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十二話 大当たり
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「あの嫁はいかがなものでしょうか」
左京亮は兄であり棟梁の佐久間信盛に相談した。
「いかがとは」
「辛うございます」
「何を贅沢を言うておる。あの嫁は大当たりではないか」
「意味がわかりませぬ」
「よいか左京亮、お前は物事の表層しか見ておらぬ。相手が口で言うことだけを
聞いているだけであろう。
あの嫁は朝早く起きて打ち水をし、家内の整理整頓をきちんと行い、
塵一つないようにしている。
そなたは、そのような細かいところを見てはおるまい。
日頃の家事一般、それを当たり前と思うから不満が溜る。
感謝の心を持つがよい。
それだけではない、あの女は夫の面目が立つようウラで動いておる。
夫はそこまで見てやらねば年をとってから妻に捨てられようぞ」
「何を裏で動いているというのです」
「そなたの家臣じゃ」
「家臣と」
「うむ、いつも余語がお前の世話をしているが、余語はあくまでも我が与力じゃ、
お前もそろそろ子飼いの家臣を育てねばならぬ時期じゃ」
「その手配をうちの嫁がしていたというのですか」
左京亮は驚愕した。
「うむ、なかなかできた嫁じゃ。実家の加藤家に頼んで、佐久間の親戚を回り、
一族の三男以下の者を郎党としてもらい受けるよう手筈をしておる」
「これはしたり、うちの嫁がそのような事までしておったとは」
「本来であればそなたがしておるべきことじゃ。今後は嫁と相談して、
しっかりやるのだぞ」
「ははっ、某、目が覚めました、さっそく家に帰りまする」
左京亮は意気揚々と家に帰り、兄信盛から聞いた話を多紀にすると
「そうですよ」
とこともなげに多紀は言った。
そして、しばらくして佐久間の親戚から家臣が来た。
「……やられた」
左京亮はその家臣を見て呟いた。
まだ元服前の子供である。
しかも顔が四角く、大きく、目が点のようで不細工であった。
これは、美男子であれば信長様、信勝様への貢ぎ物として育てることもできるが、
体のいい口減らしではないかと左京亮は思った。
子供はぼーっと左京亮を見ている。
「これ、そなたの殿じゃ、挨拶せんか」
親戚の親が子供に行った。
「佐平治でございまする」
子供はペコリと頭をさげた。
まあ、これはこれでカワイイ。
奥から多紀が出てきた。
「しっかり、身の回りの世話をするのですよ」
多紀がそういうと佐平治は多紀に向きなおって、ペコリと頭をさげた
「はい、奥方様」
「違う、左居亮殿、そなたじゃ、まだ年端もいかぬ子供に無理はさせられませぬ」
「え、拙者でござるか」
左京慮は目を丸くして多紀を見た。
佐平治を連れてきた親戚が笑いを必死にこらえている。
ジロリと左京亮がそちらを見ると、親戚は慌てて頭をさげ、かえっていった。
この子供、やっかいであった。
寝小便の癖がある。
寝小便をするとモジモジして顔を真っ赤にして左京亮の前に来る。
左京亮が布団を干す。
臭くなると、布団の外側の麻布をほどいて、中に詰め込んである蒲を捨てる。
そして山崎川に佐平治を連れて蒲を取りに行く。
佐平治は蒲を取らずに沢蟹ばかり取っている。
左京亮はムッとしたが、ニッコリ笑って自慢げに沢蟹を見せるので、
怒るわけにもいかない。
家に帰って櫛に刺して囲炉裏であぶって食べると、佐平治は
「カリカリしておいしい」
と喜んでいた。
何の役にも立たな子供だが、まあ気分は晴れた。
ある日、左京亮が庭に居て、左京亮を見ると、さっと後ろ手に何か隠した。
「なんだ、見せてみろ」
左京亮が厳しく言うと、佐平治はオドオドしながら後ろ手に持っていた
アメを差し出した。
金は与えていない。
こんな高い物が買えるわけがない。
