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騎士団長の息子と宰相の息子①

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 あれからケビンは幾度もファニイの邸を訪れたが、その度に門前払いされた。
 焦るケビンは無理にファニイの部屋に押し入ろうとして出入り禁止を食らってしまう。
 そうこうしているうちにファニイが修道院に入った、と使用人経由で聞くことになる。
 
 これではもうファニイを妻に出来ない、と絶望するケビンのもとにある人物が訪ねてきた。

「ケビン、久しぶりだな」

「アインス……? どうしてここに?」

 それはケビンと同じく王太子の側近を務めている宰相の息子、アインスだった。
 同じ側近といえども互いの邸を行き来するような仲ではないので、どうしてここに来たのかとケビンは訝しんだ。

「実は、隣国に行くことになってね。もう戻って来ないと思うから、最後に挨拶に来たんだ」

「は? 隣国?」

 どうして王太子の側近が隣国に行くことになるのか。
それにもう戻って来ないとはどういうことだ、と食い気味に尋ねるとアインスは乾いた笑みを浮かべた。

「……僕も君と同様、父親から勘当されたのさ。当然、王太子殿下の側近も辞退させられた。君と違うのは内戦続きの危険地帯ではなく、安全な場所に向かうことかな。父の伝手で隣国の商会で働くこととなった」

「はあ? どうしてそんな話になるんだ? お前まで殿下の側近から外れるというのか? 一体どうしてそんな……」

「分からないのか? 僕達は二人の公爵家を敵に回した。もうこの国で貴族としてやっていくことなんて無理だ。特に、グリフォン公爵家を敵に回したんだからな……」

「グリフォン公爵家? あの悪女か!? あいつがお前や俺をこんな目に……!」

「おい、止めろ! グリフォン公爵令嬢を馬鹿にするような発言は慎め!」

 穏やかなアインスの叱責にケビンは驚いて口を閉ざす。
 よく見ると彼の顔は青白く、何かに脅えているようだった。

「グリフォン公爵令嬢は想像以上に恐ろしい人だ……。王宮は既に彼女によって掌握されている。父上だって彼女の味方……というより最早崇拝している」

「崇拝だって……? あの厳しい宰相が?」

「ああ……あの父上を心酔させるなんてな。まあとにかく、皆が崇拝するグリフォン公爵令嬢に無礼を働いた時点で。これ以上何かすれば家自体の存続も危うくなる。君も親に叱責を受けたんじゃないか?」

 アインスに指摘されケビンは口籠った。
 両親からは確かにこれ以上何もするなと叱責を受けている。
 だが……ケビン自身は納得していない。どうして自分がこんな目に遭わねばならないのかと不満で一杯だ。

「……その顔を見る限り、君はまだ理解していないようだね。グリフォン公爵家をサラマンドラ公爵家のようにと考えては駄目だよ。僕達はサラマンドラ嬢をルルナと殿下の恋路を邪魔する悪女と見做して悪し様に罵っていた。それをしたところで何のお咎めも無かったからね」

「何だ、アインス……何が言いたい……」

「同じことをグリフォン公爵令嬢にすれば、僕等も僕等の家も《《簡単に潰される》ということさ。それが出来るだけの力もある。サラマンドラ家も力はあるのだが……令嬢も当主も甘いからね。だから今までお咎め無しで済んだ」

 そんな馬鹿な、と言いたかったがアインスの真剣な表情にケビンは何も言えなかった。

「王宮で君はグリフォン公爵令嬢に暴行を働こうとした。そして僕はそれを止めずに見ていた。その時点で君も僕も貴族として終わっていたんだ。違うのは君の方が罪が重いということだな。だから君は内戦続きの砦に行かされて、僕は安全な隣国でまあまあ穏やかに過ごせる。貴族ではなくなるけどね」

「お前はそれでいいのか!? 俺達は共にエドワード殿下の治世を支えようと約束したじゃないか! それをそんな簡単に放棄するつもりなのか?」

「……馬鹿だね、君は。放棄も何もこれが最善の方法じゃないか? そんなことも分からないのか」

 蔑むように言われ、ケビンは怒りで顔を真っ赤に染めた。
 その顔を見たアインスは深くため息をつく。

「当主である父親から見放され、。殿下を支えるというけれど、グリフォン公爵家に目を付けられた僕達がどうやって支えるというんだ?」

「婚約者がいなくなった……? お前もか?」

 ケビンはアインスの質問に質問で返した。
 説教なぞ聞きたくもない、それよりも婚約者のことが気になるといった態度にアインスは怪訝な顔をする。

 脳味噌も筋肉で出来ているようなケビンにこれ以上言っても仕方ない、とアインスは諦めて婚約者について話すことにした。

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 ストックがなくなってしまったので、明日からは一日二話更新になります。
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