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世紀末のジャーナリスト

19.呼び名の理由

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「おかえりー、橘くん……え? 誰ですかその人!?」

 透が拠点に帰ると、連れ帰った(というよりは付いてきた)瑠衣を見て、真穂は声をあげた。透が自分たちと同じ、この世界でさまよう人間を拠点に連れてきたのは、今回が初だった。
 床には杖と箒が並べられ、魔法陣が光っている。まだの途中なのだろう。淡く弱い光はすぐにでも消えるであろう焚き火を思わせた。

「おおっ! なにこれ!? 光ってるのなに!?」
「た、橘くん! 誰ですかこの方は?」

 透は慌てふためく真穂を無視して、帰り道のスーパーで拾ったガスボンベをコンロにセットする。ミネラルウォーターを鍋に移すと火をつけた。

「聞いてますか? いや、聞いてないですねこれ!」
「へえ~、これが魔法ってやつ?」
「そうっすよ」
「おおっ……なんかアニメや映画とイメージ一緒ですねえ」
「橘くん! もしもし!? 魔法のこと話したの!?」
「しょっちゅう使ってるし、こんな世界になってから、誰かさんは人前でも箒で空飛んでんだろ。今さらなに焦ってんだよ」
「わたしの口から話したり自分から見せるのはいいですけど、人づてはなんかモヤモヤするんです! わかりますか? わかりますか、この気持ち!」
「知るか。あんまりうるさいとイナゴ食わすぞ」

 例の缶詰を透は見せる。あの日以降の食料危機でも、真穂は頑なに食さなかった。あの後で運良く保存食が少しだけ見つかったので、飢えはしのげたが。

 不服そうな面持ちの真穂に、瑠衣が話しかけてきた。

「どうも、こんにちは、姫川瑠衣です。彼氏さんに助けられました」
「違います友だちです」

 真穂は即答すると、自己紹介をした。お決まりの言葉、魔女の東雲真穂です、と。

「よろしく真穂ちゃん。まあ、自分で言うのも変だけど害はないから安心して」
「警戒心と人間不信の塊の橘くんの面接をクリアしたみたいなので、大丈夫ですよ瑠衣さん」
「よくわかってんな、使

 真穂が睨んできたが、透は無視した。

 その気はなかったが、透は助けた瑠衣を拠点へと案内することにした。彼女はクセが強すぎるが、悪人ではないことはわかった。
 道中で瑠衣は根掘り葉掘り、透のことを訊いてきた。生前の生活、どんなふうに生き延びたか、他に生存者と出会ったか、パンデミックの原因はなんだと思うとか、好きなゾンビ映画とか。
 とにかく質問しかせず、透がうっかり同級生の女の子と旅をしてると口を滑らせると、瑠衣が食いついた。めんどくさくなったので、ついでに魔法のこともバラしたが、これは真穂が生存者に会うたびにのコンプライアンスをガン無視していたため、話してもいいと透が独断した。

「いやあ、善きサマリアびとに出会えてよかったよかった」
「え? 橘くん日本人じゃなかったんですか? びっくりなんですけど」
「お前と同じジャパニーズだよ」
「あはは、サマリアびとって言うのは、リスクを恐れず助けてくれた人って意味よ。お友達の透くんのおかげで、今のわたしは生きてるの」

 瑠衣がそう言うと、真穂は透の顔を見た。目を見開いた真穂の顔には、信じられない、とデカデカと書かれてあった。

「橘くんが……?」
「なんだよ」
「見返りを求めずに人助けしたんですか? え? もしかして、どこか噛まれたんですか? だから最期に善行を……?」
「おまえが俺をどう思ってるか、よくわかった」

 透は鍋から目を離さずに言った。ミルクの粉末を用意すると沸騰した水に適当に移す。

「あら、粉ミルク。やっぱこの辺はもう物資ないのかしら」
「とりあえず近所はあらかたひっくり返したけど、ロクなものなかったですよ」
「橘くん、なんだか悪人みたいなセリフですね」
「俺がゾンビと戦ってる間に、タンスや冷蔵庫浮かせてひっくり返したのは誰だよ?」

 お目当ての物資が見つかるたびに、くじ引きで大吉を引き当てたかのごとく喜んでいた真穂の姿は忘れられない。
 そのときは視認拒否魔法が切れていて、久しぶりに危ない戦闘だったというのに。

「ところでさあ、透くーん。真穂ちゃんのこと下の名前呼びなのは何故?」
「何故って……」
「あはは……その理由お姉さんに言ってみ? 世界が終わってんだから、

 瑠衣の顔は透がこの世で一番見たくない顔をしていた。好奇心剥き出しの、たのしむようなニヤニヤ笑顔。

「そういえば、わたしいつの間にか下の名前で呼ばれてました! 気にしませんでしたけど」

 真穂も瑠衣の意図を読み取り、透の方を見る。次第に、バカの一人芝居のように困惑し始めた。

「ま、まさか……橘くんはわたしのことを……? えっ、うそ……マジですか?」
「ほれほれ! 言ってみ! 噛まれた後に未練タラタラに愚痴るのは見てられないし!」
東雲しののめが言いにくいからですよ。真穂の方が二文字少ないし、使……関連あってなんか呼びやすいし、それだけ」

 言い終えて、引くように白けた顔になる瑠衣と、その事実を知って衝撃を受けた真穂の両方が透を見た。

「ええ……荒廃した世界を年頃の男女が旅をする……エモいシチュエーションなのに、なんて夢のない理由」
「……橘くん、合理的すぎて人間性がクソですね。もう食料見つけても半分しかあげませんから」
「今までと変わらねえだろ」
「ぐっ……四割しかあげません! 絶っ対に四割しかあげませんから! お腹空いたらゾンビでも食べて生き延びてくださいね!」

 やっぱり面倒な人間を助けたな、と透は胸の内で思った。

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