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誰かの祈りに応えるものよ
誰かの祈りに応えるものよ⑥
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さっと食べて宿でも取ろうかと考えていると、俺の隣の席、ニエが座っているのと反対の場所に酔っぱらった男が座る。
「ん? 見ない顔だな。旅人か?」
昼間なのに酒場……というのは俺も言えたことではないが、すでに出来上がっているのは流石にどうなのだろうか。
ニエは知らない人に話しかけられて緊張したのか、俺の服を小さく摘む。俺はその手を上から握りながら、ツマミも食べずに酒を飲み始めた男の方を見る。
シワと傷の刻まれた恐ろしげ容貌が酒で赤くなっている。ニヤリと笑みを浮かべて、男は続ける。
「なんて、俺も旅人だから見ない顔で当然なんだけどな」
男はそう言ってからガハハと笑う。……何だこの酔っぱらいは。
俺がそう思っていると、男は俺の面倒そうな表情を無視して愉快そうに話し始める。
「俺は流れの傭兵をやってんだけどな。ほら、この街ってあれがあるだろ、英雄選定の儀式。あれに参加したいって金持ちの嬢ちゃんに雇われて遥々きたんだよ」
「はぁ……英雄選定の儀式?」
「ん? この時期に旅してきてるのに知らないのか? ほら、英雄を選ぶアレだよ」
「……何だそれ、台座から抜けない剣でも引き抜くのか?」
「何だそれ、剣が錆びてるだけじゃねえのか? そうじゃなくて、巫女が祈って呼び出すアレだ」
どれだよ。ニエの方に目を向けると、彼女も分からないらしく首を傾げる。
傭兵の男は呆れたように酒臭い息を吐き出し、仕方なさそうに説明をはじめる。
「アレだ。ほら、女神から授かったアレなアレがあるだろ? それで英雄を呼び出してってアレだ。まぁ実際に呼び出されたのは見たことないが」
アレが多すぎてイマイチよく分からないが、大規模な宗教行事があってその観光で来ているということか。
まぁ祭りがある程度に考えていたらいいか。
「てっきり、そっちの嬢ちゃんが参加するのかと思っていたんだけどな」
「……はぁ、いや、そういうつもりはないが」
ニエの生贄アピールのための白い服がそういう風に見えたのだろうか。
「ふーん、まぁせっかく来たんなら一丁挑戦してもいいんじゃないのか? あ、一応言っとくと参加出来るのは女だけだぞ」
「……はぁ、どうする?」
「えっ、いえ……」
「そうか、残念だ」
まぁ祭りごとに参加する意味もないし、ニエが興味を持たないなら無視でいいか。
そう考えてから、不意に思い出したことを傭兵に尋ねる。
「そういや、さっき俺が旅人と答える前に「俺も旅人だから」と言っていたが……」
何故分かったのか、それを尋ねようとした瞬間。目の前にいた傭兵の頭に飛んできたデカい鞄が当たり、カウンターに傭兵の顔が沈む。
何が起きたのかと理解する前に、甲高い少女の怒声が店内に響く。
「ッ! こんの! バカ傭兵! 何護衛対象を放置して酒なんて呑んでるのよ!」
驚いてニエの方に腕を回しながら振り返ると酒場には場違いなフリフリとした華美なドレス。
気が強そうだが整った顔の少女が、金髪のツインテールをブンブンと振り乱しながら、手に持っていたもう一つのカバンを傭兵に投げる。
「何で雇った傭兵の荷物を私が背負ってるのよ! 難しいこと言ってないでしょ! 働け!」
「……いや、死んでないか? これ」
結構勢いよくカウンターにぶつかって鈍い音がしていた。
傭兵は案外平気だったのか、ヘラヘラと顔を上げて、酒を飲み始める。
「おー、お嬢。受付終わったのか?」
「まだよ! バカを探し回ってたからね!」
少女はズカズカと足音を立てて白い手で傭兵の頭をはたく。
「まったく、ジャジャ馬娘め」
「……いや、金をもらってるなら働いた方がいいんじゃないか?」
「そうよ。そこの昼間から酒場にいるダメ人間の言う通りよ」
