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浮気相手の来訪
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教会を訪れた翌日、カロラインは私室で一人ただぼうっと過ごしていた。
神父から手渡された水晶を目に移し、彼の事を想う。
(婚約相手が決まっている身で、こんな想いを抱いてはいけないわね……)
恋は落ちるもの、と何処かで聞いたことがある。
文字通り落ちてしまうから抜け出すことが難しいと。
だが、この想いは決して外には漏れてはいけないものだ。
それを理解しているカロラインは生涯彼への想いを胸に秘めたままでいることを決めた。
そんな時だった。邸に招かれざる客がやってきたのは。
「お嬢様、再び門前に招かれざる客がやってきました」
うんざりとした顔の執事がカロラインにそう伝えた。
「あら、また元婚約者様がやってきたのかしら?」
「いえ、元婚約者様ではなく、その方にくっついていたオナモミ女です」
「オナモミ……? ああ! 元婚約者様の浮気相手ね?」
確かリーナとかいう名前だったはず。
もう既に縁が切れた元婚約者の浮気相手がカロラインに何の用があるというのか。
それをカロラインは大体の予想がついていた。
(おおかた予想が外れたことに焦っているのでしょうね……)
元婚約者から聞いた限りだと、浮気相手はただの金目当てという印象を抱いた。
貴族令嬢をお飾りの妻にした彼の愛人として悠々自適な毎日を暮らすはずが、当てが外れて焦っているのだろう。
さて、どうしたものか。カロラインは悩んだが浮気相手の女と会うことにした。
「え? お嬢様、お会いになるのですか!?」
てっきり追い出すものだと思っていた執事は目を丸くして驚いた。
「ええ、一人で会いにきたのだし、彼女の本音が聞けそうだしね」
いい機会だし、彼女がどういうつもりであんなことをしてのかを聞いてみたい。
半ば好奇心でカロラインはリーナを邸へと招き入れた。
「婚約を解消するなんて酷すぎます! 彼は当主となるはずだったのに……貴女の我儘のせいで跡継ぎの座から外されてしまったのですよ!? 可哀想に彼はすっかり落ち込んでしまって……私とても見ていられません!」
中々と香ばしい発言をする浮気相手。
頓珍漢な台詞にも驚いたが、カロラインはもっと別のところに驚いていた。
「……貴女、本当にリーナさん?」
以前、元婚約者の腕にべったりとくっついていた彼女と、今目の前にいる彼女が同一人物とは思えない。
全くの別人と言っていいほど外見が違う。
「は、はあ? 話をすり替えないでください!」
「え、だって……前会った時と顔が全然違うわよ?」
あの時の彼女は非常に派手な顔つきだった。
だが目の前の彼女はその真逆。清楚な美人といっていい容姿だ。
「今日はメイクをしていないからよ!」
「ああ、なるほどね」
化粧をしない方が可愛いとはどういうことなのか。
貴女は化粧をしない方がいいんじゃない、という言葉をカロラインは必死に飲み込んだ。
「それで、えーっと……何だったかしら……。ああ、そうそう、何故婚約を解消したかという話だったわね? 理由は簡単よ、彼がご当主である父君から跡継ぎとして不適格と判断されたからよ」
「嘘よ! 貴女が泣きついたからに決まっているわ!」
「そう思うなら、どうぞご自由に。わたくしが泣きつこうが泣きつかまいが、彼が跡継ぎの座から外れたという事実に変わりはありませんので」
カロラインの平然とした様子にリーナは「キーッ!」とまるで猿のように喚き散らす。
「貴女はいいわよね!? 兄が駄目なら弟に鞍替えすればいいんだもの! ハッ……! お高く止まっているお嬢様でもやっていることはそこらの娼婦と変わらないわね!? 男をとっかえひっかえ……恥ずかしくないわけ!?」
主人を侮辱する物言いに、控えていた侍女のセイラが一歩前に出てリーナを叱責しようとした。
だが、カロラインはそれを制し、涼しい顔でリーナに微笑む。
「あら、それは貴族でしたら当たり前のことですよ? 家単位の婚約なのですから、当人が駄目ならばその兄弟姉妹が代わりを担うのはごく一般的なこと。まあ……平民の貴女には理解できない感覚でしょうけど……?」
挑発的な物言いで嘲笑うカロライン。
リーナは相手を挑発するつもりが、逆に侮辱を受けて顔を真っ赤に染めた。
「キーッ!! アンタ性格悪いわね!? 私の事馬鹿にしているでしょう!? ふざけないでよ!」
「ええ、馬鹿にはしております。だって貴女はあまりにも貴族について無知なのですもの。その結果が今この状態を招いているとご存じかしら?」
「は、はああ!? 何よ、それ! どういう意味!?」
「どうもこうも……貴女さえ表に出てこなければ、彼はそのまま当主の座に就けたのですよ?」
「へっ? え? どういうこと……?」
「いいですか、彼は貴女という秘密の恋人の存在をずっと隠し通していれば何の問題もなく当主になれたのですよ。わたくしという婚約者がいながら浮気をしたから駄目なのではなく、恋人一人隠し通せない無能さに失望したのです」
「え、無能? 浮気をしたから貴女が怒ったんじゃなくて?」
「ええ、まあ怒ったことについては否定しません。でもそれは、恋人を隠すどころか堂々とわたくしの前に出し、あまつさえ『君を愛することはない』と意味不明な発言をする頭のおかしさに対してです。だってそうでしょう? そんな事を言われてわたくしにどうしろと言うのです?」
「そ、それは……弁えてくれたらと……」
「弁えるのは貴女の方でしょう? 正式な婚約者はわたくしなのですから」
「で、でも……だって、彼は私の方が好きだって……」
「好きでないのなら恋人になんてしないでしょう? そんな分かり切ったことをわざわざ口にしなくてもよいのですよ。そうではなく、婚約という契約を交わしておきながら、そうやって後出しでグダグダと幼稚な発言をする考えなしな所が跡継ぎとして失格なのですよ。別に結婚しても貴女を好きに外で囲えば済む話じゃないですか?」
「だ、だって……それじゃ愛人みたいだし……」
「みたいも何も、愛人でしょう? それに貴女も愛人の座に就いて甘い蜜を吸って暮らしたかったのでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……でも……」
「ああ……もしかして、貴女はわたくしよりも上に立ちたかったのかしら? 貴族令嬢であるわたくしよりも、貴女の方が彼に愛されている……つまりは女として上なのだと、そう示したかった?」
図星を突かれ、リーナは大袈裟なまでに体をびくりと震わせた。
「あらまあ図星ですか。だからわざとわたくしの前に姿を現したのですね? 彼が愛しているのは貴族令嬢のわたくしではなく、平民の貴女なのだと誇示するために……。その結果、彼は跡継ぎの座から外されてしまったわけですけどね。でもよかったんじゃありませんこと? これで貴女は彼を独り占めできますわよ?」
「そんなの嬉しくないわよ! 私は貴族夫人になって贅沢したかっただけなの! 平民のあいつじゃ何の意味もないのよ!?」
「まあまあ……それでは彼があまりにも可哀想ですよ? 貴女の為に全てを失ったのですから、せめて貴女だけでも傍にいてあげなくては……」
全てを失った彼でもずっと愛して支えていく、とでも言えば純愛なのに。
やはり金と地位目当ての女だったのか、とカロラインは呆れてしまった。
神父から手渡された水晶を目に移し、彼の事を想う。
(婚約相手が決まっている身で、こんな想いを抱いてはいけないわね……)
恋は落ちるもの、と何処かで聞いたことがある。
文字通り落ちてしまうから抜け出すことが難しいと。
だが、この想いは決して外には漏れてはいけないものだ。
それを理解しているカロラインは生涯彼への想いを胸に秘めたままでいることを決めた。
そんな時だった。邸に招かれざる客がやってきたのは。
「お嬢様、再び門前に招かれざる客がやってきました」
うんざりとした顔の執事がカロラインにそう伝えた。
「あら、また元婚約者様がやってきたのかしら?」
「いえ、元婚約者様ではなく、その方にくっついていたオナモミ女です」
「オナモミ……? ああ! 元婚約者様の浮気相手ね?」
確かリーナとかいう名前だったはず。
もう既に縁が切れた元婚約者の浮気相手がカロラインに何の用があるというのか。
それをカロラインは大体の予想がついていた。
(おおかた予想が外れたことに焦っているのでしょうね……)
元婚約者から聞いた限りだと、浮気相手はただの金目当てという印象を抱いた。
貴族令嬢をお飾りの妻にした彼の愛人として悠々自適な毎日を暮らすはずが、当てが外れて焦っているのだろう。
さて、どうしたものか。カロラインは悩んだが浮気相手の女と会うことにした。
「え? お嬢様、お会いになるのですか!?」
てっきり追い出すものだと思っていた執事は目を丸くして驚いた。
「ええ、一人で会いにきたのだし、彼女の本音が聞けそうだしね」
いい機会だし、彼女がどういうつもりであんなことをしてのかを聞いてみたい。
半ば好奇心でカロラインはリーナを邸へと招き入れた。
「婚約を解消するなんて酷すぎます! 彼は当主となるはずだったのに……貴女の我儘のせいで跡継ぎの座から外されてしまったのですよ!? 可哀想に彼はすっかり落ち込んでしまって……私とても見ていられません!」
中々と香ばしい発言をする浮気相手。
頓珍漢な台詞にも驚いたが、カロラインはもっと別のところに驚いていた。
「……貴女、本当にリーナさん?」
以前、元婚約者の腕にべったりとくっついていた彼女と、今目の前にいる彼女が同一人物とは思えない。
全くの別人と言っていいほど外見が違う。
「は、はあ? 話をすり替えないでください!」
「え、だって……前会った時と顔が全然違うわよ?」
あの時の彼女は非常に派手な顔つきだった。
だが目の前の彼女はその真逆。清楚な美人といっていい容姿だ。
「今日はメイクをしていないからよ!」
「ああ、なるほどね」
化粧をしない方が可愛いとはどういうことなのか。
貴女は化粧をしない方がいいんじゃない、という言葉をカロラインは必死に飲み込んだ。
「それで、えーっと……何だったかしら……。ああ、そうそう、何故婚約を解消したかという話だったわね? 理由は簡単よ、彼がご当主である父君から跡継ぎとして不適格と判断されたからよ」
「嘘よ! 貴女が泣きついたからに決まっているわ!」
「そう思うなら、どうぞご自由に。わたくしが泣きつこうが泣きつかまいが、彼が跡継ぎの座から外れたという事実に変わりはありませんので」
カロラインの平然とした様子にリーナは「キーッ!」とまるで猿のように喚き散らす。
「貴女はいいわよね!? 兄が駄目なら弟に鞍替えすればいいんだもの! ハッ……! お高く止まっているお嬢様でもやっていることはそこらの娼婦と変わらないわね!? 男をとっかえひっかえ……恥ずかしくないわけ!?」
主人を侮辱する物言いに、控えていた侍女のセイラが一歩前に出てリーナを叱責しようとした。
だが、カロラインはそれを制し、涼しい顔でリーナに微笑む。
「あら、それは貴族でしたら当たり前のことですよ? 家単位の婚約なのですから、当人が駄目ならばその兄弟姉妹が代わりを担うのはごく一般的なこと。まあ……平民の貴女には理解できない感覚でしょうけど……?」
挑発的な物言いで嘲笑うカロライン。
リーナは相手を挑発するつもりが、逆に侮辱を受けて顔を真っ赤に染めた。
「キーッ!! アンタ性格悪いわね!? 私の事馬鹿にしているでしょう!? ふざけないでよ!」
「ええ、馬鹿にはしております。だって貴女はあまりにも貴族について無知なのですもの。その結果が今この状態を招いているとご存じかしら?」
「は、はああ!? 何よ、それ! どういう意味!?」
「どうもこうも……貴女さえ表に出てこなければ、彼はそのまま当主の座に就けたのですよ?」
「へっ? え? どういうこと……?」
「いいですか、彼は貴女という秘密の恋人の存在をずっと隠し通していれば何の問題もなく当主になれたのですよ。わたくしという婚約者がいながら浮気をしたから駄目なのではなく、恋人一人隠し通せない無能さに失望したのです」
「え、無能? 浮気をしたから貴女が怒ったんじゃなくて?」
「ええ、まあ怒ったことについては否定しません。でもそれは、恋人を隠すどころか堂々とわたくしの前に出し、あまつさえ『君を愛することはない』と意味不明な発言をする頭のおかしさに対してです。だってそうでしょう? そんな事を言われてわたくしにどうしろと言うのです?」
「そ、それは……弁えてくれたらと……」
「弁えるのは貴女の方でしょう? 正式な婚約者はわたくしなのですから」
「で、でも……だって、彼は私の方が好きだって……」
「好きでないのなら恋人になんてしないでしょう? そんな分かり切ったことをわざわざ口にしなくてもよいのですよ。そうではなく、婚約という契約を交わしておきながら、そうやって後出しでグダグダと幼稚な発言をする考えなしな所が跡継ぎとして失格なのですよ。別に結婚しても貴女を好きに外で囲えば済む話じゃないですか?」
「だ、だって……それじゃ愛人みたいだし……」
「みたいも何も、愛人でしょう? それに貴女も愛人の座に就いて甘い蜜を吸って暮らしたかったのでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……でも……」
「ああ……もしかして、貴女はわたくしよりも上に立ちたかったのかしら? 貴族令嬢であるわたくしよりも、貴女の方が彼に愛されている……つまりは女として上なのだと、そう示したかった?」
図星を突かれ、リーナは大袈裟なまでに体をびくりと震わせた。
「あらまあ図星ですか。だからわざとわたくしの前に姿を現したのですね? 彼が愛しているのは貴族令嬢のわたくしではなく、平民の貴女なのだと誇示するために……。その結果、彼は跡継ぎの座から外されてしまったわけですけどね。でもよかったんじゃありませんこと? これで貴女は彼を独り占めできますわよ?」
「そんなの嬉しくないわよ! 私は貴族夫人になって贅沢したかっただけなの! 平民のあいつじゃ何の意味もないのよ!?」
「まあまあ……それでは彼があまりにも可哀想ですよ? 貴女の為に全てを失ったのですから、せめて貴女だけでも傍にいてあげなくては……」
全てを失った彼でもずっと愛して支えていく、とでも言えば純愛なのに。
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