84 / 109
王の絶望
しおりを挟む
「エドワード……このっ、愚か者が!!」
王太子がアンゼリカに婚約破棄を突きつけた、との報告を受けた国王は当然ながら激高した。執務室へと王太子を呼びつけ、顔を見るなり怒鳴りつける。
「ち、ちちうえ……これには理由が……」
「理由? どんな理由だ! 婚約者を自らの手で捨てることに何の理由がある! 言ってみろ!」
「ミ、ミラージュと再婚約をするために必要だったのです! アンゼリカと婚約をしている状態ではミラージュを迎え入れることは出来ません!」
「は……? お前は何を言っている……」
どうしてここで手酷く捨てた婚約者の名が出てくるのか。
一瞬怒りを忘れて呆気にとられる国王に、何を勘違いしたのか王太子は目を輝かせて訴えた。
「あのような恐ろしくて不敬なグリフォンの小娘なぞ王妃に相応しくありません! やはり淑やかで従順なミラージュこそ相応しい。なので、私はサラマンドラ家に向かい、ミラージュを再び婚約者に迎えると伝えてきました!」
「何だと? サラマンドラ家に行ったのか!? 絶縁されているのを忘れたのか!」
「? そうでしたか? だとしても、もう時効でしょう?」
「時効なぞあるか! 元凶のお前がよくもあちらに顔を出せたものだな? 恥を知れ!」
絶縁の原因が自分にあることを自覚していないのか、と国王は信じられないものを見るような目を王太子に向けた。他所の女と浮気を繰り返した挙句、意味に分からぬことでミラージュを責め立て廃人同然にしてしまったことへの罪の意識はないのかと。
自分がもし息子の立場であったなら罪悪感で二度と元婚約者の前に顔を出せない。
出すとしてもそれは謝罪をする時のみだ。
それなのに再度婚約を申し込みに行くなど信じられない。
つまるところ息子はちっとも罪の意識がないのだと、国王は今更ながら気づいた。
「……サラマンドラ公爵は再婚約について何と言っておったか?」
「公爵とは会っておりません。公子と話をつけてきました!」
「そうか…………」
あれほどまでに怒り狂っていた国王は全てを諦めたようにため息をついた。
いくらその家の者とはいえ、当主以外と話をつけても何の意味もない。
なぜなら全ての決定権は当主にある。いくら公子と話をつけようとも、当主が承諾しなければそれは反故にされる。
そんな簡単で当たり前のことすら分かっていない、と国王は自分の息子にひどく失望した。それと同時にこんな愚か者を世継ぎとするため無駄なあがきを繰り返していたのかと後悔する。
「もうよい。好きにしろ……」
この瞬間、国王は完全にエドワードを見限った。
今までこの愚かな息子を王位につける為どれだけ苦労をしてきたか。
どれだけ頭を下げてきたかも知らず、好き勝手な行動ばかりとる息子に心底うんざりした。
「ミラージュ嬢はいまだ廃人同然と聞く……。そんな状態の令嬢を妃に迎えられると言うのなら好きにしろ」
「あ、それについてご心配には及びません! ルルナを側妃に迎え、ミラージュが出来ない部分を補ってもらうつもりです!」
「ああ、そうか……。お前はそれしか考えていなかったのだな……」
エドワードの考えを知り、国王は落胆のあまり顔を俯かせた。
どんなに周囲から反対されようとも自分の跡を継いでほしいと願っていた息子が……ここまで愚かだったとは。
いつの日かきっと立派な為政者としての自覚が芽生えるはず。
そう信じて無茶を押し通してでも環境を整えてやった結果がこれだ。
『エドワード殿下は為政者に向いていない故、速やかに王太子を替えるべきです』
いつかの少女の言葉が頭の中をよぎる。
誰よりも王妃の座に相応しいと言われていた少女。彼女の凛とした揺るぎのない声が頭の中に響いた。
『何故、親としての目線で語るのですか? 国王としての目線で語るべきでは? 国中の民を統べる王として……為政者としての目線で判断してもらわねば国の安寧は守れません』
