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冷たくもなります
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「ベ、ベロニカ……君は、何て口を……」
「うるさいですわよ! 非常識が服を着て歩いているような奴相手に丁寧な言葉なんて使いたくないんです! 何を言われても許す気などありませんし、婚約が継続することもありません!」
「そんな! こんなに謝っているのにか……?」
「いや、どこが? どの辺が謝っているというのですか? 謝るという言葉の定義すら危うくなりますよ! いいからさっさと帰りさない!」
ベロニカの鬼の形相に二人は揃って怯えだす。
それでも帰る素振りすら見せないので、業を煮やしたベロニカは脅すような口調で言い放つ。
「早く帰って対応しないと、ランカ男爵令嬢の未来は碌なものになりませんよ? それでもいいんですか?」
「え?」 「へっ?」
揃って阿呆面をかます馬鹿二人を冷めた目で一瞥し、ため息をついた。
「ランカ男爵令嬢はともかくとして、どうしてエーミール様は分からないのですか? まだ婚約破棄の手続き中にも関わらず、二人で同じ馬車に乗るなんて不貞ととられますよ? わざわざ家まで迎えに行ったのでしょう? ……もしかして、既にそういう関係ですか?」
これに慌てて否定したのはエーミールの方だった。
彼はビビのことを別にそういう目で見ていなかったのか、必死で否定を繰り返している。
「違う! そんな関係じゃない! ただ一緒に馬車に乗っただけで不貞なんてそんな……」
「密室で男女が二人きりになるというのを見られた時点でそう判断されてしまうのですよ。おかげでランカ男爵令嬢は『婚約者がいる男に擦り寄る不埒な女』と社交界で噂になってしまうでしょう。そうなってくると嫁ぎ先にも苦労するでしょうし、それどころかそんな不貞を堂々と働くような娘に育てたランカ家に非難が集中するでしょう。……下手すると、それがきっかけでランカ男爵家が傾くなんてことにもなりかねます」
「はあ!? ただ二人で馬車に乗っただけじゃないか? それだけでそんな理不尽なことになるわけないだろう!」
「甘いですねぇ、社交界とは理不尽で形成されているのですよ。一度噂が回ればあたかもそれが真実であるかのように吹聴されるものです。だから未婚の貴族令嬢は婚約者以外の異性と不用意に二人きりにならぬよう気を付けていますの。不貞を疑われるのは御免ですから」
「そんな……それくらいで……? なら、僕にいつも話しかけてくる令嬢達、あれもそうなのか?」
「ああ、行く先々でエーミール様に群がってくる蟻のような女性達のことですか? 彼女達はね、狡猾なのですよ。いつも徒党を組んで貴方に話しかけるので、決して二人きりにはなっていないはずです。それなら不貞呼ばわりされませんから」
あの令嬢達は単身でエーミールに近づくことはなかった。
いつも必ず数人単位で話しかけるので、エーミールと二人きりになったことはない。
とはいえ、婚約者のいる令息に擦り寄る時点でふしだらだと判断されるので、社交界での彼女達の評判はよくないのだが。
「ですが、ランカ男爵令嬢は単身でエーミール様に近づき、あろうことかダンスに誘いました。それはあの場にいた皆が目撃しております。そして本日、お二人で仲良く一つの馬車に乗った……しかも彼女の家までエーミール様は迎えに行ったと。これはもう……誰が聞いても、お二人はそういう仲だと思いますよ」
「違う! 僕達は決してそんな仲じゃない! 家名に誓って違うと言える!」
「今更誓われても何の意味もございませんよ。そしてエーミール様ではこの件を対処出来るとは思えません。お帰りになってお父君にご相談した方がよろしいかと」
「そんな……そんなことすれば父上に叱られてしまう……」
「それも今更ですよ。こうやってわたくしの元に先触れもなく訪れ、既に破棄の手続きを進めている婚約を継続しようと願い出るなど恥さらしもいいところです」
「恥さらしなんて、そんな酷い言い方を……。君は冷たいんだな」
「冷たくもなりましょう。貴方様はずっとわたくしを蔑ろにしてきたのだから」
「蔑ろになんてしていない! 僕はずっと君のことを愛していた!」
「どこがですか? 外出すれば必ず女性に群がられ、わたくしを放置してその方々とお喋りを楽しみましたよね? そして夜会ではわたくしを放置して、そちらのランカ男爵令嬢とのダンスを優先しましたよね? どこをどう見ても蔑ろに、いえ、見下しているとしか思えませんわ」
