貴方といると、お茶が不味い

わらびもち

文字の大きさ
上 下
49 / 49

カサンドラの後悔・終

しおりを挟む
「そうか、。なら仕方ない、私はただの部外者だからね。君を断罪する資格もない」

「……だったら、わたくしを名ばかりの妻にするなんて言う資格もないんじゃないの?」

 そうだ、わたくしはこの男には何もしていない。
 だから名ばかりの妻などという辱めを受ける義務もないのだ。

 たとえわたくしが誰かの人生を不幸にしていたとしても、この男には関係ないはず。

「いや? 私が君を名ばかりの妻にするのは断罪目的ではないよ。ただ君なら罪悪感が湧かないから利用するってだけだ。いくら恋人との関係を維持するためといっても、何の罪もない令嬢にこんな非道なことできないからね。だからわざわざ隣国から君を金で買ったんだよ。君のような他人の人生を壊してでも自分の欲を通す人間なら構わないと思ってね」

「なによ……それ……」

「だって、私は君の生家に莫大な金を支払ったんだよ? 諸々の家に支払う慰謝料と、レブンス商会に支払う慰謝料、そして……。総額すると結構な額だよ? 私が肩代わりすることで君の生家は爵位を返上せずに貴族のままでいられるんだ。ちょっとは感謝したらどうだい?」

「え……? ちょ、ちょっと待って……! 慰謝料は分かるんだけど……事業の赤字ってなんなの!?」

 わたくしが始めた事業は前世の知識を活かしたもので、赤字になるはずがない。
 
 悪役令嬢が前世の知識で始めた事業は全部ヒットするって相場が決まっているはずじゃない……!

「どれも到底実現不可能なものばかりで、しかも現場に丸投げ。だからかな、商品化している物なんてほぼないよ。それで赤字になるなっていう方が無理でしょう」

「う……うそ! うそよそんなの!」

 確かにわたくしはアイデアだけ出して後は他の人に任せていた。

 だって、その商品の詳しい仕組みなんて知らない。だからどう作るのかなんて分かるわけない。
 それに経営の仕方だって知らないもの……!

 でも、前世の小説とかではそうする悪役令嬢は多かったはずよ!
 アイデアだけ出せば、後は有能な使用人が何とかしてくれるはずで……

「だって、君が商品化したい物って現実離れが過ぎるよ。『常に中が冷たい状態を保つ箱』とか『火も油も使わないのに部屋が明るくなる装置』とかどうやって実現するのさ? だよ」

「あ………………」

 そうか……

『冷蔵庫』も『蛍光灯』も……電気に変わる物がなければ実現が難しい。

 そういえば前世の小説では魔法がある世界が舞台、という状況で悪役令嬢達は事業を進めていた気がする……。
 魔法がない世界でも彼女達には相応の知識があって、実現可能な物を選んでいたな……。

 わたくしみたいに……知識も魔法もないのに、無茶をする真似なんてしなかった。

 していたとすれば、それは……だ。


 あれ……ちょっと待って、今のわたくしって……悪役令嬢というよりまるでヒロインみたいじゃない?

 複数の男に擦り寄って婚約を壊す。
 醜聞で家を傾けさせる。
 知識もないのに事業に手を出して借金塗れになる。

 うそ……どれもこれも、頭の悪いヒロインのやることじゃない……!?

「おや、顔色が悪いようだね。今頃現実を知って後悔でもし始めたのかな? まあ今更遅いけどね。さてパティ、君に私から一つ贈り物をしよう」

 呆然とするわたくしを無視し、夫がメイドの方に顔を向けた。
 その声音はこちらに向けるものとは違う。驚くほど優しい。

「贈り物ですか……? 私は何もしておりませんのに、そのような物を頂くわけには……」

「いいや、君は私に彼女の存在を教えてくれたじゃないか? 名ばかりの妻にしても心が痛まないような悪女の存在を。流石に何の罪もない令嬢をその座に就けるのは良心が痛むからね」

 本人を目の前にして言うことじゃない。

 そう言いたいけど、もう声を出す気力もなくなってしまった。
 自分の行いの酷さを自覚してしまい、恥ずかしさと後悔でどうにかなってしまいそう……。

「実はね、君の元婚約者の所在が分かったんだ。どうやらある労働所にいるみたいでね。それで君さえよければ私がここへ彼を連れてこようと思う。君の伴侶にするためにね」

「え!? 旦那様……よろしいのですか!?」

「もちろんだ。君は私の大切な従姉弟だし、私の恋人にもよく仕えてくれる。元婚約者のエドワード君には今度こそパティを大切にするように連れてくるよ」

「旦那様……! ありがとうございます……!」

「君には幸せになってほしいからね。あ、報告によるとエドワード君は大分外見がみすぼらしくなったようだけど、大丈夫かい?」

「勿論です! エドならばどんな姿でも……!」

 歓喜で涙するメイドと微笑ましく彼女を見つめる夫をただぼんやりと眺めた。

 夫は妻のわたくしを幸せにする気はないのに、ただの従姉弟を幸せにする気はあるのか……。

 
 
 それからわたくしは別邸へと押し込まれた。

 わたくしに許されたことはただ仕事をこなすことだけ。

 来る日も来る日も書類を捌き、それを使用人に渡す。
 ただそれだけの日常。

 夫は一度もわたくしに会いにこない。
 彼の姿は別邸の窓から偶に見かけるだけ。
 一人の女性と共にいる、幸せそうな姿を……。

 それとあのパティとかいうメイドが薄汚い男を連れて歩く姿も偶に見かける。
 おそらくその男はエドワードなのだろう。草臥れているがなんとなく顔に面影がある。
 一度彼と目が合うと思い切り睨まれてしまった。

 
 ああ……わたくしは彼に恨まれているんだ。

 そう自覚すると恐ろしくて別邸から出ようとも思えなくなった。
 だってきっと彼だけじゃない。色んな人からわたくしは恨まれている。

 わたくしは何処で間違ってしまったんだろう……。

 おそらくきっと最初からだ。
 この世界の常識を身に着けた元のカサンドラさえ消さなければこんなことにはならなかったのかもしれない。

 ああ、邪魔者は彼女元の人格じゃなかったんだ……。
 
 邪魔者は……この世界で唯一の異物である……わたくし転生者の方だった。

 後悔しても……もう遅いけど。

―――――――――――――――――――――――(了)

 これにて完結です。
 
 お読みいただきありがとうございました!
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

処理中です...