吸血鬼と銀の婚約指輪

ウサギ様

文字の大きさ
上 下
9 / 18

第9話

しおりを挟む
 翌日、図書館に行った。 道はいつもと同じで、日のあたり方も何もかもほとんど同じだ。 だから、図書館に行けばいつものようにいるものだと思って、いつものように図書館に入り、棚の間をすり抜けて……いるはずのアレンさんの姿を探す。

 現実逃避だ。 分かっていた。 いつの間にか返ってきていた吸血鬼の本を開いて、現実味のないままそれを読んでいく。
 読み終われば最初から読み返して、知識を詰め込む。 意味はないと思うけれど、それでも読み返して、読み返して。 家に帰って、図書館にきてまた読んで、家に帰って、図書館にきて読んで、意味は帰って図書館にきて──。

 何日経った頃か。 初めて涙が零れおちる。ボロボロと、意識もせずに出てくる涙を服の袖で拭って、袖が濡れている。

 会いたい、会いたい。 話したいわけじゃない。 友達になりたいわけでも、ましては恋人になりたいなんて、思っていない。
 ただ、隣に彼がいて……。

 僕もアレンさんも本を読んでいる。 何か会話があるわけじゃないけれど、時々アレンさんの方に目を向けると、偶然なのか僕の方を見たアレンさんと目が合う、それで目を逸らして本に向ける。 そんないつものことで良かった。

 聞かなければ、彼との時間は続いたのだろうか。

 そんな訳はないけれど、だけど、あと数日は……今のこの時間ぐらいは……一緒にいれたのかもしれない。
 馬鹿な妄想から逃げるように、本を読む。 それも逃避だろうけど、弱い僕はそれしか出来ない。

 いつものように家に帰ってご飯を食べて、魂が抜けたようにぼうっとする。
 久々に銃声と人の怒鳴り声が聞こえて……思わず立ち上がった。 最近のこれは吸血鬼が出たからだ。 なら、会える。
 急いで外に出て、銃声のする方に走る。 不慣れな運動に息を切らせながら駆けて、怖い男の人の声に怯えながら向かって、金の髪が宙を舞ったのを見る。

「アレンさん────! えっ」

 違う。 金の髪に、紅い目。 血の付いた口元……異形を示す牙。 けれど違う。 バケモノみたいな人型の生き物。

「そこを──どけッ! ……いや、それより」

 吸血鬼の男の喉が鳴る。 舌舐めずり、恐怖に頭が塗りつぶされて、声が引きつって出ることはない。 人の声は遠い、助けはまだ来ない。 それよりも遥かに早く吸血鬼の男の人が僕を殺す方がよほど早い。

 怖いのに嫌に冷静で、あの時にアレンさんに吸われていた方が良かった、なんて変な選り好みをする。 男の人の牙が近づき、後ずさったけれど、民家の壁に追い詰められる。

 僕は死ぬ。 そう思って目を閉じた。

 ……痛みはない。 パパッと死んだら案外楽なものだったのだと思っていれば、身体が暖かくなる。 抱き締められるような……落ち着く暖かさだ。

 死後の世界を拝んでやろうと目を開ける。 暗い街中、血液がそこら中に飛び散っていて、あの世ではなく幽霊だったかと思っていたら、その血液の場所がおかしいことに気がつく。

 パタリと呆気なく倒れる音がする。 吸血鬼の男の人、僕を殺そうとしたその人は……倒れていた。 人であれば、いや、例え吸血鬼であっても間違いなく致死量の出血。

 何が起こったのか、理解するより前に肩を何者かに掴まれて痛みに顔をしかめた。

「馬鹿がッ! 何故こんなところにいる!!」

 初めて聞く焦った声、恐怖と喜びと安堵と悲しみと、色々と混ざり切った感情が溢れ返って、喉から溢れてくる。

「アレンさ……ん……」
「ッッ! 逃げるぞ!」

 抱き抱えられて、感じたこともないような風が吹く、いや、僕が動いているらしい。 屋根から屋根へ……翼が生えているように夜の空を飛んでいく。

 常識というものが失われていくようだ。 本で読んだ吸血鬼の能力を遥かに超えているようにすら感じる。

 涙が出てきて、アレンさんは僕の顔を胸に埋めさせながら抱き締める。 嬉しい、などと言えるほど余裕はないけれど、会えたことは……ただ嬉しい。

「馬鹿が……馬鹿がッッッ!! 死ぬところだったッッ!!」
「あ……そ、その……」
「何を考えている! 巻き込まれたぞ! 俺が助けたところも、お前の顔も見られた! これからどうやって生きるつもりだ! 街を歩くことすら……!」

 男の人の怒る声は怖い、でも僕のためにと思えば不思議と愛おしさすら感じる。
 落ちないように抱き着くと、乱雑に抱き締められながら……夜の街を跳んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...