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第一章

第3話:カラスより与えられた異能

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 鈴を転がしたような声。 そう何度も表した音に聞き惚れそうになりながら、タンスから大きめの服とズボンを取り出して少女に投げつける。

 青いくりくりとした大きな瞳が俺を見て、着替えを覗くわけにもいかないと俺は後ろを向いて衣擦れの音に耳を澄ませる。
 するすると身体に服を纏っていく音に色気を覚えながら、自作の聖女様写真集を見て心を落ち着かせておく。

「んぅ……着れたよ」

 ああ、お美しいと一息を吐く前に少女の言葉が聞こえて中断させられる。  思ったより早いな、などと思いながら見ると、ズボンを返された。

「大きくて、着れなかった」
「ああ、そうか」

 ぶかぶかのTシャツのせいで胸元が見えているが、それほど気にした様子もなく俺に控えめな笑みを向ける。
 真白い髪に青い瞳、それに柔らかな雰囲気に可愛らしい容姿。 片翼だけの翼という特徴もあり、確かに少女は昨日のカラスと似た特徴を持っていた。

「いや、でも……カラスが人になるなんて……」

 人化だけでなく、動物や物が意思を持つのはひとつの法則でしかあり得ない。
 物が信仰や長い時を経て、強い力を帯びることによって起こる現象。 それは一言で表せばあまりに仰々しいが、正しくその通りの意味を持っている。 神。

「たぶん、考えている通り」
「えっ、やっぱり、俺の妄想が現実になったってパターンす?」
「……ちがう」

 やはり、少女は白いカラスは神らしく、薄く笑って片翼で身体を覆う。 翼が舞い散って、少女の姿が掻き消える。
 いなくなったわけではない。 少女のいたベッドの上には小さなカラスが一羽、俺のTシャツの中で行儀よく丸まっていた。

「かあ」

 青い瞳に白い体毛。 その声も何処と無く似ていて信じるしかなさそうだ。

「……人に成るから、後ろ向いてて」

 後ろを向いてバサリという翼の音、衣擦れの音を聞いて、すぐ後ろに裸の少女がいることを思えば生唾を飲み込んでしまう。

「いいよ」

 少女の声に従って後ろを向く。丸出しになっている細いふとももを見ると少女は恥ずかしそうにシャツを引っ張ってふとももを隠す。 引っ張られたせいで肩が出て、俺は唾を飲み込みながらその肩を見詰めた。

「神…….なんスね」

 今までの行動は不敬にもほどがある。 特に寝起きで寝ぼけていたからといい、少女の尻を揉みしだいたのは許されないことだろう。 すごく気持ちよかったので殺されても後悔はないが。

「うん。 レイヴくんの、神さまだよ」

 ニコリ、少女が首を傾げながら笑みを振りまく。 心臓が飛び跳ねる音が少女に聞こえていないか不安になるが、努めてなんでもない風を装いながら、目を逸らす。

「もしかしてなんだけど、昨日の木の実は……」

「聖餐だよ。 私は力が少ないから、自分で作れなかったの」

 木の実、カラスのために砕いた木の実。 半分をカラスから渡されて口に含んだそれを思い出す。 つまり……俺が神に契約を断られ続けていたのは、既にカラスと契約を結んでいたから。

 その事実に愕然としながら、言葉を続ける。

「なんで、契約を」

 一般的に神から契約を持ち掛けることはあり得ない。 神とは上位の存在であり、頼みを聞き叶えるものであっても、人に何かを頼む存在ではない。 それは契約についても同じで、ひたすら人が請う側のはずだ。
 少女は少し迷った表情をしてから、小さく言う。

「本当は、ただ木の実が食べたかっただけなんだけど……」

 そこから言葉に詰まり、互いに互いを見ることもなく沈黙が続く。
 少女は口を開き何かを話そうとして、顔を赤らめながら閉じる。
 その妙に甘ったるい沈黙を破ったのは、俺でも少女でもなく、下から響く母親の声だった。

「レイー! そろそろ起きなさい!
今日こそちゃんと契約してもらうんだよ!」
「あ、そういや……朝か」

 窓の外を見れば、もう日が出ている。 明るさに目を細めながら小さく呟く。

「どうしたらいい?」

 少女の問いに少しだけ考えてから「カラスになって」と頼む。 母親に説明するだけなら人になってる方が楽かもしれないが、布一枚の少女を母親に紹介出来るほど図太くない。
 いや、よく考えたらカラス形態は全裸なのではないだろうか。 裸の女の子を頭の上におく……どういうプレイだ。

