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第4話
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「この国は表音文字なので簡単ですね」
「表音文字?」
「はい。 「あ」という音を『あ』って書くみたいな感じです」
「それ以外もあるのか?」
「ありますよ、表意文字とか、表語文字とか……まぁ他国なので覚える必要はあまりないです」
聖書の文字を指差しながら、一音一音教えていく。 しばらく読んでから、男の人の顔を見ながら言う。
「この一節ですね。
『魔物とは分不相応に強欲なるものだ。自身の意思で動くことを望んだ水は、動かせる身体を得て、生命を癒す力を失い水魔となった。 ──何物をも食らいたいと思った猿は、何をも食らえる身体を得て、正気を失い醜い猿鬼となった。 ──』
……参考になりませんよね」
「いや、充分参考になる。 ありがたい」
なら、続きも読んでいこうか。 近くには他の人もいないので、気を使う必要もなく、つらつらと読んでいく。
魔物についての記述についてずっと読んでいき、一通り読み終わって、喉の渇きに気がつく。 こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。 長らく人と話していないので、産まれて初めてかもしれないぐらいだ。
唾を飲み込んでから、男の人の方に向いて尋ねてみる。
「この本に書かれているのはこれぐらいですね。 今日はもうそろそろ夕になりますから、また明日とかに来た方がいいと思いますよ」
首を傾げながら尋ねたけれど反応はない。 男の人の顔をジッと見るけれど返事はない。 こちらに目を向けているのに、不思議だと思っていると、彼の紅い眼が僕の首を見ていることに気がつく、何かあっただろうかと思って首筋を触りながら、もう一度声を出す。
「あの、どうかしましたか?」
ごくり、と男の人の喉が鳴る。 すぐに男の人は首を振って、誤魔化すようにしてから口を開ける。
「ど……どうした?」
「もう遅いので、これ以上は明日にした方が……って、起きてました? 寝てましたよね、ぼーっとしてて」
「寝てはいない。 ……悪い、少し腹が空いていて」
「だから前に言ったのに。 んぅ、もう解散ですね。 明日も来ますか?」
「多分来ると思うが……」
「僕も来るので、明日も手伝いますね」
あっ、と今更のことを思い出して口を開こうとすると、男の人が先にそれを言う。
「今更だが、君の名前は?」
「……僕も同じことを聞こうと思ってました。 ミアです。 ミア・クラーク。 よろしくお願いしますね」
「俺はアレン・ホール。 ……この礼はいつかする」
「気にしなくていいですよ」
立ち上がって、机の上の聖書を手に取ろうとすると男の人の手が聖書に伸びる。
「まだ読んでいく。 文字を忘れる前に復習しておきたい」
「真面目ですね。 でも、お腹空いてるなら無理しない方が」
「いや、いい。 それより……まだ明るいけれど、気をつけろよ。 女一人だと、大通りでも危険だろう」
「心配してくれるんですか? ありがとうございます、でも、大丈夫です」
椅子を戻してから、男の人に頭を下げて「さようなら」と言って外に出る。 まだまだ明るいけれど、予定よりも遅れているので少し急ぎ気味で買い物をして、食材を持って家に帰る。
簡単な料理を作り終えたころに夕暮れ色に染まりだす。 パクパクと一人で食べて、夜になったので寝ようと思い……男の人、アレンさんのことを思い出して、ランプを点けて紙とペンとインクを取り出す。
カリカリと紙にペンを走らせて、しばらくしてからランプを消してベッドに潜り込んだ。
「表音文字?」
「はい。 「あ」という音を『あ』って書くみたいな感じです」
「それ以外もあるのか?」
「ありますよ、表意文字とか、表語文字とか……まぁ他国なので覚える必要はあまりないです」
聖書の文字を指差しながら、一音一音教えていく。 しばらく読んでから、男の人の顔を見ながら言う。
「この一節ですね。
『魔物とは分不相応に強欲なるものだ。自身の意思で動くことを望んだ水は、動かせる身体を得て、生命を癒す力を失い水魔となった。 ──何物をも食らいたいと思った猿は、何をも食らえる身体を得て、正気を失い醜い猿鬼となった。 ──』
……参考になりませんよね」
「いや、充分参考になる。 ありがたい」
なら、続きも読んでいこうか。 近くには他の人もいないので、気を使う必要もなく、つらつらと読んでいく。
魔物についての記述についてずっと読んでいき、一通り読み終わって、喉の渇きに気がつく。 こんなに声を出したのはいつぶりだろうか。 長らく人と話していないので、産まれて初めてかもしれないぐらいだ。
唾を飲み込んでから、男の人の方に向いて尋ねてみる。
「この本に書かれているのはこれぐらいですね。 今日はもうそろそろ夕になりますから、また明日とかに来た方がいいと思いますよ」
首を傾げながら尋ねたけれど反応はない。 男の人の顔をジッと見るけれど返事はない。 こちらに目を向けているのに、不思議だと思っていると、彼の紅い眼が僕の首を見ていることに気がつく、何かあっただろうかと思って首筋を触りながら、もう一度声を出す。
「あの、どうかしましたか?」
ごくり、と男の人の喉が鳴る。 すぐに男の人は首を振って、誤魔化すようにしてから口を開ける。
「ど……どうした?」
「もう遅いので、これ以上は明日にした方が……って、起きてました? 寝てましたよね、ぼーっとしてて」
「寝てはいない。 ……悪い、少し腹が空いていて」
「だから前に言ったのに。 んぅ、もう解散ですね。 明日も来ますか?」
「多分来ると思うが……」
「僕も来るので、明日も手伝いますね」
あっ、と今更のことを思い出して口を開こうとすると、男の人が先にそれを言う。
「今更だが、君の名前は?」
「……僕も同じことを聞こうと思ってました。 ミアです。 ミア・クラーク。 よろしくお願いしますね」
「俺はアレン・ホール。 ……この礼はいつかする」
「気にしなくていいですよ」
立ち上がって、机の上の聖書を手に取ろうとすると男の人の手が聖書に伸びる。
「まだ読んでいく。 文字を忘れる前に復習しておきたい」
「真面目ですね。 でも、お腹空いてるなら無理しない方が」
「いや、いい。 それより……まだ明るいけれど、気をつけろよ。 女一人だと、大通りでも危険だろう」
「心配してくれるんですか? ありがとうございます、でも、大丈夫です」
椅子を戻してから、男の人に頭を下げて「さようなら」と言って外に出る。 まだまだ明るいけれど、予定よりも遅れているので少し急ぎ気味で買い物をして、食材を持って家に帰る。
簡単な料理を作り終えたころに夕暮れ色に染まりだす。 パクパクと一人で食べて、夜になったので寝ようと思い……男の人、アレンさんのことを思い出して、ランプを点けて紙とペンとインクを取り出す。
カリカリと紙にペンを走らせて、しばらくしてからランプを消してベッドに潜り込んだ。
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