102 / 109
恋に生きた男の最後②
しおりを挟む
「エドワード! お前、なんてことしてくれたんだ!?」
牢でエドワードの姿を見つけるなりラウルは大きな声で怒鳴りつけた。
「……遅いぞ。早くここから出せ」
罪を犯したという自覚がないのか、牢屋に囚われていようとも尊大な態度を崩さないエドワードにラウルは血管が切れそうなほど激高する。
「ふざけるのも大概にしろ! 見ず知らずの婦女子に痴漢行為をして何を偉そうに……!」
「見ず知らず……? お前こそ何を言っている、あれはルルナだぞ? 恋人を抱きしめて何が悪いというんだ!?」
「は……? 何を言っているか分からんが、お前が痴漢行為を働いた女性はレフトの族長の娘だ。ちなみにケビンの奥方でもある」
「は? 族長の娘? ケビンの妻? 嘘をつくな! あれは間違いなくルルナだ! 私が恋人の顔を間違えるはずがない!」
「……あー、そういうことか。お前の恋人の顔、族長の娘と似ているんだな……」
以前、シオンと話した時にルルナの顔について尋ねた時、よく見知った顔だと言っていたのはこのことか。そして頑なにケビンが自分の妻をエドワードに紹介したくなかったのはこういうことかと合点がついた。
「あの女性はお前の恋人なんかじゃない。族長の娘でケビンの奥方だ」
「嘘だ! あれは間違いなくルルナだ!」
どれだけラウルが否定しようともエドワードは頑なに認めなかった。
しばらくその押し問答を続けていたのだが、埒があかないことにラウルの方が先に音を上げてしまった。
「お前……自分の立場を分かっているのか? お前がどう言おうともあの女性は族長の娘だ。集落内で長の娘に手出しをすることがどれだけ不味いかを理解していないのか?」
「何を訳の分からないことを……。そんなことより早くこんな汚い場所から出してくれ」
「出せるわけがないだろう!? いい加減自分が犯罪者だと理解しろ!」
「犯罪者だと!? ふざけるな! 私は恋人と抱擁を交わしただけだ!」
「だからお前の恋人じゃないと何度も何度も言っているだろう!? おまけに胸まで触ったそうじゃないか……気持ち悪い」
「は? 胸……?」
エドワードはそこでふと違和感を覚えた。
(そういえば……抱き着いた時の感触がいつものルルナと違っていたような気が……)
あの時は夢中で気づかなかったが、記憶にあるルルナは背後から抱き締めたとしても腕が胸に触れることはなかった。だが、あの時のルルナは確かに腕に何か柔らかい感触が触れた。
(……いや、私がルルナを間違えるはずがない。多分ルルナは会わない間に太ったのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない……)
今更勘違いだったというのはプライドが許さないのか、はたまた現実を直視したくないのかは分からない。だが、この時エドワードは改心する機会を自ら捨ててしまった。
「……こんな格好だからルルナは私だと分からなかったのかもしれない。顔を見せればきっと気づくだろう。だからもう一度会って誤解を解く」
「いや……だから、どこの世界に被害者に加害者を故意に会わせる阿呆がいるんだよ? 前から思っていたんだけどよ、お前ってどうして己を顧みることをしないんだ? いっつも“自分は間違っていない”って態度だけどよ、その傲慢な性格が災いしてこんな状況になっているんだぞ……」
「うるさい! くだらんことを言っていないで早くここから出せ! こんな汚い場所に高貴な私をいつまでも置いておくとは何事だ!」
一切反省の色が見えない傲慢な態度に、流石のラウルも堪忍袋の緒が切れた。
「あ~……もういいわ。お嬢様のご命令だからとお前の面倒を見てきたが、もう限界だ。別に何が何でもお前を生かしておけ、とは言われていない。二つの部族も共通語が話せる人間が増えてきたし、俺も部族の言語を習得しつつある。お前という通訳係はもう砦には不要だ。勝手に妄想を垂れ流したままでいろよ」