(ああ、そうだ……全くもってその通りだ……)
為政者として、国を守る者として、少女のように冷静に判断するべきであったのだ。ずっと父親として“自分の子に跡を継いでもらいたい”という私欲に塗れた判断しかしてこなかった。
『王とは全ての民の父でもあります。国父として陛下はエドワード殿下だけではなく、子である民のことも考えて頂かなくては』
自分は民の父などではなかった。
ずっと、エドワードというたった一人の息子の父だった。
国王はそれを痛いほど自覚し、同時に激しい後悔に押し潰されそうになる。
(エドワードはずっと、あの男爵令嬢と結ばれることしか考えていなかったのだな……。分かっていたのに、見て見ぬふりをしてしまった)
女のことしか考えていない者が玉座に座る資格はない。
そして、息子のことしか考えていない自分もそうだ。
国王は愚かだった自分と息子をひどく恥じ、そして全てを諦めた。
「……もうよい、好きにしろ」
虚ろな声でそう告げられたエドワードは、父親の気持ちなど知らず“やっとルルナとの関係を認めてもらえた”と勘違いして喜んだ。先を見ることも出来ず、ただ己の欲望しか考えられない息子を国王は残念な目でじっと見つめる。
(あの男爵令嬢をどうにかしておけば、結果は違っていただろうか……)
国王は後悔した。息子の秘めやかな恋を応援してしまったことに。
婚約者がいながら別の女に傾倒することは傍から見れば単なる“浮気”だ。
それをさも“真実の愛”のように美しいものだと崇めた自分の何と滑稽なことか。
(我が王家は、余の代で終わりか……。きっと、後世に“愚王”として名を残すことになるだろうな……)
あのグリフォン公爵家を敵に回したのだ。このままで済むはずがない。
退位を迫られることは確実。そして王権を渡すことも……と考えて国王は絶望した。
王太子がアンゼリカに婚約破棄を突きつけた、との報告を受けた国王は当然ながら激高した。執務室へと王太子を呼びつけ、顔を見るなり怒鳴りつける。
「ち、ちちうえ……これには理由が……」
「理由? どんな理由だ! 婚約者を自らの手で捨てることに何の理由がある! 言ってみろ!」
「ミ、ミラージュと再婚約をするために必要だったのです! アンゼリカと婚約をしている状態ではミラージュを迎え入れることは出来ません!」
「は……? お前は何を言っている……」
どうしてここで手酷く捨てた婚約者の名が出てくるのか。
一瞬怒りを忘れて呆気にとられる国王に、何を勘違いしたのか王太子は目を輝かせて訴えた。
「あのような恐ろしくて不敬なグリフォンの小娘なぞ王妃に相応しくありません! やはり淑やかで従順なミラージュこそ相応しい。なので、私はサラマンドラ家に向かい、ミラージュを再び婚約者に迎えると伝えてきました!」
「何だと? サラマンドラ家に行ったのか!? 絶縁されているのを忘れたのか!」
「? そうでしたか? だとしても、もう時効でしょう?」
「時効なぞあるか! 元凶のお前がよくもあちらに顔を出せたものだな? 恥を知れ!」
絶縁の原因が自分にあることを自覚していないのか、と国王は信じられないものを見るような目を王太子に向けた。他所の女と浮気を繰り返した挙句、意味に分からぬことでミラージュを責め立て廃人同然にしてしまったことへの罪の意識はないのかと。
自分がもし息子の立場であったなら罪悪感で二度と元婚約者の前に顔を出せない。
出すとしてもそれは謝罪をする時のみだ。
それなのに再度婚約を申し込みに行くなど信じられない。
つまるところ息子はちっとも罪の意識がないのだと、国王は今更ながら気づいた。
「……サラマンドラ公爵は再婚約について何と言っておったか?」
「公爵とは会っておりません。公子と話をつけてきました!」
「そうか…………」
あれほどまでに怒り狂っていた国王は全てを諦めたようにため息をついた。
いくらその家の者とはいえ、当主以外と話をつけても何の意味もない。
