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第一章

第12話:カラスと人探し

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 人形を手にした俺は、おもむろに異能を発動する。

《カラステータス》
名前:知らない
年齢:分からない
身長:30cmぐらい
体重:リンゴ4個分
契約者:多分いない


 見れば分かるよ。 いや、リロの知識から引き出している情報なのだから、俺が見たのと同じような結果にはなるのは当然なのだが。

 とりあえず、人形の神を肩に乗せて教えられた場所に出発する。

「レイヴくん、レイヴくん」
「ん? どうしたッス?」
「見た目がすごいことになってる」
「言わないでほしいッス」

 頭に白いカラス、肩に女の子の人形を置いているのは、パッと見て、頭がおかしそうな人に見えるだろう。
 ただでさえ、神との会話は独り言に見えるというのに。

『小僧』
「どうしたッス?」
『迷惑を、掛ける』
「や、気にしなくてもいいッスよ。困ったときはお互い様ッスよ」

 どうせ、長居するつもりはない街だ。
 それに故郷では普段から頭おかしい子扱いされていたのだから気にする必要は本当にない。

『……して、小僧は休日か何かか?
我とそのカラス、複数の神の声を聞こえるなぞ、高名な人間であると思うが』
「いや、高名どころか、現在絶賛頭がおかしいと思われてる無職ッスね」
『……?』

 神の声が聞こえる者は、基本的に聖人として扱われる。
 だが、現実問題として、神の声が聞こえる人間はほとんどいない。
 現在間違いなく神の声が聞こえているのは聖女様ぐらいで、隣の教国の教皇は国教の神の声が聞こえていると聞くが、それが本当がどうかは分からない。

 他にも一柱の声が聞こえる者は何人かいるが、十人に満たないぐらいだ。
 その中で、全ての神と会話が出来るなど、裏付けを取る方法もないのに信じてもらえるはずもない。

「まぁ、声が聞こえるだけで偉ぶるなんて性に合わないッスよ」
「レイヴくん、それ問題発言」

 一人目の青黒い髪の女性のいる場所にきて、見回しながら答える。

「そんな問題発言でもないっすよ。
声が聞こえるだけで偉ぶってる人の尺度だと俺の方が格上ッスし、俺の尺度でも俺の方が上なんスから」
「……聖女様は?」
「声聞こえる前から聖女ッスし、偉ぶったりしないッスから! そこ重要ッス!」

 人形から野太いため息が聞こえてくる。

『確かに、聖人のようではなさそうだな』

 呆れたような声に、リロが言い返す。

「かあ。 レイヴくんは、すごく優しいよ」
『それぐらい、分かっておるわ』

 照れる。 と言いながら辺りを見渡して人を探す。
 情報の正確さなんて分からないが、正しかったとしてもそんな簡単に見つかったりはしないだろう。

「あ、青黒い髪の女の人」
「ん、どこッスか?」

 視線を泳がせるとリロが「右、右」と場所を伝えてくれる。 見つけた女性は確かに青黒い髪色をしているが……ふくよかであまり美人のようには見えない。

『全然違うな』
「会ってない間に太っている可能性は?」
『気が違う。 最悪、性別が変わったとしても分かるはずだ』
「そりゃ、便利なことで」

 一人目は違うということなので、二人目を探すことにする。
 まだ時間は余っているので問題はないだろう。

「そういや、人形殿の名前ってなんスか?」
『……ケミルだ』
「ケミル? ケミルだけッスか?」
『ああ』

 割と珍しいタイプである。 普通、家名というわけではないが、個人名以外に類似した神に共通する名前があることが多いのだが。 特別な神にも見えないが……気にする必要もないか。

「俺はレイヴ=アーテルッス。 こっちのかわいこちゃんはリロイア=レーヴェン。
よろしくケミル」
『ああ、よろしく頼む』

 二人目の青黒い髪色の女性を見つけるが、やはり別人で三人目を探す。 三人目も違ったところで、日が傾いてきた。
 リロとの話の通り、普通ぐらいの宿に向かい、一泊させてもらう。

