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腐り果てた新世界

8. Fly away

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「終わったぞ」
「わたしもです……」

 歩く死者たちを完全に殺した透は、部屋の外に遺体を放り捨てた。腐ったりかじられたりして体重は多少減っているはずだが、それでも重たいのは変わらない。

「しんど……」
「わたしもです……」
「呪文唱えてただけだろ」
「なっ……失礼な!」

 部屋の扉は開いているが、結界のおかげで死者たちが入ってくる気配はない。あいつらは、音だけではなく目も見えている。足は遅いが、それでも群れでこられたら逃げ切るのは一苦労だ。

 透は血まみれの金属バットを壁に立てかけると、タオルで顔の返り血を拭う。真穂の方は結界を作って反動からか、部屋のソファに寝転んでダウンしていた。結界を作ると疲労感が半端ない、と過去に口にしていたのを透は思い出す。

「真穂」
「うー?」
「まだ魔力残ってるか?」
「はい、一応ありますよ」
「バット……強化バフしといてくれ」

 透は今さっきまで死人どもを眠らせるのに使ったバットを指差す。
 真穂は寝た状態で気だるそうに、バットの方に向けて杖を一振りした。オーロラのような光が一瞬だけ炸裂して、バットに当たった。

「終わりました。足音消去と視認拒否の魔法はまだ有効ですよね?」
「ああ、とりあえずやつらに俺は見えてない」
視認しにんできない死人しにん……あはははっ」

 つまらないギャグを一人で言って一人で笑う真穂。
 透は愛想笑いすらしない。

「外出てテストしますか?」
「ああ、チョコ貰ってくぞ」
「ええっ!? ちょ……!」
「クッキーは取らねえよ」
「くっ……カップ麺のシーフードはわたしのですからねー! 食べたら橘くんをゾンビたちのエサにしますよ!」
「留守番頼んだ」
「あとDVDお願いします」
 
 透はそれに返事を返さず出て行った。

「お願いしますよー!」


 ○


 透は真穂がくつろいでいる事務所を後にして、建物の外へと向かう。途中で会った死者たちは、透の肩がぶつかろうと、酔っ払いのようにフラフラしてるだけだった。

「ほんと便利だな、魔法って」

 透は食べ終わったチョコの包み紙を、すれ違った死者の上着のポケットにすりこませる。
 もし透一人だったらこの移動だけで十体以上を相手にしなければならないところだった。戦ってる間に、群れに囲まれてるだろう。持って三分、それから死者に仲間入り。
 何台もの車が乗り捨てられた大通りに出ると、透は手頃な死者を探す。スーツを着たサラリーマンゾンビを見つけた。

「そんじゃ失礼」

 フラフラと歩いてくる死者。透はメジャーリーガーになった気分でバットを構えた。

 そして、思いっきりフルスイングをかます。

 透から金属バットの一撃を食らったサラリーマンゾンビは、ロケットのようにド派手に空に吹き飛び、信号機や看板を破壊してマンションの壁に突き刺さった。あと少しズレていたら、五階の部屋に していたのだが。

「いつも通りだな」

 反動でマンションのエアコンの室外機が落下して、歩いていた死者を押しつぶした。

「大当たり」

 透はそう言うと、次の死者に狙いを定める。
 飛距離は伸びるだろうか。

「そんじゃ、もう一発」

 透の金属バットを胸に受けた死者は、飛ばされて、二十メートル先の廃車に叩きつけられてから停止した。頭は透が殴った衝撃で取れていた。

「……まあ、こんなもんか」

 音を聞きつけた死者たちが透の方へとやってくる。だが、なにもないとわかると、散り散りになったり、立ったまま動かなくなった。

 連中からしたら、大きな音が鳴っただけ、としか認識しないのだろう。

 そのうちの一体を、先程の二体とは違って軽く殴る。だいぶ力を弱めたものの、死者は五メートルほど飛ばされていった。相変わらずこの威力はゲームのバグみたいだな、と透は思った。

「さてと……あ、DVDか」

 透は優先順位最下位のことを思い出す。
 いっそ無かったと嘘をつこうと思ったが、真穂の抗議の方が煩わしいので、透は建物の中に戻った。

 

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