「……俺、なんで後ろから撃たれたんだ?」
ニエが俺の頭をよしよしと撫でて慰めてくれる。
少女が傭兵を引っ張って立ち上がらそうとしたが、傭兵はフラフラとその場に倒れ込む。
「ちょっと、立ちなさいよ!」
「……傭兵、さっきからかなりのペースで飲んでたからな」
「この……バカ! ああ、もー! もうアンタでいいわ! 荷物を持って付いてきなさい!」
「……えっ、俺?」
「どうせ昼間っからこんなところにいるなら暇でしょ」
いや、暇といえば暇だが……。ニエの方に目を向けると、彼女は小さく「困ってるみたいですね」と呟く。
ニエがそう言うなら仕方ないか……。立ち上がって勘定を済ませる。
「荷物持ちならいいけど、俺たちも来たばっかりだから案内は出来ないぞ?」
「別に構わないわ。観光をする予定はないから」
フリフリとしたドレスのスカートを揺らしながら、俺たちに背を向けて出口の方に歩く。
「ミルナよ」
「えっ、えっと……?」
「名前。貴方達は?」
「……岩主カバネだ」
「あ、い、岩主ニエです」
ミルナと名乗った少女の物らしい手荷物と傭兵の頭に当たって床に転がっていた鞄を拾い上げる。
それに加えて自分達の荷物もあるので結構な量だ。
「持ちますよ」
「ああ、悪い」
少しだけニエにも持ってもらって、ミルナに続いて外に出る。
「ミルナだったか。手荷物ぐらいは自分で持てよ」
「……うるさいわね。お金は払うんだから、口答えしないでよ」
「いや、いらねえよ。困ってるようだから荷物ぐらい持ってやろうと思っただけで……」
ミルナは振り返って、驚いたような表情を俺たちに向ける。
「あ……その……」
「ほら、そもそも金とかそれに入ってるんじゃないのか? 会ったばかりの奴に待たせるとか、無用心が過ぎるだろ」
ミルナに手荷物を押しつける。俺と年齢が近そうだが、どうにも仕草が幼い。
ミルナはあたふたと手荷物を受け取ったあと、少し歩く速さをゆっくりにする。
「……ご、ごめんなさい」
……悪い子ではなさそうだ。
前を歩いて行くのをやめて、ニエの隣に移動して、ソワソワと手を動かす。
「あの、二人は兄妹?」
「いえ、生贄です」
「……生贄って?」
「生贄は生贄です。供物です」
ニエの言動の意味が分からなかったのか、ミルナは助けを求めるように俺の方へ目を向ける。
……龍の贄を横取りしたなんて言っても信じられるはずもないか。
「……それより、どういう儀式なんだ? 傭兵の説明だと酔っていたせいかよく分からなかった」
「ああ、うん。昔の英雄召喚の魔法を再現するみたいなお祭りで、女の子がそれをすると理想の男性と巡り合えるってジンクスがあるの」
「……つまり縁結びか」
思ったよりもどうでもいい祭りだった。ニエも興味がないのか、ミルナのふわふわとしたドレスの方に目を向けていた。
「この国を作った英雄様は本当にこの儀式で出てきたそうなのよ」
「はぁ……まぁ魔法があるぐらいだしな」
「? どういうこと?」
「いや、こっちの話だ」
魔法があるのに英雄の召喚は眉唾なのか。まぁ、魔法にもある程度の法則があって、出来ないことは出来ないのかもしれない。
歩いているうちに人集りのある場所にたどり着く。今もその儀式がやっているようで、少し高いところに設置された古びた石像の前に年若い女性が跪いていた。
女性は「高収入の美男子来てください!!」と恥も外聞もないような欲望を大声で口にしながら祈りを捧げる。
分かりやすい女性の言葉に周りが少し笑っていたが、俺の隣で女性を見ていたミルナの目は本気だった。
「……お願い、お願い、お願い」
ミルナはそう小さく口の中で呟きながら受付を済ませて列に並ぶ。
結構待たないとダメそうだと思っていると、ニエは俺の服を摘む。
「どうした? ……参加したいのか?」
「いえ、そういうわけではなくてです」
ニエは俺が少しやきもちを妬きそうになったのに気がつく様子もなく、石像を指差す。
「あの石像、同じものを見たことがあるんです」
「まぁ、宗教上重要なものなら同じ像ぐらいあるだろ」
「それはそうなんですけど、そうではなく……その、カバネさん」
ニエは白い上着が風に揺らされるのを押さえながら、俺の顔をじっと見つめる。
「……あの森の中で、私は……カバネさんと出会ったんです」
祭りごとの喧騒に紛れ、どうでも良い世間話のようにニエの言葉がこぼれ落ちていく。
「……あの日、石像に……願ったんです。私は……」
ガタリ、ガタリ、と震えて青い顔にしていく。
「……私が、呼び出したのかもしれないです」
「ん? 見ない顔だな。旅人か?」
昼間なのに酒場……というのは俺も言えたことではないが、すでに出来上がっているのは流石にどうなのだろうか。
ニエは知らない人に話しかけられて緊張したのか、俺の服を小さく摘む。俺はその手を上から握りながら、ツマミも食べずに酒を飲み始めた男の方を見る。
シワと傷の刻まれた恐ろしげ容貌が酒で赤くなっている。ニヤリと笑みを浮かべて、男は続ける。
「なんて、俺も旅人だから見ない顔で当然なんだけどな」
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「アレだ。ほら、女神から授かったアレなアレがあるだろ? それで英雄を呼び出してってアレだ。まぁ実際に呼び出されたのは見たことないが」
アレが多すぎてイマイチよく分からないが、大規模な宗教行事があってその観光で来ているということか。
まぁ祭りがある程度に考えていたらいいか。
「てっきり、そっちの嬢ちゃんが参加するのかと思っていたんだけどな」
「……はぁ、いや、そういうつもりはないが」
ニエの生贄アピールのための白い服がそういう風に見えたのだろうか。
「ふーん、まぁせっかく来たんなら一丁挑戦してもいいんじゃないのか? あ、一応言っとくと参加出来るのは女だけだぞ」
「……はぁ、どうする?」
「えっ、いえ……」
「そうか、残念だ」
まぁ祭りごとに参加する意味もないし、ニエが興味を持たないなら無視でいいか。
そう考えてから、不意に思い出したことを傭兵に尋ねる。
「そういや、さっき俺が旅人と答える前に「俺も旅人だから」と言っていたが……」
何故分かったのか、それを尋ねようとした瞬間。目の前にいた傭兵の頭に飛んできたデカい鞄が当たり、カウンターに傭兵の顔が沈む。
何が起きたのかと理解する前に、甲高い少女の怒声が店内に響く。
「ッ! こんの! バカ傭兵! 何護衛対象を放置して酒なんて呑んでるのよ!」
驚いてニエの方に腕を回しながら振り返ると酒場には場違いなフリフリとした華美なドレス。
気が強そうだが整った顔の少女が、金髪のツインテールをブンブンと振り乱しながら、手に持っていたもう一つのカバンを傭兵に投げる。
「何で雇った傭兵の荷物を私が背負ってるのよ! 難しいこと言ってないでしょ! 働け!」
「……いや、死んでないか? これ」
結構勢いよくカウンターにぶつかって鈍い音がしていた。
傭兵は案外平気だったのか、ヘラヘラと顔を上げて、酒を飲み始める。
「おー、お嬢。受付終わったのか?」
「まだよ! バカを探し回ってたからね!」
少女はズカズカと足音を立てて白い手で傭兵の頭をはたく。
「まったく、ジャジャ馬娘め」
「……いや、金をもらってるなら働いた方がいいんじゃないか?」
「そうよ。そこの昼間から酒場にいるダメ人間の言う通りよ」
「……俺、なんで後ろから撃たれたんだ?」
ニエが俺の頭をよしよしと撫でて慰めてくれる。
少女が傭兵を引っ張って立ち上がらそうとしたが、傭兵はフラフラとその場に倒れ込む。
「ちょっと、立ちなさいよ!」
「……傭兵、さっきからかなりのペースで飲んでたからな」
「この……バカ! ああ、もー! もうアンタでいいわ! 荷物を持って付いてきなさい!」
「……えっ、俺?」
「どうせ昼間っからこんなところにいるなら暇でしょ」
いや、暇といえば暇だが……。ニエの方に目を向けると、彼女は小さく「困ってるみたいですね」と呟く。
