吸血鬼と銀の婚約指輪

ウサギ様

文字の大きさ
上 下
4 / 18

第4話

しおりを挟む
「この国は表音文字なので簡単ですね」
「表音文字?」
「はい。 「あ」という音を『あ』って書くみたいな感じです」
「それ以外もあるのか?」
「ありますよ、表意文字とか、表語文字とか……まぁ他国なので覚える必要はあまりないです」

 聖書の文字を指差しながら、一音一音教えていく。 しばらく読んでから、男の人の顔を見ながら言う。

「この一節ですね。
『魔物とは分不相応に強欲なるものだ。自身の意思で動くことを望んだ水は、動かせる身体を得て、生命を癒す力を失い水魔スライムとなった。 ──何物をも食らいたいと思った猿は、何をも食らえる身体を得て、正気を失い醜い猿鬼ゴブリンとなった。 ──』
……参考になりませんよね」
「いや、充分参考になる。 ありがたい」

 なら、続きも読んでいこうか。 近くには他の人もいないので、気を使う必要もなく、つらつらと読んでいく。
 魔物についての記述についてずっと読んでいき、一通り読み終わって、喉の渇きに気がつく。 こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。 長らく人と話していないので、産まれて初めてかもしれないぐらいだ。

 唾を飲み込んでから、男の人の方に向いて尋ねてみる。

「この本に書かれているのはこれぐらいですね。 今日はもうそろそろ夕になりますから、また明日とかに来た方がいいと思いますよ」

 首を傾げながら尋ねたけれど反応はない。 男の人の顔をジッと見るけれど返事はない。 こちらに目を向けているのに、不思議だと思っていると、彼の紅い眼が僕の首を見ていることに気がつく、何かあっただろうかと思って首筋を触りながら、もう一度声を出す。

「あの、どうかしましたか?」

 ごくり、と男の人の喉が鳴る。 すぐに男の人は首を振って、誤魔化すようにしてから口を開ける。

「ど……どうした?」
「もう遅いので、これ以上は明日にした方が……って、起きてました? 寝てましたよね、ぼーっとしてて」
「寝てはいない。 ……悪い、少し腹が空いていて」
「だから前に言ったのに。 んぅ、もう解散ですね。 明日も来ますか?」
「多分来ると思うが……」
「僕も来るので、明日も手伝いますね」

 あっ、と今更のことを思い出して口を開こうとすると、男の人が先にそれを言う。

「今更だが、君の名前は?」
「……僕も同じことを聞こうと思ってました。 ミアです。 ミア・クラーク。 よろしくお願いしますね」
「俺はアレン・ホール。 ……この礼はいつかする」
「気にしなくていいですよ」

 立ち上がって、机の上の聖書を手に取ろうとすると男の人の手が聖書に伸びる。

「まだ読んでいく。 文字を忘れる前に復習しておきたい」
「真面目ですね。 でも、お腹空いてるなら無理しない方が」
「いや、いい。 それより……まだ明るいけれど、気をつけろよ。 女一人だと、大通りでも危険だろう」
「心配してくれるんですか? ありがとうございます、でも、大丈夫です」

 椅子を戻してから、男の人に頭を下げて「さようなら」と言って外に出る。 まだまだ明るいけれど、予定よりも遅れているので少し急ぎ気味で買い物をして、食材を持って家に帰る。

 簡単な料理を作り終えたころに夕暮れ色に染まりだす。 パクパクと一人で食べて、夜になったので寝ようと思い……男の人、アレンさんのことを思い出して、ランプを点けて紙とペンとインクを取り出す。

 カリカリと紙にペンを走らせて、しばらくしてからランプを消してベッドに潜り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...