「さては、そち、どこぞで盗んできたか」
左京亮は佐平治を睨んで言った。
佐平治は必死で首を横に振る。
「決してそのようなことは」
「ならばどうした」
佐平治は唇を強く噛んで何もいわない。
「うーむ」
厄介なのは、もし、高位の方のご子息から盗んだものなら
事が大きくなる。もし、織田家の子息から取ってものなら
取返しがつかなくなる。
「どうしたか言え」
左京亮が厳しく言うと、
佐平治は歯を食いしばったままポロポロと涙を流した。
「お待ちください」
目の前に飛び出してきた人物を見て左京亮は唖然とした。
それは、最近、織田家に輿入れしてきた斎藤道三の娘、
鷺山殿の雑用の小者として尾張にやってきた
加藤五郎助であった。
「いったい、何の所以があって、このような高価なものを我が家の子供にお与えになったか」
「それは……」
「他言はいたさぬ、申されよ」
「されば……世間で温厚との評判と名高い佐久間左京亮様と見込んでお話いたす」
加藤五郎助はその場に平伏した。
「まあ、まあ、頭をお上げになって」
「実は……」
加藤五郎助は腕に覚えがある武者であったが、先に織田が美濃に攻め入ったさい、
織田方の武将に足を刺され、まともに歩けなくなった。
このため、武家をやめて濃姫の小者として尾張までやってきたのだ。
足が悪く、時々傷が痛むそうだが、痛みで歩けなくなったところを、
佐久間の親戚の嫁に助けられ、介抱されたというのだ。
その嫁は気だてがよく、五郎助を心配してよく薬草を持ってきて足に巻いてくれたという。
五郎助はいつしかその嫁に恋心を抱いたが、好いた晴れたで結婚できる世ではない。
しかも、相手は人の嫁。
せめて、その子供たちに目をかけようと思って、熱田の近くに引っ越してきた
その嫁の子供、佐平治を人目を忍んでかわいがっていたというのだ。
「仔細承知いたしました。されど、このような事をすればもめごとの種になる。
今後はもう御止めなされ」
左京亮はそう言った。
しかし、家のすぐ近くに佐平治が居たのであれば、まさに猫に鰹節、生殺しの様相となる。
左京亮は嫁の実家の西加藤家の嫁、前田御前に頼み、相談をした。
前田御前はその事を弟の佐脇藤八に託した。
前田家は元々美濃斎藤家の一族であり、信長の妻である鷺山殿とは親戚にあたる。
佐脇藤八は同じ一門筋にあたる斎藤利三にかけあい、左京亮は佐脇藤八に連れられ、
鷺山殿の屋敷へと向かった。
門の護衛は明智衆が取り仕切っていた。
「今回はお世話になります」
左京亮が頭をさげたが門番は無視している。
中から斎藤利三が来た。
「恐れ多くも鷺山御前は名門明智のお血筋と、平家の一族、斎藤のお家柄、気楽に雑用のように使っていただいてはこまります」
「まことにも面目次第もございませぬ。されど、事が大きくなれば、織田家にも災難が降りかかるやも
知れず」
「だまらっしゃい」
斎藤利三が叱責する。
「申し訳ございませぬ」
見かけでは利三のほうが年下に見えるが、妙に偉そうだ。
「おい、利三、こいつはうちの姉ちゃんの嫁ぎ先の親戚だ。偉そうにすんなよ、あ」
佐脇藤八がそう言って利三の足の脛を蹴り飛ばした。
「こ、これは兄貴、親戚なら早う言ってくだされ」
「親戚でなければ、このような雑用取り次がぬ」
「それも道理ですな、兄貴」
こいつ、ちびっ子の藤八に兄貴と言いやがった。藤八より下か。
利三は急に愛想がよくなった。
「気にすんな、輪中はだいたい、こんなのだ。明智はもっとキツイぞ、ははは」
藤八は豪快に笑った。
利三が小走りに家の中に入っていった。
部屋に通されると、襖があって、その前に老婆が立っていた。
「腰元頭の各務野じゃ、よいか、くれぐれも姫様に無礼があってはなりませぬぞ」
各務野は厳しい言葉で叱責した。
「ははっ」
左京亮はその場に平伏した。
「いつもながら面倒くせえババアだなあ」
そう言いながら藤八が板張りの床にあぐらをかく。
