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スミス男爵の覚悟

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「ということで、別邸を燃やすことにした」

「何が『ということで』なんだ!? どうしてそうなる!」

 アンゼリカより策を頂戴したスミス男爵はすぐにそれを父親へと話した。
 朗報だと思い嬉々として説明をしたのだが、それを聞いている父親の顔はどんどんと曇っていった。

「どう考えてもこれが最善の策だろう? 父上は他に思いつくのか?」

「いや、本当にそれが最善の策なのか? もっと穏便に済ませる方法はあるんじゃないのか……?」

「そんな悠長なことを言って事が露見したらどうする? 母上だけでなく父上も俺も、妻も子供も全員が毒杯と煽る羽目になるぞ。悪いがそれは御免だ、証拠を全て消し去ってしまった方がすっきりする」

 既に決意を固めた様子の息子に父親はそれ以上何も言えなかった。
 彼としては、自分が今いる邸を出るということに関しては別に構わないのだ。自分の知らぬ間に他人が乳繰り合っていたと聞いて気分が悪くなり、もうここに住みたくないと思ったから。しかし、先祖代々管理を続けていた趣のある邸を無くしてしまうのを惜しいという気持ちはある。

「父上がどう反対しようとも、今あの邸を管理しているのは俺だ。権利は俺にある。このままあの邸を浮気カップル共の連れ込み宿にしてなどたまるか……」

「連れ込み宿……!? いや、確かにそうだな……」

 先祖代々守り続けてきた趣のある別邸を“連れ込み宿”と指摘され、流石の父親もそれ以上反論することは止めた。いかに王太子といえども他人が乳繰り合っていた汚らわしい邸をこのまま祖先に引き継がせるわけにはいかない。

「そうだな……分かった。アレは儂が責任持って修道院まで送ることにする」

 王太子の一件を聞いてから父親はすっかりと妻に嫌気が差し、名前すら呼ばなくなった。それも当然だと男爵は特にそのことについて触れはしなかった。

「父上、母上と離婚するのか?」

「ああ、そうする形をとるのが一番自然だろう。離婚となればスミス家に置いておく理由はなくなる。普通は生家に戻すものだが……アレは生家と折り合いが悪い。行く宛てがないから修道院へと送る、という形なら周囲には怪しまれないだろうよ」

「そうか……よろしく頼む」

 両親が離婚しようとも特に反対するでもなく、ただ家の存続と妻子の安全を守ろうとする息子に父親は感慨深く思った。立派に当主として守るべきものを守ろうとしている様子は親としてとても嬉しく思う。

「あ、そういえば公女様が別邸に浮気カップルの持ち物が落ちていないか調べておくように言っていたんだが、それらしいものを誰か見つけたとか聞いているか?」

「ん……? もしかして、これがそうか……?」

 父親は懐から派手な懐中時計を取り出し、息子へと手渡した。
 それは男爵の目から見ても趣味が悪く、やたらギラギラとしたデザインだ。

「うわっ……! 何だこの趣味が悪い時計は……」

「使用人が掃除している際に見つけて拾ったものだ。男物だから儂のかと思ったらしいが、覚えがないのでお前のだと思ったのだよ。それで今日渡そうと思って持ってきたのだが……どうやらお前のでもなさそうだな?」

「こんなゴテゴテと宝石のついた派手な時計なんて持つわけないっての……。まさかこれ、王太子殿下の持ち物か? だとしたら趣味悪いな……」

「趣味が悪いかどうかはともかくとして、高価な品であることは間違いないだろう。処分するのも気が引けるし、持っているのも忍びない。公女様にお預けした方がいいんじゃないか?」

「あー……それもそうだな。あの御方ならどうにかしてくださるだろうし……」

「……なあ、息子よ。お前その口ぶりから察するに、大分公女様に心酔しているな?」

「そりゃ、するだろう……。俺が知る中で最も恐ろしくて、最も頼りになる方だ。父上だってあの御方がどうにかしてくれると分かって俺を行かせたんじゃないか? そうじゃなけりゃ、あんな年若い令嬢に助けを求めたりしないだろう、普通?」

「……ああ、そうだ。あの御方は恐ろしく聡明でこちらが考えもしないような決断を簡単になさってしまう。今後、如何なる問題が起きようともあの御方なら対処できるだろう」

「王太子殿下はそんな傑物を蔑ろにして頭が軽そうな女と浮気してんのか……。大丈夫か、この国……」

「公女様が王妃となれば、王太子が国王になってもまず問題はないだろう。足は引っ張るだろうが、公女様なら問題なく対処してくださるはずだ」

「足を引っ張ることが前提の国王を立てなきゃいけないのか……。なんだかなあ……」

 いっそ公女が国王になればいい、と口には出さなかったが男爵は心の底からそう思った。現国王の血を引いているというだけで、あんな馬鹿な男に王冠を授与しようとする王家に不信感しかない。

「それは我々が文句を言っても致し方ないだろう。……それにしても、こうなってみると殿下の婚約者がサラマンドラ公女様からグリフォン公女様に変わったのは、よかったのかもしれんな……。不謹慎ではあるが……」

 サラマンドラ公女、と聞き男爵は別邸で聞いた王太子の会話を思い出す。
 王太子とピンクブロンドの女から見下されていた元婚約者の“ミラージュ”とは、いったいどんな女性だったのだろうかと気になった。

「父上はサラマンドラ公女と面識があるのか?」

「ああ、王妃教育で何度かお会いしたことがある。グリフォン公女様とはまた違った意味で王妃となるに相応しい方だった。お優しく慈悲深く、誰にでも誠実に接しようとなさるお心の綺麗な御方であったよ」

「それは……確かにグリフォン公女様とは違うな」

 聞いている限りだと、まさに理想とされる淑女像そのもの。
 だが、それではあの愚かな王太子相手では相性が悪い気がしてならない。

「誠実で立派な王太子の妃となるなら申し分なかっただろう。だが、あの王太子ではな……。グリフォン公女様のようにお強い方でないと御しきれないと思う」

 父親の話を聞いて男爵は「ああ、そういうことか」と納得した。
 あの王太子とピンクブロンドの女は、グリフォン公女よりもサラマンドラ公女の方がよかったと言っていた。

 それは性格がよかったという意味ではなく、という意味だったのだろう。

(人を利用することを躊躇わない性格は、母上と同じだな……反吐が出る)

 自分の母親が育てたも同然の王太子は平気で他人を搾取する屑に成り果てていた。
 ふと、もし別のまともな女性が王太子の世話係となっていたら、彼はまともに育っていただろうかという疑問が湧き上がった。

 だとすれば、母がしたことはとんでもなく罪深いことだと、事の重大さに背筋が寒くなった。
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