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元王太子の転落②

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「お前……どうしてここに!?」

「貴方の送迎の為です。不本意ながらも貴方の従者を務めておりましたので、付き添いくらいはしてやろうかと思いましてね」

 従者の不遜な態度にカッとなるエドワードだが、それと同時に馬車の扉が乱暴に閉められた。

「こら、待て! ここを開けろ!」

 どうやらこの馬車は鍵を掛けられる仕様らしい。
 完全に犯罪者の護送用のそれだ。脱走防止用として外側にごつい南京錠が設置されている。

「何ですかそんなに慌てて……厠にでも行きたいのですか?」

「違う! 何だその的外れな台詞は!?」

「だってそんなに慌てて『開けろ』と言うのですもの、急にもよおしたのかと思うでしょう? まったく……出発前に厠は済ませておくのが常識でしょうに……」

 完全に子ども扱いをして馬鹿にする元従者にエドワードの苛立ちは最高潮に達した。ただでさえ今まで目下だった者達から立て続けに不敬な態度をとられたのだ。それに加えてたかが従者だった男から見下され、沸点の低い彼が怒らないはずもない。

「貴様……ふざけるのもいい加減に「あ、動き出しましたね。大人しく座っていないと舌を噛みますよ?」」

 激高して立ち上がるエドワードに元従者は呑気にそう告げた。
 その言葉通り、馬車の中が急激に揺れだし、立ったままのエドワードは椅子の上に尻もちをついた。

「痛っ……!」

「ああ、ほら……大人しく座っていないから……」

「う、うるさい! うるさい! どいつもこいつも不敬だ! 全員処刑してやる!」

「はは、それが可能であればどうぞ。まあ、何の権力も無くなった貴方には無理ですけどね~」

「ふざけるな! 私は国王陛下唯一の子だぞ!?」

「またそれですか……。貴方にはそれ以外無いのでしょうかね? それだってもう、王権が変わるのですから無意味だと何故理解しないのです?」

「はあ? ああ……サラマンドラ家に王権を譲るというか。そんな戯言を信じるはずがないだろう? 馬鹿馬鹿しい……」

 なんとエドワードは王権の譲渡をだと信じ込んでいた。
 宰相を始めとした城の人間が懇切丁寧に説明してもこれである。これにはさすがの元従者も呆気にとられてしまった。

「嘘でしょう……? 信じていないのですか?」

「ふん、当然だ。だいたいどうして私という後継者がいるのにサラマンドラ家の公子が王太子となる? そこからして有り得ないだろう?」

「その後継者貴方がどうしようもないからですよ……。二度に渡る婚約破棄で二公爵家を敵に回すような王太子に忠誠を誓う者がどこにいます? 好き勝手した結果がこれだと何故理解しないのですか? あ、もしかして現実逃避ですか?」

「現実逃避だと!? ふざけたことをぬかすな! お前のように下賤な者はこの私の価値を理解していないようだから特別に教えてやろう。この私は至高の存在であり、私がすることは全て許される! 私の願いは全て叶えられて当然なのだ!」

 ふん、と鼻息荒く演説するエドワードに元従者はポカンと口を開いた。

「……え? それは誰がそう言ったのですか?」

「は? 誰だと? 何を言っている?」

「いや、そんな間違った事を誰が貴方に吹き込んだのかなって……」

「なに? 間違った事だと……?」

「いや、だってそうじゃないですか。間違っていたからこそ、貴方はこうして全部失ったのですよ?」

「は…………なん、だと……?」

 元従者の言葉にエドワードは一瞬固まってしまった。

 間違っていたから全てを失った? そんなはずはない……。

「以前からそういったフシがありましたけど……本気でそう信じていたなんて吃驚ですよ。何を根拠にそんな勘違いをしたのか不思議ですね……」

「なっ……勘違いだと!? 貴様、馬鹿にするのも大概に……」

「私が知る限り、そういう存在はアンゼリカだけです。貴方と違うのはお嬢様はご自分の願いを全て自力で叶えるところですかね。決して貴方のように他力本願で、周囲が勝手に自分の願いを叶えてくれるだろうという勘違いはなさらない」

「貴様……何を言って……」

「分かりませんか? 貴方は他人が自分の意のままに動いてくれると信じこみ、何もしようとしない。対してお嬢様は他人を自分の意のままに。決して他人がこう動いてくれるだろうという不確かな思い込みは持ち合わせておりません。……まあ、要するに貴方とお嬢様では器が違う。至高の存在とは、大きな器を持つ人間のことを指すのだと思います。貴方のような矮小な器の持ち主では成りえません」

