5 / 84
隠し扉
しおりを挟む
夜になり、侍女も下がらせ、部屋に誰もいないことを確認した私はクローゼットの扉を開ける。
ここは服も小物も入っていない。あるのは古ぼけた鏡だけ。
「さて、映像を確認しましょう」
この鏡は王族のみが所持する“魔法道具”。
鏡面に手を当て、王家の者だけが知る呪文を唱えると、そこに映像が浮かび上がる仕組みとなっている。
「前世で言う所の、モニターみたいなものよね。これがあってよかったわ」
この魔法道具は二対となっており、鏡の他に水晶の置物が存在する。
鏡は『モニター』の役割を、そして水晶の置物が『カメラ』の役割を担い、離れた場所の映像を録画し再生できるようになっているのだ。
私はこの水晶の置物をある部屋に設置しておいた。
そう、婚約者が逢瀬に使用しているあの応接室に。
「うわぁ……服はだけているじゃないの。何しようとしていたのよ……気持ち悪いわね」
鏡には着崩した状態で口付けを交わす二人の姿が映っている。
そして扉をノックする音が響くと慌てて衣服を整えるセレスタンと、本棚の後ろからそそくさと出て行くアンヌマリーの姿が。
「ふーん……いい所を邪魔されたから、あんなに不機嫌だったってわけね。それにしても、隠し扉はあそこだったのね……」
何故この応接室が彼等の逢瀬に使用されているか、それはこの場所に隠し扉があるからだ。
扉の存在自体は知っていたものの、明確な場所までは分からなかったが、この映像でそれが判明した。
王族の私すら知らない隠し扉の存在を、何故彼等が知っているのか。
それは本当に偶然、アンヌマリーがここを掃除している際に知ってしまい、それをセレスタンに告げてここを逢瀬の場所にしようと提案したらしい。
”らしい”というのは、私もそれを小説で知ったからだ。
主人公の特性とも言うべきか、掃除していると偶然本棚の隙間に隠し扉のスイッチを見つけ、興味本位で押してみたら隠し通路と繋がったとか。
小説の中では「これで誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しめますね☆」で済むだろうが、現実では王家の隠し扉の存在を部外者が知った時点で処刑ものだ。
だが多分頭にお花畑が咲いているであろう二人はそのことに全く気付いていない。
別に私がそれを父親に密告すれば二人の首が切られてそれで終わる。
だけど、そんな簡単に死んでもらっては困る。
あんな屑どもの血で王宮を汚したくない。
それにもっと惨めな姿を、どん底に叩き落された姿を見せてもらわねば、気が済まない。
子供をすり替えて家を乗っ取ろうとする屑どもには、それがお似合いの末路なのだから。
「この隠し扉は使えなくしておきましょう」
彼等がこの隠し扉を使用しているところを見られでもしたら、彼等の首が落とされてしまう。
それは困るので、元凶は潰しておかないと。
*
それからしばらくして、また定例茶会の日がやってきた。
色鮮やかな季節の花を愛でながら飲むお茶は格別なはずなのに、目の前に仏頂面の男が座っているだけで全て台無しだ。
「領地の作物が不作のようでして、今年の税は下げるべきかと……」
「ああ、そうなのか……」
「どうやら日照りが原因のようですわね。今年は雨が少なかったから……」
「ふうん、そうか」
話題を振っても上の空でいい加減な相槌を打つ婚約者。
それはいつものことで、そのことについて私が苦言を呈すことはない。
王女である私が許すから、そんな無礼な態度をとっていいと思っているのだろう。
思い違いも甚だしい。
「……セレスタン様、わたくしが今話しているのは、わたくし達が治める予定の領地のことですよ? それなのに、その興味がない態度は何ですの……?」
「えっ…………?」
今まで見たこともない私の態度に彼は相当驚いたようだ。
飲もうと傾けたカップをそのままに、驚愕した表情をこちらに向けた。
「な、なに……? いきなりどうしたんだ?」
動揺が隠せないのか、カップを持つ手が震えている。
そのせいで中身が零れて衣服を濡らした。
「熱っ!?」
「あら、大変。すぐに着替えて治療しませんと。アリス、ローゼ、二人共セレスタン様をお願い」
近くにいた二人を呼び、セレスタンの治療と着替えを命じる。
するとそこにアンヌマリーが割って入った。
「姫様! 治療でしたらわたくしが!」
恋人を他の女に触れさせたくないのか、それとも恋人が火傷したことで動揺しているのか知らないが、この場でしゃしゃり出るのは悪手でしかない。
案の定ローゼとアリスに「控えなさい無礼者! 姫様はわたくし共に命じたのですよ?」と強めに嗜められていた。
彼女達の発言は至極当然なこと。王女から命じられた者がいるのに、それを制して自分がと主張するのは不敬な行為だ。
少し考えれば分かるだろうに、どうやら頭の中をお花畑に浸食されてしまったのか、知能指数が著しく下がっている。それがどのような結果をもたらすか、知能の下がった彼女には分からないのだろう。
ここは服も小物も入っていない。あるのは古ぼけた鏡だけ。
「さて、映像を確認しましょう」
この鏡は王族のみが所持する“魔法道具”。
鏡面に手を当て、王家の者だけが知る呪文を唱えると、そこに映像が浮かび上がる仕組みとなっている。
「前世で言う所の、モニターみたいなものよね。これがあってよかったわ」
この魔法道具は二対となっており、鏡の他に水晶の置物が存在する。
