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32話 十則

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 毎日、毎日、オレとオソロシアは一生懸命井戸で水を汲んできて、
 タライに水を入れて運び、木に水をやった。

 完全になめていた。


 前世の発想で、ホースで勝手に水がやれると思っていた。

 井戸から水を汲んできて木に水をやらないといけない。

 調子に乗って、桑とか椿とかいっぱい植えたので、かなりの手間になった。

 遊んでるヒマはない。

 もっとお気楽な退屈な日常が待っていると思っていたけど、あんまりヒマはなかった。

 だけど、オソロシアはオレと一緒に作業できてうれしそうだった。

 ある日、オソロシアがオレの顔を覗き込んできた。

 あ!

 髪の毛に留め金をつけている。

 「あ、新しい留め金買ったんだね」

 「どう、似合ってない?」


 オソロシアがクビをかしげてくる。

 「似合ってるよ」

 オレがそう言うと
 オソロシアは「ニヒヒ」と笑った。

 かわいい。

 「ねえねえ、それだけ?それだけ?」

 オレはオソロシアを凝視する。

 あ!

 「髪切ったんだね」

 「そうだよ!ありがとー!」

 何で感謝されたのかよくわからないけど、オソロシアはとてもうれしそうだった。

 オレにかまってほしそうなオソロシアはすごくかわいい。

 なんだかんだでオレも幸せかもしれない。

 オレと一緒でとても機嫌がよく、鼻歌を歌っていたオソロシアの目つきが急に鋭くなる。

 「ん?」

 オソロシアは壁を見ている。

 あ!

 壁新聞だ。

 そこには学園強さランキングが掲載されていた。

 一年生 強さランキング

 一位 黒足猫

 二位 ロシアンブルー

 三位 ボンベイ

 四位 シャンティーリー

 五位 アメリカンカール

 六位 タケシ

 七位 鋼鉄のワーリン
 
 八位 超速のファルコン

 九位 格闘王ユルゲン 

 十位 黒魔術のグラマン


 「これ、おかしいだろ、何でタケシが六位なんだよ!だいたい、実戦経験もない素人が何で茶虎より
 ランキング上なんだ?こんなもの、実戦経験のないド素人が適当に書いたにちがいねえ、
 ゆるせねえ、新聞部に文句言ってやる」

