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職人

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 職人という言葉が嫌いだ。
 勝手な解釈だが、職人とは、自分の経験値を数値化出来ない人のことを指す。また、若輩者に指導できない人のこともそう呼ぶ。見て習え・体で覚えろ。時代錯誤も甚だしい。
 例えば、パンを焼く。外気の温度・湿度、小麦粉の状態、生地の温度・練り具合、イースト菌の活性具合 等々を鑑み、生地のねかせ時間、窯の温度、焼き時間の判断をくだし、おいしいパンはできあがる(筈だ)。その判断を瞬時にできるのが、長年の経験値を蓄えた者・熟練者=職人といわれているんだと思う。
 この流れ・各種項目を細密に表にあらわし、その資料を元に教えることができる状況・環境をつくることが普通だと思っている。元エンジニアは・・・

 無職の僕は、短期限定バイトを好む。翌日の仕事のシミュレートも無ければ、職場へのしがらみも無い。その日1日を失敗することなく6~7時間働けばいい。これでいいわけは無いのだが、気楽だ。何のスキルも要らない、単純な仕事だ。若い子に混じり黙々と量をこなす。
 おかきの詰め合わせをつくる流れ作業のアルバイトに行った。小さな町工場だ。時給は最低賃金である。コンベアに、おかきを入れる小さなトレイを流す人・1つ目のおかきをそのトレイの決められた位置に置く人~5つ目のおかきを決められた位置に置く人の6名1チームとなり、最終の確認と包装ラインへの流しは社員さんが行う。
 6名が決められた時間毎に順に持ち場を交代(スライド)していく。最後(5つ目のおかきを置く)になるほど、手間がかかるし難しい。1人が手間取ると人の列がずれていき、前の人と肩がぶつかる。
 頻繁にラインを停めていた若い子が叫ぶ「こんな単純な仕事をしにきたんじゃない」翌日から、その子は出社することはなかった。
 単純な仕事を淡々とこなすことが出来る人は、複雑な仕事もこなせるんだよ。甘いネ。
 突然、違和感を覚える。乾燥剤をこの小さな町工場では袋に封入していない???
 包装ラインを覗いてみても、ノズルから空気を入れ、ビニールを膨らませ、両端を熱処理して密封させているだけだ。ノズルの先にアルファベットが書かれていた。
 N 窒素だ!!!窒素を充填していた。凄い!
 日本ハム(シャウエッセン・粗挽きのウインナーソーセージ)を中心に、巾着絞りのパッケージを止めたら、30%プラスチックゴミが削減される、とつい最近ニュースになった、あのパンパンに膨らんだビニール袋にも窒素が充填され、酸化防止の役割を果たしている。(最初は、日本ハムが量の少なさを目立たなくさせるために、あのパッケージングを編み出し、他社が右に倣った。これも時代の流れであろうか。まあ、物流コストも抑えられるし・・・)
 小さな町工場が大手企業と同様の手法を用いていた。子供の誤飲も防げる。このおかき工場には本物の職人がいる。

 書店に並ぶ前の、出来上がった本に誤植が発見され、その間違った箇所にシールを貼るというアルバイトに行った。バラック小屋のような倉庫だった。300ページの本の128ページの上から13行目の真ん中あたり、山田太郎 が間違いで、正しくは、山口太朗 2文字間違っているが、山田太郎の上に山口太朗と4文字が訂正印字されたシールを貼る というものだった。
 128ページを探すことから始まる。112ページだ。シワがつかないように丁寧にページをめくり、128ページに辿り着く。シールを貼る位置はすぐに慣れる。128ページに辿り着くのが大変だ。指の油分が付着しないよう、ゴムサックを指に被せているから、指先の感覚も鈍っている。
 が、年配の女性の社員さんは一発で128ページを開ける。99%の確率ではなく、100%だ。これって、経験値を数値化出来る事象なのだろうか? 冒頭で勝手な解釈を述べたが、当てはまらない。

 日本の会社ってスゲーな と60になって思う今日この頃。
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