41 / 47
出発
しおりを挟む
「なに……? これを、カロリーナが?」
カロリーナとの約束通り、カロラインは侍女に用意してもらった白薔薇のブーケを教皇に手渡す。
「はい、彼女は幼い頃の約束を果たしたいと申しておりました」
「……そうか、彼女も覚えていてくれたのか」
どうやら教皇もその約束を覚えていたようだ。
彼は大切そうにブーケを胸に抱え、はらはらと涙を流した。
「それと“ご武運をお祈りしております”とも申しておりました」
「彼女がそんなことを……。そうか、うん、嬉しいな……」
心の底から嬉しそうな顔をする教皇を見ていると、彼は本当にカロリーナを愛していたのだと分かる。
「お嬢さんとカロリーナの為にも死力を尽くそう。吉報を届けるからお嬢さんはここで儂らの帰りを待っていてくれ」
「はい、ありがとうございます猊下。あの……それともう一つ、彼女が言っていたのですが、今あの獣の力は弱まっているそうです」
「そうなのか? 奴の身にいったい何が……」
「以前あの獣が夢の中に現れた時、わたくしは無意識にある物を投げたのです。どうやらそれが効いたようでして」
「ほう? ある物とは何だね?」
カロラインは教皇に肌身離さず持っていた透明な水晶を見せた。
綺麗な箱の納められたそれは清らかな輝きを放っている。
「ははあ……これは純度の高い水晶だ。魔を払う効果があるといわれているこれが効いたということは、あいつはやはり神ではないのだろう」
「確かにそうですね……。神ならばこれで力が弱まるわけがないですもの」
この水晶をカロラインは一旦ジョエルに戻すつもりでいた。
身代わりとなる彼の身をこれが守ってくれるようにと。
「いや、それはジョエルではなくお嬢さんが持っていなさい」
「え!? どうしてでしょうか?」
カロラインは彼等の帰りをこの教会で待つつもりだ。
主神の加護がある教会内であれば、あの獣は手出しが出来ないと聞いた。
ならばその間は水晶を持っていなくとも問題ないはずだ。
「万が一に備えてだ。何らかの急用が入ってこの教会を出ないとも限らん。そんな隙をついてあの獣が君を攫う可能性だって十分ある。そうなった時、この水晶が君を守ってくれるだろう。だから持っていなさい。なに、ジョエルは儂が守るから心配いらんよ」
「それはそうですが……でも……」
大切な人が危険な目に遭うかもしれない。
それを考えるとカロラインは素直に「分かりました」と頷くことが出来なかった。
「僕なら大丈夫ですよ、カロライン。だからそれは君が持っていてください」
「でも、ジョエル様……、え……?」
先ほどまで出発の準備として別室にいたジョエルの声に反応し、そちらの方に顔をやったカロラインは絶句した。
彼が、とんでもない恰好をしていたからだ。
「ジョ、ジョエル様……? そのお姿はいったい……」
「ああ……これは猊下の指示です。獣をおびき寄せる囮として、ね……」
どこか遠い目をしたジョエルはなんと花嫁が着る純白のドレスを身に纏っていた。
好きな男性の予想外の女装姿にカロラインは呆気に取られてしまう。
「色々考えた結果、これが一番時間稼ぎになるだろうと判断した。ジョエルのこの姿を見た獣はこいつをお嬢さんと見紛うことだろう。花嫁衣裳を身に纏い、花嫁がやってきた、とな」
「え……? そ、そうですか……?」
まじまじとジョエルの姿を見るが、どこからどう見ても女装した男といった印象が拭えない。
細身だが筋肉もあり、上背もある彼を女性と見紛うことは難しいと思う。
「ベールを被って顔が見えないようにするから大丈夫だ。あいつの意識を少しでも引き付けてくれたのならそれで充分。それにあまり完璧に女装させてしまうと、間違って巣に連れて行かれる恐れもあるからな」
「な、なるほど……確かにそうですね」
なかなかぶっ飛んだ思考回路のように思えるが、理にかなっているといえばそうかもしれない。
「それではジョエルの準備も済んだところだし、そろそろあの場所へと向かうとするか」
教皇は配下の者にそう告げ、カロラインが渡した白薔薇のブーケを手に持ったまま外へと向かう。
その後ろに続いたジョエルはドレスの裾を踏まないようゆっくりと歩を進めた。
(なんだか……嫁入りみたいな光景ね)
教皇と花嫁の組み合わせはまるでこれから結婚式に向かうかのよう。
この光景を見て獣退治に向かうなど誰も思わないだろう。
「お気をつけて。ご無事のお帰りをお待ち申し上げております」
外へ出てはいけないと教皇にきつく言いつけられている為、カロラインは教会の中で彼等を見送った。
教皇が乗る馬車の音も消えた頃、不安な気持ちを抱えたままカロラインは部屋の中から窓の外を眺める。
(皆、ご無事でいてほしいわ……)
あの獣に彼等が襲われ傷ついたらと思うと不安な気持ちが膨らみ、居ても立っても居られない。
「お嬢様、きっと教皇猊下も神父様もご無事でお戻りになりますよ」
「セイラ……。ええ、そうね……」
慰めてくれる侍女にカロラインが力のない笑みを返すと、急に外が騒がしくなった。
「え? 何があったのかしら……?」
「お嬢様、私が見てまいりますのでここを動かないでください!」
カロラインを部屋に残し、慌ただしくセイラは外へと向かっていった。
一人残されたカロラインは緊張と恐怖で体をこわばらせる。
(まさか……あの獣が現れた……?)
