王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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恋に生きた男の最後②

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「エドワード! お前、なんてことしてくれたんだ!?」

 牢でエドワードの姿を見つけるなりラウルは大きな声で怒鳴りつけた。

「……遅いぞ。早くここから出せ」

 罪を犯したという自覚がないのか、牢屋に囚われていようとも尊大な態度を崩さないエドワードにラウルは血管が切れそうなほど激高する。

「ふざけるのも大概にしろ! 見ず知らずの婦女子に痴漢行為をして何を偉そうに……!」

「見ず知らず……? お前こそ何を言っている、あれはだぞ? 恋人を抱きしめて何が悪いというんだ!?」

「は……? 何を言っているか分からんが、お前が痴漢行為を働いた女性はレフトの族長の娘だ。ちなみにケビンの奥方でもある」

「は? 族長の娘? ケビンの妻? 嘘をつくな! あれは間違いなくルルナだ! 私が恋人の顔を間違えるはずがない!」

「……あー、そういうことか。お前の恋人の顔、族長の娘と似ているんだな……」

 以前、シオンと話した時にルルナの顔について尋ねた時、よく見知った顔だと言っていたのはこのことか。そして頑なにケビンが自分の妻をエドワードに紹介したくなかったのはこういうことかと合点がついた。

「あの女性はお前の恋人なんかじゃない。族長の娘でケビンの奥方だ」

「嘘だ! あれは間違いなくルルナだ!」

 どれだけラウルが否定しようともエドワードは頑なに認めなかった。
 しばらくその押し問答を続けていたのだが、埒があかないことにラウルの方が先に音を上げてしまった。

「お前……自分の立場を分かっているのか? お前がどう言おうともあの女性は族長の娘だ。集落内で長の娘に手出しをすることがどれだけ不味いかを理解していないのか?」

「何を訳の分からないことを……。そんなことより早くこんな汚い場所から出してくれ」

「出せるわけがないだろう!? いい加減自分が犯罪者だと理解しろ!」

「犯罪者だと!? ふざけるな! 私は恋人と抱擁を交わしただけだ!」

「だからお前の恋人じゃないと何度も何度も言っているだろう!? おまけに胸まで触ったそうじゃないか……気持ち悪い」

「は? 胸……?」

 エドワードはそこでふと違和感を覚えた。

(そういえば……抱き着いた時の感触がいつものルルナと違っていたような気が……)

 あの時は夢中で気づかなかったが、記憶にあるルルナは背後から抱き締めたとしても腕が胸に触れることはなかった。だが、あの時のルルナは確かに腕に何か柔らかい感触が触れた。

(……いや、私がルルナを間違えるはずがない。多分ルルナは会わない間に太ったのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない……)

 今更勘違いだったというのはプライドが許さないのか、はたまた現実を直視したくないのかは分からない。だが、この時エドワードは改心する機会を自ら捨ててしまった。

「……こんな格好だからルルナは私だと分からなかったのかもしれない。顔を見せればきっと気づくだろう。だからもう一度会って誤解を解く」

「いや……だから、どこの世界に被害者に加害者を故意に会わせる阿呆がいるんだよ? 前から思っていたんだけどよ、お前ってどうして己を顧みることをしないんだ? いっつも“自分は間違っていない”って態度だけどよ、その傲慢な性格が災いしてこんな状況になっているんだぞ……」

「うるさい! くだらんことを言っていないで早くここから出せ! こんな汚い場所に高貴な私をいつまでも置いておくとは何事だ!」

 一切反省の色が見えない傲慢な態度に、流石のラウルも堪忍袋の緒が切れた。

「あ~……もういいわ。お嬢様のご命令だからとお前の面倒を見てきたが、もう限界だ。別に何が何でもお前を生かしておけ、とは言われていない。二つの部族も共通語が話せる人間が増えてきたし、俺も部族の言語を習得しつつある。お前という通訳係はもう。勝手に妄想を垂れ流したままでいろよ」

「は……お前、何を言って……」

「これ以上お前と言葉を交わす気はない。じゃあな、愚かな元王太子様。せいぜい愛した女と似た顔にこの世から引導を渡されるがいいさ」

 それだけ言ってラウルは踵を返し、エドワードに背を向けた。
 散々苦労をしながらも面倒を見てきたが未練はない。どこまでいっても傲慢で自分勝手、己の言動を一切顧みない奴にかけてやる情けは残っていなかった。

 自分がここで手を引けば、もうエドワードに助かる道はなくなる。
 だが、ここまで好き勝手にやらかした男を助ける義理があるだろうか。少なくともラウルにはない。

「は? どこへ行く? ちょっと待て……おい……!」

 去っていくラウルの後ろ姿に向かって叫ぶも、彼が止まることはない。
 その様子に遅まきながらも自分の置かれた状況を不味いと感じたのか、エドワードは必死に戻るよう喚くも最早その声は届かない。

「おい……嘘だろう……?」

 一人残された牢獄で自分の声だけが空しく木霊する。
 なんだかんだと面倒を見てくれたラウルを自分のだと錯覚していたエドワードは、ここで初めて自分の態度が不味かったのかと思い始めた。

「し、しかたない……。に会った時は労いの言葉でもかけてやるとするか……」

 次の機会など無いことをエドワードは全く分かっていなかった。
 そしてラウルが求めている言葉は“労い”ではなく“反省”と“謝罪”だ。

 己の言動が周囲にどう影響するかを全く理解せず、他者が何を求めているかも理解しない。王太子という華々しい地位から牢獄に囚われた犯罪者にまで堕ちたとしても、彼のその部分は変わらなかった。

 エドワードが今までの言動を反省し、後悔することは最後までなかった。

 この翌日、責務を忘れ恋に生きて周囲を好き放題かき回した愚かな王太子の生涯は、誰に語り継がれることもなく終わりを迎えたのだった────。
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