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サラマンドラ公子

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「あら?」

 王妃教育が休みの日はサラマンドラ家を訪れることがアンゼリカの習慣になりつつある。本来であれば王妃教育中にそこまで休暇はないものなのだが、生まれながらの天才であるアンゼリカは常人よりも習得のスピードが格段に違う。それ故に数日に一度はこうして暇な日を設けることが可能であり、その日を全てミラージュとの交流に使用している。

 いつもなら公爵夫人もしくは家令が対応してくれるが、この日は見たことのない貴公子がアンゼリカを出迎えてくれた。ミラージュと同じ漆黒の髪に紫の瞳から、おそらく彼はサラマンドラ家の令息なのだろうと推測する。

「ご機嫌麗しゅうございます。失礼ながら、サラマンドラ公子様でいらっしゃいますか?」

 アンゼリカがそう尋ねると彼は少し驚いた顔を見せた。だが、すぐに顔を引き締め、優美な仕草で礼をとる。

「いかにも。サラマンドラ家が長子、レイモンドだ。貴女はグリフォン公爵令嬢だろうか?」

「左様にございます。グリフォン公爵家が長女、アンゼリカにございます。以後お見知りおきを」

 アンゼリカが優雅さを体現したかのような完璧な淑女の礼を見せると、レイモンドは見惚れたように固まる。そしてアンゼリカが頭を上げ、人形のように整った美しい顔を見せるとレイモンドの頬にわずかに紅が差した。

「あの……? 公子様、如何なさいましたか?」

 急に黙ってしまったレイモンドに訝しむアンゼリカ。
 家人が案内してくれない限りミラージュに会うことは叶わない。
 早く案内してくれないかしら、と声を掛けようとしたその時レイモンドがハッと我に返った。

「すまない、客人を待たせるなどとんだ不作法を。すぐにミラージュの元へと案内しよう」

 自然な動作でレイモンドが手を差し出したのを見て、アンゼリカは一瞬驚いてしまった。しかしすぐにそれがエスコートなのだと理解し、動揺を気取られないよう優雅な仕草で手を重ねた。

(父と兄以外からエスコートを受けたことがないから一瞬驚いてしまったわ。そうよね、男性は必ず女性をエスコートするものよ。そういう常識を忘れていたわ)

 アンゼリカは家族以外からエスコートを受けたことがない。
 これまで興味が無かったからか、男性と接する機会が極端に少なかったからだ。

 婚約を交わせば婚約者にエスコートしてもらうのは当たり前なのだが、あの王太子がするとも思えない。まあアンゼリカの方も接触を避けてはいるからお互いさまではあるが。

 家族以外のエスコートは実に新鮮で、少しだけ浮足立つような気持ちになった。
 基本的に世の中をつまらないものだと感じているアンゼリカにとって、このような気持ちになった相手はミラージュ以外初めてだ。

「ミラージュは今、庭の温室にいる。少し歩くが構わないだろうか?」

「ええ、勿論です。ミラージュ様は花を愛でていらっしゃるのかしら?」

「……いや、気分転換になるだろうと連れ出した。妹が好きだった花でも見れば気分も変わるかと思って……」

 暗い表情で俯くレイモンドにアンゼリカは何も返せなかった。
 表面上の薄っぺらな同意の言葉を吐くことは出来る。だが、身内が不幸な目に遭って辛い想いをしている彼等にそんな言葉をかけたくない。

 そうこうしているうちにガラス張りの温室が見えた。
 その中には車椅子に乗ったミラージュが虚ろな表情で花を眺めていた。

「ごきげんよう、ミラージュ様」

 温室に入り、にこやかに挨拶をするがミラージュからの反応はない。
 それでも全く構わないといった様子でアンゼリカはミラージュの元へ近づき、傍に膝をついて話しかけた。

「見事な温室ですね。ここは以前お聞きしましたミラージュ様専用の温室でしょうか? 珍しい花が沢山咲いていて見事ですこと」

 周囲に咲き乱れる花々にも負けないほどの華やかな笑みを浮かべ、嬉しそうにミラージュへ話しかけるアンゼリカを見てレイモンドは息を飲んだ。彼女の顔があまりにも自然で、そこには“同情”や“憐れみ”の感情が存在しなかったから。

 家族は皆、ミラージュに話しかける際は必ずといっていいほど「可哀想に」「どうしてこんなことに」などの同情の言葉をかける。それは勿論レイモンド自身も。

 だが、とレイモンドはその時初めて気づいた。
 妹は毎回のように同情の言葉をかけられて、どう思うだろうかと。
 反応が無いからといって、こちらの話を聞いていないとも限らない。もし、話せないだけで聞こえてはいたのだとしたら、同情ばかりされては辛く感じるかもしれない。

 レイモンドの知るミラージュは同情されてばかりいて喜ぶような性格ではない。
 むしろ人に心配をかけることを嫌って我慢ばかりするような性格だった。

 そんな妹にとっては、この少女のように自然体で接してもらった方が嬉しいのではないか。レイモンドはそう思ったと同時に自分を恥じた。

 可哀想だと言い続けてしまった考え無しの自分に。
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