「は……お前、何を言って……」
「これ以上お前と言葉を交わす気はない。じゃあな、愚かな元王太子様。せいぜい愛した女と似た顔にこの世から引導を渡されるがいいさ」
それだけ言ってラウルは踵を返し、エドワードに背を向けた。
散々苦労をしながらも面倒を見てきたが未練はない。どこまでいっても傲慢で自分勝手、己の言動を一切顧みない奴にかけてやる情けは残っていなかった。
自分がここで手を引けば、もうエドワードに助かる道はなくなる。
だが、ここまで好き勝手にやらかした男を助ける義理があるだろうか。少なくともラウルにはない。
「は? どこへ行く? ちょっと待て……おい……!」
去っていくラウルの後ろ姿に向かって叫ぶも、彼が止まることはない。
その様子に遅まきながらも自分の置かれた状況を不味いと感じたのか、エドワードは必死に戻るよう喚くも最早その声は届かない。
「おい……嘘だろう……?」
一人残された牢獄で自分の声だけが空しく木霊する。
なんだかんだと面倒を見てくれたラウルを自分の従者だと錯覚していたエドワードは、ここで初めて自分の態度が不味かったのかと思い始めた。
「し、しかたない……。次に会った時は労いの言葉でもかけてやるとするか……」
次の機会など無いことをエドワードは全く分かっていなかった。
そしてラウルが求めている言葉は“労い”ではなく“反省”と“謝罪”だ。
己の言動が周囲にどう影響するかを全く理解せず、他者が何を求めているかも理解しない。王太子という華々しい地位から牢獄に囚われた犯罪者にまで堕ちたとしても、彼のその部分は変わらなかった。
エドワードが今までの言動を反省し、後悔することは最後までなかった。
この翌日、責務を忘れ恋にのみ生きて周囲を好き放題かき回した愚かな王太子の生涯は、誰に語り継がれることもなく終わりを迎えたのだった────。
牢でエドワードの姿を見つけるなりラウルは大きな声で怒鳴りつけた。
「……遅いぞ。早くここから出せ」
罪を犯したという自覚がないのか、牢屋に囚われていようとも尊大な態度を崩さないエドワードにラウルは血管が切れそうなほど激高する。
「ふざけるのも大概にしろ! 見ず知らずの婦女子に痴漢行為をして何を偉そうに……!」
「見ず知らず……? お前こそ何を言っている、あれはルルナだぞ? 恋人を抱きしめて何が悪いというんだ!?」
「は……? 何を言っているか分からんが、お前が痴漢行為を働いた女性はレフトの族長の娘だ。ちなみにケビンの奥方でもある」
「は? 族長の娘? ケビンの妻? 嘘をつくな! あれは間違いなくルルナだ! 私が恋人の顔を間違えるはずがない!」
「……あー、そういうことか。お前の恋人の顔、族長の娘と似ているんだな……」
以前、シオンと話した時にルルナの顔について尋ねた時、よく見知った顔だと言っていたのはこのことか。そして頑なにケビンが自分の妻をエドワードに紹介したくなかったのはこういうことかと合点がついた。
「あの女性はお前の恋人なんかじゃない。族長の娘でケビンの奥方だ」
「嘘だ! あれは間違いなくルルナだ!」
どれだけラウルが否定しようともエドワードは頑なに認めなかった。
しばらくその押し問答を続けていたのだが、埒があかないことにラウルの方が先に音を上げてしまった。
「お前……自分の立場を分かっているのか? お前がどう言おうともあの女性は族長の娘だ。集落内で長の娘に手出しをすることがどれだけ不味いかを理解していないのか?」
「何を訳の分からないことを……。そんなことより早くこんな汚い場所から出してくれ」
「出せるわけがないだろう!? いい加減自分が犯罪者だと理解しろ!」
「犯罪者だと!? ふざけるな! 私は恋人と抱擁を交わしただけだ!」
「だからお前の恋人じゃないと何度も何度も言っているだろう!? おまけに胸まで触ったそうじゃないか……気持ち悪い」
「は? 胸……?」
エドワードはそこでふと違和感を覚えた。
(そういえば……抱き着いた時の感触がいつものルルナと違っていたような気が……)
あの時は夢中で気づかなかったが、記憶にあるルルナは背後から抱き締めたとしても腕が胸に触れることはなかった。だが、あの時のルルナは確かに腕に何か柔らかい感触が触れた。
(……いや、私がルルナを間違えるはずがない。多分ルルナは会わない間に太ったのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない……)
今更勘違いだったというのはプライドが許さないのか、はたまた現実を直視したくないのかは分からない。だが、この時エドワードは改心する機会を自ら捨ててしまった。
「……こんな格好だからルルナは私だと分からなかったのかもしれない。顔を見せればきっと気づくだろう。だからもう一度会って誤解を解く」
「いや……だから、どこの世界に被害者に加害者を故意に会わせる阿呆がいるんだよ? 前から思っていたんだけどよ、お前ってどうして己を顧みることをしないんだ? いっつも“自分は間違っていない”って態度だけどよ、その傲慢な性格が災いしてこんな状況になっているんだぞ……」
「うるさい! くだらんことを言っていないで早くここから出せ! こんな汚い場所に高貴な私をいつまでも置いておくとは何事だ!」
一切反省の色が見えない傲慢な態度に、流石のラウルも堪忍袋の緒が切れた。
「あ~……もういいわ。お嬢様のご命令だからとお前の面倒を見てきたが、もう限界だ。別に何が何でもお前を生かしておけ、とは言われていない。二つの部族も共通語が話せる人間が増えてきたし、俺も部族の言語を習得しつつある。お前という通訳係はもう砦には不要だ。勝手に妄想を垂れ流したままでいろよ」
「は……お前、何を言って……」
「これ以上お前と言葉を交わす気はない。じゃあな、愚かな元王太子様。せいぜい愛した女と似た顔にこの世から引導を渡されるがいいさ」
それだけ言ってラウルは踵を返し、エドワードに背を向けた。
散々苦労をしながらも面倒を見てきたが未練はない。どこまでいっても傲慢で自分勝手、己の言動を一切顧みない奴にかけてやる情けは残っていなかった。
自分がここで手を引けば、もうエドワードに助かる道はなくなる。
だが、ここまで好き勝手にやらかした男を助ける義理があるだろうか。少なくともラウルにはない。
「は? どこへ行く? ちょっと待て……おい……!」
去っていくラウルの後ろ姿に向かって叫ぶも、彼が止まることはない。
その様子に遅まきながらも自分の置かれた状況を不味いと感じたのか、エドワードは必死に戻るよう喚くも最早その声は届かない。
「おい……嘘だろう……?」
一人残された牢獄で自分の声だけが空しく木霊する。
なんだかんだと面倒を見てくれたラウルを自分の従者だと錯覚していたエドワードは、ここで初めて自分の態度が不味かったのかと思い始めた。
「し、しかたない……。次に会った時は労いの言葉でもかけてやるとするか……」
次の機会など無いことをエドワードは全く分かっていなかった。
そしてラウルが求めている言葉は“労い”ではなく“反省”と“謝罪”だ。
己の言動が周囲にどう影響するかを全く理解せず、他者が何を求めているかも理解しない。王太子という華々しい地位から牢獄に囚われた犯罪者にまで堕ちたとしても、彼のその部分は変わらなかった。
エドワードが今までの言動を反省し、後悔することは最後までなかった。
この翌日、責務を忘れ恋にのみ生きて周囲を好き放題かき回した愚かな王太子の生涯は、誰に語り継がれることもなく終わりを迎えたのだった────。
4,103
お気に入りに追加
7,588
あなたにおすすめの小説

王命って何ですか?
まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる