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護衛?
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「殿下もそろそろお戻りを。このような下賤な場所にいつまでいるのはよろしくありません」
医師は暗に「出て行け」という意味合いの言葉を丁寧な表現で誤魔化した。
だがあまり誤魔化せてはいないようで、王太子は悔しそうに医師を睨みつける。
「……もういい! 騎士団長が拒もうがケビンは私の大切な友人だ! 彼の傷が治り次第私の側近へと戻す!」
ケビンとは先ほどの騎士団長の息子のことか、と医師はそこで初めて患者の名を思い出した。
「はあ……そうは言いましても、彼の傷が完治するのは半年以上かかるかと思います」
「は? 半年……? そんなにかかるのか!?」
「いや、それはかかるでしょうよ。一か所だけならまだしも全身の骨を折っていますし……」
何当たり前のことを言っているんだ、とばかりの顔で医師は王太子を見た。
「くっ……おのれアンゼリカ! 私の大切な側近をこんな目に遭わせおって……!」
「あの……口を挟むようで申し訳ないのですが、彼の怪我は本当にアンゼリカ様が原因なのですか? 先ほどからアンゼリカ様が悪いように言っておりますけど、そもそも殿下はどうやって彼が害されたのかを目撃していないのですよね?」
一瞬の出来事だったので王太子は側近の身に何が起こったのかを説明できなかった。だが、先ほど騎士団長は“護衛”が側近に危害を加えたと言っていた。アンゼリカの傍に護衛らしき人物は見当たらなかったが、自分が見ていなかっただけで本当はいたのかもしれない。
状況的にはアンゼリカ自身が側近に危害を加えたように見えたのだが、冷静に考えればあんな細腕で大の男を壁際まで吹き飛ばすなんて出来るわけがない。
多分あの場に護衛はいたのだろう、と王太子は結論付けた。
自分が覚えていないだけできっといたはずだと、それ以外説明がつかないと記憶を改竄した。
なので、彼はいたかどうか分からないアンゼリカの護衛へと怒りをぶつけた。
「それはそうだが状況的にはアンゼリカの護衛がやったとしか考えられない! ケビンがアンゼリカの前に立ちふさがった途端に壁際へと飛ばされたんだ! それ以外考えられないだろう!?」
「はい? つまり彼は一瞬で壁際まで吹っ飛ばされたと? それが本当ならばアンゼリカ様の護衛はかなりの手練れですね。だとすれば殿下も彼の二の舞になるかもしれませんので、この件に関してアンゼリカ様を責めるのはお止めになった方がよろしいかと思いますよ?」
「は……? 私がケビンの二の舞にだと……?」
王太子は医師の発言を鼻で笑った。
王族である自分が害されることなど有り得ないと。
「いや、だってアンゼリカ様はどのような行動をとろうが不敬を問われることはないのですよね? だったら殿下に物理的危害を加えることも可能なのでは?」
「え? え……? い、いや、でも私は王太子だぞ?」
「そうは言いましても陛下自らそういった内容の誓約を結ばれたのでしょう? だとしたら……ねえ?」
王太子はケビンが受けた暴力を自分が……とまで想像し顔面蒼白となる。
誰よりも守られるべき存在である彼にとって、暴力とは自分と無関係なものだ。
それが自分の身に降りかかると考えただけで背筋がゾッとする。
「……わ、わかった。今回だけは不問にしてやろう……」
「今回だけでなく、これからもそうした方がよろしいかと思いますよ」
医師がそう釘をさすと王太子は悔しそうに唇を噛みしめ医務室を後にした。
その様子を見た医師はため息をつく。
「殿下さえ大人しくしてくれたなら皆幸福なのにな……。あの方は何故そんなことも分からないのだろうか」
王太子が大人しくアンゼリカを婚約者として丁重に遇するのであれば、国王も臣下も使用人も皆幸せになれる。