「なんだと!? 私があの女に劣るとでも言うのか!」

「だからそう言っているじゃありませんか? 貴方は先ほどから私がアンゼリカ様を『お嬢様』と呼ぶことに違和感を覚えない。その時点でもうその程度だとしか思えません」

 元従者の言っている意味が分からず「は?」と首を傾げた。

「つまり、私はアンゼリカお嬢様の手の者だということですよ。分かり易く言うと“間者”ですね。貴方の行動をお嬢様に逐一報告する為に従者となったわけです」

「な……なんだと!? じゃあ、まさか……ルルナとのことも……」

「ええ、貴方がスミス夫人の手引きであの男爵令嬢と密会していたこともお嬢様に筒抜けでしたよ?」

 まさか元従者がアンゼリカの手の者だったとは……。しかもルルナとの行為まで筒抜けだったなんて、とエドワードは羞恥と混乱で顔を真っ赤に染め、ハクハクと口を開閉させた。

「まあ、そんな勘違いが酷い貴方にもう一度私の方から今後について説明します。貴方は諸々の罪に対する罰として、国境の砦にて滅私奉公が命じられています」

「罪だと……? 私が何をしたって言うんだ……!」

「権限を越えた婚約破棄の罪、王命を無視してあの男爵令嬢と逢瀬を重ねた罪、そして婚約者の家の金で勝手にあの男爵令嬢に貢いだ罪。数え上げただけでもきりがないですねえ……」

「それを罪だと言うのか!? 私達は真実の愛を貫こうとしただけで「あ、いいです、そういうの。興味ないんで」」

 エドワードの主張は途中で妨げられた。この私の発言を途中で遮るなど不敬だ、と叫んでも元従者はどこ吹く風だ。

「本来ならば毒杯ものですのに、こうし生かしてもらえるだけでも有難いことですよ? と言ってもどうせ貴方はそんな殊勝な考えなど持ち合わせていないでしょうけど……」

 元従者の言う通りだった。エドワードの頭にあるのは『どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだ!』という被害者意識だけ。自分がしたことへの反省などない。

「砦での仕事は簡単です。ただ、それだけ。それだけで三食困らないし、部屋だって宛がわれます。詳しい仕事内容はが説明しますので、その人に従ってください」

「断る! どうして私がそんな真似をしなくてはならない? 私は王太子だぞ!」

「だから王太子位は剥奪されたと説明されたでしょうが……。それに、この処遇が嫌ならになる道しか残されていませんよ?」

「は………………?」

 いきなり出てきた聞きなれない単語にエドワードの脳は一瞬停止した。
 男娼? それって……まさか……

「あ、ちなみに王都にいる男娼のように裕福なマダム相手に春をひさぐと思わないでくださいね? 多分、男色の相手をすることになると思います」

 そんなことは聞いていない、と口をハクハクさせるエドワードに何を勘違いしたのか元従者は説明を続けた。

「いや、だってやるとしたら砦に一番近い歓楽街でとなりますし、その近辺には男を買えるような裕福な女性はおりません。娼婦にせよ男娼にせよ、買えるのは男性のみでしょう。そうなると必然的に男相手に春を売ってもらうことになりますね」

 平然と言いきる元従者にエドワードは絶句した。

 男娼? 売春? 男相手に?

「エドワード様は見目はよろしいから、きっと売れっ子になるでしょうね……。あ、なんでしたらこのまま行先を変えて歓楽街に行きます?」

 ナンバーワンを目指しましょう、とキラキラした瞳で語る元従者に得体の知れない恐ろしさを感じた。

(この感じ……前にもどこかで……あっ……!)

 エドワードの脳裏によぎったのは元婚約者のアンゼリカ。
 あの、話の方向性をとんでもない方へと持って行く強引さと、破天荒な思考、有無を言わさぬ態度。あそこまでの強烈さはないとはいえ、この元従者の性格はアンゼリカにそっくりである。

 自分が王太子だった頃にはそんなことは少しも思わなかった。
もしかしてこれが元従者の本性か? それとも主人の性格が似てしまったのか……。いずれにせよここではっきり拒絶しないと、あの恐ろしい女の面影を見せる元従者によって男娼にされかねない。

「こ、断る! 当初の予定通り砦へと向かえ!」

「あ、そうですか……。分かりました」

 若干不服そうな元従者にエドワードは身震いした。

 その後は口数も少なく、静かな馬車の旅であった。
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