13 / 76
十三話 一切の武装を捨てれば必ず話し合いで解決する
しおりを挟む
左兵衛と宗是も急ぎ自領に帰る。
「されど父上、今川家は今まで京暦を用いて
諸行事を決めておられたのではなかったか、
不吉な事が起らねばよいが」
「なあに、今時軍配者の占など重用なされる向き多からず、
もし都合が悪ければ他の暦を使うまでじゃ」
「それでよろしいのですか」
「京暦を使い占いによって戦を決め続けた
扇谷上杉家がいかなる次第になったか知っておろう。
占いなど無学な兵を鼓舞するための方便じゃ」
「某も無学な兵でございまするか」
「そうじゃの、占の書を読む前に
菅子や韓非子でも読んだようがよさそうじゃ」
父は少し眉毛を上げながら左兵衛を見下ろすように言う。
帰る道すがら、あちこちから法螺貝の音が聞こえた。
駿河の隅々まで国人衆が兵を集めている。
敵は今川家中最強と言われた高天神衆である。
心してかからねばならぬ。
一宮の館に帰ると、田原雪斎様からの伝令が待っていた。
「寿桂尼様が福島越前守に捕縛されました」
開口一番、伝令が言った。
「意味が分からぬ。寿桂尼様なら今し方今川館におられたわ」
不可解な表情で宗是が問うた。
「それが、寿桂尼様は今川一門での抗争を止めるため、
足利将軍家からの任命書をもって福島越前守の館に行かれたのです。
周囲の者共は必死に止めましたが、
こちがら武装するが故に相手も武装する。
寸鉄も帯びずにこちらが武器を捨てれば彼方も武器を捨てるに違いないと仰せられ」
「何故護衛をつけなんだか」
「いえ、一切の武装を捨てれば必ず話し合いで解決すると仰せになり、
護衛せぬよう寿桂尼様が厳命されました」
「それで易々と捕縛されたか」
「はい」
「早急に軍を集めて越前守の館を取り囲め。
外交交渉は軍兵の力が背景にあってこそ交渉できるものじゃ」
「それならすでに雪斎殿が集められているのではありますまいか」
「黙れ左兵衛、雪斎殿がその気なら最初から
縄で縛ってでも寿桂尼様を行かせはせぬわ。
雪斎殿は恐らく、かくのごとき言動をなされる寿桂尼様は
敵方に殺されてもやむなしと思っておられるに違いない。
雪斎殿は義元公一辺倒にて寿桂尼様は眼中にない。
我らは譜代にて、寿桂尼様はお守りせねばならぬ」
宗是はそう言って左兵衛を叱ると伝令の方に目を向けた。
「早う」
「承知つかまつった」
伝令は馬に乗って屋敷を出た。
「我らも軍を集めて福島の屋敷を取り囲むぞ、法螺貝鳴らせい」
宗是は号令をかけ、郎党に法螺貝を持たせ、
領国内の各地で吹き鳴らさせた。
「されど父上、今川家は今まで京暦を用いて
諸行事を決めておられたのではなかったか、
不吉な事が起らねばよいが」
「なあに、今時軍配者の占など重用なされる向き多からず、
もし都合が悪ければ他の暦を使うまでじゃ」
「それでよろしいのですか」
「京暦を使い占いによって戦を決め続けた
扇谷上杉家がいかなる次第になったか知っておろう。
占いなど無学な兵を鼓舞するための方便じゃ」
「某も無学な兵でございまするか」
「そうじゃの、占の書を読む前に
菅子や韓非子でも読んだようがよさそうじゃ」
父は少し眉毛を上げながら左兵衛を見下ろすように言う。
帰る道すがら、あちこちから法螺貝の音が聞こえた。
駿河の隅々まで国人衆が兵を集めている。
敵は今川家中最強と言われた高天神衆である。
心してかからねばならぬ。
一宮の館に帰ると、田原雪斎様からの伝令が待っていた。
「寿桂尼様が福島越前守に捕縛されました」
開口一番、伝令が言った。
「意味が分からぬ。寿桂尼様なら今し方今川館におられたわ」
不可解な表情で宗是が問うた。
「それが、寿桂尼様は今川一門での抗争を止めるため、
足利将軍家からの任命書をもって福島越前守の館に行かれたのです。
周囲の者共は必死に止めましたが、
こちがら武装するが故に相手も武装する。
寸鉄も帯びずにこちらが武器を捨てれば彼方も武器を捨てるに違いないと仰せられ」
「何故護衛をつけなんだか」
「いえ、一切の武装を捨てれば必ず話し合いで解決すると仰せになり、