婚約者を大切にするという簡単で当たり前のことが何故出来ないのかと医師は再び大きなため息をついた。
医師は暗に「出て行け」という意味合いの言葉を丁寧な表現で誤魔化した。
だがあまり誤魔化せてはいないようで、王太子は悔しそうに医師を睨みつける。
「……もういい! 騎士団長が拒もうがケビンは私の大切な友人だ! 彼の傷が治り次第私の側近へと戻す!」
ケビンとは先ほどの騎士団長の息子のことか、と医師はそこで初めて患者の名を思い出した。
「はあ……そうは言いましても、彼の傷が完治するのは半年以上かかるかと思います」
「は? 半年……? そんなにかかるのか!?」
「いや、それはかかるでしょうよ。一か所だけならまだしも全身の骨を折っていますし……」
何当たり前のことを言っているんだ、とばかりの顔で医師は王太子を見た。
「くっ……おのれアンゼリカ! 私の大切な側近をこんな目に遭わせおって……!」
「あの……口を挟むようで申し訳ないのですが、彼の怪我は本当にアンゼリカ様が原因なのですか? 先ほどからアンゼリカ様が悪いように言っておりますけど、そもそも殿下はどうやって彼が害されたのかを目撃していないのですよね?」
一瞬の出来事だったので王太子は側近の身に何が起こったのかを説明できなかった。だが、先ほど騎士団長は“護衛”が側近に危害を加えたと言っていた。アンゼリカの傍に護衛らしき人物は見当たらなかったが、自分が見ていなかっただけで本当はいたのかもしれない。
状況的にはアンゼリカ自身が側近に危害を加えたように見えたのだが、冷静に考えればあんな細腕で大の男を壁際まで吹き飛ばすなんて出来るわけがない。
多分あの場に護衛はいたのだろう、と王太子は結論付けた。
自分が覚えていないだけできっといたはずだと、それ以外説明がつかないと記憶を改竄した。
なので、彼はいたかどうか分からないアンゼリカの護衛へと怒りをぶつけた。
「それはそうだが状況的にはアンゼリカの護衛がやったとしか考えられない! ケビンがアンゼリカの前に立ちふさがった途端に壁際へと飛ばされたんだ! それ以外考えられないだろう!?」
「はい? つまり彼は一瞬で壁際まで吹っ飛ばされたと? それが本当ならばアンゼリカ様の護衛はかなりの手練れですね。だとすれば殿下も彼の二の舞になるかもしれませんので、この件に関してアンゼリカ様を責めるのはお止めになった方がよろしいかと思いますよ?」
「は……? 私がケビンの二の舞にだと……?」
王太子は医師の発言を鼻で笑った。
王族である自分が害されることなど有り得ないと。
「いや、だってアンゼリカ様はどのような行動をとろうが不敬を問われることはないのですよね? だったら殿下に物理的危害を加えることも可能なのでは?」
「え? え……? い、いや、でも私は王太子だぞ?」
「そうは言いましても陛下自らそういった内容の誓約を結ばれたのでしょう? だとしたら……ねえ?」
王太子はケビンが受けた暴力を自分が……とまで想像し顔面蒼白となる。
誰よりも守られるべき存在である彼にとって、暴力とは自分と無関係なものだ。
それが自分の身に降りかかると考えただけで背筋がゾッとする。
「……わ、わかった。今回だけは不問にしてやろう……」
「今回だけでなく、これからもそうした方がよろしいかと思いますよ」
医師がそう釘をさすと王太子は悔しそうに唇を噛みしめ医務室を後にした。
その様子を見た医師はため息をつく。
「殿下さえ大人しくしてくれたなら皆幸福なのにな……。あの方は何故そんなことも分からないのだろうか」
王太子が大人しくアンゼリカを婚約者として丁重に遇するのであれば、国王も臣下も使用人も皆幸せになれる。
婚約者を大切にするという簡単で当たり前のことが何故出来ないのかと医師は再び大きなため息をついた。
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