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二十八話 借書
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今川義元の勢力は日に日に増していたが、
織田信長は呑気なもので、今日へ将軍足利義輝との謁見に向かった。
信長は雑兵までも正規雇用し、赤母衣衆、黒母衣衆など指揮官も自前で育成した。
それだけではなく、大規模な橋と堤と道の整備を行っていた。
これは無茶苦茶だと左京亮は思った。
今の状況でも織田家は莫大な借金を抱え込んでいる。
津島衆は巨大金融業者である長島一向宗から莫大な借金をしており、その担保として
土地や各種既得権益の譲渡を迫られている状況だった。
「大阪並み」
その掛け声のもと、各地の座が破壊されていった。
各地の若者はそうした一向宗の新しい気風にあこがれ、
座の破壊を心の中では歓迎していた。
信長の弟織田信勝もそうした存在であった。
三河の松平清康もそうした先進の気風にあふれた人物で、
三河の座の大本であった猿投神社を焼き討ちにし、一向宗に市場を開放した。
結果、他国から大量に安い物資が流入し国内産業が破壊され、
国内の国人領主の収益を圧迫して、家臣の士気が低下し、
殺害されるに至った。
その息子の松平広忠も同じような状況で家臣に討たれ、
三河は崩壊の危機にあった。
このまま借金をかさねれば、尾張もまた一向宗に飲み込まれ、
織田信長は殺害されると佐久間左京亮は思った。
兄の佐久間信盛は完全に信長を信じており、「信長様に任せておけ」
というが、このままでは国の借金が膨れ上がり、
尾張の国は破綻すると左京亮は確信していた。
それでも、信長は雑兵までも正規軍として雇用し、それに加えて道路整備や橋の架け替え、
水路の整備から堤の整備までやめなかった。
中でもヤバいことが、人柱を用いなかったことだ。
堤を作るとき、本来であれば必ず人柱を埋めなければならない。
人柱を堤に埋めなけれあ祟りがあるなど、今時誰も信じてはいなかったが、
人柱を埋めて毎年地元の犯土聖が法要をおこなう。
それが寺院の利権となっていた。
人柱を廃止すれば、寺院から既得権益を奪うことになり、寺院を敵に回す。
その事を恐れて、堤をつくるたびに村人は人を埋めて殺して、
法要をすることを繰り返していた。
だから、日乃本の民は土木工事を汚れた忌まわしいものだと考え、
土木を犯土と蔑んだ。
信長は堤の整備を進めようとしたが、それはとりもなおさず、
大勢の人を埋め殺すということにつながる。
埋める人を集めるのも大変だし、毎年の法要は村に大きな負担となる。
だから民は「土木工事をすると後々金がかかる」と思い込むようになったのだ。
しかし、信長は人柱を廃止した。
人を埋めずに石地蔵を埋めた。
そうすれば人を殺さないので、毎年莫大な金をかけて法要をしなくてよくなる。
これによって村は潤ったが、比叡山や本願寺など寺院勢力から信長は激しく恨まれることとなった。
これで村の問題は解決した。
しかし、堤を作るのにも、すでに織田家は借金まみれで堤を作る金がない。
思い余った左京亮はその事を信長に訴えた。
「もう無理です。もう堤を作る銭がありません」
すると、信長は「で、あるか」というと、紙に「銭五千万貫」と書いて
左京亮に投げた。
「ほい、銭ができたぞ」
「何の上段でございまするか」
「冗談ではない」
信長は真顔で言った。
左京亮の顔から脂汗が流れる。
これは、佐久間氏で堤建設の費用を用立てろという脅しか。
信長公も貧すれば鈍すというか、見下げ果てたものだと左京亮は思った。
「そうだ、一つ良いことを教えてやろう。今より、我に対する年貢は、この借書をもっておこなえ。
それ以外は受け付けぬ」
「はっ」
左京亮は平伏し、苦り切った表情で山崎に返った。
左居亮はこの借書を信盛に見せた。
「どう思う、兄者」
左京亮がそう言うと、さすがの佐久間信盛も「う~ん」とうなってクビをひねった。
しばらく考えた末に左京亮を見た。
「おい、弟よ、信長公はこれを渡す時なにか言っておらなんだか?」
「はい、たしか、これより、年貢はこの借書を持っておこなえ。それ以外は受け付けぬと」
その左京亮の言葉を聞いて驚いたように信盛は目を見開いた。
「おお、其れじゃ!今より信長様の屋敷に行くぞ。お前は佐久間家の与力を全員あつめておけ」
信盛はそう言った。
左京亮はわけもわからず、佐久間氏譜代の家臣を集め、佐久間ゆかりの与力衆を山崎に集めた。
佐久間信盛が屋敷に帰ってくる。
その手には大量の紙がにぎられていた。
居並ぶ与力衆に向けて佐久間信盛は天高らかにその紙をかざして言った。
「きくがよい、各々方、これより信長公はこの借書をもって年貢の支払いにあてるよう言い渡された。
借書以外での年貢の受付はせぬとおおされたのだ。これは千載一遇の儲けの機会ではないか」
信盛がそう言うと、与力や譜代の家臣たちはざわめいた。
左京亮は意味がわからなかったが、与力たちは我先にと信盛につめよった。
「どうか拙者にその借書を売ってくだされ!」
「いや、それがしにこそ!」
どうしてそんなものを欲しがるのか左京亮にははかりかねたが、
小分けにした借書に群がる与力たち。
「まてまて、売ってやらぬではないが、五分の利息をつけるがよろしいかな」
信盛がそういう。
「五分などやすいものでござる!」
そういって与力たちは我先にと借書を買いあさっていくのであった。
織田信長は呑気なもので、今日へ将軍足利義輝との謁見に向かった。
信長は雑兵までも正規雇用し、赤母衣衆、黒母衣衆など指揮官も自前で育成した。
それだけではなく、大規模な橋と堤と道の整備を行っていた。
これは無茶苦茶だと左京亮は思った。
今の状況でも織田家は莫大な借金を抱え込んでいる。
津島衆は巨大金融業者である長島一向宗から莫大な借金をしており、その担保として
土地や各種既得権益の譲渡を迫られている状況だった。
「大阪並み」
その掛け声のもと、各地の座が破壊されていった。
各地の若者はそうした一向宗の新しい気風にあこがれ、
座の破壊を心の中では歓迎していた。
信長の弟織田信勝もそうした存在であった。
三河の松平清康もそうした先進の気風にあふれた人物で、
三河の座の大本であった猿投神社を焼き討ちにし、一向宗に市場を開放した。
結果、他国から大量に安い物資が流入し国内産業が破壊され、
国内の国人領主の収益を圧迫して、家臣の士気が低下し、
殺害されるに至った。
その息子の松平広忠も同じような状況で家臣に討たれ、
三河は崩壊の危機にあった。
このまま借金をかさねれば、尾張もまた一向宗に飲み込まれ、
織田信長は殺害されると佐久間左京亮は思った。
兄の佐久間信盛は完全に信長を信じており、「信長様に任せておけ」
というが、このままでは国の借金が膨れ上がり、
尾張の国は破綻すると左京亮は確信していた。
それでも、信長は雑兵までも正規軍として雇用し、それに加えて道路整備や橋の架け替え、
水路の整備から堤の整備までやめなかった。
中でもヤバいことが、人柱を用いなかったことだ。
堤を作るとき、本来であれば必ず人柱を埋めなければならない。
人柱を堤に埋めなけれあ祟りがあるなど、今時誰も信じてはいなかったが、
人柱を埋めて毎年地元の犯土聖が法要をおこなう。
それが寺院の利権となっていた。
人柱を廃止すれば、寺院から既得権益を奪うことになり、寺院を敵に回す。
その事を恐れて、堤をつくるたびに村人は人を埋めて殺して、
法要をすることを繰り返していた。
だから、日乃本の民は土木工事を汚れた忌まわしいものだと考え、
土木を犯土と蔑んだ。
信長は堤の整備を進めようとしたが、それはとりもなおさず、
大勢の人を埋め殺すということにつながる。
埋める人を集めるのも大変だし、毎年の法要は村に大きな負担となる。
だから民は「土木工事をすると後々金がかかる」と思い込むようになったのだ。
しかし、信長は人柱を廃止した。
人を埋めずに石地蔵を埋めた。
そうすれば人を殺さないので、毎年莫大な金をかけて法要をしなくてよくなる。
これによって村は潤ったが、比叡山や本願寺など寺院勢力から信長は激しく恨まれることとなった。
これで村の問題は解決した。
しかし、堤を作るのにも、すでに織田家は借金まみれで堤を作る金がない。
思い余った左京亮はその事を信長に訴えた。
「もう無理です。もう堤を作る銭がありません」
すると、信長は「で、あるか」というと、紙に「銭五千万貫」と書いて
左京亮に投げた。
「ほい、銭ができたぞ」
「何の上段でございまするか」
「冗談ではない」
信長は真顔で言った。
左京亮の顔から脂汗が流れる。
これは、佐久間氏で堤建設の費用を用立てろという脅しか。
信長公も貧すれば鈍すというか、見下げ果てたものだと左京亮は思った。
「そうだ、一つ良いことを教えてやろう。今より、我に対する年貢は、この借書をもっておこなえ。
それ以外は受け付けぬ」
「はっ」
左京亮は平伏し、苦り切った表情で山崎に返った。
左居亮はこの借書を信盛に見せた。
「どう思う、兄者」
左京亮がそう言うと、さすがの佐久間信盛も「う~ん」とうなってクビをひねった。
しばらく考えた末に左京亮を見た。
「おい、弟よ、信長公はこれを渡す時なにか言っておらなんだか?」
「はい、たしか、これより、年貢はこの借書を持っておこなえ。それ以外は受け付けぬと」
その左京亮の言葉を聞いて驚いたように信盛は目を見開いた。
「おお、其れじゃ!今より信長様の屋敷に行くぞ。お前は佐久間家の与力を全員あつめておけ」
信盛はそう言った。
左京亮はわけもわからず、佐久間氏譜代の家臣を集め、佐久間ゆかりの与力衆を山崎に集めた。
佐久間信盛が屋敷に帰ってくる。
その手には大量の紙がにぎられていた。
居並ぶ与力衆に向けて佐久間信盛は天高らかにその紙をかざして言った。
「きくがよい、各々方、これより信長公はこの借書をもって年貢の支払いにあてるよう言い渡された。
借書以外での年貢の受付はせぬとおおされたのだ。これは千載一遇の儲けの機会ではないか」
信盛がそう言うと、与力や譜代の家臣たちはざわめいた。
左京亮は意味がわからなかったが、与力たちは我先にと信盛につめよった。
「どうか拙者にその借書を売ってくだされ!」
「いや、それがしにこそ!」
どうしてそんなものを欲しがるのか左京亮にははかりかねたが、
小分けにした借書に群がる与力たち。
「まてまて、売ってやらぬではないが、五分の利息をつけるがよろしいかな」
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そういって与力たちは我先にと借書を買いあさっていくのであった。
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