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Two of us
142. Two of us
しおりを挟む「うわお……」
現場にたどり着くと、相澤蓮は驚きのあまり声を漏らした。目の前の光景はなかなか見れるもんじゃない。
例えるなら、マラリアに悩まされているどこかの国で、バカでかい蚊取り線香に火をつけてみた──そうしてやられた蚊たちのように、無数のドローンが落ちて死んでいた。
「すげえな、一枚撮っておきたい絵だね」
『自立型の飛行ドローンが全滅……たかが吸血鬼の一人を逃がすためにこんなことするなんて……』
里中葵の声がインカムから耳に届く。心地よい声だな、と思いつつ相澤は周辺を調べる。近くの自動販売機と監視カメラも巻き添えをくらっていた。相澤は自販機を蹴り上げてみる。炭酸飲料がガタン、と音を立てて落ちてきた。
「電磁パルスだね。周辺の機械全部オシャカだよ」
『相澤先輩、窃盗ですよ』
「……なんでバレたの?」
『ドローンを向わせてるので、それで見えました。お金はお釣りのところに入れておいてください。税金で食べていける公務員として最低ですよ』
「あー、わかったわかった」
話が逸れてしかも長くなりそうなので、相澤は遮って大人しく小銭を放りこむ。この件を美堂隊長にチクられたら、たまったもんじゃない。
「それで……吸血鬼たちとあんじゅちゃんたちの方は?」
『わかりません。早見さんや柚村先輩もそちらに向かってます。美濃原先輩の連絡があったのが十五分ほど前ですから……』
二人で吸血鬼を追っていると考えるべきだろうか。カイエからの最後の通信は『現在位置の報告とドローンと捜査官のそれぞれの配置場所の確認』だった。
とりあえず慌てても仕方ないので、プルトップを開けて炭酸を飲み干す。ひと飲みしたところで、京と早見がやってきた。
「二人は?」
息を切らしながら聞く京。相澤は現状のありのままと自分の予想を伝える。
「クソっ……!」
京がドローンを蹴り上げ、苛立ちを露わにした。ちょうどそのタイミングで、葵の操るドローンが到着した。
「落ち着けって、焦っても始まらないぜユズ」
「葵ちゃん、吸血鬼かあんじゅちゃんたちの映ってる映像はある?」
『調べてみますけど、周辺のカメラやドローンはダメそうです。交通局のデータにそれらしきものがないかあたってみます』
ドローンから落ち着き払った葵の声が流れる。
一方で京の方は心中穏やかでない様子だった。
「二人を追う」
「ちょっと京くん、ダメよ。きみは退院しても復帰はしてないでしょ。吸血鬼を見つけたことは大目に見てあげるけど、本格的に参加するなら私が止めるから」
「あの二人だけでどうにかできる相手だっていうんですか? 相手は、爆弾使って壁を吹き飛ばしてドローンをめちゃくちゃにしてまで吸血鬼を逃がそうとする思い切った連中だ。新入り二人だけでどうにかなるわけがない」
「私だって同じ気持ちだし心配よ。でも闇雲に動いてもどうしようもないでしょ。情報が入るのを待ちましょう」
「大丈夫だって。ほんと顔に似合わず心配性だなユズは」
相澤は京の肩を叩く。その手を払った京は髪をかきあげながら、落ち着かない様子で手がかりを探し始めた、心配しているのは早見の方も同じで、自身を落ち着かせようと、深呼吸をしていた。
相澤は二人に比べて落ち着いてはいるものの、やはりあんじゅたちの安否については危惧していた。無茶をする性格ではないことはわかっていたが、その無茶のラインが彼女たちにはわからないのではないか。まだいける、と踏みこんだその一歩が、境界線を超えるものだということはよくある話だ。
「ん?」
相澤は足元に落ちている物を拾いあげた。少し前に出たばかりの最新機のスマートフォン端末で、それは霧峰あんじゅが持っていたものだった。電源が入らず、完全に死んでいる。
「もったいねえなあ」
○
「悪いが電話越しからの声を聞いたとか、そんなこと期待しても無駄だぞ。助けはこねえ」
ほたる、とカイエに呼ばれた女性は、助手席から大きく振り返ってあんじゅに小さな機械を見せつけた。
「通話中に外部のノイズをキャンセルさせる装置だ。銃撃戦の中でも声だけならよく聞こえるぜ」
自らが開発したかのように勝ち誇っていて、どこか幼い感じでほたるは話す。
後ろから「もう大丈夫だ」と声がした。男の方が、吸血鬼の彼女を落ち着かせているのだろう。二人は危機を脱し、そして逆に自分は手錠をかけられ、拘束されている。
「なら、助けは来そうにないですね」
「……ずいぶんと余裕こいてるな。別に泣いてもいいんだぜ?」
落ち着き払った返答が気に障ったのか、ほたるはあんじゅを睨みつけた。運転席側のカイエは、ときどき心配そうにほたるの様子をうかがっている。
「泣きはしませんよ。このくらいじゃ」
「強がるなよ、霧峰あんじゅ。てめえがどんだけ地獄見てようが、それ以上のもの見せてやることできんだぜ」
「ほたる、やめろ」
後部座席に乗り込もうとするほたるをカイエが嗜める。ちょうど対向車線で警察車輌が通過していった。
「カイエくんとはどんな関係なの?」
「なんでてめえにそれを言わなきゃいけないんだよ?」
前を向きながら、ほたるはバックミラーであんじゅを睨みつけた。
「ごめん……」
なにを訊いても悪い刺激にしかならないと察して、あんじゅは口を紡いだ。
しばらくの間、車内には沈黙が流れる。穏やかでないのは予想外の人物を車に押し込めなければならなかったことだろう。ピリついた空気の中で、あんじゅは運転席に座るカイエの後ろ姿を見る。
最初からだったのだろうか。そんなふうに考えてしまう。カイエは最初から吸血鬼の肩を持っていて、助けるためなら過激な行動も厭わない。その顔を隠したまま自分たちに接していたのだろうか。でもなんのために? 吸血鬼の味方をするなら【彼岸花】には入らないだろうし、世の中の安寧を維持するのであれば、先ほどみたいな過激な行動には出ないのではないか。人間と吸血鬼の二択しかなければ、カイエは果たしてどちらにつくというのだろう。
「あの、一ついいかしら……?」
あんじゅの後ろから吸血鬼の声がした。
「なんだよ?」
「その……不妊治療ができるって……」
「不妊……?」
「吸血鬼と人間とじゃ、子どもは作れないでしょ。だから……」
女性は消えるような声で呟く。人間と吸血鬼ではハーフの子どもは産まれない。妊娠中の母体が吸血鬼化した場合でも、赤ん坊は体内で死んでしまう。
「そのことかよ……」ほたるが呆れつつ、やや苛立ちを見せた。
「そういうこともできるって噂を聞いたんだ、どうなんだ?」
男がすがるような目をカイエたちに向ける。
「そんなものはない。俺たちは吸血鬼と人間のペアを安全なところに運ぶだけだ。怯える心配のない場所で二人で新しい生活を始めてくれ」
カイエの言葉に二人は落胆した様子で黙りこんだ。
「暗い顔すんなよ。普通に生きるよりははるかに楽だし、ストレスは感じねえよ。精神的に不安定なままだと、吸血鬼は血を飲む回数が増えんだから」
励ましともわからぬほたるの言葉。吸血鬼と人間のペアはお互いに手を握りしめる。
希望を抱く二人に対して、あんじゅは複雑な表情を浮かべる。世界を敵にまわすことになった二人に訪れた光。それは、あんじゅ自らの立ち位置と吸血鬼という病を抱えた社会のことを考えれば、決して喜ばしいことではないのだろう。
「あと少しだ」
カイエの声がした。
車はいつのまにか人通りの少ない荒廃したエリアへと向かっていた。
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