「ば、ば、ば、ばばあと言うたか、小僧」
各務野は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ほほほ、いつもながら藤八は楽しいですね」
襖の向こうから声がした。
「おお、美濃の姉ちゃん」
「姉ちゃんではない、姫様じゃ」
各務野が金切声で叫ぶ。
「まあまあ、そんなに怒鳴りなさるな、身内のことではないかい、
襖をあけなさい」
そう声がすると、
襖があいて美しい笑顔のお姫様が現れた。
遠路はるばる、ご苦労でしたね。
鷺山は優しく左京亮に声をかけた。
左京亮は泣きそうになった。
こんなに優しい言葉を女性からかけられた事がない。
「恐れ多くも、織田の北の方よりこのようなお言葉をいただき、
この左京亮、感激で心が打ち震えておりまする」
左京亮はそう叫んで床に平伏した。
「ははは、こいつ、寝てる猫みたいだ、御濃殿、面白うござるな」
藤八が左京亮を指さして笑った。
「無礼者、御前様と言いなされ」
各務野が怒鳴る。
左京亮は仔細を鷺山殿に話した。
「わかりました。加藤殿も新しい恋が芽生えれば、心も晴れましょう。
すこし場所も離れていたほうがいいですね、此方で手配いたしますわ」
そう言って鷺山殿は優しく笑った。
「ありがたき幸せ」
左京亮は恐縮してまた平伏した。
濃姫の屋敷を出るとき、
さきほどは無視した門番が、今度はニッコリと笑って左京亮に会釈をした。
「お疲れ様でございました」
ものすごく良い笑顔。
なんだこいつ、と左京亮は心の中で思ったが、
「お心使いありがとうございます」
と満面の笑顔でお辞儀して帰った。
「それにしても鷺山御前はお優しい方であったな」
左京亮がそう言うと、藤八は
「ふふん、まあな、そなたも身内だし」
と鼻で笑った。
鷺山殿はすぐに手配をしてくださり、
津島の刀匠、鍛冶屋清兵衛の娘と五郎八の祝言が整い、
五郎八は津島に行くことにななった。
見事は差配であった。
鷺山殿は頭も相当良いのだなと左京亮は思った。
左京亮は兄であり棟梁の佐久間信盛に相談した。
「いかがとは」
「辛うございます」
「何を贅沢を言うておる。あの嫁は大当たりではないか」
「意味がわかりませぬ」
「よいか左京亮、お前は物事の表層しか見ておらぬ。相手が口で言うことだけを
聞いているだけであろう。
あの嫁は朝早く起きて打ち水をし、家内の整理整頓をきちんと行い、
塵一つないようにしている。
そなたは、そのような細かいところを見てはおるまい。
日頃の家事一般、それを当たり前と思うから不満が溜る。
感謝の心を持つがよい。
それだけではない、あの女は夫の面目が立つようウラで動いておる。
夫はそこまで見てやらねば年をとってから妻に捨てられようぞ」
「何を裏で動いているというのです」
「そなたの家臣じゃ」
「家臣と」
「うむ、いつも余語がお前の世話をしているが、余語はあくまでも我が与力じゃ、
お前もそろそろ子飼いの家臣を育てねばならぬ時期じゃ」
「その手配をうちの嫁がしていたというのですか」
左京亮は驚愕した。
「うむ、なかなかできた嫁じゃ。実家の加藤家に頼んで、佐久間の親戚を回り、
一族の三男以下の者を郎党としてもらい受けるよう手筈をしておる」
「これはしたり、うちの嫁がそのような事までしておったとは」
「本来であればそなたがしておるべきことじゃ。今後は嫁と相談して、
しっかりやるのだぞ」
「ははっ、某、目が覚めました、さっそく家に帰りまする」
左京亮は意気揚々と家に帰り、兄信盛から聞いた話を多紀にすると
「そうですよ」
とこともなげに多紀は言った。
そして、しばらくして佐久間の親戚から家臣が来た。
「……やられた」
左京亮はその家臣を見て呟いた。
まだ元服前の子供である。
しかも顔が四角く、大きく、目が点のようで不細工であった。
これは、美男子であれば信長様、信勝様への貢ぎ物として育てることもできるが、
体のいい口減らしではないかと左京亮は思った。
子供はぼーっと左京亮を見ている。
「これ、そなたの殿じゃ、挨拶せんか」
親戚の親が子供に行った。
「佐平治でございまする」
子供はペコリと頭をさげた。
まあ、これはこれでカワイイ。
奥から多紀が出てきた。
「しっかり、身の回りの世話をするのですよ」
多紀がそういうと佐平治は多紀に向きなおって、ペコリと頭をさげた
「はい、奥方様」
「違う、左居亮殿、そなたじゃ、まだ年端もいかぬ子供に無理はさせられませぬ」
「え、拙者でござるか」
左京慮は目を丸くして多紀を見た。
佐平治を連れてきた親戚が笑いを必死にこらえている。
ジロリと左京亮がそちらを見ると、親戚は慌てて頭をさげ、かえっていった。
この子供、やっかいであった。
寝小便の癖がある。
寝小便をするとモジモジして顔を真っ赤にして左京亮の前に来る。
左京亮が布団を干す。
臭くなると、布団の外側の麻布をほどいて、中に詰め込んである蒲を捨てる。
そして山崎川に佐平治を連れて蒲を取りに行く。
佐平治は蒲を取らずに沢蟹ばかり取っている。
左京亮はムッとしたが、ニッコリ笑って自慢げに沢蟹を見せるので、
怒るわけにもいかない。
家に帰って櫛に刺して囲炉裏であぶって食べると、佐平治は
「カリカリしておいしい」
と喜んでいた。
何の役にも立たな子供だが、まあ気分は晴れた。
ある日、左京亮が庭に居て、左京亮を見ると、さっと後ろ手に何か隠した。
「なんだ、見せてみろ」
左京亮が厳しく言うと、佐平治はオドオドしながら後ろ手に持っていた
アメを差し出した。
金は与えていない。
こんな高い物が買えるわけがない。
「さては、そち、どこぞで盗んできたか」
左京亮は佐平治を睨んで言った。
佐平治は必死で首を横に振る。
「決してそのようなことは」
「ならばどうした」
佐平治は唇を強く噛んで何もいわない。
「うーむ」
厄介なのは、もし、高位の方のご子息から盗んだものなら
事が大きくなる。もし、織田家の子息から取ってものなら
取返しがつかなくなる。
「どうしたか言え」
左京亮が厳しく言うと、
佐平治は歯を食いしばったままポロポロと涙を流した。
「お待ちください」
目の前に飛び出してきた人物を見て左京亮は唖然とした。
それは、最近、織田家に輿入れしてきた斎藤道三の娘、
鷺山殿の雑用の小者として尾張にやってきた
加藤五郎助であった。
「いったい、何の所以があって、このような高価なものを我が家の子供にお与えになったか」
「それは……」
「他言はいたさぬ、申されよ」
「されば……世間で温厚との評判と名高い佐久間左京亮様と見込んでお話いたす」
加藤五郎助はその場に平伏した。
「まあ、まあ、頭をお上げになって」
「実は……」
加藤五郎助は腕に覚えがある武者であったが、先に織田が美濃に攻め入ったさい、
織田方の武将に足を刺され、まともに歩けなくなった。
このため、武家をやめて濃姫の小者として尾張までやってきたのだ。
足が悪く、時々傷が痛むそうだが、痛みで歩けなくなったところを、
佐久間の親戚の嫁に助けられ、介抱されたというのだ。
その嫁は気だてがよく、五郎助を心配してよく薬草を持ってきて足に巻いてくれたという。
五郎助はいつしかその嫁に恋心を抱いたが、好いた晴れたで結婚できる世ではない。
しかも、相手は人の嫁。
せめて、その子供たちに目をかけようと思って、熱田の近くに引っ越してきた
その嫁の子供、佐平治を人目を忍んでかわいがっていたというのだ。
「仔細承知いたしました。されど、このような事をすればもめごとの種になる。
今後はもう御止めなされ」
左京亮はそう言った。
しかし、家のすぐ近くに佐平治が居たのであれば、まさに猫に鰹節、生殺しの様相となる。
左京亮は嫁の実家の西加藤家の嫁、前田御前に頼み、相談をした。
前田御前はその事を弟の佐脇藤八に託した。
前田家は元々美濃斎藤家の一族であり、信長の妻である鷺山殿とは親戚にあたる。
佐脇藤八は同じ一門筋にあたる斎藤利三にかけあい、左京亮は佐脇藤八に連れられ、
鷺山殿の屋敷へと向かった。
門の護衛は明智衆が取り仕切っていた。
「今回はお世話になります」
左京亮が頭をさげたが門番は無視している。
中から斎藤利三が来た。
「恐れ多くも鷺山御前は名門明智のお血筋と、平家の一族、斎藤のお家柄、気楽に雑用のように使っていただいてはこまります」
「まことにも面目次第もございませぬ。されど、事が大きくなれば、織田家にも災難が降りかかるやも
知れず」
「だまらっしゃい」
斎藤利三が叱責する。
「申し訳ございませぬ」
見かけでは利三のほうが年下に見えるが、妙に偉そうだ。
「おい、利三、こいつはうちの姉ちゃんの嫁ぎ先の親戚だ。偉そうにすんなよ、あ」
佐脇藤八がそう言って利三の足の脛を蹴り飛ばした。
「こ、これは兄貴、親戚なら早う言ってくだされ」
「親戚でなければ、このような雑用取り次がぬ」
「それも道理ですな、兄貴」
こいつ、ちびっ子の藤八に兄貴と言いやがった。藤八より下か。
利三は急に愛想がよくなった。
「気にすんな、輪中はだいたい、こんなのだ。明智はもっとキツイぞ、ははは」
藤八は豪快に笑った。
利三が小走りに家の中に入っていった。
部屋に通されると、襖があって、その前に老婆が立っていた。
「腰元頭の各務野じゃ、よいか、くれぐれも姫様に無礼があってはなりませぬぞ」
各務野は厳しい言葉で叱責した。
「ははっ」
左京亮はその場に平伏した。
「いつもながら面倒くせえババアだなあ」
そう言いながら藤八が板張りの床にあぐらをかく。
「ば、ば、ば、ばばあと言うたか、小僧」
各務野は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ほほほ、いつもながら藤八は楽しいですね」
襖の向こうから声がした。
「おお、美濃の姉ちゃん」
「姉ちゃんではない、姫様じゃ」
各務野が金切声で叫ぶ。
「まあまあ、そんなに怒鳴りなさるな、身内のことではないかい、
襖をあけなさい」
そう声がすると、
襖があいて美しい笑顔のお姫様が現れた。
遠路はるばる、ご苦労でしたね。
鷺山は優しく左京亮に声をかけた。
左京亮は泣きそうになった。
こんなに優しい言葉を女性からかけられた事がない。
「恐れ多くも、織田の北の方よりこのようなお言葉をいただき、
この左京亮、感激で心が打ち震えておりまする」
左京亮はそう叫んで床に平伏した。
「ははは、こいつ、寝てる猫みたいだ、御濃殿、面白うござるな」
藤八が左京亮を指さして笑った。
「無礼者、御前様と言いなされ」
各務野が怒鳴る。
左京亮は仔細を鷺山殿に話した。
「わかりました。加藤殿も新しい恋が芽生えれば、心も晴れましょう。
すこし場所も離れていたほうがいいですね、此方で手配いたしますわ」
そう言って鷺山殿は優しく笑った。
「ありがたき幸せ」
左京亮は恐縮してまた平伏した。
濃姫の屋敷を出るとき、
さきほどは無視した門番が、今度はニッコリと笑って左京亮に会釈をした。
「お疲れ様でございました」
ものすごく良い笑顔。
なんだこいつ、と左京亮は心の中で思ったが、
「お心使いありがとうございます」
と満面の笑顔でお辞儀して帰った。
「それにしても鷺山御前はお優しい方であったな」
左京亮がそう言うと、藤八は
「ふふん、まあな、そなたも身内だし」
と鼻で笑った。
鷺山殿はすぐに手配をしてくださり、
津島の刀匠、鍛冶屋清兵衛の娘と五郎八の祝言が整い、
五郎八は津島に行くことにななった。
見事は差配であった。
鷺山殿は頭も相当良いのだなと左京亮は思った。
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