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第84話「後ろはもういい」
しおりを挟む「はッ!?」
泰清はそう言うなり両手で芽依の肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。
「何言っちゃってんの!?俺がせっかくお膳立てして知り合わせたお前好みで性格問題なし汚い過去もない真の淑女を!!美少女を!!」
「ごめんごめんごめん、ごめんなさい。いや待って揺らすのやめて!」
ぐわんぐわんとひっきりなしに揺れる頭に酔ってきた芽依は何とか泰清の腕を自分から引き剥がす。
ふは、と大きく息を吐いてから、肺いっぱいに深呼吸を繰り返した。
冴と別れたのは昨日だ。
芽依と泰清は酒処・霧谷に集まり、いつも通り座敷席を貸して貰って飲んでいた。
荘次郎はこれで何度目かと言う送ったメッセージに対しての無視を決め込んでおり、何かあるんだろうと2人は黙って彼は置いておき、2人だけで集まった。
「別れてどうしたいんだよ」
「冴と別れてきた」とだけ伝えた芽依は串に刺さったハツに噛み付いて引き抜くと、パクン、と口に入れて歯応えのある食感を楽しむ。
「、、、」
「あ、飲み込んでから喋るのね。そう言うところは行儀いいよなあ」
呆れた泰清は例の如く、ビール、ハイボール、緑茶と3つのジョッキを右手元にまとめて置いてチャンポンしながら飲んでいる。
「ん」
「どうすんだよ。そんなんじゃ、また鷹夜くんにちゅーしちゃうんじゃないの、お前」
「してしまった」
「、、、ん、え?」
どぽ、と飲み込まなかったハイボールが泰清の口角から溢れて顎をつたい、首をたらたらと落ちて行った。
「何て?」
ゴトン。
流石に表情を険しくした泰清はジョッキをテーブルに戻す。
「キスを、してしまった」
芽依は正座をして拳を太ももの上に置いている。
そのまま真っ直ぐに泰清を見つめていた。
「何してんの!?」
「それもあって冴と別れた」
「どした!?え、なに、誘われたん?鷹夜くんてそっちの方?自分から?っていうかお前、それ、どういう意味でしちゃったの!?」
泰清はテーブルに手をついて身を乗り出し、芽依の顔を覗き込んでいる。
「ちが、あの、俺から」
「ええッ!?」
「泰清、ごめん。ちょっと落ち着いて聞いて。俺もまだすぐ分かんなくなるから、頭の中整理しながら話すから、ちょい付き合って」
「わ、わかった。任せろ大丈夫だ。そばにいる」
ストン、と座布団に座り直し、泰清はふうー、と息を吐いて落ち着いた。
彼のその必死な寄り添い方に、芽依は何だかほわんと胸が暖かくなった。
「、、泰清」
「ん?なに、どした?」
「ありがとな」
「、、死ぬのか?」
「死なねえけど!!こんな俺の話しいつもきいてくれるから!!感謝しとこうと思ったの!!」
「あ、ごめんごめん」
少し照れたように「あははは!」と泰清が大きく口を開いて笑う。
それを見て安堵して、芽依は頭の中で彼に話すべき事をまとめ始めた。
泰清は一見して薄情なときが確かにある。けれど、ここまで長く付き合っている芽依相手にだからこそ、親身になって話を聞こうとするような仲間を思う気持ちは強かった。
「鷹夜くんて、本当に不思議で、」
「、、、」
「安心するんだ。俺を小野田芽依として扱ってくれると言うか、あくまで職業が俳優って感じに関わってくれる。そう言うところがすごく好き、、そんで、多分、俺は鷹夜くんのことをジェンの代わりにしたかったんだ」
「え」
その言葉に、泰清は静かに驚いた。
「ジェンがいなくなって、いないならいないで何とかしなきゃな~って思いながら生きてきた。確かに大きな存在だったけど、あいつが辞めるって決めたなら悪あがきせず1人で何とかしなきゃなって」
「、、、」
「無理だった。だから泰清や荘次郎に付き合ってもらって飲み歩いて、栞と出会って、入れ込んだ。1人って言うのが嫌だった。ジェンの存在ってそのくらい大きかったんだよな。1人でステージ立てないって気が付いて、悔しくて、めちゃくちゃ傷付いて、また荒れて、、栞が支えてくれて、ああもう大丈夫だって思ったら裏切られた」
芽依は今日はアルコールは飲まないようにしていた。
自分の車でここまで来たと言うのもあったが、何より飲んでぐだぐだになりたくなかったのだ。
今は必死に色んな事を考えられる限り考えたかった。
それが1番、鷹夜のそばにいられる早道のような気がしてならないのだ。
「鷹夜くんは栞に裏切られたその傷も、ジェンが消えてできたでっけー穴も、全部埋めてくれた。でももしかしたら、鷹夜くんもいなくなるかもしれない。そんなことをどっかで考えて不安になってたんだと思う。冴に出会ったとき、鷹夜くんに似てる!って思ったんだ」
「あ、そうだったんだ」
多少なり不思議でよく分からない話しをしている自覚があるのだが、泰清はそう言うところは突いてこない。
ただ芽依に自由に話させてくれていた。
店の中はいつも通り賑わっている。
座敷席の外は微かなテレビの音と呑み騒ぐ人々の声で溢れているようだった。
「いなくなる可能性があるなら代わりを用意しなきゃと言うか、俺、こう、何かさ。誰かの代わり、誰かの代わりってずっと繰り返してる気がする」
「まあ、お前の場合ジェンがあーやっていなくなったことがでかいだろ」
「確かにそうかもしんない。でもそれってめっちゃ弱いなーって思う」
「、、、」
今までの芽依なら、そう言う考えすら湧かなかっただろうと思った。
泰清は荘次郎と共に何があっても友人である芽依のそばに寄り添ってきたからこそ分かるのだ。
確実に変わって来ている。
少し頼りなかった芽依から何か変化しようともがいていて、そんな彼がどこか眩しく見える。
(すげえなあ、芽依)
BrightesTが解散した時点で、泰清は芽依も事務所を辞め、芸能界を諦めると思っていた。
竹内メイと佐渡ジェンは、それ程濃く、深い絆があり、双方が常にお互いの存在を頼りにして生きているように見えていたからだ。
(変わりたいんだな、それくらい)
弱く、落ち込みやすく、何事も敏感に感じ取る性格の芽依に壁を与えるような事を言っても反発して逃げるだろうと、泰清はいつも味方につくようにしてきた。
そうしないと面倒そうだと言うのもあった。
けれど今、いつの間にか強くなろうともがく強さを身につけた芽依が目の前にいる。
同い年で一緒に青春を送って来た友人の変化はめざましく、泰清自身がどこか不安になる程、今、芽依は前を向いている。
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