なぜなら全ての決定権は当主にある。いくら公子と話をつけようとも、当主が承諾しなければそれは反故にされる。
そんな簡単で当たり前のことすら分かっていない、と国王は自分の息子にひどく失望した。それと同時にこんな愚か者を世継ぎとするため無駄なあがきを繰り返していたのかと後悔する。
「もうよい。好きにしろ……」
この瞬間、国王は完全にエドワードを見限った。
今までこの愚かな息子を王位につける為どれだけ苦労をしてきたか。
どれだけ頭を下げてきたかも知らず、好き勝手な行動ばかりとる息子に心底うんざりした。
「ミラージュ嬢はいまだ廃人同然と聞く……。そんな状態の令嬢を妃に迎えられると言うのなら好きにしろ」
「あ、それについてご心配には及びません! ルルナを側妃に迎え、ミラージュが出来ない部分を補ってもらうつもりです!」
「ああ、そうか……。お前はそれしか考えていなかったのだな……」
エドワードの考えを知り、国王は落胆のあまり顔を俯かせた。
どんなに周囲から反対されようとも自分の跡を継いでほしいと願っていた息子が……ここまで愚かだったとは。
いつの日かきっと立派な為政者としての自覚が芽生えるはず。
そう信じて無茶を押し通してでも環境を整えてやった結果がこれだ。
『エドワード殿下は為政者に向いていない故、速やかに王太子を替えるべきです』
いつかの少女の言葉が頭の中をよぎる。
誰よりも王妃の座に相応しいと言われていた少女。彼女の凛とした揺るぎのない声が頭の中に響いた。
『何故、親としての目線で語るのですか? 国王としての目線で語るべきでは? 国中の民を統べる王として……為政者としての目線で判断してもらわねば国の安寧は守れません』
(ああ、そうだ……全くもってその通りだ……)
為政者として、国を守る者として、少女のように冷静に判断するべきであったのだ。ずっと父親として“自分の子に跡を継いでもらいたい”という私欲に塗れた判断しかしてこなかった。
『王とは全ての民の父でもあります。国父として陛下はエドワード殿下だけではなく、子である民のことも考えて頂かなくては』
自分は民の父などではなかった。
ずっと、エドワードというたった一人の息子の父だった。
国王はそれを痛いほど自覚し、同時に激しい後悔に押し潰されそうになる。
(エドワードはずっと、あの男爵令嬢と結ばれることしか考えていなかったのだな……。分かっていたのに、見て見ぬふりをしてしまった)
女のことしか考えていない者が玉座に座る資格はない。
そして、息子のことしか考えていない自分もそうだ。
国王は愚かだった自分と息子をひどく恥じ、そして全てを諦めた。
「……もうよい、好きにしろ」
虚ろな声でそう告げられたエドワードは、父親の気持ちなど知らず“やっとルルナとの関係を認めてもらえた”と勘違いして喜んだ。先を見ることも出来ず、ただ己の欲望しか考えられない息子を国王は残念な目でじっと見つめる。
(あの男爵令嬢をどうにかしておけば、結果は違っていただろうか……)
国王は後悔した。息子の秘めやかな恋を応援してしまったことに。
婚約者がいながら別の女に傾倒することは傍から見れば単なる“浮気”だ。
それをさも“真実の愛”のように美しいものだと崇めた自分の何と滑稽なことか。
(我が王家は、余の代で終わりか……。きっと、後世に“愚王”として名を残すことになるだろうな……)
あのグリフォン公爵家を敵に回したのだ。このままで済むはずがない。
退位を迫られることは確実。そして王権を渡すことも……と考えて国王は絶望した。
5,614
お気に入りに追加
7,588
あなたにおすすめの小説
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

王命って何ですか?
まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる