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154.Reykur
しおりを挟むそれは、戦闘と呼ぶにはあまりにもお粗末だった。一方的な虐殺、と表現する方がしっくりとくる。両者にはそれくらいの差があった
少なくとも、沙耶の経験から言わせてもらえれば、ここまで圧倒的なものは、見たことがない。
ナイフを構えて怯える吸血鬼の身体をショットガンの散弾がバラバラに引き裂く。両手を挙げて降伏の意思を示す吸血鬼を躊躇いなく撃ち殺す。協力者である人間は拘束し、ほんの少しの抵抗を見せれば足が撃たれる。人と吸血鬼が混ざっていても、彼らには的にしか映らないのだろう。
ある者は笑い、ある者は淡々と、そして、彼らを束ねる蜂谷隊長はこの世の汚物を集めた集合体でも見るような目で自らの武器の引き金を引いた。
ケツを叩かれ、火のついた散弾が、三十体近くいた吸血鬼を灰に変えた。僅か一発、たった一発で、その場所に大量の灰が積もっていた。
蜂谷の持つ極限まで切り詰めた水平二連式のショットガンは悪魔の武器と呼んでも差し支えない。
「鵠、状況は?」
沙耶は外で待機してる美穂に連絡を取る。
『えっと、正直に言っても?』
「かまわないぞ」
『えっと、暇……です。建物から出た吸血鬼はドローンが対処してますので。ていうか、ドローンだらけですよ。とりあえず中でうろつく吸血鬼を六体仕留めました』
一人も逃さないということなのだろう。沙耶は美穂との連絡を終えると、蜂谷の側に立った。
まだ、自らのナイフに赤い潤いは宿してない。
「なんだ? 突っ立ってサボってんのか綾塚。そういうのは、税金泥棒って言うんだが?」
「近付いたらこちらの身も危ないので」
とはいえ、周囲を見渡すとひと段落したようだった。
投降した人間たちが壁の方に集められている。その中に紛れている吸血鬼は、その場で射殺されていた。
まだ遠くから銃声が聞こえるが、ほとんど制圧できているのだろう。あとは、ラザロを確保するだけか。
「ラザロの方は?」
「まだ見つかってない。けどな、繭雲絢香がいるそうだ」
「繭雲……確か、昔から人と交わらない純血の吸血鬼一族の?」
「ああ、捕まえりゃ一気に吸血鬼のコミニュティを一掃できる」
蜂谷が言うと、インカムに声が入った。蜂谷隊の『技術班』の右京恵梨香の声が響く。
『隊長、完了しました』
「了解。出入り口は全部塞いだか? 換気口もだ」
『完璧です。溶接も終わりましたから、虫一匹逃れられません』
蜂谷は交信を終えた。
同じく聞いていた沙耶は眉をひそめる。なにをするにしろ、蜂谷から作戦は聞かされてない。
「どうする気ですか?」
「敵は工場の地下に逃げた。おまえなら、どうやって対処する?」
「突入して狩りますが」
沙耶がそう言うと、蜂谷は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そりゃおまえだからできる話だ。一般的な捜査官の目線で考えてみろ。地下は見通しが悪いし、吸血鬼化の危険が高い。いちいち敵のアジトの奥深くまで潜る必要はねえよ」
蜂谷がそう言うと、火炎放射器を手にした女性隊員がやってきた。名前は育島だったと沙耶は記憶している。
「中にラザロは居ないな?」
「はい、ハッキングしたカメラのログからも確認とれました。ザコばかりです。室内は完全に密閉。人の入れないわずかな隙間は小型のドローンを密集させて塞ぎましたので……」
育島は火炎放射器のトリガーを引く。炎が一瞬だけ飛び出した。これからなにを行うか、沙耶は察しがついた。
「酸欠にする気か?」
「そうですよ。吸血鬼だって、酸素がないと生きれないですからね」
育島はそう言うと、開かれた地下の扉に向けて火炎放射器のトリガーを引いた。オレンジの炎が勢いよく飛び出して、熱波が飛んでくる。
沙耶の後ろに鷲取徹がやってきた。
「うわぉ、お楽しみの時間に間に合った」
徹はニヤニヤと口元を緩める。彼のその歪んだ笑みは、子供を泣かせるのにうってつけだった。
右京飛鳥がパソコンを持ってくる。画面には地下の監視カメラの映像が流れていた。地下の広いスペースには五十人ほどの人影が見える。武器を手にした者やそうでない者、負傷した者、人間らしき人物や、十代くらいの若者の吸血鬼。全員が恐怖に目の色を変えて、敵を迎え討とうとしている。
一人の人物の呼吸が乱れるのが見えた。他の者も空気が薄くなっていることに、気がつき始める。
『酸素濃度、順調に低下中です』
恵梨香の声は、淡々とした機械のように冷たかった。
映像から苦しむ人々が、糸を切った人形のように次々と倒れていく。残るのは灰か死体か、違いはただそれだけだった。
カメラに向かって、手を振る男の吸血鬼の姿が映し出された。何かを喋っているが聞こえてはこない。飛鳥が、音声をオンにする。
『たのむ! やめてくれ! ここには非戦闘員もいるんだ! 我々は危害を加えない、協力する! だか、ら……』
吸血鬼は喉を抑えて苦しそうに倒れこむと、灰と化した。
笑ってる鷲取以外は、誰も表情を変えなかった。ただ、黙ってそれを眺める。沙耶もその一部に同化していた。
「なにが危害を加えないだ、寝言抜かすなよ。化け物になった時点で危害を加えざるを得ないだろうが」
蜂谷がそう言った直後、壁際に集められていたラザロの手下の一人が雄叫びのような声をあげて立ち上がった。その男は目に涙を浮かべながら、憎悪の念を蜂谷に向けていた。
蜂谷の方は鬱陶しそうに男を見つめ返す。
「この……この外道がああっ!!」
男は素手のまま蜂谷の方に向かってきた。蜂谷よりも距離の近かった沙耶は素早く男を組み伏せる。
沙耶は咄嗟にナイフを取り出して男の首にあてがう。
「動くな」
「よくも……よくもこんなことができるな貴様ら! 何が捜査官だ! 正義面した虐殺者どもが!!」
男は、地面に顔をつけたまま涙を流す。無残に殺されていった仲間を偲び、立ち上がった彼を彼を蜂谷の部隊の人間は気にかけない。冷ややかに見つめるか、何事もなかったことを安堵するだけ。
「ああ、そうさ」
蜂谷は、男に近づくと屈み込んだ。男がさらに興奮して暴れ出したので、沙耶は更に体重をかけた。
「俺らが正義の味方だと思ってんのか? 吸血鬼を殺すためならなんだってやる組織だってこと、知りませんでしたわかりませんでしたってか? 人類の存続に関わる化け物に協力してるクズのくせに。よくもまあ己が正論吐いてるかのように俺らを批判できたもんだな」
「この……悪魔めっ……!」
「おう、恨むなら恨めよ。俺にぶつけてみろ、悪魔がどんなもんか人間のおまえにも教えてやるよ」
蜂谷と男はしばらくの間、お互いを睨み続ける。
睨み合ったまま、進展もなく言葉も交わさないので、沙耶は手錠を出そうする。
そのときだった。
轟音とともに建物が揺れた。
○
「……は?」
突然目の前に現れたものに、鵠美穂は目を疑った。工場の壁を突き破ったそれは、バカでかい図体を動かしながら、舗装されてある車道をなぞるように、美穂の目の前から消えていった。
一秒たりとも唖然とする時間など与えられない。美穂はインカムに向かって声を張る。
「さ、里中、上條! 早見さんと副隊長たちに伝えて!」
『もう伝えましたよ鵠先輩! 今はアレの詳細を特定中です!』
「どっちに行ったの!?」
『えと……は、早見さんのいる方……!』真樹夫の高い声が聞こえた。
おそらくアレは五分以内に早見たちの方に到達するだろう。後方で待機同然の早見隊長たちに、アレを止める装備などない。
「イカれてるわ、連中……」
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