「うーん、結構見つからないッスね」
「他の町に引っ越したとか?」
「んー、そんなに引っ越しとか多くないから微妙なところッスね。 まぁそれで諦めるのは探してからッスね」
『手間をかけるな』
「気にしなくていいって、どうせ自由な無職ッスから」

 まあ、リロとの甘い時間を奪われることになるのは少しだけ嫌だけど、困っている奴がいるなら仕方ないことだろう。

「でも、見つからなかったらどうするッスか?」

 流石に、この街にいそうにないのならば俺にはどうしようもない。 ロム爺さんに聞けばと思うが、あの爺さんは案外大雑把なところが多く、見つけることはほとんど不可能だろう。

『見つからなかったら……か』
「俺と一緒に旅に出たりする? まあ、旅に出ても見つからない可能性は高いッスけど。
案外楽しいかもしれないッスよ」
『……ああ、お前はいい奴だからな。 それもいいかもしれないな』

 褒められた照れくささを隠すために軽く頬を掻く。
 ベッドに軽く倒れこみながら、ケミルの小さな人形の頭を撫でる。

「仲間が増えると嬉しいッスからね。
でも、見つかるといいとッスね」
『……ああ』

 そういえば、ケミルは何かを食べたり出来るのだろうか。 どう見ても出来なさそうだが、人化出来るのならば食べることも出来るだろう。

「飯食いに行こうと思うッスけど、ケミルって人になれる?」
『いや、無理だ』
「んじゃ、悪いけど食べに行くけど、どうするッス?
一緒に行くッスか?」
『ああ、その時に会えるかもしれないからな』

 リロを頭に、ケミルを肩に乗せて、宿から出て外を歩く。 夕飯時ということもあり、屋台などから美味そうな匂いが漂って、俺の鼻腔に入り込む。

「リロは何が食べたいッス?」
「甘いもの」
「ブレないッスね……。 太るッスよ?」
「神だから体型は変わらないはず」
「どうなんッスかね……」

 適当にぶらついて、気になったものを食べていけばいいか。
 リロの身体を撫でながら歩くと、何か正体不明の肉を焼いている屋台を見つけたのでそこに寄って一つ買う。

「これ、何の肉ッス?」
「鹿だよ。 熱いから気をつけて食べな」

 鹿肉か。 そういえば昔食べたことがある。
 俺は比較的裕福な家に生まれたので、こう言った食べ物にはあまり縁がなかった。 肉もしっかりと家畜化されたものを食うのが殆どだったので、少し物珍しい。

 思い切り齧りつき、思ったよりか硬いそれを噛み切る。 硬く少し獣臭いが、決して不味いわけではなく、肉の味と香辛料の匂いがなかなか良く、昨日の夕食とは趣が違うがこういうものもイケるものである。

「一個と言わずに買ったらよかったッスね」
「かあ、戻る?」
「いや、色々食ってみたいんでこのまま歩いて見ようッス」
『……これだけ多くの人間がいるのに、おらぬな』

 落ち込んでいるケミルを他所に、新たな肉の匂いを嗅ぎつける。 焼いた鶏肉を小麦粉を練って作った皮に野菜とともに包んだ料理らしく、手で持って食べることが出来そうだ。

 それを一つ購入して、思い切り齧りつく。
 案外柔らかい小麦の皮は香ばしく、野菜のシャキシャキとした食感と共にに肉と肉汁の旨味が口の中に広がる。
 美味い。 パクリと何度も大口を開けて食べれば、案外すぐになくなってしまった。

「こういうのもいいッスね。 俺ばっかり食ってるッスけど」
『気にしなくてもいい。 家外での人の営みは興味深く、面白いものだ』
「ん、まぁ人形だったら、基本家にいるもんッスもんね」
「私も、近寄ったら追い払われたから、こんなに近くで見るのは初めて」