心臓がバクバクと鳴り、背中に冷や汗がつたう。
小刻みに体を震わせながらその場に固まっていると、耳に聞き覚えのある声が響いた。
「リーナ! ここにいるんだろう? リーナ……っ!!」
それはつい最近も聞いたことのある声。
カロラインがその声の主を判別した途端、強張っていた体が緩んだ。
「……は? この声ってまさか……」
声の主を確認しようとカロラインが廊下に出ると、侍女を押し切って入ってきたであろうその人物と鉢合わせる。
「あ、カロライン! リーナがここに来なかったか!?」
「……ちょっと、いきなり何なんですか……元婚約者様」
騒がしい乱入者の正体はなんとカロラインの元婚約者だった。
別に会いたかったわけではないが、この何も考えていないような顔が今日は妙に落ち着くなとカロラインは脱力した。
カロリーナとの約束通り、カロラインは侍女に用意してもらった白薔薇のブーケを教皇に手渡す。
「はい、彼女は幼い頃の約束を果たしたいと申しておりました」
「……そうか、彼女も覚えていてくれたのか」
どうやら教皇もその約束を覚えていたようだ。
彼は大切そうにブーケを胸に抱え、はらはらと涙を流した。
「それと“ご武運をお祈りしております”とも申しておりました」
「彼女がそんなことを……。そうか、うん、嬉しいな……」
心の底から嬉しそうな顔をする教皇を見ていると、彼は本当にカロリーナを愛していたのだと分かる。
「お嬢さんとカロリーナの為にも死力を尽くそう。吉報を届けるからお嬢さんはここで儂らの帰りを待っていてくれ」
「はい、ありがとうございます猊下。あの……それともう一つ、彼女が言っていたのですが、今あの獣の力は弱まっているそうです」
「そうなのか? 奴の身にいったい何が……」
「以前あの獣が夢の中に現れた時、わたくしは無意識にある物を投げたのです。どうやらそれが効いたようでして」
「ほう? ある物とは何だね?」
カロラインは教皇に肌身離さず持っていた透明な水晶を見せた。
綺麗な箱の納められたそれは清らかな輝きを放っている。
「ははあ……これは純度の高い水晶だ。魔を払う効果があるといわれているこれが効いたということは、あいつはやはり神ではないのだろう」
「確かにそうですね……。神ならばこれで力が弱まるわけがないですもの」
この水晶をカロラインは一旦ジョエルに戻すつもりでいた。
身代わりとなる彼の身をこれが守ってくれるようにと。
「いや、それはジョエルではなくお嬢さんが持っていなさい」
「え!? どうしてでしょうか?」
カロラインは彼等の帰りをこの教会で待つつもりだ。
主神の加護がある教会内であれば、あの獣は手出しが出来ないと聞いた。
ならばその間は水晶を持っていなくとも問題ないはずだ。
「万が一に備えてだ。何らかの急用が入ってこの教会を出ないとも限らん。そんな隙をついてあの獣が君を攫う可能性だって十分ある。そうなった時、この水晶が君を守ってくれるだろう。だから持っていなさい。なに、ジョエルは儂が守るから心配いらんよ」
「それはそうですが……でも……」
大切な人が危険な目に遭うかもしれない。
それを考えるとカロラインは素直に「分かりました」と頷くことが出来なかった。
「僕なら大丈夫ですよ、カロライン。だからそれは君が持っていてください」
「でも、ジョエル様……、え……?」
先ほどまで出発の準備として別室にいたジョエルの声に反応し、そちらの方に顔をやったカロラインは絶句した。
彼が、とんでもない恰好をしていたからだ。
「ジョ、ジョエル様……? そのお姿はいったい……」
「ああ……これは猊下の指示です。獣をおびき寄せる囮として、ね……」
どこか遠い目をしたジョエルはなんと花嫁が着る純白のドレスを身に纏っていた。
好きな男性の予想外の女装姿にカロラインは呆気に取られてしまう。
「色々考えた結果、これが一番時間稼ぎになるだろうと判断した。ジョエルのこの姿を見た獣はこいつをお嬢さんと見紛うことだろう。花嫁衣裳を身に纏い、花嫁がやってきた、とな」
「え……? そ、そうですか……?」
まじまじとジョエルの姿を見るが、どこからどう見ても女装した男といった印象が拭えない。
細身だが筋肉もあり、上背もある彼を女性と見紛うことは難しいと思う。
「ベールを被って顔が見えないようにするから大丈夫だ。あいつの意識を少しでも引き付けてくれたのならそれで充分。それにあまり完璧に女装させてしまうと、間違って巣に連れて行かれる恐れもあるからな」
「な、なるほど……確かにそうですね」
なかなかぶっ飛んだ思考回路のように思えるが、理にかなっているといえばそうかもしれない。
