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あとがき

あとがき

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 裴松之はいしょうし先生の罵詈雑言、お楽しみいただけましたでしょうか。俺はめっちゃ楽しめました。ヤバいねこのひと。ただ、先生のぶん殴りを楽しんでいたら、思いがけず陳寿ちんじゅと裴松之との間の歴史観の齟齬みたいな所についてうだうだ書きたくなっちゃいましたので、その辺をぶちまけておしまいにしたいと思います。

 結論として、統一王朝の歴史官として、ある程度旧三国の歴史を平等に扱わねばならなかった陳寿に対して、裴松之には「我らが大いなるそうには(北魏ほくぎと違って)ぎょうしゅんより受け継いでいる正統王朝としての権威がある!」と主張する任務があった、と言えるでしょう。裴松之が宋の皇帝より歴史について調べさせられ、更にその皇帝が「見事な仕事だ!」と讃えたのは、つまりそういう事情があったと考えるのが自然だと思うのです。
 では、宋が示さなければならなかった歴史観とは?

  ○

 しんより簒奪し、立った帝国。それが宋。その建立者は劉裕りゅうゆう。今更自己紹介しますが、当作作者である波間丿乀斎なみまへつぽつさい、劉裕についてアホみたいに調べまくっている人間です。つまり裴松之の生きている時代ガチ勢です。
 そんな劉宋の建国においてよく言われるのは「何故劉姓なのに国号を漢としなかったのか?」です。かんの再興を謳って国を建てれば、それこそ後世に大英雄として名を残しただろうに、と。
 ここについては検証を重ねた結果、「漢を謳ったら、ので名乗るわけにはいかなかった」と仮説しています。というのも、当時の中国は既に何回か「覇権国家の国号が変わる」を体験しています。いんしゅう。伝統的正統観で言えばしんをスルーして、その次に、漢。つまり「天子の姓が変わるのであれば、むしろ国号は変わらねばならない」のです。
 ここで劉宋にとっては、漢との間に既に魏晋を挟んでいます。この二国から帝位を継承するにあたり、「漢」を名乗ると何が起こるか。「魏晋を正統国家として認めない」、となってしまうのです。「漢の再興」ですからね。
 それを認めるわけにはいかない。何故か。このとき華北かほくでは、五胡ごこ国家が散々皇帝を自称しています。皇帝とは本来地上の主という意味。ホイホイ名乗ってはならない称号でした。しかし彼らは平然と自称し、あまつさえ北魏などと言うあり得ないくらいの勢力を誇る国家を誕生させてしまった。
 彼らは「正統な国家」ではありません。あくまで野蛮な武力を振るう野蛮な国家が、力自慢の結果として皇帝を僭称したに過ぎない。「正統なる支配権の継承者」は東晋であり、劉宋なのです。「本当の意味での皇帝とは、武力ではなく、先の皇帝よりその徳行が認められ、次代の主であると承認された上で即位されねばならない」。
 すなわち「漢・(もしくはしょく)・晋が代々継承してきたものを引き受けた」ことこそが劉宋の正統性を強弁しうる根拠であり、漢の間に二国が挟まる以上、劉宋はあくまで「その次」であるべき。
 ともなれば、魏晋の正統性を否定するのは「堯舜以来の権威」を否定することにもつながるのです。
 小説家の田中たなか芳樹よしき氏は、劉裕が国号を宋としたことについて「漢の権威に頼ろうとしなかった」と評価しておられました。自分はこの説を否定しています。むしろこの上なく漢の権威(と言うよりも、漢の正当性を担保するもっと大きいもの)に縛られているように感じられているのですね。でなければ劉裕が劉邦りゅうほうの同母弟である劉交りゅうこう、すなわち最も漢の権威に近接した血統を名乗ろうとはしないでしょう(ちなみに劉交の子孫だと劉裕は公式に宣言しています、正しいかどうかはさておき)。
 漢の天命がすでに尽きている以上、漢の再興はありえない。しかし、その血統に限りなく近いところから、新たな天命が生じた。そのような物語が考えられたことでしょう。
 裴松之による注の付し方は、以上のような劉宋的歴史観を大いに裏打ちするためになされた、と考えることができるのではないでしょうか。