 とりあえず、煩悩を振り払ってから白いカラスに手を伸ばし、頭の上に乗せる。

「行くか……」
「かあ」

 カラスの返事を聞いて下に降りて、母親のいる部屋に入る。 以前買い溜めしていた紅茶を飲んでいる姿を見て、少し表情を歪めてしまう。

「母さん、飯……」
「ご飯ね、結局身体の中で燃焼させられるんだから、遅かれ早かれって……思わない?」
「思わない。 また焦がしたんッスね」

 普段ならば多少焦がしても平気で出してくる母なので、今回は食べられない程度には焦がしたのだろう。
 異能を料理に使うのは火の神の機嫌によってムラが出るから止めた方がいいと思う。

 向かいの椅子に腰掛けて、自分のカップに紅茶を注ぐ。
 それにしても、今日はなんで火の神は焦げで料理が食べられなくなるぐらい怒っていたのか……と考えると、昨日、川の神にブチ切れられたことを思い出して、頭上のカラスの頭を撫でる。

 料理の焦げ、俺のせいだった。
 悪気こそなかったが、凄く不敬なことをしている。 どれぐらい不敬かを簡単に言えば、既婚者が若い女の子に結婚しようとプロポーズするぐらいには失礼だ。
 後で謝りに行かないと駄目だな。 軽く面倒に思いながら、新聞に載っている聖女様の記事を切り抜く。

「母さん、俺、契約してたみたいッス」
「何と?」
「神様ッスよ。 昨日断られてたのは、先に契約していた神がいたからみたいッス」

 母親は訝しげに俺を見て、息を吐き出す。

「レイヴ、ご飯買ってきて」
「信じてないッスね。 いや、本当ッスから、契約出来たの」
「じゃあ、何の神で、何の異能なの?」

 そういえばまだ聞いていなかったな。 異能を貰うための契約なのに、貰った異能について知らないとは、うっかりしていた。

 頭の上のカラスを撫でて、答えてくれないかを期待するが、反応がない。 眠っているのだろうか。

「この子ッスよ」

 頭の上にいたカラスを机の上に降ろして、母親に見せる。
 「かあ」と可愛らしく鳴くカラスに少し頬を緩める。 母親はその白いカラスを見て少し眉を顰めてから俺の顔を見た。

「何の異能力?」

 母親の言葉にカラスを突くが反応はない。 仕方ないので俺もカラスに尋ねる。

「何の異能がもらえたんスか?」
「かあ」
「いや、かあじゃなくて……」

 微妙な空気が流れる。 母さんの俺に対する目が酷く冷たい。
 これ、完全に嘘だと思われてる。 どうにかして誤解を解こうとカラスを触るが、反応してくれない。

「まぁ、別にそれはいいんだけど、なんで鼻血出してるの?」

 手を鼻に持っていくと、ぬるりとした感触が手に付く。

「頭ぶつけたの? 大丈夫?」
「そういうわけでは……」

 怪我をするようなことをしておらず、何か鼻血が出るようなことはあったかと考えると、手に柔らかいお尻の感触が蘇る。
 あれだろうか。 裸に興奮して鼻血を出すなんて、しょうも無い漫画やら小説やらの演出だけだと思っていたが。

 とりあえず布で鼻を拭う。 幸い大して出血しておらず、すぐに止まっていたようだ。

「レイヴくん」

 鈴を転がす高い声に反応してカラスを見る。 母親は神の声を聞くことが出来ないのか、少し心配そうに俺を見ている。
 足でコンコンと跳ねて、俺の方に身体を向け、軽く跳んで胸に入り込む。

「どうしたッスか?」

 神様というよりかは、賢いペットのような気がするが、先ほどの美しい肌を思い出して首を横に振る。
 ペットには思えないな。

「異能力、ないの」

 一瞬、何を言っているのかが分からなかった。
 遅れてカラスの言葉を理解する。 そういえば、先ほども聖餐を作るだけの力がないと言っていたな。
 ここらの神とは一通り面識があったはずなのに、俺はカラスのことを知らなかった。 つまりは、遠くから来たか、あるいは新たに神となったか。
 片翼のないカラスが幾ら神とは言えど遠くから移動出来るとも思えない。

「ごめん、なさい」

 少女の声に戸惑いながら、軽くカラスの頭を撫でてやる。
 なんで勝手に契約をしたのかは分からない。 迷惑であるとも思ってしまうが、謝っている女の子を責める気にもなれず、ため息を吐き出した。