「それではジョエルの準備も済んだところだし、そろそろあの場所へと向かうとするか」
教皇は配下の者にそう告げ、カロラインが渡した白薔薇のブーケを手に持ったまま外へと向かう。
その後ろに続いたジョエルはドレスの裾を踏まないようゆっくりと歩を進めた。
(なんだか……嫁入りみたいな光景ね)
教皇と花嫁の組み合わせはまるでこれから結婚式に向かうかのよう。
この光景を見て獣退治に向かうなど誰も思わないだろう。
「お気をつけて。ご無事のお帰りをお待ち申し上げております」
外へ出てはいけないと教皇にきつく言いつけられている為、カロラインは教会の中で彼等を見送った。
教皇が乗る馬車の音も消えた頃、不安な気持ちを抱えたままカロラインは部屋の中から窓の外を眺める。
(皆、ご無事でいてほしいわ……)
あの獣に彼等が襲われ傷ついたらと思うと不安な気持ちが膨らみ、居ても立っても居られない。
「お嬢様、きっと教皇猊下も神父様もご無事でお戻りになりますよ」
「セイラ……。ええ、そうね……」
慰めてくれる侍女にカロラインが力のない笑みを返すと、急に外が騒がしくなった。
「え? 何があったのかしら……?」
「お嬢様、私が見てまいりますのでここを動かないでください!」
カロラインを部屋に残し、慌ただしくセイラは外へと向かっていった。
一人残されたカロラインは緊張と恐怖で体をこわばらせる。
(まさか……あの獣が現れた……?)
心臓がバクバクと鳴り、背中に冷や汗がつたう。
小刻みに体を震わせながらその場に固まっていると、耳に聞き覚えのある声が響いた。
「リーナ! ここにいるんだろう? リーナ……っ!!」
それはつい最近も聞いたことのある声。
カロラインがその声の主を判別した途端、強張っていた体が緩んだ。
「……は? この声ってまさか……」
声の主を確認しようとカロラインが廊下に出ると、侍女を押し切って入ってきたであろうその人物と鉢合わせる。
「あ、カロライン! リーナがここに来なかったか!?」
「……ちょっと、いきなり何なんですか……元婚約者様」
騒がしい乱入者の正体はなんとカロラインの元婚約者だった。
別に会いたかったわけではないが、この何も考えていないような顔が今日は妙に落ち着くなとカロラインは脱力した。
283
お気に入りに追加
1,819
あなたにおすすめの小説
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
お久しぶりですね、元婚約者様。わたしを捨てて幸せになれましたか?
柚木ゆず
恋愛
こんなことがあるなんて、予想外でした。
わたしが伯爵令嬢ミント・ロヴィックという名前と立場を失う原因となった、8年前の婚約破棄。当時わたしを裏切った人と、偶然出会いました。
元婚約者のレオナルド様。貴方様は『お前がいると不幸になる』と言い出し、理不尽な形でわたしとの関係を絶ちましたよね?
あのあと。貴方様はわたしを捨てて、幸せになれましたか?
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
想い合っている? そうですか、ではお幸せに
四季
恋愛
コルネリア・フレンツェはある日突然訪問者の女性から告げられた。
「実は、私のお腹には彼との子がいるんです」
婚約者の相応しくない振る舞いが判明し、嵐が訪れる。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します
天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。
結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。
中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。
そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。
これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。
私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。
ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。
ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。
幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる