60年生きてきて、何があったかというと何もない。

腕時計

「高校の入学祝いに腕時計を買ってやるから好きなのを選べ」
　パチンコで大勝ちでもしたんだろうか？　親父の同級生が経営する時計屋に一緒に行った。デジタル式の腕時計が新発売されたばかりで、値段など見ず、迷わずそれにした。高額な品だったと思う。
　卒業と同時に、３年で壊れた。
「大学の入学祝いにこの腕時計をやる」
と言い、腕から時計を外し、渡してくれた。オメガ（Ω）だった。
　ダイヤとか、ゴールドとか、嫌みな装飾が施された物ではなく、極々普通の物だったが、高級品であることは、僕でも分かった。
　でも、僕の好み・趣味ではない。一人暮らしを始めるとすぐに売り飛ばした。

　40年という長すぎる年月が流れた。親父はもういない。店頭でオメガの腕時計を見かける度にいろいろなことを思う。
　単に買い与えた腕時計が壊れたから、何も考えずに、自分の物を譲ったのかな・・・
　オメガ買うのなら、ロレックス買うし・・・
　せめてこれくらいの腕時計をすることが出来る人間になれ・・・
　形見のつもりで手渡したのかな・・・

　もし、オメガを売り飛ばさず、手元にあったとしても、僕はそれを身につけないよ。僕の腕時計は、誕生日に家内が買ってくれたチープなカシオのG-SHOCK。それが一番だろ　親父。