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賢者オルヴィン
②《煤の中から賢者へ》
しおりを挟むある日、ボクはストレートチルドレンの一人として、煤集めの仕事で、小金持ちの家に忍び込んだ。家の中を歩き回っていると、ふと机の上に積まれた不思議な形をした紙の束が目に入った。
「……これは?」
手に取ってみると、その紙には奇妙な形の線と、美しい絵が描かれていた。燃え盛る炎、岩からあふれ出す水、木々を吹き飛ばす風、亀裂の入った大地、そして暗い夜空に光り輝く矢……。俺はその絵の美しさに心を奪われ、ついその束をくすねてしまった。
煤集めの仕事から帰ると、真っ先にリーダーにその紙束を見せた。
「リーダー、これって……何?」
ボクがそう尋ねると、リーダーはチラリと紙の束を一瞥し、軽く肩をすくめながら答えた。
「ああ、それは“本”だね。絵が描かれてるでしょ? その周りにある変な字が“文字”だよ」
「本?…文字……?」
「気になるの?――だったら教えてあげるよ、文字の意味を――昔、僕を気に入ってくれたお金持ちの年寄りが教えてくれたんだ。 いやぁ、嬉しいな。仲間で文字に興味のある子なんていなかったからさ。」
リーダーは嬉しそうに微笑みながらそう言った。
それからボクは仕事の合間に、リーダーから文字を習い始めた。数ヶ月もすれば、読み書きを覚え、本が読めるようになる。昼間は食べ物や金目の物を求めて町を彷徨い、夜には小さな明かりで一冊の古い本を読み耽る。――本の中ではボクはどこにでも行けたし、何にだってなれた。貧民街の狭く汚い世界から、巨大な湖に神秘的な森、煌びやかな宮殿、王子や魔法使い、本の中には全てがあった。――――その一時がボクにとって唯一の癒しだった気がする。
そして、いつしかボクは思うようになった。
「いつか、こんな貧民街を抜けて、美しい景色を見てみたい」
「いつか、大陸中の本をたくさん集めて、誰でも美しい絵や物語、知識に触れられる場所を作りたい」と。
そう思ったボクはなりふり構わず、仕事をし、金目の物を盗んでは売り、お金を貯めた。本も盗もうと思ったけど、本はあまりに高価で、捕まるリスクが高かった。だからたまに盗んで、こっそり元に戻すだけに留めておいた。
それにボクには魔法の才能があった。盗んだ魔法書を読んでいる内に、五つ全ての属性を使えるようになったし、新たな魔法を創ったこともあった。――創った魔法の一つは《瞬間移動》。本を閉じた時に、表紙と裏表紙の四隅が合わさるのを見て思いついたんだ。その魔法は追っ手から逃げるのに大いに役立ち、ボクは仲間から称賛されるようになった。
そういえば、リーダーのジョルジにも「ヴィン、君は凄いね。 あの時君を見捨てなくて良かったよ」って言われたな。初めて会った時は虫けらみたいに扱ってたくせに、その時は尊敬の目で見てた気がする。正直、ムズムズした……
その後も、数々の本を読み、独学で魔法を勉強する中で、もう一つの魔法を創造することに成功した。それは意図した訳では無いが、なんと魔王に致命傷を与えることのできた唯一の魔法になったらしい。
そんなわけで、ボクはいつの間にか人々に『賢者様』と呼ばれるようになっていた。
だからボクは他人に「どうして賢者になったの?」と聞かれても、「いつの間にかなってた。本を読んで研究している内に、みんなが勝手に呼び始めたんだ」と答えてきた。その時はまだ貧民街に住んでいたから、物好きな人間もいるもんだなと思った。
それにボクは魔王なんかに興味はなかった。だって、魔王は新たな魔物を生み出して操るばかりの戦闘狂で、本の一冊も持ってなさそうだったから。
ボクの興味は、本を集めて読むこと。
夢は「貧民街を抜け出して美しい景色を見ること。大陸中の本をたくさん集めて、誰でも自由に読める場所を作ること」――だからボクは、盗みや魔法の研究でお金を貯めて、貧民街を抜け出す準備をした。
仲間たちもリーダーのジョルジも、ボクがあまりに本に夢中なことにドン引きしてたけど、出発する時には快く送り出してくれた。「天才魔法使い様!寂しいけど、ちゃんと手紙を書いてくれよ?もちろん金も一緒にな!」って、冗談っぽく言いながらさ。
そうしてボクは、手紙と金を送りながら、美しい景色と本集めのための旅を続けた。
最初は魔物に襲われる心配もしてたけど、どこかの国の《剣聖》って呼ばれてるスリなんとかって人が倒してくれてたおかげで、安心して本を集められた。
そして、旅を続けて数年経った頃、ある噂が耳に入った。
――『勇者が魔王を討ち取ったらしい』と。
ボクはその勇者様に感謝したよ。これで魔物に襲われる心配がなくなった。それに、何より本が焼かれる心配もなくなったからさ。
それからボクは、大陸中から集めた本を収めるための建物――《知恵の塔》を建て、誰でも入れるようにした。
そう、ボクの夢――「貧民街を抜け出して美しい景色を見ること」、「大陸中の本を集めて、誰でも自由に本を読める場所を作ること」は叶ったのである。
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