三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎

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蜀編

龐統1  偉人とは

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南郡龐士元聞司馬德操在潁川,故二千里候之。至,遇德操採桑,士元從車中謂曰:「吾聞丈夫處世,當帶金佩紫。焉有屈洪流之量,而執絲婦之事。」德操曰:「子且下車,子適知邪徑之速,不慮失道之迷。昔伯成耦耕,不慕諸侯之榮;原憲桑樞,不易有官之宅。何有坐則華屋,行則肥馬,侍女數十,然後為奇。此乃許、父所以忼慨,夷、齊所以長嘆。雖有竊秦之爵,千駟之富,不足貴也!」士元曰:「僕生出邊垂,寡見大義。若不一叩洪鍾,伐雷鼓,則不識其音響也。」(言語9)


南郡なんぐんに住んでいた龐統は、
人相見に長けた司馬徽しばき
穎川えいせんにいると聞き、
二千里の旅程を経て会いに向かった。

ちなみに龐統にとって司馬徽は、
兄弟子のようなものだ。

穎川に到着すると、
司馬徽が桑畑で収穫を行っている。
龐統は車に乗りながら、呼びかける。

「偉人は身なりを整えておくもの、
 と私は聞き及んでおります。
 先生はその広大なお心を
 抱かれておりながら、
 何故、糸繰り女のような事を
 なされているのですか」

司馬徽が答える。

「君も、いったん車から
 降りてみるといいよ。
 いまの君は、小道をいかに速く走るか、
 にのみ心が囚われている。
 進むべき道を見失い、迷う事に
 想定が至っていない。

 昔、ぎょう王に仕えた伯成はくせいは、
 王の時代には隠居し、
 いわゆる栄達の道から退いた。

 孔子こうしの高弟、原憲げんけんも、
 粗末な家に住まい、
 邸宅住まいを良しとしなかった。

 高貴である、という事は、
 華やかな家に住まう事かね?
 立派な馬に車を牽かせる事か?
 それとも、多くの侍女を抱える事か?

 君も許由きょゆう巣父そうほの話は
 知っているだろう。
 尭王から禅譲の申し出を受けた許由は
“汚らわしいことを聞いた”
 と川で耳を洗った。
 その様子を見た巣父もまた、
 川の水を汚物と見做した。

 またいんの王族、伯夷はくい叔斉しゅくせい
 しゅうの武王が殷のちゅう王を倒そうとした時、
 周の軍勢の前に立ちはだかり、
 主を討たんとする軍を止めようとした。
 いざ殷が滅んだのちには、
 周の国が徳に悖る国である、と糾弾。
 大いに嘆きつつ、餓死していった。

 彼らのことを尊敬しない者は、
 果たしてどれだけいるだろうか。

 一方で、呂不韋りょふいはどうだね。
 大枚をはたいてしんの国に取り入り、
 丞相、相国とまでなったが、
 今の時代に、彼を尊敬する者は
 どれだけいるだろうか。

 また斉の景公も、四千頭もの馬を
 有していたにもかかわらず、
 誰も尊敬はしなかった。

 君はそれでもなお、
 外見を整える事を
 偉人の証としたいのか?
 本当に、大道と呼べると思うかね?」
 
マジレスにもほどがある。
とは言え龐統、居住まいを正した。

「け、見識の狭い田舎者が
 差し出がましいことを申しました! 
 立派な鐘や太鼓の鳴る音を
 ろくろく聞いたこともなかったのに、
 どうしてその荘重な響きを
 想像などできたことでしょう!」


 ○


龐統
 諸葛亮と並ぶ名軍師と称賛されているが、蜀獲得戦の段階でリタイヤ。つーか龐統さん、道の喩えには道で返そうよ。義とか音とかさ、微妙に話が散漫になっちゃってるよ。

司馬徽
 三国志演義では「水鏡先生」として知られる。つまり、劉備に諸葛亮と龐統を紹介したひと。とんでもない見識を備えていたのだが、同時に韜晦の達人でもあったので、当時の主君である劉表はそれを見抜けなかった。人材マニア曹操さまはもちろんこの人のヤバさに気付いていたので登用しようとしたが、その直前に死亡。それにしても先生、いくら弟弟子とは言っても、軽く絡んできた若造に対してこれは、さすがにオーバーキルでしょう。
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