 オソロシアは怒って新聞部室に向かう。

 「おい、やめろよ、みっともないよ!」

 オレはオソロシアを追いかけた。

 オソロシアは新聞部の部室のドアをバタンと開ける。

 「おい!あのランキングの記事書いたのだれだ!」

 「何だね君は」

 上級生らしき男子が眼鏡をしゃくりあげながら怪訝な表情でオソロシアを見る。

 「てめえら、戦闘の何たるかも分かってねえくせに、適当なランキング付けてんじゃねえぞ!
 ランキング作るなら、ちゃんと実戦経験のある奴の意見を聞いて書けよ!」

  するとその男子は不機嫌そうに眉間にシワをよせていった。

 「ちゃんと実戦経験のある方を呼んで内容を確認してもらってます」

 「だれだよそれ、どうせレアリティR程度の駆け出しだろ」

 「いいえ、URのあの方です」

 眼鏡の男子が指さした方向にアメリカンカールがいた。

 「オッス!オラ、ゴクウ」

 「オッスじゃねえよ、てめえかああああああ!」

 オソロシアは新聞部部室に突っ込んでアメリカンカールの顔をワシ掴みにする。

 「ぎゃー!やめろよ、このサカリがついた猫め!」

 「なんでタケシがお前より下なんだよ!寝ぼけたこと書いてんじゃねえぞ」

 「タケシなんか私より弱いもん!この前怒ってやったら、ビビッて頭さげたもん!」

 「てめえは、人の優しさを弱さとしか感じねえクズか、頭握りつぶすぞ、この駄猫があああああ!」

 「おい、やめろって!!!!」

 オレは必死にオソロシアを止めた。

 「だってよおタケシい!」

 「いいんだよ、ランキングなんて何位でも」

 「べろべろべ~だ!」

 アメリカンカールがオソロシアを挑発する。

 「あんだと、てめえ」

 オソロシアがいきり立つ

 「まあまあ、誰が強かろうと弱かろうと、オレはいいんだ、お前さえいてくれれば」

 オレがそう言うと、オソロシアの体が急にカーッと熱くなる。

 「う、うん」

 オソロシアは急に大人しくなった。

 「じゃあ、帰ろう」

 オレはオソロシアの手を引っ張った。

 「うん」

 オソロシアは素直にオレに従って新聞部を出た。

 こういう素直な処もオソロシアの魅力だ。

 そのあと、俺達は忍ちゃんの戦略論の授業を受けた。
 
 最近はこの授業が面白くて仕方がない。

 「クラウゼビッツが解説した戦争論には重要な一〇個の要素があるわ。
 それを説明していくからよく聞いておきなさい」

 忍ちゃんの言葉にオレは前のめりに耳をそばだてた。

 「第一、戦争は混沌である。
  第二、戦争は三位一体である。
  第三、戦争は抑圧である。
  第四、戦争は重心である。
  第五、戦争は絶対戦争と制限戦争である。
  第六、戦争は攻撃と防御である。
  第七、戦争はエスカレートである。
  第八、戦争は戦場の霧である。
  第九、戦争は文法と論理である。
  第十、戦争は天才の出現によって変貌する。
 
 第一、戦争が発生すると状況が混乱する。
    戦争が長期化すればするほど状況は劣悪となり、
    混乱の度合いが増し、収集がむつかしくなる。
    これは国家の滅亡に直結しかねないので、
    戦争は長期化させてはならない。

 第二、戦争は
    1、冷静な判断
    2、燃えるような情熱
    3、リカバリー
    の三要素によって継続が可能となる。

   戦争は冷静に判断し、合理的決断をしなければ遂行できない。
   これは政治家の役割である。
   戦争は正義のために行ってはならない。
   どのような汚い戦争であっても、戦争は国家の利益になる方向で
   行わなければならない。
   たとえ、正義のためであっても祖国に不利益な戦争はやってはならない。

   これは政治家の役割である。

   戦争は情熱がなければならない。

   これは国民の役割である。


   国民が怒りに燃え、戦争の遂行を望んでいないかぎり
   戦争は継続できない。
   このため、敵軍の戦意を失墜させるためには、
   世界平和や人道を主張する工作員を送り込み、 
   敵国民の戦意を圧し折ることである。

   戦争は、偶然の要素によって発生する。
   お互い戦う意思が無いにも関わらず、偶発戦によって大戦に発展することがある。

   こうした偶然に発生した予測せぬ事態に柔軟に対応することが必要である。
   これは軍隊の役割である。

  第三
  戦争は障壁であり、妨害であり、圧力である。

  敵は自軍に対して圧力を与えるために、工作員を送り込み、
  平和や人道を叫び、自軍の非道な行為をねつ造して宣伝し、
  戦意を挫こうとする。

  評論家、作家、人気芸能人を買収し、ウソの正義を叫ばせ、
  軍事行動の障壁を作る。

  ウソ、騙し、偽善、脅迫、テロ。
 
  敵はこちらの軍事行動を抑圧するために様々な妨害工作をする。

  民主主義国家において、人道と世界平和を叫ぶ者は自国を亡ぼすための殺戮者である。

  独裁国家において人道と世界平和を叫ぶ者は正義の人であり、尊い偉人である。

 これら障壁を抑止するための手段は学習である。

 事前に、これら工作員の偽善、騙し、ウソ、テロの手口を知ることにより、
 士官はこれら口先で人道と平和を叫ぶ者たちが実は敵国の工作員であることを見抜くことができる。

 工作員は、自国に対しては、人道と平和を叫び、行軍の妨害を行い、
 同盟国に対しては「お前らは同盟国の奴隷だ!」「誇りは無いのか!お前らは同盟国の愛人だ!」
 と言って同盟国との間に敵意を発生させる。これも抑圧の一つである。

 これらの工作員は自分を愛国者、人道主義者であると宣言するが、
 事前に、これら工作員の騙しの手口を知っていることによって、これらが、
 ただのインチキであり騙しであることに気づくことができ、工作員に利用されることを防ぐことができる。

 第四 戦争は重心である。
 
 敵が破壊されるべき、重心を発見しなければならない。

 民主主義国家における重心は世論である。
 敵国は工作員を使って、人道や世界平和を訴え、自国は卑劣で周辺諸国を踏みにじる悪の国家であると
 民衆に信じ込ませ、トラウマを解消するために愛国者に嫌がらせをすることを奨励する。
 工作員は裏で操り、同国人同士を憎しみ合わせ、戦わせることで消耗させる。
 避けるべきは保守分断でありながら、バカはすぐに工作員に騙され、ナルシズムを満足させるために
 正義を叫んで、仲間を攻撃する。

 重心とは、精神問題だけではなく、戦略目的では、たとえば、ヤマトの戦争の重心は 
 タキクラー食糧庫である。あの食糧庫を壊滅させれば、ヤマトは戦争を物理的に維持できなくなっていた。

 そうした敵国が戦争を継続できなくなる重心を見つけることが戦争の主眼である。

 第五、戦争は絶対戦争と限定戦争がある。
 本来の戦争の目的は、戦争によって自国に利益をもたらすことである。

 しかし、絶対戦争は総力戦であり、憎き敵国を亡ぼすことが目的となる。
 敵国を完全に焦土と化せば、そこから得られる利益も灰になっており、
 得られるのは、勝利と敵のせん滅という爽快感だけだ。

 本来の戦争は限定的に紛争を行い、相手に圧力をかけて屈服させ、利益を引き出すことである。
 本来、国益のための戦争は限定戦争であらねばならなず、絶対戦争、総力戦をおこなう国家は
 愚かである。

 第六、戦争は攻撃と防御である。
 防御陣地に籠る軍を攻略するには三倍の兵力を必要とし、防衛陣地は有効である。
 攻撃側は常に長い補給線を維持しなくれはならず、長期戦になればなるほど不利益を被る。

 防衛側は地の利があり、防衛しながらジリジリと敵を消耗させれば、敵の補給路が伸び切った段階で
 反撃し、敵を撃退することが可能である。

 戦争は長引かせてはならない。
 戦線は伸ばしてはならない。
 戦争は防衛側が有利である。

 第七、戦争はエスカレートする。
    最初は国家の利益のために始めた戦争が、敵の反撃により多くの祖国の英雄を失い、
    感情的になることによって、利益のためではなく、正義のための戦争になってしまう。
    そうすると、引くに引けなくなり、国力を損耗し、国を滅亡させる結果につながりかねない。
    たとえ、中途半端であっても戦争は理性をもって引き際を考えなければならない。

 第八、戦争は戦場の霧である。
    戦場において得られる情報は全体の30%前後である。
    現場の軍は全体的状況を把握できない。
    
    よって、あとから戦全体を見ている人間からすると、極めて愚かな判断をする。
    しかし、それは、現場で全体状況を把握できない結果、手持ちの情報を総合すれば
    もっとも合理的行動と判断できる行動を取っているにすぎない。

    こうした、戦場の不確実性に指揮官はつねに配慮し、状況の変化に気づいたときは
    即座に前言を撤回する勇気が必要である。

  第九、戦争は文法と論理である。

     戦争はその時の魔法技術の発達、無敵の異世界転生人の降臨など、さまざまな要素によって
     まったく違うものとなる。魔法戦争、武闘戦争、その戦争の文法は時代や場所によって
     多岐にわたる。しかし、戦争の基本原則。

     ここで述べた十則は変わることはない。

     戦争の基本原理はいくら時代が進もうとも、時代遅れになることはない。
     新しいものだけを信奉し、過去の基本原則を疎かにする者は滅びる。


  第十、戦争には時に天才が降臨する。
     天才は、常人が発想しない新機軸を打ち立てる。

      しかし、それは模倣可能である。
      凡人は天才の行動を観察し、それに対応し、何度も試行錯誤することによって    
      天才を打ち破ることができる。

      天才や強敵からは素直に学び、その天才の手法で天才を打ち破るのである。

   だいたい、こんなところね。
    
   はい、ここテストに出ます。ちゃんと記録しておくように」

 そこまで言って、忍ちゃんの今回の授業は終わった。

 ものすごく勉強になってオレは心が躍った。

 相変わらず、アメリカンカールは寝ていた。
 こういうの、興味ないんだろうな。
  

 



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