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十三話 一切の武装を捨てれば必ず話し合いで解決する

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 左兵衛と宗是も急ぎ自領に帰る。

 「されど父上、今川家は今まで京暦を用いて
 諸行事を決めておられたのではなかったか、
 不吉な事が起らねばよいが」

 「なあに、今時軍配者の占など重用なされる向き多からず、
 もし都合が悪ければ他の暦を使うまでじゃ」

 「それでよろしいのですか」

 「京暦を使い占いによって戦を決め続けた
 扇谷上杉家がいかなる次第になったか知っておろう。
 占いなど無学な兵を鼓舞するための方便じゃ」

 「某も無学な兵でございまするか」

 「そうじゃの、占の書を読む前に
 菅子や韓非子でも読んだようがよさそうじゃ」

 父は少し眉毛を上げながら左兵衛を見下ろすように言う。

 帰る道すがら、あちこちから法螺貝の音が聞こえた。

 駿河の隅々まで国人衆が兵を集めている。

 敵は今川家中最強と言われた高天神衆である。

 心してかからねばならぬ。

 一宮の館に帰ると、田原雪斎様からの伝令が待っていた。

 「寿桂尼様が福島越前守に捕縛されました」

 開口一番、伝令が言った。

 「意味が分からぬ。寿桂尼様なら今し方今川館におられたわ」

 不可解な表情で宗是が問うた。

 「それが、寿桂尼様は今川一門での抗争を止めるため、
 足利将軍家からの任命書をもって福島越前守の館に行かれたのです。
 周囲の者共は必死に止めましたが、
 こちがら武装するが故に相手も武装する。
 寸鉄も帯びずにこちらが武器を捨てれば彼方も武器を捨てるに違いないと仰せられ」


 「何故護衛をつけなんだか」

 「いえ、一切の武装を捨てれば必ず話し合いで解決すると仰せになり、
 護衛せぬよう寿桂尼様が厳命されました」

 「それで易々と捕縛されたか」

 「はい」

 「早急に軍を集めて越前守の館を取り囲め。
 外交交渉は軍兵の力が背景にあってこそ交渉できるものじゃ」

 「それならすでに雪斎殿が集められているのではありますまいか」

 「黙れ左兵衛、雪斎殿がその気なら最初から
 縄で縛ってでも寿桂尼様を行かせはせぬわ。
 雪斎殿は恐らく、かくのごとき言動をなされる寿桂尼様は
 敵方に殺されてもやむなしと思っておられるに違いない。
 雪斎殿は義元公一辺倒にて寿桂尼様は眼中にない。
 我らは譜代にて、寿桂尼様はお守りせねばならぬ」

 宗是はそう言って左兵衛を叱ると伝令の方に目を向けた。

 「早う」

 
 「承知つかまつった」

 伝令は馬に乗って屋敷を出た。

 「我らも軍を集めて福島の屋敷を取り囲むぞ、法螺貝鳴らせい」

 宗是は号令をかけ、郎党に法螺貝を持たせ、
 領国内の各地で吹き鳴らさせた。
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