今までの鬱憤を晴らすように畳みかけると、エーミールは顔を青褪めさせ「それは……えっと、でも……」と必死に言い訳を探す。
「うるさいですわよ! 非常識が服を着て歩いているような奴相手に丁寧な言葉なんて使いたくないんです! 何を言われても許す気などありませんし、婚約が継続することもありません!」
「そんな! こんなに謝っているのにか……?」
「いや、どこが? どの辺が謝っているというのですか? 謝るという言葉の定義すら危うくなりますよ! いいからさっさと帰りさない!」
ベロニカの鬼の形相に二人は揃って怯えだす。
それでも帰る素振りすら見せないので、業を煮やしたベロニカは脅すような口調で言い放つ。
「早く帰って対応しないと、ランカ男爵令嬢の未来は碌なものになりませんよ? それでもいいんですか?」
「え?」 「へっ?」
揃って阿呆面をかます馬鹿二人を冷めた目で一瞥し、ため息をついた。
「ランカ男爵令嬢はともかくとして、どうしてエーミール様は分からないのですか? まだ婚約破棄の手続き中にも関わらず、二人で同じ馬車に乗るなんて不貞ととられますよ? わざわざ家まで迎えに行ったのでしょう? ……もしかして、既にそういう関係ですか?」
これに慌てて否定したのはエーミールの方だった。
彼はビビのことを別にそういう目で見ていなかったのか、必死で否定を繰り返している。
「違う! そんな関係じゃない! ただ一緒に馬車に乗っただけで不貞なんてそんな……」
「密室で男女が二人きりになるというのを見られた時点でそう判断されてしまうのですよ。おかげでランカ男爵令嬢は『婚約者がいる男に擦り寄る不埒な女』と社交界で噂になってしまうでしょう。そうなってくると嫁ぎ先にも苦労するでしょうし、それどころかそんな不貞を堂々と働くような娘に育てたランカ家に非難が集中するでしょう。……下手すると、それがきっかけでランカ男爵家が傾くなんてことにもなりかねます」
「はあ!? ただ二人で馬車に乗っただけじゃないか? それだけでそんな理不尽なことになるわけないだろう!」
「甘いですねぇ、社交界とは理不尽で形成されているのですよ。一度噂が回ればあたかもそれが真実であるかのように吹聴されるものです。だから未婚の貴族令嬢は婚約者以外の異性と不用意に二人きりにならぬよう気を付けていますの。不貞を疑われるのは御免ですから」
「そんな……それくらいで……? なら、僕にいつも話しかけてくる令嬢達、あれもそうなのか?」
「ああ、行く先々でエーミール様に群がってくる蟻のような女性達のことですか? 彼女達はね、狡猾なのですよ。いつも徒党を組んで貴方に話しかけるので、決して二人きりにはなっていないはずです。それなら不貞呼ばわりされませんから」
あの令嬢達は単身でエーミールに近づくことはなかった。
いつも必ず数人単位で話しかけるので、エーミールと二人きりになったことはない。
とはいえ、婚約者のいる令息に擦り寄る時点でふしだらだと判断されるので、社交界での彼女達の評判はよくないのだが。
「ですが、ランカ男爵令嬢は単身でエーミール様に近づき、あろうことかダンスに誘いました。それはあの場にいた皆が目撃しております。そして本日、お二人で仲良く一つの馬車に乗った……しかも彼女の家までエーミール様は迎えに行ったと。これはもう……誰が聞いても、お二人はそういう仲だと思いますよ」
「違う! 僕達は決してそんな仲じゃない! 家名に誓って違うと言える!」
「今更誓われても何の意味もございませんよ。そしてエーミール様ではこの件を対処出来るとは思えません。お帰りになってお父君にご相談した方がよろしいかと」
「そんな……そんなことすれば父上に叱られてしまう……」
「それも今更ですよ。こうやってわたくしの元に先触れもなく訪れ、既に破棄の手続きを進めている婚約を継続しようと願い出るなど恥さらしもいいところです」
「恥さらしなんて、そんな酷い言い方を……。君は冷たいんだな」
「冷たくもなりましょう。貴方様はずっとわたくしを蔑ろにしてきたのだから」
「蔑ろになんてしていない! 僕はずっと君のことを愛していた!」
「どこがですか? 外出すれば必ず女性に群がられ、わたくしを放置してその方々とお喋りを楽しみましたよね? そして夜会ではわたくしを放置して、そちらのランカ男爵令嬢とのダンスを優先しましたよね? どこをどう見ても蔑ろに、いえ、見下しているとしか思えませんわ」
今までの鬱憤を晴らすように畳みかけると、エーミールは顔を青褪めさせ「それは……えっと、でも……」と必死に言い訳を探す。
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