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アンゼリカの楽しみ
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アンゼリカは幼少の頃より天才だと謳われていた。
それは“優秀”の域を遥かに超えており、彼女は全ての物事を一度やれば完璧に習得出来た。
礼儀作法、ダンス、語学、歴史、果ては馬術や剣技、護身術さえも常人より早く身に着けてしまう。
それだけ優れているのであれば、彼女は自分のことをさぞ誇らしいと思うはずだが、実際は自分のことを物凄くつまらない人間だと感じていた。
────ああ、何をしても楽しくない……。
努力をせずに何でもこなせてしまうということは、達成感も得られないということ。人は苦労や努力を重ねることによりそれを習得出来たという達成感が満ちるものだ。
アンゼリカはそういった経験が一度も無い。
だから何を成し遂げても喜びを感じられないし、満たされることもない。
そんな彼女の毎日は色褪せて退屈なもの。
退屈な日々をただ過ごしているアンゼリカの世界を変えたのは、とある令嬢との出会いだった。
令嬢の名はミラージュ。この日アンゼリカはサラマンドラ公爵家主催の茶会に参加し、淑女の鑑と名高いミラージュと初めて言葉を交わした。
ミラージュはアンゼリカにとって理解できないほど不思議な性根の持ち主だった。
彼女は他人に真心を尽くし、言葉を尽くす。
何事も真摯に打ち込み努力を怠らない。
共感力に優れ、他人の悩みに寄り添い解決に導こうとする。
どれもアンゼリカが持ちえないものだった。
他人の為、そして自分の為に一生懸命になれる彼女がひたすら眩しくて、瞬く間に興味を惹かれた。
────他人に心を惹かれるなど初めてだわ。
初めて他人に対して興味を覚えたアンゼリカは、以降何かにつけてミラージュの元へと足繁く通い続けた。ミラージュも自分を慕うアンゼリカをまるで妹のように可愛がり、日々交流を深めていったのだが、ある日転機が訪れる。
「ミラージュ様が、王太子殿下の婚約者に……?」
茶席で告げられた言葉にアンゼリカは唖然とした。
確かにミラージュは自分から見ても非の打ち所がない令嬢だ。そんな彼女が王太子の婚約者に望まれるのは何もおかしくない。だが、そうなると彼女は未来の王妃として多忙な日々を送ることになり、こうして自分と交流する機会はほぼ無くなってしまう。
ミラージュと話すことを何よりの楽しみにしているアンゼリカにとって、それはひどく辛いことだった。
友として喜ぶべきなのだろうが、自分と交流する時間が失われてしまうのは耐えがたい。
だが、他家の自分がサラマンドラ公爵家と王家の婚約に異議を唱える真似など出来るはずもなく、アンゼリカは心にもない祝福の言葉をミラージュに贈った。
ミラージュとの時間を奪う王家と王太子が憎い。
この時アンゼリカはお門違いと分かっていても、自分から楽しみを奪う王家に憎しみを抱いた。
それでもミラージュが王太子と成婚し、妃となれば茶会などで再び会えるかもしれない。それだけを希望にアンゼリカは再び退屈な日々を過ごしていた。
そうして数年経ったある日のこと、ミラージュが王太子のせいで心を壊したとの情報を耳にする。
慌ててサラマンドラ公爵家へと見舞いに向かったアンゼリカが目にしたのは、初めて心惹かれた相手の変わり果てた姿だった。
活き活きと輝いていた瞳は暗く濁り、表情からは春の日差しのように温かな笑みが消え、声一つ発さない人形のような姿。その姿を見た瞬間、アンゼリカは絶望した。
────嗚呼、これではもう、言葉を交わすことは叶わない……。
ミラージュと話をすることだけがアンゼリカの楽しみ。それを奪われたことへの絶望は大きい。
これが一般的な令嬢であれば友人をこんな目に遭わせたことに激高するだろう。
だが、アンゼリカは違う。ただひたすら自分の楽しみを奪われたことに絶望した。
