで男の顔に貼り付けてから腹を蹴り、後ろから振られた剣を前に倒れ込むようにしてから地面に手を付き、脚を広げながら上げて男の腰を脚で挟み込んでから身体を捻って男を投げ飛ばす。
聖女様に迫っていた剣を靴で逸らすように受け流し、体勢の崩れた男をぶん殴る。聖女様の見開いた目に見惚れてから、彼女の身体を抱き締めてテラスから屋根に登って刺客から逃れる。
「あ、あの……だ、誰……ですか?」
「君のファンッスよ。 騎士を連れてきたッスから、安心して大丈夫ッスよ。 今まで、よく頑張ったッスね」
聖女様の身体を抱き締め、頭を撫でる。 漏らすような泣き声と、身体に身体を押し付けられて感じる柔らかな感覚。 少女らしい良い匂いに息を漏らしてから、彼女の身体を離す。
「あ、ありがとう……ございます」
「当然なことをしただけッスよ。 っと、きたみたいッスね」
下にぞろぞろと騎士が集まっていて、俺の方を睨んでいる。 刺客は一通り倒したし、もう騎士さま任せでも大丈夫だろう。
王女様が狙われたり、聖女様が襲われたりと随分物騒だ。
「あの、お名前を……っ」
「名乗るほどのものじゃないッスよ。 ありがとうッス」
屋根から飛び降りて、騎士の元に歩く。 走り寄ってきた騎士にヘッドロックをかけられたりして取り押えられながら連れて行かれる。 最後に聖女様に手を振って、自ら歩いて騎士に連れられていった。
当然牢屋に入れられた。
◇◇◇◇◇
夜がいた。 暗くて、速くて、ほとんど見えもしないけれど、それが以前に見たあの人と同じだと、何の確証もなく確信する。
真っ黒な髪と、真っ黒な眼。
彼は私を救ったと思えば他の騎士様の元に行き、戯れるように他の騎士様に小突かれたりしながら、私に手を振った。
きらり、きらり。 目を奪われる。 私よりも少しだけ高そうな身長、抱かれた感触は見た目よりも筋肉質だった、颯爽と現れて感謝も何も求めない姿、それであっても満足そうな表情。
あの人だ。 夜の人だ。
飢えた身体を忘れてしまうほどの溢れ出る喜び。 けれど胸が痛むほどに強く鳴る。 どくん、どくんと爆発するように心臓が拍動、ぱちぱちと動かした目は動かそうとしても彼から離れようとはしない。
去っていく彼を見て、出そうとした言葉が出ない。 動こうとした身体が動かない。 緊張、焦り、あるいは恐怖。 私は自分の体も動かせずに、彼が去るのを見送った。
後日のこと、私が何者かに狙われていることが分かったからか、教会を離れさせられて騎士の守る屋敷のような場所に通された。 前、夜の人が倒した刺客はかなりの手練れらしく、また同じようなことが起これば教会では守りきれないだろうということらしい。
騎士団の宿舎から近いため応援も容易であり、こういった場合の時に使う屋敷のために警護も慣れているとか。
尤もなところ、本当に信用しきれるとは限らない。 教会と国側の騎士は協力もしているが、水面下では無為な権力争いをしていると聞く、完全に信用をすることはないけれど……少なくとも、守ってくれている騎士様達はいい人そうだった。
久しぶりに食事をしたけれど、思ったよりも入らない。 胃が小さくなってしまったのだろう。 ゆっくりと時間をかけて食べ終えれば、すぐに食器が片付けられる。
手持ち無沙汰を感じる、いつもなら何をしていたかを想えば、孤児院に文字を教えにいっている時間だ。 騎士様に行っていいかを尋ねれば、当然のように首を横に振られた。
「……では、騎士団の見学をさせていただけませんか?」
夜の人は騎士様と仲よさそうに歩いていたし、私を守ってくれたので騎士様か、それに準じたような職業の人なのだろうと思う。
こちらは特に制限もなく頷かれた。
「聖女様には野暮ったいところかもしれませんけど、精一杯案内させていただきますよ」
「騎士様のお手を煩わさせて申し訳ありません。 でも、いつも国を護ってくださる騎士様達にお礼を言いたくて……」
「身に余る光栄です」
しばらくしてから騎士様に連れられて騎士様の宿舎や訓練場などを見学しながら黒髪の方を探すけれど、見当たらない。 暗かったから、完全な黒ではなく黒に近い色だったのかもと考えるけど、それでも見つからない。
思い切って、案内をしてくれている騎士様に聞いてみることにする。
「あの……昨日の、助けていただいた方は……」
「ああ、彼等に会いたいのですね。 いまの時間なら訓練場にいるはずなので呼んできましょうか」
「あっ、中断させてご迷惑をお掛けするわけにはいかないので、訓練を終えた後に……。 それまで見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。 まぁ、聖女様に見学されながらの訓練は緊張してしまうかもしれませんがね。 いい訓練です。 ハッハッハ」
訓練場に戻るけれど、やっぱり彼は見つからなかった。
訓練を終えた騎士様達に頭を下げて礼を口にする。 喜んでいる様子なので、そのまま夜の人について聞くことにした。
「あの、それで……黒い髪と、黒い眼の彼は……ここにはいないのでしょうか?」
騎士様達は首をかしげる。
「私と同じほどの年齢の、昨日、危険を顧みずに飛び込んでくれた彼は……」
騎士様達は首を傾げながら相談を始めた。
「黒髪黒目の奴なんかいたか?」
「いや、少なくともこの隊には……」
「この都にいる黒髪黒目なんて、それこそ王族ぐらいじゃないか?」
「グレイ様のことじゃないか? 年齢も同じぐらいだろう」
「いや、あの方はあの時間は別のところに……」
なんで話が伝わらないのかと疑問に思いながら思いつく特徴を口に出す。
「探索者や冒険家のような服装で、徒手空拳をしておりました。 話し方も独特で語尾に「ッス」を付けておられたのですが……」
そこまで聞くと、騎士様の一人が「あっ」と口を開えた。
「あの、こちらにおられるのでしょうか?」
「えっ、あ、まあ……所在地は分かっています……」
「是非、お礼を言いたく」
口籠る騎士様に頭を下げると、恐れ多いと逃げるようにしながら所在地を口に出す。 聖女という身分は頭を下げるのが脅しになり得るので便利である。
騎士様が口にした場所は、信じられない場所だった。
「……あの、地下牢です。 王都地下収容牢……。 牢屋に、いるはずです」
目がパチクリと動いた。
「看守様……」
「では、ないです」
「職員様……」
「では、ないです」
「それでは彼は……」
「暗殺未遂の容疑で、収容されております」
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夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
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「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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