王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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王の絶望

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「エドワード……このっ、愚か者が!!」

 王太子がアンゼリカに婚約破棄を突きつけた、との報告を受けた国王は当然ながら激高した。執務室へと王太子を呼びつけ、顔を見るなり怒鳴りつける。

「ち、ちちうえ……これには理由が……」

「理由? どんな理由だ! 婚約者援助先を自らの手で捨てることに何の理由がある! 言ってみろ!」

「ミ、ミラージュと再婚約をするために必要だったのです! アンゼリカと婚約をしている状態ではミラージュを迎え入れることは出来ません!」

「は……? お前は何を言っている……」

 どうしてここで手酷く捨てた婚約者の名が出てくるのか。
 一瞬怒りを忘れて呆気にとられる国王に、何を勘違いしたのか王太子は目を輝かせて訴えた。

「あのような恐ろしくて不敬なグリフォンの小娘なぞ王妃に相応しくありません! やはり淑やかで従順なミラージュこそ相応しい。なので、私はサラマンドラ家に向かい、ミラージュを再び婚約者に迎えると伝えてきました!」

「何だと? サラマンドラ家に行ったのか!? 絶縁されているのを忘れたのか!」

「? そうでしたか? だとしても、もう時効でしょう?」

「時効なぞあるか! 元凶のお前がよくもあちらに顔を出せたものだな? 恥を知れ!」

 絶縁の原因が自分にあることを自覚していないのか、と国王は信じられないものを見るような目を王太子に向けた。他所の女と浮気を繰り返した挙句、意味に分からぬことでミラージュを責め立て廃人同然にしてしまったことへの罪の意識はないのかと。

 自分がもし息子の立場であったなら罪悪感で二度と元婚約者の前に顔を出せない。
 出すとしてもそれは謝罪をする時のみだ。

 それなのに再度婚約を申し込みに行くなど信じられない。
 つまるところ息子はちっとも罪の意識がないのだと、国王は今更ながら気づいた。

「……サラマンドラ公爵は再婚約について何と言っておったか?」

「公爵とは会っておりません。公子と話をつけてきました!」

「そうか…………」

 あれほどまでに怒り狂っていた国王は全てを諦めたようにため息をついた。
 
 いくらその家の者とはいえ、当主以外と話をつけても何の意味もない。
 なぜなら全ての決定権は当主にある。いくら公子と話をつけようとも、当主が承諾しなければそれは反故にされる。

 そんな簡単で当たり前のことすら分かっていない、と国王は自分の息子にひどく失望した。それと同時にこんな愚か者を世継ぎとするため無駄なあがきを繰り返していたのかと後悔する。

「もうよい。好きにしろ……」

 この瞬間、国王は完全にエドワードを見限った。
 
 今までこの愚かな息子を王位につける為どれだけ苦労をしてきたか。
どれだけ頭を下げてきたかも知らず、好き勝手な行動ばかりとる息子に心底うんざりした。

「ミラージュ嬢はいまだ廃人同然と聞く……。そんな状態の令嬢を妃に迎えられると言うのなら好きにしろ」

「あ、それについてご心配には及びません! ルルナを側妃に迎え、ミラージュが出来ない部分を補ってもらうつもりです!」

「ああ、そうか……。お前は……」

 エドワードの考えを知り、国王は落胆のあまり顔を俯かせた。
 どんなに周囲から反対されようとも自分の跡を継いでほしいと願っていた息子が……ここまで愚かだったとは。

 いつの日かきっと立派な為政者としての自覚が芽生えるはず。
 そう信じて無茶を押し通してでも環境を整えてやった結果がこれだ。

『エドワード殿下は為政者に向いていない故、速やかに王太子を替えるべきです』

 いつかの少女の言葉が頭の中をよぎる。
 誰よりも王妃の座に相応しいと言われていた少女。彼女の凛とした揺るぎのない声が頭の中に響いた。

『何故、親としての目線で語るのですか? 国王としての目線で語るべきでは? 国中の民を統べる王として……為政者としての目線で判断してもらわねば国の安寧は守れません』

(ああ、そうだ……全くもってその通りだ……)

 為政者として、国を守る者として、少女のように冷静に判断するべきであったのだ。ずっと父親として“自分の子に跡を継いでもらいたい”という私欲に塗れた判断しかしてこなかった。

『王とは全ての民の父でもあります。国父として陛下はエドワード殿下だけではなく、子である民のことも考えて頂かなくては』

 自分は民の父などではなかった。
 ずっと、エドワードというたった一人の息子の父だった。

 国王はそれを痛いほど自覚し、同時に激しい後悔に押し潰されそうになる。

(エドワードはずっと、あの男爵令嬢と結ばれることしか考えていなかったのだな……。分かっていたのに、見て見ぬふりをしてしまった)

 女のことしか考えていない者が玉座に座る資格はない。
 そして、息子のことしか考えていない自分もそうだ。

 国王は愚かだった自分と息子をひどく恥じ、そして全てを諦めた。

「……もうよい、好きにしろ」

 虚ろな声でそう告げられたエドワードは、父親の気持ちなど知らず“やっとルルナとの関係を認めてもらえた”と勘違いして喜んだ。先を見ることも出来ず、ただ己の欲望しか考えられない息子を国王は残念な目でじっと見つめる。

(あの男爵令嬢をどうにかしておけば、結果は違っていただろうか……)

 国王は後悔した。息子の秘めやかな恋を応援してしまったことに。
 婚約者がいながら別の女に傾倒することは傍から見れば単なる“浮気”だ。
 それをさも“真実の愛”のように美しいものだと崇めた自分の何と滑稽なことか。

(我が王家は、か……。きっと、後世に“愚王”として名を残すことになるだろうな……)

 あのグリフォン公爵家を敵に回したのだ。このままで済むはずがない。
 退位を迫られることは確実。そして王権を渡すことも……と考えて国王は絶望した。
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