35 / 66
第参拾伍章 ご両親へ挨拶をしよう・騎士編
しおりを挟む
「やあ、良く来てくれた。娘からの手紙に君の名が良く出てくるものだからね。一度会ってみたいと思っていたんだ」
エヴァの母である騎士アルトゥルが差し出した手をゲルダはしっかと握り返した。
エヴァの実家に着いたゲルダは早速アルトゥルの仕事場へと案内されて顔合わせをすると笑顔で握手を求められたのである。
「む?」
力が強いなと思っていたが、それが徐々に強くなっていく。
「いや、本当に我が娘の心を奪った聖女殿には一言挨拶を云っておかねばと思っていた。会えて嬉しいよ」
「ほう…五百年前に伝説を残した英雄にそこまで云われるとは光栄ですな」
ゲルダの手にも力が入る。
二人とも顔こそにこやかであるが、握り合う右手だけが異様な熱を発していた。
「ふふふ……中々やるな」
「何の事ですかな? それにしても流石はエヴァの母御、お優しい手をしておられる。剣を最後に握ったのはいつの事でござるか?」
「何を!」
言外に稽古をサボっているな、と云われてアルトゥルの目に剣呑な光が宿った。
片やゲルダの顔は涼しいままだ。まだ半分も力を出してはいない。
直心影流は打ち込み稽古こそ竹刀を用いるが、素振りには木刀や金棒を使う事もある。でなければ真剣などとても振れぬ。
「ぐううううう……」
騎士が用いる剣は基本的に相手を甲冑ごと叩き斬る事を目的としている為に重量があるが、斬る事に特化していると云われる日本刀とて軽い訳ではない。
しかもゲルダはアルトゥルの呼吸を読んで巧みに力を逃がしている。
つまり彼女が込めた力ほどゲルダにダメージは無いのだ。
「エヴァが手紙にどのような事を認めたかは存ぜぬが、初めて会う相手に喧嘩を吹っ掛けるのは如何なものでござるかな?」
ここでゲルダが漸く力を込め始める。
「ば、莫迦な?!」
骨も砕かんばかりの腕力にアルトゥルは痛みを忘れて戦慄する。
骨が軋み、手に力が入らなくなっているのだ。
こんな細い腕のどこにそんな力が、とゲルダの腕を見て愕然とさせられた。
筋肉は収縮する時に力を発揮し、その力は筋繊維の断面積の大きさに比例する。
つまり筋力が強くなるほど筋肉が太くなるのが道理というものだ。
しかしゲルダの腕は確かに細いが筋繊維の一本一本が常人のそれと比べて恐ろしく丈夫で強い為に断面積が小さくとも力が強いのである。
アルトゥルが驚愕したのはゲルダの細腕が鋼のように硬質化しているのを見たせいなのだ。
「化け物か…」
「御挨拶であるな。人に生まれながら五百年以上も若さを保つ為に神と契約して戦乙女と化した母御殿に云われとうはないわいな」
ゲルダの力は益々強くなり、五指は握り潰される寸前である。
だが、それでも尚降参しないのは魔王を斃した騎士としての意地であろうか。
「母様ー! ゲルダー! 食事の準備が出来たわよー!」
そこへダイニングから昼食が出来た事を告げるエヴァの声がした。
咄嗟にゲルダは手を離す。
「おお、そうか。では参ろうかの、母御殿」
「う、うむ…」
喧嘩を売った手前、痛む手を擦る事も出来ずにアルトゥルは同意した。
それを慮って然りげ無くゲルダは魔力で痛みを和らげる。
「な、何故、手加減をした? あの力、私の手を握り潰せたろうに…エヴァの母だからか?」
いや、とゲルダはニヤリと笑った。
「母御殿が弱いからだ。脅威に思わぬものを潰すほどワシも残忍ではないわえ」
「な……」
「研ぎ師として充分に生計が立っているのは分かるが鍛錬を続ける事を勧めておくぞ。何も騎士に立ち返れとは云ってはおらん。いざという時に愛する者を守れないのでは後悔してもし切れぬであろうと申しておる」
ゲルダはアルトゥルの肩をポンポンと叩く。
「修行に終わりは無い。騎士を廃業しても剣の道を歩み続けてはいかぬという法など無かろうよ」
アルトゥルが研ぎ師を生業としている事から剣の道に未練があると見越しての言葉であるが、それはまさに正解であった。
事実、アルトゥルは家族を養う為に研ぎ師を始めていたが胸の内では何かが燻っているような焦燥もまた確かにあったのである。
「料理が冷めるわよー!」
「おお、今、行くわえ」
再度ダイニングから声がかかりゲルダは仕事場を後にする。
残されたアルトゥルは笑みを浮かべてさえいた。
手加減された怒りはある。三百歳の若造に説教された屈辱もあった。
だが、それ以上に愉快で堪らなかったのである。
勇者シュタムと共に魔王を斃してから些か傲慢になっていたらしい。
自分より強い者と会うなんて久しくなかった事である。
差し当たって蔵に仕舞い込んでいた愛用の剣を引っ張り出すとするか。
「ゲルダだったな。見ていろ。貴様、いや、君が目的を果たすまでに私は再び強くなる。手加減をする余地も無く、全力を持って私を潰さざるを得ないまでにな」
だがアルトゥルは知らない。
その日の午後、鈍った体でいきなり素振りを始めたせいでぎっくり腰になる事を。
そしてズレた腰椎をゲルダによって填め直される際に地獄を見る事を。
「自分の身の丈よりも巨大な剣をいきなり振り回すヤツがあるか」
「め、面目ない……」
以後、ゲルダに頭が上がらなくなり、同じ境遇の女騎士レーヴェと友誼を育む事になろうとは夢にも思わぬ事であった。
エヴァの母である騎士アルトゥルが差し出した手をゲルダはしっかと握り返した。
エヴァの実家に着いたゲルダは早速アルトゥルの仕事場へと案内されて顔合わせをすると笑顔で握手を求められたのである。
「む?」
力が強いなと思っていたが、それが徐々に強くなっていく。
「いや、本当に我が娘の心を奪った聖女殿には一言挨拶を云っておかねばと思っていた。会えて嬉しいよ」
「ほう…五百年前に伝説を残した英雄にそこまで云われるとは光栄ですな」
ゲルダの手にも力が入る。
二人とも顔こそにこやかであるが、握り合う右手だけが異様な熱を発していた。
「ふふふ……中々やるな」
「何の事ですかな? それにしても流石はエヴァの母御、お優しい手をしておられる。剣を最後に握ったのはいつの事でござるか?」
「何を!」
言外に稽古をサボっているな、と云われてアルトゥルの目に剣呑な光が宿った。
片やゲルダの顔は涼しいままだ。まだ半分も力を出してはいない。
直心影流は打ち込み稽古こそ竹刀を用いるが、素振りには木刀や金棒を使う事もある。でなければ真剣などとても振れぬ。
「ぐううううう……」
騎士が用いる剣は基本的に相手を甲冑ごと叩き斬る事を目的としている為に重量があるが、斬る事に特化していると云われる日本刀とて軽い訳ではない。
しかもゲルダはアルトゥルの呼吸を読んで巧みに力を逃がしている。
つまり彼女が込めた力ほどゲルダにダメージは無いのだ。
「エヴァが手紙にどのような事を認めたかは存ぜぬが、初めて会う相手に喧嘩を吹っ掛けるのは如何なものでござるかな?」
ここでゲルダが漸く力を込め始める。
「ば、莫迦な?!」
骨も砕かんばかりの腕力にアルトゥルは痛みを忘れて戦慄する。
骨が軋み、手に力が入らなくなっているのだ。
こんな細い腕のどこにそんな力が、とゲルダの腕を見て愕然とさせられた。
筋肉は収縮する時に力を発揮し、その力は筋繊維の断面積の大きさに比例する。
つまり筋力が強くなるほど筋肉が太くなるのが道理というものだ。
しかしゲルダの腕は確かに細いが筋繊維の一本一本が常人のそれと比べて恐ろしく丈夫で強い為に断面積が小さくとも力が強いのである。
アルトゥルが驚愕したのはゲルダの細腕が鋼のように硬質化しているのを見たせいなのだ。
「化け物か…」
「御挨拶であるな。人に生まれながら五百年以上も若さを保つ為に神と契約して戦乙女と化した母御殿に云われとうはないわいな」
ゲルダの力は益々強くなり、五指は握り潰される寸前である。
だが、それでも尚降参しないのは魔王を斃した騎士としての意地であろうか。
「母様ー! ゲルダー! 食事の準備が出来たわよー!」
そこへダイニングから昼食が出来た事を告げるエヴァの声がした。
咄嗟にゲルダは手を離す。
「おお、そうか。では参ろうかの、母御殿」
「う、うむ…」
喧嘩を売った手前、痛む手を擦る事も出来ずにアルトゥルは同意した。
それを慮って然りげ無くゲルダは魔力で痛みを和らげる。
「な、何故、手加減をした? あの力、私の手を握り潰せたろうに…エヴァの母だからか?」
いや、とゲルダはニヤリと笑った。
「母御殿が弱いからだ。脅威に思わぬものを潰すほどワシも残忍ではないわえ」
「な……」
「研ぎ師として充分に生計が立っているのは分かるが鍛錬を続ける事を勧めておくぞ。何も騎士に立ち返れとは云ってはおらん。いざという時に愛する者を守れないのでは後悔してもし切れぬであろうと申しておる」
ゲルダはアルトゥルの肩をポンポンと叩く。
「修行に終わりは無い。騎士を廃業しても剣の道を歩み続けてはいかぬという法など無かろうよ」
アルトゥルが研ぎ師を生業としている事から剣の道に未練があると見越しての言葉であるが、それはまさに正解であった。
事実、アルトゥルは家族を養う為に研ぎ師を始めていたが胸の内では何かが燻っているような焦燥もまた確かにあったのである。
「料理が冷めるわよー!」
「おお、今、行くわえ」
再度ダイニングから声がかかりゲルダは仕事場を後にする。
残されたアルトゥルは笑みを浮かべてさえいた。
手加減された怒りはある。三百歳の若造に説教された屈辱もあった。
だが、それ以上に愉快で堪らなかったのである。
勇者シュタムと共に魔王を斃してから些か傲慢になっていたらしい。
自分より強い者と会うなんて久しくなかった事である。
差し当たって蔵に仕舞い込んでいた愛用の剣を引っ張り出すとするか。
「ゲルダだったな。見ていろ。貴様、いや、君が目的を果たすまでに私は再び強くなる。手加減をする余地も無く、全力を持って私を潰さざるを得ないまでにな」
だがアルトゥルは知らない。
その日の午後、鈍った体でいきなり素振りを始めたせいでぎっくり腰になる事を。
そしてズレた腰椎をゲルダによって填め直される際に地獄を見る事を。
「自分の身の丈よりも巨大な剣をいきなり振り回すヤツがあるか」
「め、面目ない……」
以後、ゲルダに頭が上がらなくなり、同じ境遇の女騎士レーヴェと友誼を育む事になろうとは夢にも思わぬ事であった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。
みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。
主人公は断罪から逃れることは出来るのか?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる