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アンゼリカと王妃教育
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婚約した翌日よりアンゼリカは王妃教育の為に王宮へと通うことになった。
王妃教育は語学、礼儀作法、歴史等様々な項目が山のようにある。
前の婚約者ミラージュが幼少の頃より学んできたものをアンゼリカはおよそ数年で修めねばならない。
婚礼までに王妃教育は全て履修し、各教師に及第点を貰う決まりがあるから。
まるで地獄のように勉強漬けの日々を送るのだろうと王妃教育に携わる教師は皆アンゼリカに同情した。
もとはといえば王太子が王妃教育を修める寸前だった元婚約者を精神的に追い詰めたせいで、無関係な少女までもが犠牲になっているのだ。
にもかかわらず元凶である王太子には特にお咎めはなく、ただ婚約者が変わっただけ。
この甘すぎる処置に教師陣は王家への不信感を増した。
国王は教師に向かって一言「新しい婚約者に王妃教育を施せ」と命じるだけ。
簡単に言うがそれがどれだけ大変なのかは全く理解していない。
正直、寝る暇も惜しんで勉強したとしても何年かかるか……。
教師陣はアンゼリカに背負わせるであろう多大な負担を想像し、頭を抱えるしかなかった。
だが……
「え? アンゼリカ様は大陸中の言語を全て習得していらっしゃるのですか?」
「ええ。ですが発音や使い方に問題があるやもしれませんので、一通りそちらを先生の方で確認なさってください」
「は、はい……畏まりました」
初日にアンゼリカと接した語学担当の教師はひどく驚いた。
王妃教育で習得する言語は大陸で主に使用されているという五か国語だが、なんとアンゼリカはそれどころか大陸中で使用されている言語全てを既に習得しているという。
「………………完璧です。もはや私が教えることなど何もないほど……」
一通りアンゼリカと各言語で会話をし、その完璧な発音に教師は呆気に取られてしまった。
もう教えることなどない、と言わしめるほど彼女の言語はどれも完璧だったからだ。
「先生にお褒め頂き光栄ですわ」
アンゼリカはそれに偉ぶることもなく、ただ控えめに微笑んだ。
その謙虚さと類を見ないほどの優秀さに感動した教師は、やや興奮気味に迫る。
「……素晴らしい! 素晴らしいですアンゼリカ様! 何十年と教師を勤めてまいりましたが、貴女様ほど優秀な生徒は存在しません!」
「まあ、そんな……恐縮です」
まさかの初日で王妃教育における言語分野の及第点どころか満点合格を得たアンゼリカ。ここに来るまで不安で胃を痛めていた教師もこれには大喜びだ。
「まさか初日で合格点を出せるとは……。よかったです、本当に……。この量を数年で習得なんてどうすればいいのかと悩んでおりましたから……」
絶対に無理だと言えるものを死ぬ気で覚えさせろと命じられた教師はストレスで軽く血を吐いた。
命じる方は一言そう言っておけば済むだろうが、実際にやるこっちの苦労なんて分かっていない。
出来なければ責められるのは教師とアンゼリカだ。
どれだけ理不尽でも国王の命令とはそういうものだから。
「それにしてもグリフォン公爵家の教育はかなり高位なのですね。ここまでの言語を習得している令嬢は他にいないと思いますよ」
「いえ……これは教育として覚えさせられたのではなく、わたくしの趣味で覚えたものですわ」
「趣味……ですか? 言語の習得が?」
「ええ、まあ……退屈だったもので」
一瞬遠い目をしたアンゼリカに教師は何て声をかけていいのか分からなかった。
儚げなのにどこか仄暗い表情は詮索を拒んでいるようにも見える。
そこには触れてはいけない彼女の心の闇のようなものを感じ、教師はこれ以上踏み込んではいけないと口を噤んだ。
「ま、まあ……何にせよ私の授業はこれで仕舞いです。本当でしたら終日かかる予定でしたが……いかがいたしましょう? 折角来て頂いたのですから別の授業が出来るよう他の教師に掛け合いましょうか?」
開始早々一時間程度で終わってしまった授業。
せっかく身支度を整えて足を運んでもらったのにこれでは申し訳ないと思い、このまま続けて別の授業を進めてみないかと提案する。
「よろしいのですか? 可能であれば是非お願いしたいです」
「畏まりました。それでは他の教師に話をつけて参りますので、しばらくここでお待ちください」
語学の教師はそう言って部屋を後にした。
