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十四話 宗旨の違い
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織田信秀の死後、織田信長の指示のもと、葬儀が執り行われようとしたが、
それに対して筆頭家老の林秀貞が異議を唱えた。
織田信長は織田家の宗旨の通り、禅宗による葬儀を執り行おうとしたが、
林秀貞が浄土宗による葬儀を執り行おうとしたのである。
林秀貞いわく、「織田信秀様は天下をお取りになるはずのお方であった。
来世ではこの秀貞とともに転生し、必ずや天下をお取になられる」
ということであった。
禅宗の宗旨では葬儀のあとに一喝を行い、魂が雲散霧消することとなる。
つまり、禅宗の宗旨では転生はしないことになっている。
林秀貞はそれを忌避したのだ。
しかし、信長は「一生は一度しかないから一生なのだ、何度もやり直しが効くと思えば、
人は懸命に生きようとしなくなる、そのような考えは害である」
として、断固として禅宗での葬儀をすることを主張した。
しかし、林秀貞は織田家の財務を握っており、葬儀費用を出そうとしない。
怒った信長は「勝手にせよ」と言って、あとの葬儀は全部、林秀貞が
取り仕切ることとなった。
しかし、唯一、一人だけは禅宗の僧侶を入れることとした。
これはいかにも、官僚らしい言い訳であった。
九州から高名な禅僧が呼ばれたが、それ以外は浄土宗の僧侶で葬儀が取り仕切られた。
自分の件が通らなかった信長は葬儀に参加しなかった。
しかしである。
葬儀が開始されると、信長は汚い平伏のままで葬儀場に現れ、
抹香を掴んで信秀の位牌に投げつけ「喝」と大声で叫んだのだ。
これが禅宗の流儀であり、これによって織田信秀の魂は雲散霧消したことになる。
林秀貞の顔色は蒼白となり、信長と秀貞の関係は険悪となった。
その場に居合わせた僧侶たちは口々に信長の悪口を言っていたが、
一人九州より招かれた禅宗の僧侶だけは、大いに満足したようで、
織田信長を褒めていた。
禅宗の宗旨を貫こうとした織田信長の行為を高く評価したのである。
佐久間信盛は織田信秀から織田信勝の守り役を仰せつかった身である。
形式上は信勝とともに葬儀に出席したものの、
葬儀の後からは、織田信長と林秀貞の確執を取り除くよう、
奔走した。
左京亮も、柴田勝家など身内筋に事を荒立てないよう説得にあたった。
そうして奔走して家に帰ると、そこには鷺山殿が居た。
「我が夫のため奔走していただき、ありがとうございます。心よりお礼もうしあげまする」
そう言って鷺山殿は深々と頭をさげた。
「何を仰せですか、家臣として当然のことでございます」
左京亮はその場に平伏した。
「つきましては、此度の御父上のご葬儀が無事に済みましたこと、夫と一緒に
熱田様、氷上姉子様にお参りしたいと思います。ご一緒にいかがですか」
「これはなんと光栄の至り、喜んで御供いたしまする」
「それはよかったですわ」
鷺山殿はニッコリと笑って供の者たちとともにその場を立ち去った。
「ああ、なんと見目麗しい、気品がある。うちのかかあとは大違いじゃ」
左京亮がその場にへたり込んだままほっこりして呟いた。
そこをいきなり、尻を固い木の下駄でふみつけられる。
「ぎゃあ」
左京亮は思わず大声をあげた。
「何を猫が踏まれたような声をあげているのです」
多紀だった。
「夫を踏むとは何事か」
「鷺山殿のように気品が無くて悪うございましたわね」
左京亮の額から油汗がながれた。
「いやいや、そなたも、けっこう気品があるぞ、少なくとも顔はキレイだ」
「ふん」
多紀は冷ややかに眉をひそめ、その場を立ち去った。
氷上姉子神社は熱田神宮の創祀以前に草薙剣を奉納していた場所で、
熱田社は平地にあったが、氷上姉子神社は小高い丘の上にある。
健脚の信長はスタスタと丘を登っていったが、鷺山殿は足が遅れた。
信長はしばらく歩くと立ち止り、後ろを振り返り、
鷺山殿が追いつくと、また歩き出した。
すると、当然霧雨が降り出す。
信長は眉をひそめ、鷺山殿を凝視する。
「雨が降って来た、はやくこっちに来い」
「申し訳ございませぬ」
息を切らせながら鷺山殿は信長に走り寄る。
信長は懐から布布巾を出し、開いて鷺山殿の頭にポンと乗せる。
「そなたの頭が濡れるではないか」
「いえ、わらわはよいのです、信長様のおぐしが」
鷺山殿は慌てて頭から布巾を下ろし信長の頭に乗せようとする。
その手を信長は乱暴にグイとひっぱる。
「我はよいのだ、かまうな」
「あ、はい」
鷺山殿は顔を赤らめて下を向く。
信長はもう一度、鷺山殿の手の内の布巾をとってポンと鷺山殿の頭にのせると
スタスタと先にあるいて行った。
それを、左京亮の横に居た多紀も茫然と立ち止ってみていた。
多紀が立ち止まっているものだから、左京亮がだいぶ先まで行ってしまった。
隣に多紀が居ないことに気づく左京亮。
「おい、何をしておる、早く来い」
「はい」
多紀が素直に小走りで左京亮の所まで行く。
しかし、またそこで立ち止まる。
「何をしておる。殿に遅れてしまうではないか、行くぞ」
「何か言うことはございませぬのか」
「ない」
そう言って左京亮はスタスタ先に行く。
多紀は着物の裾をまくりあげて、足早に左京亮に走り寄ると、
その両足の膝の裏にケリをいれた。
「うはっ」
左京亮は落ち葉の降り積もったフカフカの神社の参道に頭から崩れ落ちる。
「な、なにをするか」
左京亮が驚いて怒鳴るが多紀は眉間に深いシワを寄せて
「ふん」
と言ってその場を足場やに通り過ぎた。
「ははは、いつも仲が良いなあ」
道に転がっている横を佐久間信盛がニタニタ笑いながら通り過ぎる。
その妻も口を着物の袖で隠し、笑いをこらえているようだった。
「な、仲が良いわけではございませぬ」
左京亮は叫んだ。
それに対して筆頭家老の林秀貞が異議を唱えた。
織田信長は織田家の宗旨の通り、禅宗による葬儀を執り行おうとしたが、
林秀貞が浄土宗による葬儀を執り行おうとしたのである。
林秀貞いわく、「織田信秀様は天下をお取りになるはずのお方であった。
来世ではこの秀貞とともに転生し、必ずや天下をお取になられる」
ということであった。
禅宗の宗旨では葬儀のあとに一喝を行い、魂が雲散霧消することとなる。
つまり、禅宗の宗旨では転生はしないことになっている。
林秀貞はそれを忌避したのだ。
しかし、信長は「一生は一度しかないから一生なのだ、何度もやり直しが効くと思えば、
人は懸命に生きようとしなくなる、そのような考えは害である」
として、断固として禅宗での葬儀をすることを主張した。
しかし、林秀貞は織田家の財務を握っており、葬儀費用を出そうとしない。
怒った信長は「勝手にせよ」と言って、あとの葬儀は全部、林秀貞が
取り仕切ることとなった。
しかし、唯一、一人だけは禅宗の僧侶を入れることとした。
これはいかにも、官僚らしい言い訳であった。
九州から高名な禅僧が呼ばれたが、それ以外は浄土宗の僧侶で葬儀が取り仕切られた。
自分の件が通らなかった信長は葬儀に参加しなかった。
しかしである。
葬儀が開始されると、信長は汚い平伏のままで葬儀場に現れ、
抹香を掴んで信秀の位牌に投げつけ「喝」と大声で叫んだのだ。
これが禅宗の流儀であり、これによって織田信秀の魂は雲散霧消したことになる。
林秀貞の顔色は蒼白となり、信長と秀貞の関係は険悪となった。
その場に居合わせた僧侶たちは口々に信長の悪口を言っていたが、
一人九州より招かれた禅宗の僧侶だけは、大いに満足したようで、
織田信長を褒めていた。
禅宗の宗旨を貫こうとした織田信長の行為を高く評価したのである。
佐久間信盛は織田信秀から織田信勝の守り役を仰せつかった身である。
形式上は信勝とともに葬儀に出席したものの、
葬儀の後からは、織田信長と林秀貞の確執を取り除くよう、
奔走した。
左京亮も、柴田勝家など身内筋に事を荒立てないよう説得にあたった。
そうして奔走して家に帰ると、そこには鷺山殿が居た。
「我が夫のため奔走していただき、ありがとうございます。心よりお礼もうしあげまする」
そう言って鷺山殿は深々と頭をさげた。
「何を仰せですか、家臣として当然のことでございます」
左京亮はその場に平伏した。
「つきましては、此度の御父上のご葬儀が無事に済みましたこと、夫と一緒に
熱田様、氷上姉子様にお参りしたいと思います。ご一緒にいかがですか」
「これはなんと光栄の至り、喜んで御供いたしまする」
「それはよかったですわ」
鷺山殿はニッコリと笑って供の者たちとともにその場を立ち去った。
「ああ、なんと見目麗しい、気品がある。うちのかかあとは大違いじゃ」
左京亮がその場にへたり込んだままほっこりして呟いた。
そこをいきなり、尻を固い木の下駄でふみつけられる。
「ぎゃあ」
左京亮は思わず大声をあげた。
「何を猫が踏まれたような声をあげているのです」
多紀だった。
「夫を踏むとは何事か」
「鷺山殿のように気品が無くて悪うございましたわね」
左京亮の額から油汗がながれた。
「いやいや、そなたも、けっこう気品があるぞ、少なくとも顔はキレイだ」
「ふん」
多紀は冷ややかに眉をひそめ、その場を立ち去った。
氷上姉子神社は熱田神宮の創祀以前に草薙剣を奉納していた場所で、
熱田社は平地にあったが、氷上姉子神社は小高い丘の上にある。
健脚の信長はスタスタと丘を登っていったが、鷺山殿は足が遅れた。
信長はしばらく歩くと立ち止り、後ろを振り返り、
鷺山殿が追いつくと、また歩き出した。
すると、当然霧雨が降り出す。
信長は眉をひそめ、鷺山殿を凝視する。
「雨が降って来た、はやくこっちに来い」
「申し訳ございませぬ」
息を切らせながら鷺山殿は信長に走り寄る。
信長は懐から布布巾を出し、開いて鷺山殿の頭にポンと乗せる。
「そなたの頭が濡れるではないか」
「いえ、わらわはよいのです、信長様のおぐしが」
鷺山殿は慌てて頭から布巾を下ろし信長の頭に乗せようとする。
その手を信長は乱暴にグイとひっぱる。
「我はよいのだ、かまうな」
「あ、はい」
鷺山殿は顔を赤らめて下を向く。
信長はもう一度、鷺山殿の手の内の布巾をとってポンと鷺山殿の頭にのせると
スタスタと先にあるいて行った。
それを、左京亮の横に居た多紀も茫然と立ち止ってみていた。
多紀が立ち止まっているものだから、左京亮がだいぶ先まで行ってしまった。
隣に多紀が居ないことに気づく左京亮。
「おい、何をしておる、早く来い」
「はい」
多紀が素直に小走りで左京亮の所まで行く。
しかし、またそこで立ち止まる。
「何をしておる。殿に遅れてしまうではないか、行くぞ」
「何か言うことはございませぬのか」
「ない」
そう言って左京亮はスタスタ先に行く。
多紀は着物の裾をまくりあげて、足早に左京亮に走り寄ると、
その両足の膝の裏にケリをいれた。
「うはっ」
左京亮は落ち葉の降り積もったフカフカの神社の参道に頭から崩れ落ちる。
「な、なにをするか」
左京亮が驚いて怒鳴るが多紀は眉間に深いシワを寄せて
「ふん」
と言ってその場を足場やに通り過ぎた。
「ははは、いつも仲が良いなあ」
道に転がっている横を佐久間信盛がニタニタ笑いながら通り過ぎる。
その妻も口を着物の袖で隠し、笑いをこらえているようだった。
「な、仲が良いわけではございませぬ」
左京亮は叫んだ。
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