 俺の異能、スカッスか。 そう思っても口に出すことは出来ない。
 母親になんて誤魔化そうかと思うが、バレないような異能力を言ったらいいだけだ。

「あれッスよ、身体強化系の異能力ッス」
「ああ、レイヴには向いてるかもね、運動得意だし」

 とりあえず頷く。 異能力はなくとも、運動やら戦闘は得意なので暫くは問題も出ないだろう。 生半可な身体強化系の異能力者ならば異能力なしに相手取ることは難しい話でもない。

 母親も納得がいったのか頷くが、俺の懐にいるカラスを見つめ始める。

「そのカラス……神様なんだよね」
「そうっすよ。 ちゃんと人化形態もあったので間違いないッス」
「そっか……」

 母親は少ししんみりとした雰囲気を出しながら、俺の頭を撫でる。 目の端には涙が浮かんでいて、俺の顔を見つめた。

「異能も無事に手に入ったんで、旅に出るッスよ」
「うん」
「俺はそこそこ腕も立って、要領もいい方なのでどうにでもなるッス」
「知ってる」
「だから、心配する必要はないッスよ?」
「心配するに、決まってる」

 そういうものなのだろうか。 俺には親の気持ちが分からない。
 いや、先に俺の父親が何処かに行ってしまったせいだろうか。 あるいはその両方のせいか。

「また、安定したら一度は戻ってくるッスよ」

 母親は悲しそうに目を伏せる。 何かを言おうとして、口を噤む。

「ちょっと、朝飯買ってくるッスよ」

 懐のカラスを頭に乗せて、財布をポケットに突っ込んで外に出る。朝早いので、低い場所にある太陽がやけに眩しい。

「辛気臭い話を聞かせて悪いッスね」
「ううん。 ごめんなさい、嘘を吐かせて……」

 互いに謝りあったあと、空いてる店を探して歩き回る。
 早朝からやっている店は少なく、遠くの店に行くことになるが、カラスとの会話が長続きしなくてどうにも気まずい雰囲気だ。

「そういや、なんで俺と契約したんスか?」
「かあ」

 いや、かあじゃなくて。 そう言おうとしたが、言いたくないのかもしれないと思い、聞かないことにする。
 白いカラスの心地よい毛並みを撫でて、カラスに呟く。

「母さん、結構若かったッスよね」
「うん、お姉さんかと思った」

 神の声は人化しない限りは人には聞こえない。 傍目から見たら馬鹿みたいに見えるかもしれないが、俺からしたら今更だった。

「俺って、母さんが11の時の子供なんスよ。 大分あれな感じッスけど。
んで、まだ30にもなってないので、まぁそれなりに若い母親なんだけど。 父親がいなくなったのが俺が4つのときで……それから一人で俺を育ててくれたんスよ」
「うん」

 可愛い声に少し惚ける。 カラスに人の生が分かるのかも分からないが、俺は独白を続けた。

「俺、邪魔だろうなって……気付いたんス」
「ジャマなの?」
「邪魔なんスよ」

 カラスは片翼をパタリと動かしてから、居心地が悪そうに頭の上で動く。

「人間はわからない」

 その言葉を少し笑ってから、俺は街を歩いた。

「その言葉も人間っぽいッスけどね」

 少なくとも……普通の神は人を分かろうとはしない。 多少なりとも理解しようとする姿は俺の知っている神とは大きく違う。

「よくわからない」
「そうッスか」

 俺は神らしい感性の神よりかは、このカラスの方が好きだ。 遠くの店に着いたので、中に入って買おうかと思ったが、動物を連れ込むのはダメだろうか。

「動物連れ込むのはアウトッスから、ちょっとだけ待ってて」
「ん、わかった。 早くしてね」

 カラスを窓の縁の出っ張りの部分において、中に入って一番近くにある物を二つ掴んで会計を頼む。 どれもパンなので同じようなものだろう。
 人が並んでいなかったこともあり、だいたい10秒ほどで買い物を終えて外に出る。

 変わらずにいたカラスを頭の上においてから買った物を見る。 苦手なトマトの入っているパンで、少し表情を歪めてしまう。

「そういや、食べ物とか必要だったりするのか?」
「うん。 定期的に甘いものを食べないと嫌な気分になる」

 とりあえず何か買って帰るか。
 旅のお供にするのだから、ある程度仲良く出来た方がいいだろう。
 食べ物を扱う店に入れないのは問題なので、その対処法を考える必要もあるな。
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