吸血鬼と銀の婚約指輪

ウサギ様

文字の大きさ
上 下
7 / 18

第7話

しおりを挟む


 逃げればいいものの、馬鹿なことをしてしまうのは好奇心のせいか、あるいは自殺願望でもあるのか。
 朝早くから、図書館の中に入ってしまう。

 僕の姿を見て珍しく驚いたような表情を見せたアレンさんは、昨日よりも一層のこと血の匂いが強い。

「……おはようございます」
「ああ、おはよう」

 聞かなければ、あなたは吸血鬼なんですか? と、けれども僕の口は開けど喉は震えず、変にパクパクと動くばかりの間抜け面だ。

「昨日は……ちゃんと読めましたか? 本、僕が帰ってからも」

 そんなことを書きたいわけではない。 けれども口は誤魔化すように動いて僕の意思に反したことばかりをする。
 気まずそうに、アレンさんは口を開ける。

「大丈夫だ。 慣れてきた」

 随分早い学びである。 羨ましいという感情は緊張していても出てきて、自分の性格の悪さにほとほと呆れてしまう。
 聞こうとしながらも、聞くことは出来ず、頭で繰り返される質問の内容ばかりがより洗練されたものになっていく。

 もし、彼が本当に人を殺して血を啜る吸血鬼であったとしたら、聞いたら僕は殺されてしまうのだろう。
 なのに……僕は何故そんなことを聞きたがっているのか。 自殺願望があるわけではないと思う、思いたい。

「……今日は早く帰らなくても大丈夫なんですか?」

 皮肉めいた言葉を絞り出す。 恐怖より聞きたいという感情が少しだけ上回った。

「……今日は、大丈夫だ」

 歯切れの悪い言葉に猜疑心が強まりながら、隣に座って本を読む。
 今日もアレンさんは魔物の生態についての本を読んでいるらしく、本が捲る音だけが図書館に響く。

 居心地が悪い。 それはアレンさんも同じなのかもしれないが、その様子を見せることなく、昨日よりも慣れた様子で本を読んでいる。

 しばらくして、お昼時だ。 本を読んでいるばかりの無職でもお腹は空く、とりあえず誘うだけ誘い、ぞんざいに断られて一人でご飯を食べてきてからまた席に戻る。

「どうですか? 知りたいこととか、知れましたか?」
「少しだけだな。 核心を突いたようなことは見つからない。 そもそも、あるのかも分からない」

 大変だと他人事に思いながら、普段は見ない瓶があり、不思議に思って首をかしげる。

「その瓶、なんですか? 水筒代わりです?」
「いや、スライムを入れていた。 本にあった通りに水になったな。 流石に飲む気はしないが」

 不思議な話だと思うけれと、だから聖書でもそのように書かれたのかもしれない。 自由を奪えば元のものに戻る、ゴブリンやら他の魔物もその通りなのだろうか。

 今読んでいる本を閉じて、聖書関連の本を探してから持ってくる。
 1ページ目から順々に読んでいき、案外内容がしっかりしているというか、常識に対する理由付けみたいなことが多いことに関心を覚える。

 読み進めていると、アレンさんが零すように呟く。

「……吸血鬼は、日に弱い。  道幅が狭く、比較的背の高い建築物が密集している北側は、多少であれば日があっても気を付けながらなら活動が可能だ」

 何のつもりの言葉なのか、表情を見ることの出来ない今だと分かるはずもない。
 まるでまだ吸血鬼が普通にいるような、それも当然のことみたいな言葉はいないことが当然として生きている僕には現実味がないこととして受け取ってしまう。

 紙に垂らしたインクと、同程度にしか彼の言葉を受け取ることが出来ない。

「吸血鬼が、まだいるなんて」
「ここいらじゃ少ないな。 蒸気機関の進んだ日中でも霧で薄暗い街なら時々見かける」

 吸血鬼を見かける。 それこそ別の世界の話のようだ。
 海の向こうのことはあまり情報が伝わらないため、ここと離れた常識があっても不思議ではないが、アレンさんがそこにいたというのも不自然極まりない。
 好奇心は失せた。 死の恐怖心に勝つ恐怖心が現れて、アレンさんの言葉を遮るように口が動いた。

「どちらにせよ、関係のないことです。 僕たちには」

 なんで「たち」と付けたのか。 逃げ出すみたいな言葉、それ以上の返答を無視するように、本のページをめくった。
 慣れているはずの静寂が嫌に痛い。 どこか本から遠ざかっている身体の感触は布が覆っているようである。

 息苦しい。 そう思うなら逃げればいいものを、ムキになったのか、分からないけれど僕は動かない。

 いつもより早く捲られる本、入らない内容。 いつもより遅くまで図書館にいて、簡単な挨拶をしてから家に帰る。
 そんな日が長く続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

処理中です...