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婚約破棄の準備

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「アンゼリカに婚約破棄を言い渡す。だからその為の場を用意しろ」

「は…………?」

 また馬鹿な事を言いだしたよコイツ、と従者は王太子に怪訝な顔をして見せた。
 本来は王族相手にこんな表情をしようものなら不敬罪なのだが、知ったことではない。案の定「何だ、その顔は!?」とキイキイ猿のように怒り出すが、ハンッと嘲笑してやった。

「失礼。殿下がまたおかしな事を言いだしたな、と思わず呆れてしまいまして……」

「おかしな事だと!? 不敬だぞ!」

「アンゼリカ様に不敬を働こうとしている殿下に言われたくはありません。それに……とは何です? そんなの聞いたことありませんよ?」

 王侯貴族の婚約破棄の手順は当主同士の話し合い、もしくは書面にて行われるもの。いくら王太子とはいえ、婚約破棄を言い渡す資格も無い者が何の場を用意しろと言うのだ。

「お前はそんなことも知らないのか? まったくしょうがないな」

 やれやれ、といった仕草を見せる王太子に従者は殺意が湧いた。

「いいか、婚約破棄を言い渡す場所といえばだろう?」

「何を当然のように仰っているのですか。何処の蛮族の常識ですか、それは?」

「なんだと!? 夜会という大勢の人間が集まる場所で悪女の罪を知らしめ、婚約破棄を言い渡すのは貴公子としての常識だろう!」

「その奇行を常識とされたくないのですけど。そんなの聞かされて他の参加者に大迷惑じゃないですか……。と言いますか、サラマンドラ公女様にもそれをやりましたよね? で、その結果がサラマンドラ家に絶縁された挙句に公女様を精神的に追い詰めたのですよね。まーた愚行を繰り返すおつもりですか? 一度で懲りた方がよろしいですよ?」

「ぐっ……! だ、だがっ! あの悪女を断罪する為にはそうでもしないと……」

「悪女ってまさかアンゼリカ様のことですか? あんなにも王家に尽くしてくださる方に何の罪があるというのです?」

「あの女は尽くす振りをしながら王家を牛耳ろうとしているのだ! 私は騙せれない! 実際、まつりごとに悪女の父親である公爵が介入しているそうではないか!? 本来それは国王たる父上の領域、それを臣下に過ぎない公爵がしゃしゃり出てくるなど言語道断だ!」

「ああ……ですが、それで国がよくなるのなら、それでいいのではありませんか?」

 実際、グリフォン公爵が介入するようになってから仕事がやりやすい、と文官が喜んでいた。国王はとにかく決断が遅いうえに後回しにする悪癖がある為、決裁書類が戻ってくるのも遅いと文官の愚痴は止まらなかったと聞いている。

「ふざけるな! まつりごとは国王にのみ権限がある神聖な領域! それを侵すなど不敬極まりない行為だ!」

「肝心の陛下がそれを容認なさっているのですから、殿下がどうこう言う権利はないのでは? ちなみに婚約破棄の権利も殿下にはないですからね?」

 今度はこちらがやれやれと呆れた仕草を見せれば王太子は顔を真っ赤に染めて怒る。

「なんと生意気な……! お前には主人を敬う気持ちが無いのか!? この不忠者が!」

 本当の主人はお前じゃないっつーの、と言いたいのを必死で堪えた。

「殿下が鹿をする前にこうしてお止めしているのですから十分忠義があると思いますけど? だいたいそうやって何度も婚約破棄を繰り返そうとするなど、どういうおつもりですか? 婚約破棄が趣味なのですか?」

「そんな趣味などあるか! ただ私はルルナとの真実の愛を成就させたいだけだ!!」

 王太子の頭の悪い言い分に従者は天を仰いだ。
 確か以前は二度目の婚約破棄をすれば後が無いと理解していたはずだ。
 それを理解するだけの頭はあったはずだ。

 なのに、今はそれが頭から完全に抜けているように見える。
 それに何だか以前よりも知能が低下している気もする。

馬鹿ルルナに付き合っているうちに、馬鹿が感染したのかな……」

 従者は王太子に聞こえぬようポソリと呟いた。
 日増しに馬鹿さ加減が加速していく原因が、あの頭お花畑の男爵令嬢しか思いつかない。

「夜会で婚約破棄が駄目だと言うのか? ならば直接あの女に婚約破棄を言い渡す! あの女に登城するよう伝えておけ!」

 何が何でもアンゼリカに婚約破棄を言い渡すつもりの王太子。
 従者はもう呆れ果てて「ああ、はい、分かりました」と頷く。

 王太子が破滅しようが自分が困ることは何もない、と従者は主人アンゼリカに手紙をしたためる準備を始めた。

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