ニエがそう言うなら仕方ないか……。立ち上がって勘定を済ませる。
「荷物持ちならいいけど、俺たちも来たばっかりだから案内は出来ないぞ?」
「別に構わないわ。観光をする予定はないから」
フリフリとしたドレスのスカートを揺らしながら、俺たちに背を向けて出口の方に歩く。
「ミルナよ」
「えっ、えっと……?」
「名前。貴方達は?」
「……岩主カバネだ」
「あ、い、岩主ニエです」
ミルナと名乗った少女の物らしい手荷物と傭兵の頭に当たって床に転がっていた鞄を拾い上げる。
それに加えて自分達の荷物もあるので結構な量だ。
「持ちますよ」
「ああ、悪い」
少しだけニエにも持ってもらって、ミルナに続いて外に出る。
「ミルナだったか。手荷物ぐらいは自分で持てよ」
「……うるさいわね。お金は払うんだから、口答えしないでよ」
「いや、いらねえよ。困ってるようだから荷物ぐらい持ってやろうと思っただけで……」
ミルナは振り返って、驚いたような表情を俺たちに向ける。
「あ……その……」
「ほら、そもそも金とかそれに入ってるんじゃないのか? 会ったばかりの奴に待たせるとか、無用心が過ぎるだろ」
ミルナに手荷物を押しつける。俺と年齢が近そうだが、どうにも仕草が幼い。
ミルナはあたふたと手荷物を受け取ったあと、少し歩く速さをゆっくりにする。
「……ご、ごめんなさい」
……悪い子ではなさそうだ。
前を歩いて行くのをやめて、ニエの隣に移動して、ソワソワと手を動かす。
「あの、二人は兄妹?」
「いえ、生贄です」
「……生贄って?」
「生贄は生贄です。供物です」
ニエの言動の意味が分からなかったのか、ミルナは助けを求めるように俺の方へ目を向ける。
……龍の贄を横取りしたなんて言っても信じられるはずもないか。
「……それより、どういう儀式なんだ? 傭兵の説明だと酔っていたせいかよく分からなかった」
「ああ、うん。昔の英雄召喚の魔法を再現するみたいなお祭りで、女の子がそれをすると理想の男性と巡り合えるってジンクスがあるの」
「……つまり縁結びか」
思ったよりもどうでもいい祭りだった。ニエも興味がないのか、ミルナのふわふわとしたドレスの方に目を向けていた。
「この国を作った英雄様は本当にこの儀式で出てきたそうなのよ」
「はぁ……まぁ魔法があるぐらいだしな」
「? どういうこと?」
「いや、こっちの話だ」
魔法があるのに英雄の召喚は眉唾なのか。まぁ、魔法にもある程度の法則があって、出来ないことは出来ないのかもしれない。
歩いているうちに人集りのある場所にたどり着く。今もその儀式がやっているようで、少し高いところに設置された古びた石像の前に年若い女性が跪いていた。
女性は「高収入の美男子来てください!!」と恥も外聞もないような欲望を大声で口にしながら祈りを捧げる。
分かりやすい女性の言葉に周りが少し笑っていたが、俺の隣で女性を見ていたミルナの目は本気だった。
「……お願い、お願い、お願い」
ミルナはそう小さく口の中で呟きながら受付を済ませて列に並ぶ。
結構待たないとダメそうだと思っていると、ニエは俺の服を摘む。
「どうした? ……参加したいのか?」
「いえ、そういうわけではなくてです」
ニエは俺が少しやきもちを妬きそうになったのに気がつく様子もなく、石像を指差す。
「あの石像、同じものを見たことがあるんです」
「まぁ、宗教上重要なものなら同じ像ぐらいあるだろ」
「それはそうなんですけど、そうではなく……その、カバネさん」
ニエは白い上着が風に揺らされるのを押さえながら、俺の顔をじっと見つめる。
「……あの森の中で、私は……カバネさんと出会ったんです」
祭りごとの喧騒に紛れ、どうでも良い世間話のようにニエの言葉がこぼれ落ちていく。
「……あの日、石像に……願ったんです。私は……」
ガタリ、ガタリ、と震えて青い顔にしていく。
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