すると数分もしないうちに廊下から複数の足音が聞こえ、ノックもせずに部屋の扉が開かれる。
王妃教育は語学、礼儀作法、歴史等様々な項目が山のようにある。
前の婚約者ミラージュが幼少の頃より学んできたものをアンゼリカはおよそ数年で修めねばならない。
婚礼までに王妃教育は全て履修し、各教師に及第点を貰う決まりがあるから。
まるで地獄のように勉強漬けの日々を送るのだろうと王妃教育に携わる教師は皆アンゼリカに同情した。
もとはといえば王太子が王妃教育を修める寸前だった元婚約者を精神的に追い詰めたせいで、無関係な少女までもが犠牲になっているのだ。
にもかかわらず元凶である王太子には特にお咎めはなく、ただ婚約者が変わっただけ。
この甘すぎる処置に教師陣は王家への不信感を増した。
国王は教師に向かって一言「新しい婚約者に王妃教育を施せ」と命じるだけ。
簡単に言うがそれがどれだけ大変なのかは全く理解していない。
正直、寝る暇も惜しんで勉強したとしても何年かかるか……。
教師陣はアンゼリカに背負わせるであろう多大な負担を想像し、頭を抱えるしかなかった。
だが……
「え? アンゼリカ様は大陸中の言語を全て習得していらっしゃるのですか?」
「ええ。ですが発音や使い方に問題があるやもしれませんので、一通りそちらを先生の方で確認なさってください」
「は、はい……畏まりました」
初日にアンゼリカと接した語学担当の教師はひどく驚いた。
王妃教育で習得する言語は大陸で主に使用されているという五か国語だが、なんとアンゼリカはそれどころか大陸中で使用されている言語全てを既に習得しているという。
「………………完璧です。もはや私が教えることなど何もないほど……」
一通りアンゼリカと各言語で会話をし、その完璧な発音に教師は呆気に取られてしまった。
もう教えることなどない、と言わしめるほど彼女の言語はどれも完璧だったからだ。
「先生にお褒め頂き光栄ですわ」
アンゼリカはそれに偉ぶることもなく、ただ控えめに微笑んだ。
その謙虚さと類を見ないほどの優秀さに感動した教師は、やや興奮気味に迫る。
「……素晴らしい! 素晴らしいですアンゼリカ様! 何十年と教師を勤めてまいりましたが、貴女様ほど優秀な生徒は存在しません!」
「まあ、そんな……恐縮です」
まさかの初日で王妃教育における言語分野の及第点どころか満点合格を得たアンゼリカ。ここに来るまで不安で胃を痛めていた教師もこれには大喜びだ。
「まさか初日で合格点を出せるとは……。よかったです、本当に……。この量を数年で習得なんてどうすればいいのかと悩んでおりましたから……」
絶対に無理だと言えるものを死ぬ気で覚えさせろと命じられた教師はストレスで軽く血を吐いた。
命じる方は一言そう言っておけば済むだろうが、実際にやるこっちの苦労なんて分かっていない。
出来なければ責められるのは教師とアンゼリカだ。
どれだけ理不尽でも国王の命令とはそういうものだから。
「それにしてもグリフォン公爵家の教育はかなり高位なのですね。ここまでの言語を習得している令嬢は他にいないと思いますよ」
「いえ……これは教育として覚えさせられたのではなく、わたくしの趣味で覚えたものですわ」
「趣味……ですか? 言語の習得が?」
「ええ、まあ……退屈だったもので」
一瞬遠い目をしたアンゼリカに教師は何て声をかけていいのか分からなかった。
儚げなのにどこか仄暗い表情は詮索を拒んでいるようにも見える。
そこには触れてはいけない彼女の心の闇のようなものを感じ、教師はこれ以上踏み込んではいけないと口を噤んだ。
「ま、まあ……何にせよ私の授業はこれで仕舞いです。本当でしたら終日かかる予定でしたが……いかがいたしましょう? 折角来て頂いたのですから別の授業が出来るよう他の教師に掛け合いましょうか?」
開始早々一時間程度で終わってしまった授業。
せっかく身支度を整えて足を運んでもらったのにこれでは申し訳ないと思い、このまま続けて別の授業を進めてみないかと提案する。
「よろしいのですか? 可能であれば是非お願いしたいです」
「畏まりました。それでは他の教師に話をつけて参りますので、しばらくここでお待ちください」
語学の教師はそう言って部屋を後にした。
すると数分もしないうちに廊下から複数の足音が聞こえ、ノックもせずに部屋の扉が開かれる。
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