そして同時にこうも思った。
わたくしの楽しみを奪った奴等からも“楽しみ”を奪ってやらねば、と……。
それは“優秀”の域を遥かに超えており、彼女は全ての物事を一度やれば完璧に習得出来た。
礼儀作法、ダンス、語学、歴史、果ては馬術や剣技、護身術さえも常人より早く身に着けてしまう。
それだけ優れているのであれば、彼女は自分のことをさぞ誇らしいと思うはずだが、実際は自分のことを物凄くつまらない人間だと感じていた。
────ああ、何をしても楽しくない……。
努力をせずに何でもこなせてしまうということは、達成感も得られないということ。人は苦労や努力を重ねることによりそれを習得出来たという達成感が満ちるものだ。
アンゼリカはそういった経験が一度も無い。
だから何を成し遂げても喜びを感じられないし、満たされることもない。
そんな彼女の毎日は色褪せて退屈なもの。
退屈な日々をただ過ごしているアンゼリカの世界を変えたのは、とある令嬢との出会いだった。
令嬢の名はミラージュ。この日アンゼリカはサラマンドラ公爵家主催の茶会に参加し、淑女の鑑と名高いミラージュと初めて言葉を交わした。
ミラージュはアンゼリカにとって理解できないほど不思議な性根の持ち主だった。
彼女は他人に真心を尽くし、言葉を尽くす。
何事も真摯に打ち込み努力を怠らない。
共感力に優れ、他人の悩みに寄り添い解決に導こうとする。
どれもアンゼリカが持ちえないものだった。
他人の為、そして自分の為に一生懸命になれる彼女がひたすら眩しくて、瞬く間に興味を惹かれた。
────他人に心を惹かれるなど初めてだわ。
初めて他人に対して興味を覚えたアンゼリカは、以降何かにつけてミラージュの元へと足繁く通い続けた。ミラージュも自分を慕うアンゼリカをまるで妹のように可愛がり、日々交流を深めていったのだが、ある日転機が訪れる。
「ミラージュ様が、王太子殿下の婚約者に……?」
茶席で告げられた言葉にアンゼリカは唖然とした。
確かにミラージュは自分から見ても非の打ち所がない令嬢だ。そんな彼女が王太子の婚約者に望まれるのは何もおかしくない。だが、そうなると彼女は未来の王妃として多忙な日々を送ることになり、こうして自分と交流する機会はほぼ無くなってしまう。
ミラージュと話すことを何よりの楽しみにしているアンゼリカにとって、それはひどく辛いことだった。
友として喜ぶべきなのだろうが、自分と交流する時間が失われてしまうのは耐えがたい。
だが、他家の自分がサラマンドラ公爵家と王家の婚約に異議を唱える真似など出来るはずもなく、アンゼリカは心にもない祝福の言葉をミラージュに贈った。
ミラージュとの時間を奪う王家と王太子が憎い。
この時アンゼリカはお門違いと分かっていても、自分から楽しみを奪う王家に憎しみを抱いた。
それでもミラージュが王太子と成婚し、妃となれば茶会などで再び会えるかもしれない。それだけを希望にアンゼリカは再び退屈な日々を過ごしていた。
そうして数年経ったある日のこと、ミラージュが王太子のせいで心を壊したとの情報を耳にする。
慌ててサラマンドラ公爵家へと見舞いに向かったアンゼリカが目にしたのは、初めて心惹かれた相手の変わり果てた姿だった。
活き活きと輝いていた瞳は暗く濁り、表情からは春の日差しのように温かな笑みが消え、声一つ発さない人形のような姿。その姿を見た瞬間、アンゼリカは絶望した。
────嗚呼、これではもう、言葉を交わすことは叶わない……。
ミラージュと話をすることだけがアンゼリカの楽しみ。それを奪われたことへの絶望は大きい。
これが一般的な令嬢であれば友人をこんな目に遭わせたことに激高するだろう。
だが、アンゼリカは違う。ただひたすら自分の楽しみを奪われたことに絶望した。
そして同時にこうも思った。
わたくしの楽しみを奪った奴等からも“楽しみ”を奪ってやらねば、と……。
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