護衛せぬよう寿桂尼様が厳命されました」
「それで易々と捕縛されたか」
「はい」
「早急に軍を集めて越前守の館を取り囲め。
外交交渉は軍兵の力が背景にあってこそ交渉できるものじゃ」
「それならすでに雪斎殿が集められているのではありますまいか」
「黙れ左兵衛、雪斎殿がその気なら最初から
縄で縛ってでも寿桂尼様を行かせはせぬわ。
雪斎殿は恐らく、かくのごとき言動をなされる寿桂尼様は
敵方に殺されてもやむなしと思っておられるに違いない。
雪斎殿は義元公一辺倒にて寿桂尼様は眼中にない。
我らは譜代にて、寿桂尼様はお守りせねばならぬ」
宗是はそう言って左兵衛を叱ると伝令の方に目を向けた。
「早う」
「承知つかまつった」
伝令は馬に乗って屋敷を出た。
「我らも軍を集めて福島の屋敷を取り囲むぞ、法螺貝鳴らせい」
宗是は号令をかけ、郎党に法螺貝を持たせ、
領国内の各地で吹き鳴らさせた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
鬼嫁物語
楠乃小玉
歴史・時代
織田信長家臣筆頭である佐久間信盛の弟、佐久間左京亮(さきょうのすけ)。
自由奔放な兄に加え、きっつい嫁に振り回され、
フラフラになりながらも必死に生き延びようとする彼にはたして
未来はあるのか?
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
敵は家康
早川隆
歴史・時代
旧題:礫-つぶて-
【第六回アルファポリス歴史・時代小説大賞 特別賞受賞作品】
俺は石ころじゃない、礫(つぶて)だ!桶狭間前夜を駆ける無名戦士達の物語。永禄3年5月19日の早朝。桶狭間の戦いが起こるほんの数時間ほど前の話。出撃に際し戦勝祈願に立ち寄った熱田神宮の拝殿で、織田信長の眼に、彼方の空にあがる二条の黒い煙が映った。重要拠点の敵を抑止する付け城として築かれた、鷲津砦と丸根砦とが、相前後して炎上、陥落したことを示す煙だった。敵は、餌に食いついた。ひとりほくそ笑む信長。しかし、引き続く歴史的大逆転の影には、この両砦に籠って戦い、玉砕した、名もなき雑兵どもの人生と、夢があったのである・・・
本編は「信長公記」にも記された、このプロローグからわずかに時間を巻き戻し、弥七という、矢作川の流域に棲む河原者(被差別民)の子供が、ある理不尽な事件に巻き込まれたところからはじまります。逃亡者となった彼は、やがて国境を越え、風雲急を告げる東尾張へ。そして、戦地を駆ける黒鍬衆の一人となって、底知れぬ謀略と争乱の渦中に巻き込まれていきます。そして、最後に行き着いた先は?
ストーリーはフィクションですが、周辺の歴史事件など、なるべく史実を踏みリアリティを追求しました。戦場を駆ける河原者二人の眼で、戦国時代を体感しに行きましょう!
淡き河、流るるままに
糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。
その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。
時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。
徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。
彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。
肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。
福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。
別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。
大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる