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四十六話 薄ら寒い奴ら

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 此度の事で義元公は色々とお心にお思いになられる処が多かったのか、
 大原資良、三浦義鎮親子を龍王丸様の教育係に専念させ、政局に口出しさせぬようにされた。

 これには太原雪斎様の強いご意向があったという。
 流石雪斎様、巧妙にご意思を通される。

 これで甲賀衆の余計な横槍がご政道に入らぬと今川家中皆々喜んだとのことであった。

 しかし、義元公は尾張の情勢をことのほかお気になされていた。

 そして、事もあろうか一向宗の服部友貞にご相談なされたのである。
 
 これまで君臣一体となって進んできた今川家の中に
 少し隙間ができたような雰囲気を元実は感じ取っていた。

 服部友貞が一向宗を通じて紹介したのは伊賀衆であった。

 伊賀衆は一向宗と綿密に連携しており、
 今川家中での一向宗の権威が強まるのではないかと元実は警戒した。

 この伊賀衆、家来として仕えるに当り
 出城が一つ建つほどの法外な額の金地金を要求してきた。

 此奴等は田畑など所領を望まず、
 ひたすら金に執着したる者共であった。

 今川家中には家柄も分からぬ者を法外な値で雇うことへの異論も多かったが、
 義元公のご意思は固く、結局のところ伊賀衆を雇い入れることとなった。

 この者は伊賀衆の中でも最高権威である藤林家の者であるという。

 船で伊賀より来た伊賀衆はいずれも目つき鋭く精悍な体つきの者共であった。

 これは戦に使えるかもしれぬ。

 先に清水の港に来ていて一向を迎え入れた者は老練な面持ちで体は大きく頑強で、
 武芸に秀でた気配はあったが、
 さして頭は良さそうには見えなかった。

 この長老らしき者が藤林家の者であろうか。

「それでは参ろうか」

 元実が伊賀者共に声をかけたが黙って動かない。

「何をしておる」

 伊賀者はこちらに顔も会わさず、目も合わさず、
 まるで石像のようであった。

 苛立ちを感じたがここで我慢できる中堅であることを期待されて
 出迎えの役に選ばれたのだ。

 ならぬ堪忍するが堪忍である。

 しばらく黙って待っていると船の中からゆっくりと
 稚児のような童が出てきた。

 顔立ちは美しいが、まだ子供で体は貧弱である。

 戦で役に立ちそうではない。

 いずれ、これら伊賀宗の衆道の相手か。

 幼いのに酷いことだ。

 「そこもと、今川家のお出迎えか」

 童が元実に言った。

 「そちは何だ」

 「伊賀衆でござる」

 「そなたは伊賀衆の頭領の横にでも付いておれ」

 元実は伊賀衆を港で出迎えた老練な男を指刺した。

 童は老練な頭領であろう男の方を見る。

 「おい鳶加藤、そちも武田に行って偉うなったのお、
 いつから拙者の格上となった」

 その子供の言葉に今まで眉一つ動かさなかった屈強な男の顔が青ざめた。


 「滅相もございませぬ、
 拙者は藤林様のお出迎えに遠路はるばる
 甲斐から罷り越しただけでございまする」

 「うむ、ご苦労」

 童は元実の方を向いた。

 「では貴公の御名は何と言われる」

 「一宮元実じゃ」

 「うむ、拙者は今川家中での伊賀衆とりまとめ役の藤林でござる。
 以後お見知りおきを」

 「そなたが藤林か」
 「ん」 
 藤林が眉をひそめた。

 「そなた、先頃から口の利き方がなっておらぬようじゃの、
 いずくの国人衆か知らねど、
 当方が伊賀の頭領と分かったからには口をつつしまれい」

 童が一喝した。その発した言葉に元実は圧倒された。

 「こ、これはしたり」

 実元は思わず頭を下げてしまった。

 ここで騒動を起こすわけにはいかぬ。

 「それではご案内いたします」

 「よろしく御願いいたす」

 伊賀衆は何故このような小僧を寄越すのか。

 雪斎様は一向宗や甲賀衆、伊賀衆には顔が無いと仰せられた。
 この小僧を排除したとてまた次が来るのであろう。
 元実は薄ら寒い思いがした。










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