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世紀末のジャーナリスト

28.帰還

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「はぁ……クソ……」

 久しぶりの熱いシャワーを浴びれて嬉しいはずなのに、透はどこか憂鬱だった。思えば、最近はを浴び過ぎてる。まるで呪われてるみたいだ。

「どうですか?」

 仕切りの向こうから真穂が訊いてくる。

「まあまあだな……」

 簡易シャワーの温度は少しばかり熱い。ドラム缶に入れた水を直火で温めているため、調整ができないことは仕方ない。
 今までは雨や川の水で汚れを落としていたが、冷たさを我慢しなければならないのが難点だった。雨は天気次第だし、川で死臭を落としても別の臭さに悩まされる。それに冬は地獄だ。

「ちゃーんとお礼言っとかないとダメですよ。学校の皆さんが橘くんの惨めで哀れな汚れ姿を見たからこうしてシャワーを貸してくださったんですから」
「惨めで哀れな姿にしたのおまえだけどな」
「……助けたこと忘れてませんか?」

 死者を生贄に汚い雨を降らせることに定評のある少女のお陰でなんとか生き延びてる透だが、腑に落ちない点もある。

「おまえ……他の攻撃魔法使えないのか?」
「んー……吹き飛ばすことくらいしかできませんね。すぐに起き上がるので……もういっそグチャグチャにしてしまえばと」

 真穂がどういう経緯であんなヤバい魔法を習得したのか気になったが、胸に留めておく。

「それより橘くん。本当にいいんですか? 見つけた缶詰とかあげちゃっても」
「ああ、そんなにたくさん持っていけねえし、シャワーのお礼と一緒におまえが渡しといてくれ」
「自分で言わないとダメですよ。ほらほら、スッキリしたら着替えて、一緒に手渡ししに行きましょうよ!」
「関わりたくない」

 真穂の提案を両断するように行った透は栓をひねり、お湯を止めた。

「橘くんは、もはやコミュ障通り越してスキゾイドですね」
「なんだそれ」
「あとで検索してみてください」
「インターネット使えねえだろ」

 透は掛けてあったバスタオルで体を拭くと、着替えるために真穂を外に出させた。
 置かれていた着替えは瑠衣が選んでくれたが、センスはゼロだった。英語でびっしりと文字が書かれてある、中学生が好むような長袖を選んだのは、わざとなのだろう。

 着替えてシャワー室から出た透を、真穂が出迎えた。
 透の全身を見て、真穂が一言呟く。

「ダッサ……」
「うるせえ」
「ファッションセンス最悪ですね」
「悪かったな」瑠衣が選んだとは言わなかった。
「原宿まで飛んでみますか? オシャレなゾンビでも参考にした方がいいですよ」

 透は真穂を無視して、スポーツ飲料を手に取る。
 一口飲み終わったところで、瑠衣と校長が現れた。

「お疲れ様、久しぶりのシャワーはどうよ、少年」
「さっぱりしました」
「それはよかった」

 校長はにこやかに笑う。当然ながら、シャワーは真穂と瑠衣も利用した。その対価として見つけた物資を提供することになったのだが、校長はカゴに入れてあげた物資の一部を持ってきていた。

「なんか不具合でもあったんですか?」
「その……いいんですか? これはお二人にも必要でしょう?」

 校長は、心配そうに言う。自分たちの生徒と変わらない年代の少年少女が、死者の溢れる外の世界を旅するのだ。気にかけるのも無理はない。

「別に、食いきれねえし、もったいからあげますよ」

 校長は複雑そうな表情をしつつも、透の意思を尊重してか、頷いた。

「二人とも、それにカメラマンのあなたも、もう少しだけでも滞在してもいいんですよ?」
「わたしはまだまだ外の世界を見てまわりたいかな」
「……すみません。人の多いところは苦手なんで」
「協調性がなくて根っからの陰キャなんですよ、ごめんなさい」

 親のように謝る真穂を透は軽く睨んだ。

「しかし危険ですよ。あの歩く死体以外にも、脅威はあります。少し離れた場所には、ギャングのような奴らも居ますし」
「ギャング……?」
「ええ。パチンコ店を根城にしていて……このコミュニティの何人かが、物資の調達中にその連中に襲われて怪我をしたんです」

 透と真穂は顔を見合わせた。

「そいつらのリーダーって、肥えてました?」
「わたしは見たことないんですがね。たしかそう聞いたような……」
「そいつらなら、もう心配ないですよ」
「え? それはどういう……?」

 校長は怪訝そうに問う。
 透は真穂の方を見た。真穂は少しだけ足元を見つめると、顔を上げた。

「橘くんの言う通り、大丈夫ですよ」
「そうですか……わかりました」

 校長は頷く。だが、防災グッズの詰まったカゴを透たちに勧めてきた。

「しかしやはりなにか持って行っては? 重曹じゅうそうなどはけっこう便利ですし」

 さっきの納得顔や頷きどこにいったのか、と透はため息をつく。心配がお節介に変わる瞬間は、こういうときなのだろう。

「あの、そんなに嫌なら返してもらうけど」

 透が手を伸ばそうとすると、真穂が叩いてそれを止めた。

「橘くん、ダメですよ。わたしたちは、たくさん持ってます。助け合いが大事なんですから、欲張りは禁止!」
「じゃあ、見知らぬ誰かにアホみたいに渡すのも禁止な」
「無理です」

 潔い即答に瑠衣が笑う。透は怒る気にもなれなかった。

「そうだ、二人ともクレープ食べるでしょ? 家庭科室で作るから、よかったら来なよ。他の人たちも来るから」
「はい、クレープ楽しみです! スイーツなんてもう一生食べれないと思いますから!」

 真穂は嬉しそうに言った。
 瑠衣が作るクレープが野菜やツナ缶を使ったサラダクレープ──つまりスイーツよりはおかずのようなものだと、透は言わなかった。
 きっと残念がるだろう。真穂のその顔を見ることが透は少しだけ楽しみだった。
 
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