 ○

 陳寿と、裴松之。異なった歴史観を抱えるふたりですから、当然書きぶりも違います。陳寿が三国の皇帝及び参謀を可能な限りニュートラルな筆致で書くのに対し、裴松之はものすごい勢いで帝および周瑜しゅうゆ陸遜りくそんを叩きます。魏蜀の、特に第一の参謀(つまり荀彧じゅんいく諸葛亮しょかつりょう)への気持ち悪いくらいの激賞に較べて、その温度差たるや、もう。というかご丁寧にも、周瑜陸遜によって不利益を被っている人物については称揚までしてますしね。張昭ちょうしょうとか魯粛ろしゅくの扱いには笑っちゃうしかなかったです。
 それはもう、そういうもんなんでしょう。そこにツッコミを入れたところで仕方ありません。

 ただ、こういう疑問は提示できるかと思います。
「じゃあ、魏と蜀のどっちを正統だと考えてたの?」です。

 これは、多分……
 どっちでも良かったんでしょうけどね。
 いきなりのちゃぶ台返し!

 ただ冗談抜きで、どちらが正統でも構わなかったと思うんです。裴松之、いいえ、こう言いましょう。劉宋にしてみれば、「北魏よりもうちが正統!」さえ論証できればいいのです。
 論語ろんご公冶長こうやちょう13には、以下のような言葉があります。
 子貢曰:「夫子之文章,可得而聞也;夫子之言性與天道,不可得而聞也。」
 孔子こうしより多くの言葉を聞くことのできる立場にあった高弟の子貢しこうですら、孔子から天についての話を聞くことはなかった。
 天とは人智を超越するものであり、人でしかないものがおいそれと語ることなどできない。昔のえらい人もそう言っているのです。ならば裴松之が魏と蜀、どちらが真に正統かなど理解できている必要もないのです。だから、どちらが正統であってもいいよう、裴松之は双方を称揚した。
 あと、ついでに呉を叩いた。正統論からすれば問題外ですしね、呉。武力で国を打ち立てるなんて、暴虐きわまりない。言ってみれば北魏みたいなもんです。というわけで、自分としては周瑜叩き、陸遜叩きは賈詡かく叩きや法正ほうせい叩きと違い、「ポジショントークであった」と認識しています。

 ○

 裴松之の暴言は、大雑把に二つに分けられると思うのです。上で語れるように、ポジショントークからのもの。そしてもう一つが、個人的なもの。この間ネットで拾った説に「賈詡・法正は変節漢、審配しんばいは忠烈の徒。だから評価に温度差が出た」というものがありました。なるほど、と思いました。まぁ「ありえそうですよね」以上言うことは出来ないのですが、裴松之が明確にお気持ちを表明しているわけでもありませんので。

 裴松之注については、Web で論文が読めます。

裴松之『三国志注』の史料批判と劉宋貴族社会
袴田郁一、2019年
https://www.waseda.jp/flas/glas/assets/uploads/2019/04/HAKAMADA-Yuichi_1264-1249.pdf

 この論文は自分が本作でやったことについて、もっと学術的に、厳密に踏み込んでおられているものであり、非常に示唆に富んでいます。ただ裴注について「劉宋の皇帝に命じられ、著したものを献上した」「その著述を皇帝が絶賛した」と言う視点が抜け落ちているのが痛い。裴松之注は、もちろん裴松之自身の気持ちも多分に盛り込まれているでしょう。けど「劉宋の段階で伝わっていた歴史観を立証する」性格のほうがよほど強いと思うのですよね。迂闊に裴松之の主張、に収斂していいものではないと思います。
 そうした視点を持つと、「蜀漢正統論」というのは本当に根深い問題なんだなあ、と感じるのです。そりゃ朱子学さんが諸手を挙げて持ち出すわけですね。

 ○

 いや、始めは単純に裴松之の暴言で楽しもうと思っていたのです。けど東晋末~劉宋黎明期ガチ勢の目から見ると、思った以上に該当時代における歴史観が強くにじみ出ていました。まぁ、自分の勇み足なだけかも知れないですけどね。

 裴松之先生とのダンスにより、劉裕を取り巻く環境についての勉強も進んだ気がします。ありがたい限りです。これをうまく、現在止まっている小説終盤の空気感に取り入れられればいいな、と思います。

 以上、お付き合いくださり、ありがとうございます。なお各罵詈雑言についての皆様よりのツッコミ、あるいは作中で取り上げられていなかった罵詈雑言のご紹介については随時お待ち致しております。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ホウネン
2024.07.29 ホウネン

孫皓様か、確かにいい人だよな、責任者だから、苦労を理解してくれる人だし、面倒見もいいしな、放っておくのが普通なのにな、庶民を困らせるのはよくないと思ったんだな。

解除

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