 じゃあお言葉に甘えて。 気になった屋台を片っ端からまわり、腹の中に収めていく。

「レイヴくん、お肉好きなの?」
「んー、好きッスね。 美味しいッスから」
『人は脆弱だ。 肉ばかり食っていたら、栄養が偏り、身体が弱るぞ』
「ケミルは何も知らないんスね。 男は肉だけ食ってたら生きていくことが出来るんスよ?」
『む……そういうものなのか。 女子の生活しか見ておらぬかった』

 そろそろ腹も膨れてきたので、飲み物を飲んで食事も終わりにしようと、水を飲む。 水を飲む。 水を飲む。
 飲み続けるがなかなか減らず、口から容器を離してみるが、まだまだ大量に残っている。

「……? あれ、おかしいッスね」

 思ったより喉が渇いていなかったのかと思い、また口を近づけーー高い怒鳴り声が響いてリロがびくりと跳ねる。

『こらレイヴ! どれだけ飲むんじゃ! 水が増えてることに気づけ!』
「あ、アオイ様。 さっきぶりッス」
『ん、ああ。 悪いが状況がちと変わってな。 早急にというわけではないが……』
「聖女様のところにいけッスか? ……神様が随分と一人の人間に入れ込むッスね」

 気に入らないはずの神様が、ヤケに人間染みたことを言っている。
 聞いておいたが、なんとなく聞きたくなくコップに口をつけて水を飲むことで水の神の声を聞かないようにした。

 『ーー神とは人非ぬこと、人非ぬとは人想わぬことなり』
 誰かが言っていた聖書の一節。 教師に散々覚えさせられた聖書の中で、俺が珍しく覚えることの出来た言葉だ。

 神は人ではないから、人に情を寄せることはない。
 良くしていたヒトタチやロム爺もその例に漏れることはなく、暇つぶしや面白い玩具扱いはあっても、その本質は俺を思ってのものではなかった。

『入れ込んで悪いのか。 月並みじゃが、儂は彼女を愛しておる』

 リロは俺と旅をしてくれている。 ケミルは持ち主だった女性に会いたがっている。 アオイは聖女様を愛して守ろうとしている。
 腹一杯に飲み込んだ水が逆流してきそうになりながら、アオイの頼みを聞く。

「分かったッスよ。 他でもないアオイ様の頼みッス」
「……聖女様だからじゃないの?」

 リロのツッコミに頬を掻きながら、コップに向けて続ける。

「でも、すぐには無理ッス。 先約があるッスからね」
『……ああ、急場ではない。 ただ、教会内での立ち位置が悪くなっておる』
「俺が行ったところでどうにかなるッス?」
『味方が一人おれば、精神的な負担も変わるであろう』
「話は通しておいてッスよ」

 コップに入った水から神の気配が消えて、俺はそれを飲み干した。 コップをゴミ箱に向かって投げ捨てる。
 ケミルの低い声が響くようになりながら、俺は帰路に着く。

『悪いな、レイヴ』
「気にする必要はないッスよ。
ケミルはさ、神になってからどれぐらいッスか?」
『半年ほど前……記憶自体は、より昔からあるが』
「人と神って何が違うんスかね。 なんとなく……違うって昔から思っていたッスけど」

 息を口から吐き出せば、なんとなく香辛料の匂いが出てきて少し嫌な気持ちだ。 美味かったが、後は悪い。

『我は人形で、人ではない』
「人になれる神とか、人から成った神とかもいるッスよね」

 ケミルの声はゆっくりと、けれど軽薄な俺でも軽く感じることの出来ない重さを持って吐き出された。


『違いを探せばいくらでもある。 人は力がない、神は寿命がない、人には死があって、神には生がない。
ならば、反対に共に通ずるのは何か……それを思うた方が、レイヴの疑問には近い道となるだろう』


 神と人と通じるところ。 ーーああ、何だろうか。
 分かりはしない。 神が人を分からないと嘆いていた俺には、神のことなど分かるはずもなかった。
 リロの鈴のような声が、道を指し示すように聞こえる。

「私は、レイヴくんと会ってから、人に成りたいといつも思っているの」

 そうか。 小さく返すのが精一杯だった。
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