鏡は『モニター』の役割を、そして水晶の置物が『カメラ』の役割を担い、離れた場所の映像を録画し再生できるようになっているのだ。
私はこの水晶の置物をある部屋に設置しておいた。
そう、婚約者が逢瀬に使用しているあの応接室に。
「うわぁ……服はだけているじゃないの。何しようとしていたのよ……気持ち悪いわね」
鏡には着崩した状態で口付けを交わす二人の姿が映っている。
そして扉をノックする音が響くと慌てて衣服を整えるセレスタンと、本棚の後ろからそそくさと出て行くアンヌマリーの姿が。
「ふーん……いい所を邪魔されたから、あんなに不機嫌だったってわけね。それにしても、隠し扉はあそこだったのね……」
何故この応接室が彼等の逢瀬に使用されているか、それはこの場所に隠し扉があるからだ。
扉の存在自体は知っていたものの、明確な場所までは分からなかったが、この映像でそれが判明した。
王族の私すら知らない隠し扉の存在を、何故彼等が知っているのか。
それは本当に偶然、アンヌマリーがここを掃除している際に知ってしまい、それをセレスタンに告げてここを逢瀬の場所にしようと提案したらしい。
”らしい”というのは、私もそれを小説で知ったからだ。
主人公の特性とも言うべきか、掃除していると偶然本棚の隙間に隠し扉のスイッチを見つけ、興味本位で押してみたら隠し通路と繋がったとか。
小説の中では「これで誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しめますね☆」で済むだろうが、現実では王家の隠し扉の存在を部外者が知った時点で処刑ものだ。
だが多分頭にお花畑が咲いているであろう二人はそのことに全く気付いていない。
別に私がそれを父親に密告すれば二人の首が切られてそれで終わる。
だけど、そんな簡単に死んでもらっては困る。
あんな屑どもの血で王宮を汚したくない。
それにもっと惨めな姿を、どん底に叩き落された姿を見せてもらわねば、気が済まない。
子供をすり替えて家を乗っ取ろうとする屑どもには、それがお似合いの末路なのだから。
「この隠し扉は使えなくしておきましょう」
彼等がこの隠し扉を使用しているところを見られでもしたら、彼等の首が落とされてしまう。
それは困るので、元凶は潰しておかないと。
*
それからしばらくして、また定例茶会の日がやってきた。
色鮮やかな季節の花を愛でながら飲むお茶は格別なはずなのに、目の前に仏頂面の男が座っているだけで全て台無しだ。
「領地の作物が不作のようでして、今年の税は下げるべきかと……」
「ああ、そうなのか……」
「どうやら日照りが原因のようですわね。今年は雨が少なかったから……」
「ふうん、そうか」
話題を振っても上の空でいい加減な相槌を打つ婚約者。
それはいつものことで、そのことについて私が苦言を呈すことはない。
王女である私が許すから、そんな無礼な態度をとっていいと思っているのだろう。
思い違いも甚だしい。
「……セレスタン様、わたくしが今話しているのは、わたくし達が治める予定の領地のことですよ? それなのに、その興味がない態度は何ですの……?」
「えっ…………?」
今まで見たこともない私の態度に彼は相当驚いたようだ。
飲もうと傾けたカップをそのままに、驚愕した表情をこちらに向けた。
「な、なに……? いきなりどうしたんだ?」
動揺が隠せないのか、カップを持つ手が震えている。
そのせいで中身が零れて衣服を濡らした。
「熱っ!?」
「あら、大変。すぐに着替えて治療しませんと。アリス、ローゼ、二人共セレスタン様をお願い」
近くにいた二人を呼び、セレスタンの治療と着替えを命じる。
するとそこにアンヌマリーが割って入った。
「姫様! 治療でしたらわたくしが!」
恋人を他の女に触れさせたくないのか、それとも恋人が火傷したことで動揺しているのか知らないが、この場でしゃしゃり出るのは悪手でしかない。
案の定ローゼとアリスに「控えなさい無礼者! 姫様はわたくし共に命じたのですよ?」と強めに嗜められていた。
彼女達の発言は至極当然なこと。王女から命じられた者がいるのに、それを制して自分がと主張するのは不敬な行為だ。
少し考えれば分かるだろうに、どうやら頭の中をお花畑に浸食されてしまったのか、知能指数が著しく下がっている。それがどのような結果をもたらすか、知能の下がった彼女には分からないのだろう。
527
お気に入りに追加
5,563
あなたにおすすめの小説
妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました
日々埋没。
恋愛
「すまないが僕は真実の愛に目覚めたんだ。ああげに愛しきは君の妹ただ一人だけなのさ」
公爵令嬢の主人公とその婚約者であるこの国の第一王子は、なんでも欲しがる妹によって関係を引き裂かれてしまう。
それだけでは飽き足らず、妹は王家主催の晩餐会で婚約破棄された姉を大勢の前で笑いものにさせようと計画するが、彼女は自分がそれまで周囲の人間から甘やかされていた本当の意味を知らなかった。
そして実はそれまで虐げられていた主人公こそがみんなから溺愛されており、晩餐会の現場で真実を知らされて立場が逆転した主人公は性格も見た目も醜い妹に決別を告げる――。
※本作は過去に公開したことのある短編に修正を加えたものです。
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる